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第十二話 謀

 骨が軋むような重圧。

それを何とか乗り越えて乾いた喉で言葉を発する。


「しばらくの間、家を留守にしてしまい申し訳ありません。義父(とう)さん」


「顔さえ見られればこちらは満足なのだ。欲を言えば、もっと気軽に帰ってきてほしくはあるがな。

さてと、そちらのお嬢さんだが……」


 三郎の瞳が輝く。

深く刻まれた皺から覗くそれが、まるで猛禽のようにこちらを射竦めた。


「ふむ? その子がお前の認めた子かな? 孝春」


「はい。俺の友人の柳城愛美という子です」


「なるほど、なるほど。

して、愛美さん……に聞いておきたいのだが、孝春をどんなふうに思っているのかね?」


「え、えっと、ゆ、……孝春……くんは……」


 言葉に窮したのを見てより一層その目が細く鋭敏に柳城を睨め付ける。挨拶するだけと伝えていたので、これは想定外だ。柳城はたぶんテンパってあまり良い印象は与えられないだろう。


 柳城はこちらをチラりと見た後に、意を決したかのように口を開いた。


「孝春くんは……わたしの、大事な友達、です。

これからもずっと、仲良くしていきたいと思っています」


「ふぅむ……? ほお……その目は──」


 すると、三郎老人が何やら口角を吊り上げ始めて、そのうち耐えきれないといった様子で笑いだした。


「くくく……あっはっはっはっは!

そうかそうかこれからもずっと仲良く、か!

それが混じり気のない本音ということだな!

……良し! 気に入ったぞ孝春。今日はこの家に愛美さんを泊めていきなさい」


「いえ……それは駄目ですよ。お義父(とう)さん。

なにぶんお二人は長旅でお疲れの様子ですし、私が責任を持っておもてなししますので、ご容赦を」


「ふむ……そうか。ならせめて贅を尽くせよ。

この浅海家に新しい家族が出来ようというめでたい日なのだからな」


 信行さんの言葉にアッハッハと再び笑う三郎は心底楽しいといった様子だったが、すぐにゴホゴホと咳き込み始めてしまった。

それを見て、理華と信行さんが彼を看護しだした。


「客人に大変失礼なのだけれども、どうやら義父は少し無理をしすぎたようだ。うちの運転手に門の前で待機させているから、お二人はとりあえずは旅館に案内させるよ」


「ええ……わかりました。信行さん、母さん。

義父さんをよろしくお願いします」


「本日は、お時間いただき、あ、ありがとうございました」


 二人で深々と頭を下げて、なるべく静かに、しかしなるべく速やかにその場を後にする。そして逃げるように来た道を戻って正面門の前の運転手さんに声をかけ、旅館への案内を頼んだ。


 後ろ手に威圧的な門構えが遠ざかっていくとやっと、緊張の糸が解けたような気がした。



「ふぅ……やっぱりどっと疲れたな……」


「あ、はははぁ……祐介が家に帰るのを渋ってた理由、よく分かったよ……。まるで虎か何かに睨まれてる気分だった……」


「……あれが浅海家を一代で興した、浅海三郎という男で、俺の父親なんだ。……まあ、俺が高校で一人暮らしをする理由も、出来るだけ実家からの援助を断る理由もわかるだろう」


「うん……緊張で生きた心地がしなかったよ」


 二人してぐったりとして、高級車の柔らかい座席に身を預ける。運転手さんが事情を察したのか苦笑しているのがわかったが、虎口からの生還を果たしたのだ。とりあえずは意識の外に追いやった。



───

 

 丁寧なお辞儀をして儂の義息……祐介が部屋を後にしていく。そしてそれに縋るようにして柳城愛美という小娘もまた、逃げるように儂の前から姿を消した。


「げほ……ふ、ふふふ……いや、なかなかに面白いものを見た。愉快、愉快」


「……随分と愛美さんをお気に入りになられたんですね? 三郎さん」


「ああ、そうだ理華、あれは良い。我が息子に相応しい女だ」


 横に侍らせた理華が少し怪訝な表情をして儂の顔を窺ってくる。同じように信行もまた何故かと理由を聞きたそうにしている。


「あれの言葉……祐介とずっと仲良くしていたい。だったか? ……全く嘘偽りのない言葉だった、目を見ればわかる。つまりはあれには今の状態をこそずっと続けたいと本心で思っているのだ」


「ふむ……? 確かに彼らは未だ恋仲ではないと推察していましたが、それ以上の進展を望んでいないと?」


 信行が首を傾げて疑問を口にする。

儂としてもそこが引っ掛かるところではあるが、まあそれはこちらとしては都合が良い。


「だがな、あれはその裏で祐介と更に親密になりたいと、そんな想いがひしひしと伝わってくるのよ。

面白いおなごじゃ。矛盾しているようで祐介を想う気持ちには偽りなど一切無いのが良い」


「でしょうねぇ……祐介も祐介で、愛美さんのことを憎からず思っているようだし。あの子にしては本当に珍しいことに」


 ふふふっと理華が笑う。その笑顔を見ると愛しき月子のことを鮮明に思い出せて、やはりこの女を側に置いておいてよかったと思えた。


「……お義父さん。改めて聞きますが、今後は愛美さんを祐介くんの嫁とする方針でよろしいでしょうか?」


「そうしろ。金目当ての女なら祐介に適当に遊ばせた後に縁を切らせる算段だったが、ああいう女なら儂も満足だ」


「私にも娘ができるのね。嬉しいわ三郎さん」


 理華は儂に枝垂れかかりにこやかに微笑む。

できた女だ。事情がどうであれ儂の気を持とうと強かに、常に考えつつ行動しているのがわかって良い。


 月子に似た容姿に、考えを尽くした行動。

浅海家に邪な思惑を持ってくるなら、せめてこの程度は出来なくては困る。

その点、あの小娘は純粋で、義息子にやるには相応しい女だ。


「……はじめは再婚するなどと聞いた時には何事かと思いましたが、全て上手くいっているあたり流石という他ありませんね」


「たわけ、儂を誰だと思っている。

……宮子には少し灸を据える必要があったのでな」


 現在の浅海グループは……表向きの代表は本家直系のこの男、信行が中心となって動いているものの、宮子やその息子たちが率いる分家筋が年々力を増しているのが問題だった。


 このままでは儂の死後に本家筋が力を失ってしまう──そう危惧した時に亡き最愛の妻、月子にそっくりの理華と出会った。


 これを幸いと自身が呆けたことにして宮子との離婚を行い、理華を中心にして信行を更に擁立したが……これで万事が上手くいく。


「ゆくゆくは……私の意思を継がせた祐介くんと、その子供たちが浅海家を主導していく、ということですね」


「うむ……それで良い」


 祐介は我が息子、孝春に似てどこか気難しい男だ。儂のことを憎んでいるのだろうが、そんなことをおくびにも出さない胆力とどこか隠しきれない人の良さを気に入っている。


(儂の跡を継ぐものに必要なのは、儂の血ではない。

信行のように優秀な人材か、祐介のように有望な若者よ)。


 そして、残る目の上の瘤は──。


「さて、ようやく腐った果実を捨てるとするかのう。信行、手筈は?」


「滞りなく」


「結構。アレもいい加減に仕置きが必要なのでな」


 ……謀はやはり楽しいものだ。それが上手くいけば尚更のこと。自然と笑みが溢れた。


「さて、儂からの贈り物、祐介が気に入ると良いが……」


 可愛い息子のためだ。多少のお節介はしてやる。


 それに──


(俺の若い頃を見ているようで、な)。


 古い記憶。

この北海の青い海で愛しい人と過ごした日々。

そんな青春を思い出して、また酒を煽りたくなった。


───


 しばらくしないうちに、浅海旅館 本館へと辿り着いたので、運転手さんに礼を言い、そのまま旅館の中に入る。

ロビーで柳城の分の荷物を預けると、二人でぐったりと近くにあったソファに座り込んだ。


「……ところで、祐介は夏はあの家に泊まるの?」


「いや……そんなわけないだろう。

直営の店以外で浅海の名前で借りられる安いホテルがあるから、しばらくはそこで暮らす予定だ。

飯は自分で作らなくてもいいし、気が楽だ」


「そうなんだ……。じゃあ、チェックインしてこようかな。祐介その……ちょっと手伝って」


 はいよ。と疲れた身体に鞭を打って受付へと急ぐ。たぶん柳城一人ではチェックインするのに余計な時間がかかること請け合いなので、仕方がない。


「浅海で、1名で予約をとっていた者ですが……」


「あ、浅海様ですね! ただいますぐにご用意しますので、少々お待ち頂けますでしょうか……」


 受付の人がこちらの名前を知った途端にびくりとして、緊張しながらあせあせと作業をしはじめる。

浅海の人間と知られれば、まあ直営のこの旅館では畏れられるのも無理はないだろう。


「……? その、浅海様。大変申し上げにくいのですが……」


「……? どうかなさいましたか?」


「ええと、1名様ではなく、2名様の予約になっています……」



「「──えっ?」」


 浅海家からの予想外の気遣いに、二人揃って戸惑いの声をあげた。


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