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第十一話 浅海家の家庭事情


 蝉の鳴き声が響く山間、入り組んだ道を進む。

すると見覚えのある大きな門構えに迎えられ、いよいよもって気分が悪くなる。

……相変わらずまるで他所者を寄せ付けない堅牢な城のようだ。それを見たのか、柳城が驚いた様子で少し声を漏らした。


「着いたよ。ささ、父が今か今かと君たちを待っているだろうから、遠慮せずに入ってくれ」


 こちらの呆気にとられた雰囲気を察したのか、信行さんが軽い調子で促してくる。

駐車場といったものはないようで、適当にそこいらの広い土地にそのまま車を置き去りにしていた。


 信行さんを先頭にして門をくぐり、内玄関から母屋に入っていく。木漏れ日と人気の無さで温度が少し下がったように感じる。


 浅海亭は純日本屋敷で、温泉業などで一代で町を興した浅海三郎の建てた邸宅である。

自分も数えるほどしか来たことがないので、信行さんに着いて行かないと家の中で迷子になってしまいそうな広さだ。


「父は久しぶりのお客さんにとても喜んでいてね。

しばらく使っていなかった迎賓室で出迎えると言い出したんだ。ああけれど──」


「──父は結構、歳をとっているから。

少し失礼なことを言ってしまっても大目に見てもらえると助かる」


 襖の前で小言で信行さんが俺たちにそう言い含めると、そのまま中の人物に入室の許可を求めた。


「──入りなさい」


 聞き覚えのある声。威厳に満ちていて聴いただけで身が引き締まるような、しかし何故だか落ち着いてしまうようなそんな不思議な重厚感のある声。


 襖を開けるとそこには布団が敷かれており、声の主である浅海三郎。傍らには俺の母親の浅海理華(あさみりか)が座っていた。


「……すまない。大事な客人を迎えようというのにこんな格好で……」


 ゆっくりと時間をかけて、その動作だけでもかなり辛そうに三郎が半身を持ち上げて胡座を組んだ。


「いえ……突然のご訪問でしたので、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません」


「……孝春(たかはる)、そう畏まらずともよい。

お前が帰ってきてくれただけでも儂は嬉しいからなぁ……。のう、月よ」


「ええ、そうですね。三郎さん」


 三郎が穏やかに微笑み、理華がくすりと笑った。

柳城は……どこか悲しそうな顔をした。



 そう……三郎老人は、呆けてしまっているのだ。


 少し時間を巻き戻して。浅海亭に向かう車内で柳城に現在の俺たち義親子の状況を説明した。

かなり込み入った話ではあるが言っておかないと混乱してしまうだろうから。


「俺の今の義父、三郎さんは昔、月子さんという女性と結婚したんだ」


「え? でもお母さんの名前は宮子さんじゃ……?」


「……それは二番目に結婚された方だな。

初めて結婚された月子さんは、信行さんの義理の母親にあたる方で、当時の流行り病で夭逝されてしまったんだ」


「ええと……でも宮子さんも浅海……じゃなかった、祐介の義理の母親ってことは……?」


「……うちの母親、理華は三郎さんの三番目の妻になるんだ」


 そ、そんなことってあるの……?と信じられないといった様子で柳城がうめく。

助手席で話を聞いている信行さんも、あまり楽しい話ではないのか押し黙ったままだ。


「聞いた話によると、月子さんと俺の母親の理華、

そして月子さんの子供の孝春(たかはる)さんと俺はよく似ている……らしいんだ。だから三郎さんは数年前に再婚した」


「……え? それじゃ孝春さんは……?」


「孝春さん……彼もまた母である月子さんに似た方でしてね。どこか儚げというか……つまりは、そういうことなのです」


 信行さんが言いにくい部分をフォローしてくれて、柳城が事情を察したのか思わず俯いて言葉を噤む。つまるところ俺たち親子は忘れ形見として、亡き妻と息子の代わりとして迎えられたということである。


「義父は……三郎は、ここ5年ほどで以前とは比べようもないほどに老いてしまいました」


 バックミラー越しに俺を見たのがわかった。

彼の息子と似ているというだけで寵愛を受けている俺に何か思うところがあったのだろう。


「……けれど、理華さんと祐介くんと出会えた。

彼女と祐介くんの存在は今の義父にとってのかけがえのない支えになっているのでしょう」


 信行さんの本心は分かりかねた。

三郎さんと月子さんの娘の入婿である彼からすれば……俺の存在はかなり目障りなはずなのだが。


「そして、その息子がこんな素敵なお嬢さんを連れて帰ってきた……父親としては、筆舌にし難い喜びのはずです」


 全ては三郎老人の機嫌を取るために。


「ですので……どうかお二人には、義父が喜ぶようにしていただきたいのです。……多少の誤魔化しを交えてでもね」


 浅海家は、家族間での歪な権力争いの場になっていた。


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