学園へ入れよう
「死んだ」
何の感情もうかがえない声音で少女はそう言った。ここまで落ち着き払っているのだ。親が亡くなったのはだいぶ前ということなのだろうか。オーランドはそう推測する。
「じゃあ、親戚に育てられたのかな? 保護者はどこにいるの?」
ランサムの肩越しに尋ねるオーランドに対してまた少女は下を指さし答える。
「死んだ」
その無表情さにさすがのランサムも少し身構える。
「それなら、知り合いは?」
今度はランサムが尋ねる。
「死んだ」
三度同じ返答をする少女にランサムが眉を顰める。
「全員?」
と尋ねると、少女はうなずいた。
思わずランサムとオーランドは顔を見合わせる。少女は身寄りが全くないということか。下を指さしているのは、埋葬されたということか? 少女の言葉が少ないこともあり、質問する度に謎が深まる。
「君はどこから来たの?」
その問いには即答せず、少女は少し思案した後
「遠く」
そう答えた。
その後もなぜ翼竜の巣にいたのかなどいくつか質問したが、たいした情報は得られなかった。ランサムとオーランドは二人で話し合い、とりあえず身元不明の少女を保護したことを国に届け出て、その後も一時的に保護することにした。オーランドは情報収集も同時に行う。
「ああ、一番大切なことを聞き忘れていました」
そう言うオーランドに、ランサムも少女も首をかしげる。
「名前は?」
普通なら一番最初に尋ねる質問を最後にしたオーランドに、少女は少し考えてから答える。
「……アイル」
面倒な主の世話に加えて謎の少女アイルの世話もすることになったオーランドは頭を抱えたが、ランサムと少女は意外と上手くやっているようで、問題なく二人での生活を送り始めた。オーランドも常にランサムのそばにいられるわけではなく、それまでも月に数回の森への訪問だった。少女が来てからは訪問の頻度をやや上げた。来るたびに少女はランサムとの暮らしに馴染んでいっているように思えた。
「オーリー、すごいんだよ!」
ある時ランサムは少年のように瞳を輝かせ、森へ到着したばかりのオーランドに駆けよる。
「何ですか? 今度は」
「あの子、竜の扱いにとても慣れているんだ」
「そうなんですか?」
ランサムが何かを発見して興奮するのはいつものことなので、オーランドは軽くあしらった。アイルはランサムの翼竜研究の手伝いをしているようだ。生き物相手の仕事は大変だろうに、戸惑うことなく翼竜に接していると言う。ランサムが不思議がっていたが、翼竜の方もアイルを戸惑いもなく受け入れているという。優秀な助手が来てよかったと喜んでいた。
森での暮らしもアイルにとってはつらくないようで、水汲みや薪拾い、木の実拾いや小物づくりも嫌がることなくこなしているという。この様子なら、元々このような場所で過ごしてきた子なのだろうとオーランドは結論づけた。
「ところでオーリー」
三人は研究小屋で木の机を囲み、木の実の殻をむいていた。ランサムがオーランドに話しかける。
「なんですか?」
「アイルを学園に入れようと思うんだ」
「ああ。そうですよね」
それはオーランドも気になっていたことだった。いつまでもランサムと二人きり森の中で生活していくのは、アイルにとっていいことではないだろう。アイルの亡くなったという親や保護者、そしてどこでどのように住んでいたのか、その身元は依然として判明しなかったが、当分はランサムの下で過ごしていくことになるだろうと思われた。そのため、しっかりとした生活をアイルに用意してあげる必要があったのだ。
「それなら、森を出たところにある公立の学園ですね。あそこなら割と色々な地域から子供が来ているから、この地域に慣れていないアイルちゃんでもすぐになじめるでしょう」
オーランドはそう言うが、ランサムは首を振った。
「カーネリアン学園に入れようと思うんだ」
その名前にオーランドは驚いた。
「何を言っているんですか。カーネリアン学園は貴族専用の学園ですよ。アイルちゃんは食事のマナーですらままならない。なんなら平民の学園でだって浮くかもしれないんです。さらに編入試験もある。貴族がアイルちゃんの年になるまで高度な教育を受けさせてようやく身につくレベルの学力が必要です。いくら王族のコネがあるとっても無理があります」
その言葉にまたランサムが首を振る。
「実はね……」
そう言ってランサムは驚くようなことを語り始めた。