助手のオーランド
「僕が育てることにするよ」
ランサムが満面の笑みでそう言った。翼竜の卵の中でスヤスヤ眠る少女を、もう一台の望遠鏡で覗きながら。
「いやいやいや、待ってくださいよ。まずは親の捜索でしょう」
オーランドは慌てて首を振る。何を言っているのだこの主は、と思っても口には出さず我慢する。しかし、対するランサムは自信満々である。
「よく見てごらん。彼女は卵の中にいる。つまり、……翼竜の子だ!」
「あほなんですか! そんなわけないでしょう」
「いや、翼竜は子育て中よそ者を寄せ付けない。それは雛であっても同じだ。彼女の隣の雛は全く騒いでいる様子もない。それに僕が君を呼びに行った時はちょうど親竜が飛び立った時だ。直前まで親竜も一緒にいたことになる。騒いでいた様子もない。つまり、雛も親も彼女を受け入れている」
賢者が弟子を諭すような表情でうなずいて続ける。
「だから、彼女は竜の子だ」
あまりにも自信にあふれた表情なので、オーランドは一瞬納得しそうになった。竜の子であればこの竜の森の管理者である自分が責任を持って育てるとランサムは主張したいらしい。主のそんな主張を読み取れる程度には二人は付き合いが長い。
「そうなんですね。……って、そんなわけないじゃないですか。明らかに人間の子ですし、服も着ています。何ですか。じゃあ翼竜は服を着たまま生まれるんですか!」
「竜が服を着ているわけないじゃないか。おかしなことを言うね、オーランドは」
ランサムの理不尽な言い分に肩を落としかけたが、オーランドは頭を振って切り替える。
「こんなあほなことを言っている場合じゃありません。きっとあの子は餌として翼竜にさらわれてしまったのです。早急に保護しなければ危ない。行きますよ!」
普段から観察のために翼竜の巣の中に入ることが多かった二人は、手際よく巣のある白樺に梯子をかけ、巣の中によじ登る。そして周りの雛たちが騒いで親竜を呼ばないように専用の布を被せ、その間に眠る少女を抱えて梯子を下り、観測所ではなく地上の研究小屋の方に向かった。
巣で抱え上げた時に少女は一瞬目を開け近くのランサムを見上げた。ランサムの瞳を、何かを判断するようにじっと見つめ、何かに納得したのかすぐにランサムが差し伸べる手に身をゆだねてされるがままに抱えられていた。その寝ぼけたような仕草は子供らしいものではあった。普通の子供に見える。ここが翼竜の巣の中でなければ。
オーランドはその様子を見て警戒を強めた。変わり者と言っても大事な主である。変なモノを近づけたくない。
オーランドの目からしても、少女はとても整った顔をしていた。ここまで整っている子は平民では見かけない。
(……どこぞの貴族の子であれば困ったことになる。竜に攫われその先が王族の森なのだ。こちらに非がなくともどこから何を言われるか分からない。しかし、着ている服は平民の物だ。単に美しすぎるだけか、もしくは貴族の庶子か)
オーランドが考えすぎなのか、主は暢気に先を歩いている。
「オーランド、早く」
そう言って振り向いたランサムと、目を覚ましたのかランサムに抱っこされたままこちらを見つめる少女。その二人の顔が並んでオーランドを見ている。その横に並んだ二人の顔を見て、オーランドは一瞬眉をひそめた。しかし邪念を振り払うかのように首を振って、小走りで主に駆け寄った。
研究小屋についたランサムは、抱きかかえていた少女をおろして食卓の椅子に座らせた。
「何か食べられるものないかなあ」
と言いながらごそごそ台所をあさっている。
少女はその間おとなしく椅子に座っていた。
「朝食用のシリアルがあった」
ランサムが木の器にシリアルをよそい、木のスプーンを渡すと、少女はなにも言わずにすぐ食べ始める。おなかがすいていたのだろうが、食べていいかすら聞かずに食べ始めるその様子をオーランドは観察していた。
(見ず知らずの者からもらった食べ物を、何の警戒もせずに食べ始める。スプーンの持ち方もなっていない。この様子では貴族ではないだろう)
身元も知れないこの子には可哀想だが、貴族か貴族でないかはとても重要だった。なぜなら、もし彼女が貴族であれば、その親が黙ってはいない。『なにかの企みがあってランサムが竜を使い娘を誘拐したのだ』などと難癖をつけるだろう。もし企みがないとわかっていたとしても、これを利用して何かしら言ってくるのが貴族というものだ。真実よりも実際に起きた事実が大事なのだ。
そしてランサムは王族といえどとても微妙な位置にいる。これ以上のやらかしをすると、身分剥奪もありえないことではない。そうなると困るのだ。子爵であるオーランドはそんなに力のある貴族ではない。身分が剥奪された元王族などという、曰く有りげな人物に付いていられるほどの地位は築けていない。つまり、この変わり者で大事な主のそばにいられなくなってしまう。
対して、少女が平民であればどうか。真実がどうであれ、攫われた娘が王弟によって助け出されたのだ。きっと親は涙を流して感謝することだろう。平民とて真実よりも事実が大切なのだ。なにか思うところがあるにせよ、身分の高いものに楯突くのは命を捨てるようなものだ。下手に藪は突かず、ただ素直に感謝するのが平民としての正しい振る舞いだと、この国の平民も貴族も心得ていた。
そして、とりあえず貴族には見えない少女の様子にオーランドは安堵する。
そこで次に気になるのは少女の身元だ。抜けているようで頭はいいランサムが少女の前に座る。これから色々と聞き出すのだろう。その聞き取りには期待ができる。
先ほどからランサムたちの言葉に反応を示していないところ見ると、もしかしたらこの少女は言葉がわからないかもしれない。そうなるとこの主でも難航する可能性もあるか……。そう危惧しながらオーランドはランサムと少女のやり取りを見守ることにした。
「さて、まずはじめに聞きたいことがある」
ランサムは身を乗り出して尋ねる。メガネも真っ直ぐにかけ直す。
「君は竜の子供かい?」
その言葉にオーランドが顔を覆っているのをよそに、少女は淡白に答える。言葉はわかるようだ。
「違う」
残念そうなランサム。しかし、くじけずに質問を続ける。
「じゃあ、お父さんとお母さんはどこにいるかわかるかい?」
少女はゆっくりと地面を指差す。
「死んだ」