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暗殺者 アイル

「調子に乗っていられるのも今のうちですよ」


 公爵令嬢サブリナは目の前にいる転入生に身の程を知ってもらいたかった。これは決していじめなどではない。親切心からの行動。級長としての適切な生活指導。サブリナは純粋にそう考えていた。純粋に、自身の権威に()()()()()もらいたかったのだ。


「サブリナ様の言う通りよ」

「そうそう!」

「かわいいからって偉そうに」


 口々にそう言うのはサブリナの取り巻き令嬢たちだ。サブリナに心酔している者。おこぼれにあずかろうとしている者。何も考えていない者。共にいる理由は様々だが、今は心を一つにして転入生を責め立てていた。


 対峙しているのは転入生一人。彼女は単純に『可愛い』という言葉では済まされない、人並外れた美しさを持つ令嬢だった。しかし、多勢に責め立てられているにもかかわらず、全くの無反応。もはや不気味である。


 場所は公爵邸の一室。サブリナが自らの屋敷へ、身の程を知らせるために彼女を呼び寄せたのだ。


優等生(エグゼンプリ)にふさわしいのはサブリナ様よ」


 取り巻きの一人がそう口にする。言って欲しかった言葉をようやく口にした友を見て、サブリナは悠然と微笑む。


「あら。そう言ってくれるの? ありがとう」


 優等生(エグゼンプリ)とは、サブリナたちが通う学園において栄誉ある称号だった。年に一度、学年末に全生徒による投票が行われ、優秀だと思われる者が一人選出される。通常第二学年から選ばれ翌年一年間優等生(エグゼンプリ)として過ごす。学園外においてもその称号は知られており、首席と並ぶ評価がされるため、自信があるものはこぞってこの称号を得るための()()()に精を出すのだった。


 第一学年、第二学年と順調に首席を維持し、身分も公爵令嬢。見た目も美姫として有名なサブリナは自身がその称号を得られるものと確信していた。


 しかし、無視できない噂を耳にした。ダークホースが現れたと。


 そのダークホースと言うのは、美形の多い貴族に於いても見たことのない美しさを持つ令嬢だとの噂だった。そして入試より難しいとされる編入試験では満点合格。身分は子爵とたいして高いわけではないが、王弟が後見人となっているという情報もあった。その噂のダークホースこそが、サブリナたちに絶賛責め立てられている、この無表情の令嬢。


 無表情どころか微動だにしないので、生きているのかすら疑わしく感じられる。まるで人形のようだ。その不気味さに気圧され、ひるんでいるのをごまかすべく、取り巻き令嬢たちの責め立てる声が激しくなる。


 サブリナもその様子に変な焦りを感じていた。この転入生、怯むどころか効いていない。むしろ聞いていない? この()()負けるわけにはいかなかった。家に呼び立てておいて、『何の効果も得られませんでした』では友人とりまきに顔が立たない。


 そこに、サブリナの待ち望んでいた鈴の音が聴こえた。


「皆さん。私のためを思って転入生に()()()()()()()()()()ありがとう。でも大丈夫ですよ。この方はきっとまだわかってらっしゃらないだけ。いまからご紹介するお方を見れば、自ずとこうべを垂れることでしょう」


 その声に周りの令嬢が色めきだつ。サブリナが紹介するお方というと限られているからだ。公爵令嬢自ら立ち上がり迎えにあがる。


 先程の呼び鈴はある人物の来訪を告げる合図だった。サブリナは格の違いを見せつけるために、自分の婚約者を紹介することにしたのだ。はるかに身分の高い婚約者を。


 半刻ほどたったころだろうか。サブリナがいない中での糾弾はなんのメリットも無いので、無言のまま所在なさげにする取り巻きたちと、もとより無言の転入生。微妙な空気のただよう部屋の扉が再び開いた。




 サブリナが伴って入ってきた男性に目を向けて、取り巻きの令嬢たちは勝利を確信した。


「皆様にご紹介させていただくわ。わたくしの婚約者、栄えあるミスリル王家第一王子ジルフォード殿下ですわ」


 第一王子ジルフォード。容姿端麗なだけでなく、まだ学生の身分でありながら王族の威厳を身にまとった人物だった。サブリナの言葉を聞き届けた令嬢たちは皆、礼儀やマナー以前に、本能のまま動いた。席から離れ、深く腰を落として(こうべ)を垂れる。転入生を除いて。



 サブリナは怪訝な顔で、お辞儀すらしない転入生を見る。最低限であり、最重要であるマナーも知らないこの転入生をどうしてくれようかと思案している。


 そんなサブリナを横に、隣の婚約者が不可解な行動をした。一歩前へ足を踏み出し、目は見開き、口を手で覆う。


 それに呼応して、無表情だった転入生も初めて表情を見せる。


「アイル……?」


「ジル?」


 ジルフォードのつぶやきに、可愛らしく首をかしげて転入生アイルが名前を呼ぶ。驚いているのはこの二人だけではもちろんない。サブリナと取り巻き令嬢が息をのむ。


(殿下と知り合い? )

(しかも、呼び捨てで名前を呼んだ?)

(しかも、愛称!?)


 驚愕する令嬢たちをよそに、さらに驚愕する行動を王子はとった。なんとアイルの前に跪き、その白魚のようなアイルの手を取り額に押し当てた。


「アイル……。会いたかった」


 その決定的な一言にサブリナは青ざめ、取り巻き令嬢は修羅場的展開に興奮して顔を赤らめ歓声を上げた。

読んで下さりありがとうございます。


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