探り合い
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
高次元生命体を倒した後、帆船は現大統領の乗る旗艦に近づいていった。高次元生命体を倒した帆船を恐れたのか、ベイ星域軍の人型兵器は帆船の進路から退いていった。
>『電子頭脳さん、旗艦に怪しい所はある?』
>『本船のスキャンを通さないブロックが幾つかあります。現生人類の船にしてはセキュリティが高いですね』
>『そりゃ、大統領が乗る船だ。セキュリティが高いよ。それでハッキングは出来そう?』
>『外部からは難しいと言わざるをえません。ハッキングした瞬間に相手に察知されるでしょう』
>『やはり、魔石の行方を聞くには、直接尋ねるのが一番か。しかし相手はベイ星域大統領だ、AAAクラスの傭兵とはいえ、直接話をさせて貰えるか…』
>『報償は事後相談と言う話でした。それを理由に大統領と話す機会を作り出せませんか…いえ、今旗艦から「大統領が、直接会って話がしたい」と通信が届きました』
>『分かった、シンデンが対応するから、繋いで』
シンデンが居るコクピットに、旗艦からの通信が繋がった。ホロディスプレイが表示され、そこには中年の男性が映った。大統領が通信に出ると期待していたシンデンは、話が違うと言いかけたが、それは早計だった。
『シンデン殿、高次元生命体の情報および、討伐して貰い助かりました。ついては、事後相談となっていた報酬について、大統領が直接会って話し合いたいと仰っております。シンデン殿には申し訳ないが、旗艦にて大統領と会談して頂けませんでしょうか』
シンデンは、モニターに映る副大統領の顔を見て、「会談」がシンデンを殺すための罠では無いかと疑った。以前のベイ星域軍は、レリックシップの入手を画策して、シンデンを殺そうとしていた。今回の会談も、シンデンを帆船から引き離して殺すための罠かも。響音はシオンと行動中なので、帆船に護衛として連れて行くドローンはいない。つまりシンデンは、ただ一人で旗艦に乗り込むしか無いのだ。もちろん、シンデンも簡単に死ぬ気は無いが、もしもの場合がある。
『分かった、その申し出を受けよう』
シンデンは、副大統領の目を見て、彼は卑劣な罠など仕掛けるような男ではないと思った。副大統領は「大統領に命令されて、それを忠実に実行する人物」だと情報にもある。そして現大統領は、シンデンを罠に掛ける様な女性では無い。よってシンデンは旗艦に乗り込むことに決めた。
>『シンデンに何かあったら、直ぐに助けてくれ』
>『了解しました』
もちろん保険は掛けておく。帆船の力なら、シンデンを傷つけずに、ピンポイントで旗艦を攻撃することも可能だ。相手もまさかシンデンと帆船が、霊子力通信で通信可能だとは知らないはずだ。
五キロメートル級という巨大戦艦に接舷する帆船は、クジラに近づく小魚の様であった。しかし、帆船が本気を出せば、この旗艦も一瞬で撃破することが可能だ。先ほど高次元生命体を倒したことで、その力を知ったベイ星域軍の人型機動兵器は、帆船の僅かな動きも見逃すまいと、帆船を包囲して警戒していた。
『人型兵器で威嚇するのが、ベイ星域の流儀か?』
『…失礼しました。直ぐに下がらせます』
シンデンは気功術士だが、流石に人型機動兵器が包囲する中に、生身で出て行く程馬鹿では無い。副大統領の命令で、包囲している人型機動兵器は帆船から距離を取った。
『…』
船首像のコクピットから、旗艦が延ばしたドッキングポートにシンデンは足を踏み入れた。ドッキングポートの先には、護衛も付けずに、副大統領が一人で立っていた。
『どうぞこちらに』
『分かった』
副大統領の呼びかけに応じて、シンデンは旗艦の中に入っていった。もちろん愛刀は持っている。旗艦に入った瞬間兵に取り囲まれることもなかった。副大統領はシンデンに「私について来て下さい」と言って先に歩いて行く。シンデンは警戒しながら、後を付いていった。
『大統領、シンデン殿をお連れしました』
『ありがとう。シンデンさん、どうぞお入りください』
旗艦の中央付近、普段は他の星域の外交使節を招くための豪華な部屋に、シンデンは通された。そこには大統領…メアリーが一人でソファーに座っていた。部屋の中には護衛もいなかった。つまり、この部屋には、大統領と副大統領とシンデンの三人しかいなかった。もちろん部屋の中の様子は監視されているが、シンデンが本気を出せば、二人はあっという間に殺されるだろう。
『電子頭脳、この部屋はスキャン可能か?』
『残念ながら、スキャンできません。マスターの服のセンサー反応と視覚情報だけが頼りとなります』
通常の通信はもちろん妨害されていた。シンデンは霊子力通信で帆船に部屋の周囲のスキャンを頼んだが、スキャンは不可能だった。恐らくレリックと思われる素材か妨害手段により、部屋は帆船のセンサーでのスキャンを妨害していた。シンデンが身につけているセンサーでも、部屋の外の様子は不明だ。つまり、部屋の外に伏兵が隠れていてもわからない。まあ、帆船も旗艦のセンサーでスキャンはできない。
「シンデンさん、よくいらっしゃいました」
メアリーが、ソファーから立ち上がりシンデンに挨拶し、握手を求めてきた。彼女はシンデンを警戒などしている様子も無かった。
「ベイ星域の大統領、無警戒すぎないか。もしこの場で俺が大統領を殺す刺客だったら、どうする?」
「シンデンさんは、そういう事をされない方と聞いております。そして、先ほどの高次元生命体と戦った姿から、理由もなく人を殺す方では無いと感じました。だから無用な警戒など不要でしょう」
「そうなのか?」
シンデン、メアリーの信頼に疑問を感じながら、彼女の小さな手を握り返してから、ソファーに腰を下ろした。高級品らしいソファーは、シンデンの体を優しく包んだ。
「俺を信頼して貰うのはかまわないが、俺はベイ星域を信頼していない」
「ええ、シンデンさんと『前大統領が揉めてたこと』については、私もよく知っております。ですが、今の大統領は私です。私は、貴方と事を構えるつもりはありません」
「…なるほど。前大統領とは違うと言いたいのか。しかし、貴方も傭兵をベイ星域軍に勧誘している。俺を、いや俺の船を狙っても不思議では無い」
シンデンはそう言って、気に殺気を込めて軽く放った。その殺気に驚いた副大統領は、とっさに手を懐に入れて銃を掴んだ。
「副大統領、彼は何もしませんよ」
しかし、メアリーはシンデンの殺気を込めた気を受けても、同様すらしなかった。その幼女の顔には笑顔すら浮かべている。
>『凄いな。ピクリともしなかったよ。星域軍で魔法使いとして活躍したとあるけど、幼女の皮を被った化け物なのかもしれないな』
>『マスターの身につけているセンサーでは、大統領はスキャンできません。彼女は本物の人ですか?』
>『シンデンが手を握った感触では、本物の人間だったぞ。影武者やクローンの可能性はあるかもしれないが…』
外部から、そしてシンデンの装備するセンサーでスキャン不可能な大統領の存在は、シンデンが見て触った感覚しか信用できない。そしてシンデンは、彼女が本物の人間、そして大統領その人だと感じていた。
>『確かに大統領だと感じるが、妙な人だ。彼女は絶対普通の人では無い』
メアリーは、三十代という年齢でありながら、幼女の姿である。つまり容姿からしても普通の人間では無い事は誰でも分かる。しかし、それが幼生固定という科学的な処置では無い事は、シンデンは握手した瞬間に分かった。何故ならメアリーの気の在りようが、幼生固定された人とは異なったからだ。
シンデンは、過去に自分の容姿が衰えるのを恐れ、科学的に十代前半で幼生固定処置を受けた女性に会ったことがあった。その女性は、年老いていく周囲の同僚を馬鹿にしつつ、内心では自分が老いることが出来ない事を悔いていた。シンデンは、科学的に処置された彼女の気が他の人と決定的に違う部分が在ることを知っていた。だからシンデンは、メアリーがその様な処置を受けていない事が分かった。
何よりメアリーは、データにあった写真より少し成長していた。つまり、幼生固定されているのでは無く、成長する速度が他の人と異なるのだ。
>『電子頭脳さん、成長、いや老いる速度を遅くする。そんな技術ってあるの?』
>『現生人類がその様な技術を開発したとは聞いていません。気功術や魔法使い、理力使いの達人は、普通の人より長生きすると言われています。しかし、そのような人類は、年老いた姿で長生きするのです。彼女のそれは、どちらかと言えば本船の創造主に近い状態です』
>『創造主に近いって…。それじゃ、大統領はヤマト級と関わりがあるのか?もしかして、シオンと同じくヤマト級が作り出した存在か?』
>『いえ、そう確証できません。彼女が人類として特殊な固体であるだけかもしれません』
帆船を作った創造主は、人類と異なり千年近く…中には不老不死とも言えるような寿命を持った生命体だった。しかし創造主達も、最初から長命な種族では無かった。種族として長い時を経て進化して、長命種族になったのだ。だから、人類もこのまま進化していけば、長命な種族となる可能性もある。メアリーはそういった進化の先触れである可能性もあった。
「済まない。少し脅かしてしまったようだ」
「シンデンさんからしたら、ベイ星域はそれほど信用がならない所なのでしょうね」
メアリーがそうため息をついたところで、部屋の扉が開き、侍女がお茶を運んできた。大統領にはコーヒーが、そしてシンデンには日本茶が運ばれてきた。茶請けがケーキなのは少し残念だが、メアリーは、最近のシンデンの好みを把握してるようだった。
「どうぞ、毒など入っておりません」
メアリーはそう言ってコーヒーを手に取った。
「…分かった、頂こう」
>『美味しいお茶だな。しかし、彼女は、シンデンの事を何処まで調べたんだろうね』
シンデンに出されたお茶は、玉露であった。とても美味しいお茶であったが、それだけにお茶請けがケーキなのは残念だった。大統領はケーキを美味しそうに食べているが、その小学生の様な幼女の姿に騙されてはいけない。
「それで、依頼の報酬の件だが…」
シンデンがそう切り出すと、ケーキを食べていたメアリーの手がピタリと止まった。
「そうでした。ついケーキに夢中になりました。私を狙ってきた謎の敵…高次元生命体でしたか、シンデンさんからの情報はとても助かりました。また、討伐依頼を受けて倒していただき、私も生き延びることが出来ました。ありがとうございます」
「彼奴を野放しにすることは、俺にとっても危険な事だったからな。それに、あれが高次元生命体であることは、大統領も知っていたと思うが、違うか?」
「いえいえ、私はあれが高次元生命体だとは知りませんでしたよ」
「なるほど。しかし、一介の傭兵の話を信じて、自分の乗った旗艦を囮にしてまで高次元生命体を食い止める。そんな事はなかなか出来ない物だ。どうして俺の話を信じたんだ」
「大統領の本家には、あのような存在を呼び出すレリックが在ると知っていました。そこでもしかしてあの豚、トルマンがそれを使う可能性も考慮には入れていました。そして呼び出された存在を目にして、シンデンさんの話を信じただけです」
シンデンは、メアリーの言葉に嘘など含まれていないと感じていた。気功術士としてレベルアップしてから、シンデンは第六感とも言うべき感覚が鋭くなっていた。シンデンに気功術を押して得ていた老人も、嘘を見破るのが得意だった。
「そうか。しかし、俺があれを倒せなかったら、大統領はどうやって彼奴を倒すもりだったのだ?言っては悪いが、ベイ星域軍の人型機動兵器では、高次元生命体には勝てなかっただろう。俺も自分が勝てたのは奇跡的な事だと自覚している」
実際、船首像のブラックボックスの助けが無ければ、シンデンは高次元生命体に負けていた。
「いえ、シンデンさんなら、高次元生命体にも勝てると信じておりました。だから、もし貴方が負けてしまったら、私は殺されていたでしょう」
そう言って、大統領は再びケーキを食べ始めていた。
>『嘘だな。シンデンはそう感じている。つまり、大統領は高次元生命体に勝てる手段を持っているな』
>『本船には、その六感という物は理解出来ません。しかし、バックアップ霊子がそう判断するのであれば、彼女は嘘を言っているのでしょう』
「なかなか潔いな。死ぬつもりだったとか、貴方を大統領に選んでくれたベイ星域国の人が知ったら怒るだろうな」
「そうでしょうか。国民は強かですよ。私が死んでも、次の人が私より優秀なら、大喜びでその方を大統領にするでしょうね」
「そういう物か」
「そういう物ですよ」
シンデンはそこまで話した所で、残ったお茶を飲み干した。
「依頼の報酬の話から、脱線したな。それで、俺としては報酬として金を要求するつもりは無い」
「あら、もしかしてベイ星域軍へ入ってくださるとか…」
「それは絶対にない。俺が欲しいのは、大統領、貴方が集めている魔石だ。その中から魔石を一つ選ばせて欲しい。それが俺が望む報酬だ」
「それは…(これは予想外でした)」
メアリーは、シンデンが魔石が欲しいと、ストレートに要求するとは思ってもみなかった。シンデンのチームに魔法使いが居り、そして彼が貴重な魔石を探していることは、メアリーも諜報部から情報を聞いていた。そしてメアリーが魔石を集めている事は、秘密にしていたが、いつかはバレてしまうと思っていた。しかし、今この時点で、シンデンから依頼の報酬として要求されるのは想定外だった。
メアリーも、シンデンが海賊ギルドの元頭目と知り合いで、彼女が魔石を集めていることが既に知られているとは想定外だった。
「(『魔石など持っていないと』嘘をついて誤魔化すことは可能ですが。しかし、この傭兵にそれが通じるとは思えません。取りあえずカバーストーリー通りに答えましょう)私は大統領、いや将軍となる前には、魔法使いとして星域軍で活動していました。今も現役魔法使いと思っています。だから、貴重な魔石が重要な戦力になることを知っています。だから貴重な魔石を死蔵している方から、魔石を提供…いえ、買い取って、『いざという時』に備えているのです」
「『いざという時』か…」
>『魔法使いが魔石を集める。まあ話としては有りだが、嘘だよね。シンデンもそう感じている』
>『そうですね。『いざという時』であるなら、大統領本人では無く、星域軍が管理すべきですね』
>『ヤマト級の復活に、魔石が使われたという可能性もあるよな』
「…大統領の話が本当なら、その貴重な魔石は、今は何処かに保管されている。そうだな?」
「え、ええ。そうです。この旗艦に保管してあります」
「では、その魔石を見せて貰えないだろうか。そしてその中から、報酬として一つ貰いたい。出来れば今すぐに見せて貰えるだろうか」
「(そう来ましたか)…分かりました。シンデンさんの報酬は、私が集めている魔石から、一つ貰うだけで宜しいのですね?」
「ああ、それで構わない」
シンデンが今すぐと言ったのは、魔石が偽造されることを警戒したからである。帆船は魔石を作り出せる。だからヤマト級も魔石をもしかしたら作り出せるかもしれない。後で見せて貰うとなれば、偽物を出されると警戒したのだ。
>『本気で今シンデンに魔石を見せて、渡すつもりか』
>『魔石はまだ使われていないという事ですね。それならヤマト級の復活はまだ行っていないことになります。とにかく確認しましょう』
シンデンは、大統領の真意が分からぬまま、魔石を見てそのうちの一つを譲り受けることを報酬と決めたのだった。
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