ベイ星系大統領の思惑と高次元生命体との戦い
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
>『それで、高次元生命体ってどんな奴だ?名前からして、やばそうな感じがするんだが…』
>『簡単に言うと、我々の世界とは異なる次元に存在する生命体です。本船の創造主達も呼び出して使役していた時代がありました。しかし、呼び出した高次元生命体は、個体ごとに得意とする能力が異なり、使役するのに支払う対価も効果の割に高価でした。そのため創造主達は彼らを呼び出すことを諦めたのです。ああ、一括りに高次元生命体と言っていますが、呼び出される存在は、必ずしも同じ次元から呼び出されるわけではありません。まあ、特定の個体を呼び出す方法まで創造主は確立していましたが、やはりコストパフォーマンスが悪く、使えないという結論に達しました。本船の封印が解放された後、人類の歴史を調べたのですが、人類は、偶然呼び出した高次元生命体を神とあがめていたようですね。神や悪魔と呼ぶ者達の幾つかは、恐らく何らかの方法で呼び出された高次元生命体と本船は推測しています。人類が神や悪魔と呼ぶように、この世界の物理法則を無視した力を振るう個体もいますが、呼び出すために、そして願いをかなえる為の対価として、「最低でも霊子を、最大規模では恒星系を丸ごと要求された」と本船の記録には残っています。例えば、「人間一人をAという惑星からBという惑星に移動させて欲しい」と高次元生命体に願えば、一瞬で霊子にも影響なく移動させることが可能です。しかし、その対価として恒星系が一つ消えることになります。高次元生命体とは、そういった存在なのです』
>『それって、霊子力兵器より厄介な連中じゃないか』
>『呼び出すためにも複雑な手順や対価が必要な為、霊子力兵器ほど手軽には使えません。それに高次元生命体は、この世界に永遠に存在し続ける事はできません。通常は、願いをかなえるか一定時間経過すると、元の世界に戻ってしまいます』
>『なるほど。神おろしや悪魔召喚も大概時間制限有りだな。じゃあ、あいつも放っておけば、勝手に元の世界に戻るんじゃないのか?』
>『それが、創造主達の中には、呼び出した高次元生命体をこの世界に閉じ込めて、何時でも使役できるような、「拘束装置」を作り出した者達がいたのです。元の世界に戻れなくなった高次元生命体は、最初は対価に応じて願いをかなえていました。しかし閉じ込められた高次元生命体は、願いをかなえても元の世界に戻る事が出来ない為、怒り狂ったのです。そして偶然「拘束装置」が破壊されて解放された高次元生命体は、星々を破壊して、最終的には星団を丸ごと一つ消し去って、ようやく元の世界に戻りました。そのような事故があった為、創造主達は高次元生命体を呼び出すことを諦め、全ての「拘束装置」を破棄したのですが、本船が封印されている間に、同じような「拘束装置」を開発した文明があったのでしょう』
>『星団を丸ごと一つ消し去るって、どれだけの星が消えたんだ?』
>『その時消えた星団は、数千の恒星系を含んでいました。それを成した高次元生命体の個体は、創造主達の間では魔神と呼ばれました。まあ人類の言う魔神等とは比べものにならない、強大な存在です』
>『本当かよ。それじゃあ、あの高次元生命体も、もしかしたら、星団を一瞬で消し去る事が可能なやつかもしれないのか?そんな相手に俺達は勝てるのか?』
>『もちろん本船も勝算無しで向かっていません。もしあの高次元生命体が強力な個体であれば、一瞬で願いを叶えていたでしょう。しかし、今星域軍と戦っている状態を観察したところ、本船でも撃破可能と推測しています。先ほども言ったように、高次元生命体はこの世界の物理法則を無視するような強大な力を振るいますが、それに対抗できる力をマスターも持っています』
>『それは気功術の事か』
>『はい。あのレベルの高次元生命体であれば、魔法や理力でも戦えます。つまり本船の魔弾も高次元生命体には有効です』
>『星域軍は今の情報を知っているのか?』
>『本船が封印から解放されてから、高次元生命体による被害の情報は聞いていません。しかし、ベイ星域の元大統領が、高次元生命体を捕らえていたレリックを秘匿していたのであれば、ベイ星域軍はその様な情報を持っていないと推測します』
>『まあ、負ける直前まで使わなかったと言うことは、本当に最後の切り札だったんだろうな。電子頭脳さん、今の情報をベイ星域軍に伝えることは可能か?』
>『…高次元生命体への対抗手段を伝える事は、創造主が規定した禁則事項に入っていません。バックアップ霊子が、「情報を提供する」と判断するなら、本船は従います』
>『まあ、シンデンならその禁則事項に入っていても、知らせるだろうな。俺も伝えた方が良いと思う。良し、電子頭脳さんが渡しても良いと思う範囲で、高次元生命体についての情報を渡してやれ。近代科学兵器じゃ相手にならないって事も教えてやれよ』
>『了解しました』
帆船は全速で高次元生命体を追っているが、戦場から遠く離れていたため、追いつくまでに時間がかかる。その間にも、解き放たれた高次元生命体は、現大統領派の艦隊を破壊していった。戦闘ドローンやAI戦艦は、全ての攻撃が無効化され、高次元生命体に触れた端から消え去っていく。その圧倒的な戦い方を見れば、物理法則を無視した存在だと分かる。魔法使いや理力使い、気功術士の乗る人型兵器は、消滅を免れていたが、母艦を一瞬で消し去る高次元生命体の力を恐れて、逃げ惑うだけだった。このままでは、高次元生命体は、現大統領が搭乗する旗艦に辿り着き、元大統領の願いをかなえるだろう。
電子頭脳は、今回の高次元生命体は、「拘束装置からの解放」を願いをかなえる為の対価として要求したと推測していた。俺は、「解放されたなら自由に暴れるんじゃないの?」と思ったが、高次元生命体はよほどのことが無い限り、対価が先に支払われた場合、その願いをかなえるために行動する存在らしい。まあ悪魔が契約を破れないような物で、そういった存在だからこそ、この世界に呼び出されるのだ。
俺は、前大統領が願ったのは、「現大統領を殺す事」だと思っていた。つまり高次元生命体は、現大統領を殺すまで、他の物には手を出さない。しかし、現大統領を殺すのを邪魔する者達を、見逃すほど優しくはない。人命の数を考えれば、「大統領、みんなのために死んでね」となるが、そんな事、言えるわけが無い。そして、帆船とシンデンには、高次元生命体と戦える力があるのだ。
★☆★☆
-現大統領旗艦-
ベイ星域の現大統領メアリーが乗る旗艦は、五キロメートル級という巨大戦艦だった。つい先ほどまで、あと少しで内戦に勝利すると沸き立っていたブリッジは、今は高次元生命体の接近に慌てふためいていたい。
「大統領、あの謎の敵は本艦を目指しています。旗艦を後退させましょう」
副大統領が、大統領であるメアリーに待避するように進言する。
「いえ、あの敵は私を狙ってきています。恐らくあの豚…トルマンは、本家に伝わるレリックを使ったのでしょう。そうであれば、私が逃げ回っても意味がありません。あれは私を追ってくるでしょう」
幼女の姿であるメアリーだが、その言葉使いは大人の女性だった。もちろん年齢を考えれば大人である事は確かだが、知らない人が見れば、大人ぶっている幼女にしか見えなかった。
>『リヒトフォーヘン、あの敵は私を狙ってきているのですよね?』
そして、今メアリーが霊子力通信で話しかけているリヒトフォーヘンは、旗艦の電子頭脳では無い、別の存在だった。
>『この船に向かってきているのは高次元生命体です。人類が持つ科学的兵器や防衛手段では、対抗できません。気功術士か魔法使い、理力使いであれば攻撃や防御が可能です。もちろん本船に乗船していただければ、指一本振れさせはしません。今すぐマスターは、本船に搭乗してください』
>『私は、ベイ星域の大統領であると同時に将軍でもあるのよ。真っ先に自分が逃げ出すわけにはいかないわ。最終的にそうなるとしても、今はまだその時では無いわ』
「大統領、シンデンと名乗る傭兵から、メッセージが届きました『敵は高次元生命体。通常兵器では対応不可能。気功術士か魔法使い、理力使いにて対処を求む』だそうです。メッセージに続けて、あの敵…高次元生命体に関する情報も送られてきています」
ブリッジの通信オペレータがメアリーに報告する。メアリーはモニターに映る高次元生命体の情報を見て、それがリヒトフォーヘンの言う高次元生命体の情報と一致していることを知って驚いた。
「シンデン…確か、トルマンが星域軍に引き込もうとして失敗した、レリックシップ持ちの傭兵ですね」
「はい、その傭兵のシンデンです。しかし、なぜ彼はこのタイミングで首都星に来ていたのでしょう。トルマンの勧誘から逃げ切った後は、ベイ星域に近寄らないと思っておりました」
副大統領は、シンデンが首都星に出てきた事に驚いていた。
「トルマンが失脚したと聞いて、様子を見に訪れたのでしょうね。それで、彼は使える傭兵なのですか?」
「真偽の程は定かではありませんが、彼のレリックシップは、星域軍の一個艦隊と等しい戦力を持っていると言われております。最近では、サン星系にて母艦級宇宙生物を退治したという話を聞いております」
ベイ星域は優秀な傭兵を星域軍に勧誘している。そのため副大統領は、有名な傭兵の情報収集を怠っていなかった。もちろんその中には、シンデンの情報も含まれていた。
「なるほど、素晴らしいレリックシップを持っているようですね」
>『リヒトフォーヘンは、あのレリックシップの事を知っていますか?』
>『キャラック級帆船ですね。ええ、よく知っています。あの船であれば、高次元生命体と戦うことも可能です。それに、あの船の電子頭脳は、高次元生命体による現生人類の虐殺を認めないでしょう。つまり、キャラック級帆船とそのマスターは、高次元生命体と戦うつもりです。本当にキャラック級帆船の電子頭脳は馬鹿ですね、現生人類に味方しても意味も無いのに。ああ、私はそんな馬鹿ではありません。マスターさえ助かれば他の生命体はどうでも良いのです』
>『貴方はまたそんな事を言う。私はその現生人類を統一してしまおうという星域の大統領なのですよ』
メアリーは、リヒトフォーヘンの考えに呆れたが、彼の助けなくして、彼女の望はかなえられない事も理解していた。
「あの傭兵…シンデンのメッセージは真実だと私は判断しました。彼の支持通り、気功術士と魔法使い、理力使いの人型機動兵器部隊であの敵に対応してください。高次元生命体は旗艦が引きつけます。その間に残りの艦艇は、左右に迂回して前大統領派の艦隊を撃破してください。もちろん投降はするなら捕縛してくださいね」
「大統領、旗艦を後退させないのですか」
メアリーの指示に副大統領が驚くが、彼女は天使の微笑みを彼に見せていた。
「ええ、旗艦はこの場で敵を引きつけます。通信オペレータ、あの傭兵…シンデンに、米大統領として『高次元生命体の退治』を依頼してください。ええ大至急お願いします。報酬に関しては、事後相談と言うことでお願いします」
「…はっ、分かりました。あの傭兵にそのように伝えます」
>『あの傭兵は高次元生命体を倒せると思う?』
>『高次元生命体は個体差が大きい為、正確な予想は出せません。しかし、キャラック級帆船も馬鹿では無いはず。勝つ見込みが有るのでしょう』
>『貴方が協力すれば、確実に倒せるのでは?』
>『本船が協力すれば、というより、マスターが乗船してくだされば、本船だけで確実に倒せます。ですが、その場合キャラック級帆船に、本船の情報が漏れてしまいます。そうなることはなるべく避けたいのです』
>『リヒトフォーヘン、貴方はあのレリックシップを恐れているの』
>『恐れるという感情は本船にはありません。本船の存在をキャラック級帆船に知られると、いらぬ争いが発生すると推測しています。マスターをその争いに巻き込みたく無いだけです』
「あのレリックシップは、リヒトフォーヘンを狙ってくる可能性があるのね。できれば高次元生命体と共倒れしてくれないかしら…」
メアリーは、モニターに映るシンデンの駆るレリックシップを見上げてそう呟いた。
「大統領、何か仰いましたか?」
「いえ独り言よ。気にしないで」
副大統領が、メアリーの呟きに対して問いかけたが、彼女は「独り言」と誤魔化した。メアリーが、リヒトフォーヘンという存在と繋がっていることを知る者は少ない。政治的な腹心である副大統領も知らない極秘事項なのだ。
★☆★☆
>『現大統領の旗艦から、「高次元生命体を倒して欲しい」と返信がありました。ベイ星域軍は、本船のメッセージに従って、人型機動兵器(気功術士、魔法使い、理力使い)で高次元生命体に対応しています』
>『こちらの通信を素直に聞いて対応できるか。そして俺達に高次元生物の退治を依頼するとか、本当にやり手だな。まあ、俺達も高次元生命体を倒すつもりだったんだ。「了解した」と返答してくれ』
>『はい。そう思って既に返答済みです。なお、報酬は事後相談ですので、交渉は私に任せてください』
>『そうだな。やり手の大統領と交渉は会計処理プログラムに任せるとしよう。それじゃ、俺は、化け物退治に取りかかるとするか』
戦闘ドローンやAI戦艦を体当たりで破壊しながら、現大統領の乗る旗艦に向けて突き進んでいた高次元生命体だが、今は人型機動兵器が放つ魔法や理力のフィールド、そして気功術士の攻撃に阻まれて、その足が止まっていた。
『退け、我はあの者の願いをかなえた後、元の世界に戻るのだ。その邪魔をするな!』
高次元生命体は、そう叫びながら包囲を破ろうとするが、魔法使いや理力使いのフィールドに阻まれて完全に包囲されていた。科学的なフィールドなら、物理法則を無視する高次元生命体はそれをすり抜けてしまうが、魔力や理力で作られたフィールドは、高次元生命体でもすり抜けることはできなかった。しかし、高次元生命体が体当たりする度に、フィールドは軋み、その衝撃に耐え斬れなかった魔法使いや理力使いの人型機動兵器が脱落していく。
『ええい、チクチクと鬱陶しい』
一方、気功術士の乗る人型機動兵器は、防御を破らせまいと高次元生命体に気功術を使って格闘戦をしかけたが、高次元生命体には、蚊が刺したほどの効果しか無かった。高次元生命体が振るった腕というか触手に、攻撃をしていた気功術士の人型兵器は弾き飛ばされてしまう。気のフィールドを纏っていたため撃墜は免れていたが、人型機動兵器はかなりのダメージを受けていた。このまま次の攻撃を受けてしまえば、気のフィールドで防御しても耐えきれず破壊されてしまうだろう。
そんな状態の中にシンデンと帆船が飛び込んできた。既に船首像は解放され、星域軍の人型機動兵器を撃破しようと延ばされた、高次元生命体の触手を銀色の大刀で受け止めた。
『大統領からこいつの始末を依頼された、傭兵のシンデンだ。攻撃は俺に任せて、あんた達は、こいつを逃がさないようにしてくれ』
『助かりました。シンデン殿、どうか大統領をお救いください』
シンデンに助けられた気功術士は、礼を言うと撤退していった。残った魔法使いと理力使いは、気力を振り絞りフィールドを強化して、高次元生命体の逃すまいと包囲を固めた。
『高次元生命体には恨みは無いが、このまま暴れ回られると、人類は困るんでね。申し訳ないが倒させてもらうぜ!』
『低次元の者が我を倒すだと。そんな事が出来ると思っているのか!』
『その低次元の者に捕らわれていたんだろ。願いなどかなえずに、さっさと元の世界に戻れば、痛い目を見ずに済むぞ』
『はははっ、それが許されるなら、とっくに帰っておるわ。我を拘束していた枷は壊れたが、契約は成されたのだ。それを果たさずに、我は元の世界に帰る訳にはいかぬのだ!』
『話し合いは決裂か。じゃあ、戦うしか無いな』
『そんな低レベルの力で我を倒せると思っておるのか』
高次元生命体は嘲る。しかし、シンデンは銀色の大刀を構えると、気を体内で練り上げると、ここしばらくの訓練の結果、回すことが可能となった、頭頂のチャクラを通して気の質を昇華させていった。そして頭頂のチャクラで昇華された気は、人類が作り上げた気の増幅回路ではなく、ブラックボックスを通して増幅され、液体金属で作られた大刀に満ちていく。そうして気を蓄えた大刀は、金色の粒子を纏っていった。
『ぬぅ、それは』
シンデンが行った、気の昇華に気付いたのか、高次元生命体は、船首像に向かって触手のような腕を振るってきた。
『チェストー』
乙女の体を締め付けて破壊しようとした触手は、大刀の一振りで切り裂かれる。そして切り裂かれた触手は、帆船が放った光速の魔弾にて消滅させられた。
『馬鹿な…我が斬られただと』
高次元生命体は、目の前にいる者が、自分を殺せる存在だと理解した。
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