大統領の情報と魔石の行方
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
ヒストン恒星系の第三惑星、そのステーションの最下層は、薄汚れた区画であり、ステーションへの居住許可を持っていないような連中がゴロゴロしているような場所である。まあ、普通の人が近づくには危険な場所である。シンデンも油断することなく歩いて行く。まあ、シンデンを見かけて襲いかかってきそうな連中には、殺気を放ってその気をなくすことで、人を斬ることなどなく目的地に辿り着いた。
「まだ生きていたか」
「失礼な奴だな。儂はまだまだ死なんぞ」
段ボールハウスよりましな程度の小屋の中に、シンデンの知り合い…元海賊ギルドの元締めが座っていた。この爺は、ベイ星域を荒らし回っていた海賊達を取りまとめていた男である。もう干からびて貫禄も無いのだが、目だけは現役時と同じくギラギラとしている。
ベイ星域の海賊達は、この男の元で星域を牛耳るほどの勢力を持っていた。しかし、独裁者となった大統領は、星域軍を増強し海賊を一斉に取り締まった。そのため彼の組織した海賊ギルドは壊滅的な打撃を受けてしまい、彼もここに逃げ込んで引退するしか無かった。海賊を一掃した事で国民の人気を得た大統領は、一気に法律を改悪して独裁者になったのだ。つまり、爺の作った海賊ギルドは、独裁者を作る為の生け贄となったのだ。そういった過去がこの男にはあった。
シンデンがこの男に知り合ったのは、本当に偶然だった。このステーションに停泊した時、星域軍の部隊がシンデンを襲ってきた。襲撃してきたとはいえ、人殺しをしたくなかったシンデンは、星域軍から逃れるためにステーションを逃げ回り、この最下層に逃げ込んだ。そこでこの男に出会ったのだ。
「しぶとい爺だ。まあ生きていてくれて助かった。これは手土産だ」
シンデンは、ステーションの酒場で購入したラム酒を爺に手渡した。
「おう、小僧、礼儀が分かっているな」
爺はもう百歳は超えているはずだが、ラム酒を瓶から豪快に飲んだ。普通なら咽せてしまいそうな行為だが、海賊らしい豪快さだ。
「それで、俺がここに来た理由は…」
「今の大統領の情報が欲しいんだな。後は魔石の行方か…」
「…魔石の事をどうして知っている」
「何、俺もこんな状況だが、いろいろ他の星域の話を持ってくる奴もいる。そんな連中の中には、お前の様な傭兵もいる。だから、お前が魔石を探しているという事も分かっているぞ」
「…そうか」
>『すごいな、傭兵からの話だけで、俺達が魔石を探していることを予想したのか。流石、大勢の海賊達を仕切っていただけはあるな』
>『情報を正確に精査して予想することができなければ、海賊ギルドなど運営できないでしょう。それでも、結局は星域軍の数の暴力には勝てませんでした。だから彼はここに居るのです』
>『そうだな…』
「それじゃ、俺の知りたい情報を持っているのか?」
「ああ、お前の知りたい情報を持っているぞ」
「なるほど、じゃあその情報を売ってくれ」
「そう慌てるな、情報は持っているが、今は手元に無い情報もある。先にラム酒の対価として、大統領の情報を話してやろう」
そう言って爺はラム酒の瓶を掲げると、再びグビリと酒を飲んだ。
「今の大統領だが、あの女は…」
爺は、今の大統領がどうやって前大統領を蹴落として大統領となったかを話し始めた。
現大統領は、傍系の家系でもかなり末端の家系の出身であった。名前はメアリーというが、十歳にして大学を卒業するほどの天才…いや秀才だった。そしてメアリーは魔法使いとしての素質があった。そして大学を卒業すると、十代前半で星域軍に入隊して魔法使いとして活躍していった。まあ傍系といっても大統領の血筋である、女性でありながらも、とんとん拍子に昇進していった。まあ、星域軍で昇進している分には、特に問題は無かったのだが、メアリーは有能すぎた。
本来魔法使いは、士官学校を出ずに軍人となる為、一定の階級以上に昇進することはできない。だがメアリーは、大統領の家系であることを利用して、士官学校に無理を言って入学し、そこで士官としての才能を持っている事も証明してしまった。
士官学校を優秀な成績で卒業して、メアリーは更に昇進した。まあ女性だから様々な苦労を経験しただろうが、星域軍にはレマのように女性軍人も一定数存在する。メアリーはそういった女性軍人の支持を集めた、いやそれだけではなく、軍人では無い、軍に係わる仕事をしている女性達の支持を集めたのだ。
軍を支えているのは軍人だけではない、物資を納品している企業や、小さな所では軍の施設で売店の店員や、掃除をしている叔母ちゃんなど、軍の運営には女性が大勢係わっているのだ。また、軍である以上、戦死者の遺族がいて、その大半は女性である。メアリーはそういった女性達を自分の支持基盤としたのだ。
「凄いというか、男性軍人からしたら恐ろしい話だな。食堂のコックや、売店の店員、掃除の叔母ちゃんを仲間にしたのか。そりゃ勝てない」
「ああ、普通はそこまで考えないだろうな」
軍では男性が優遇されるとしても、一個人、特に兵士達に取っては、身近に接している女性達からの要望を無視することは不可能だ。軍務であれば、上からの命令は絶対だが、政治に関しては、上官が命令して投票させることは法的には不可能だ。
そして、軍に関係する女性は、男性軍人の秘密を握っていた。掃除の叔母ちゃんが、掃除中に軍人達の愚痴話を聞くなど日常茶飯事だ。売店の女性も、誰が何を買ったか知っている。守秘義務があるから、そんな話は外部には出来ないが、同じ軍人であるメアリーに茶飲み話として話す事は問題とならない。
「○○提督は駄目だな~。俺、別な部署に移動したい」
「彼奴は、海賊と繋がっているらしい。お前も巻き込まれないように気を付けろよ」
まあこんな会話が、メアリーの元に集まってくるのだ。彼女が軍を掌握できないはずがない。軍の諜報部より食堂や売店、掃除をやっている軍人では無い人の方が、軍内部の情報を握っているのだ。
こうしてメアリーは、軍部を掌握していった。もちろん反発する男性軍人もいる。だがその勢力はだんだん小さくなっていった。そしてメアリーは、ベイ星域軍初の女性の将軍となった。
軍部を掌握したメアリーは、軍人でありながら大統領候補として立候補した。もちろん普通の星域では、シビリアンコントロールの原理から選挙に出ることはできない。しかしベイ星域では、軍人のまま政治家になることが可能であった。そう、大統領が自分の子供を大統領にするため、軍を掌握するために法律を変えてしまったのだ。
ベイ星域軍初の女性将軍が、大統領に立候補した。今まで出来レースで大統領選挙を乗り切っていた本家に取っては、寝耳に水の話である。もちろん本家は、メアリーの実家に圧力を掛けた。しかしメアリーは実家の言うことなど聞く気はなかった。大統領になってしまえば、本家の言うことなど無視できるのだ。
選挙は荒れたが、星域軍を掌握しているというのは強い。本家は何とか選挙結果を操作しようとしたが、軍の諜報部が敵に回ってしまえばそれも不可能だ。今まで大統領の言いなりであったメディアも、この時は何故かメアリーに味方した。
そうして、メアリーはベイ星域は初の女性大統領となったのだ。
「なるほど。メアリー大統領は優秀だな。そして今、敵対する勢力を一掃するために、わざとクーデターを起こさせたという事か」
「ああ、女性が男性の上に立つなど許せないという馬鹿がいるのだ。無能な奴ほどそういう者が多い。つまり、今の大統領は、ベイ星域からそんな無能な連中を消し去るつもりなのだ」
「そうか…それで、内戦が始まるとして、いつ頃始まるか分かるか?」
「大統領は敵を纏めて葬るつもりだ。だから敵が一カ所に集まるまで待つつもりだろう。あと一週間ほどは首都星で睨み合っているはずだ」
「…敵を一掃するなら確かに集めた方が確実だが、それだと味方の被害も大きくなるぞ。俺なら、軍を分けて集まってくる連中を各個撃破するけどな」
「まあ、集まった連中も全員前大統領を指示している連中ばかりじゃ無い。命令で仕方なく従っている連中もいるのだ。恐らく、戦いが始まる前に、そういった連中を離反させるつもりだろうな。そうなれば前大統領派はあっという間に彼女に始末されるだろう」
「そこまで考えているのか、恐ろしい女性だな」
「ああ、今は星域軍がいないから、海賊も仕事を張り切っているが、内戦が終わったら、星域内から海賊は一掃されるだろう。何せ、今まで海賊と連んでいたような星域軍の連中が、一斉にいなくなるからな」
「それが分かっているなら、海賊達に逃げろとは言わないのか?」
「賢い奴はとっくに逃げ出している。今残っているのは、儂の言うことなど聞かない馬鹿だけだ」
そこまで話した所で、小屋に子供が入ってきた。一瞬シンデンは身構えたが、どうやら爺の知り合いらしく、彼に耳打ちだけして出て行った。
「最後の情報が集まった。お前の知りたい情報…魔石の行方だが、どうやら全て現大統領の手元にあるようだ。彼女は魔法使いだ、魔石の使い道は分かっている。恐らく自分の手駒である魔法使い達の為に集めたんだろう」
「なるほど…」
>『ベイ星域には、ヤマト級のような魔法使いに特化したレリックシップが存在すると思うか?』
>『星域軍がレリックシップを所有していたとしても、それは秘匿されています。民間のネットをハッキングしただけでは分かりません。それに、今のところレリックシップを所持した傭兵が、ベイ星域軍に勧誘されたという情報はありません』
>『軍の情報だが、軍のネットをハッキングすれば分かるのか?幸い軍のステーションは今はがら空きだ、侵入してハッキングすることは可能だろ』
>『秘匿されているとなれば、軍のネットをハッキングしても情報が見つかる可能性は低いでしょう。現地で確認するのが確実です』
>『そうなると、首都星に行くしか無いのか。レマの監視が無いから楽に調査できると思ったが、早々上手くはいかないか』
まあ、魔石の行方について、ここで情報を得られたのは助かった。この情報を知らなかったら、俺達は魔石一つ一つの行方を追って無駄な時間を費やすことになっただろう。
「魔石の情報は助かった。情報の対価はこれで良いか」
シンデンは、懐から電子マネーチップを取り出した。電子マネーチップは、通常の電子マネーと異なり、ネットワークを介さずに使える金である。ネットを介さずに使える電子マネーチップは、マネーロンダリングするための物であるが、必要悪として流通している。世の中きれい事だけでは回らない事も多いのだ。傭兵ともなれば、そういった手口も知っている。
「うむ、確かに受け取った」
爺が電子マネーチップを金額も確認してから、受け取ることで、俺は爺が話したことに嘘が無いと確信した。情報の対価は様々だが、シンデンが渡した電子マネーチップには、俺(AAAランクの傭兵)を一ヶ月程雇うのに等しい金額が入っている。この爺は犯罪者で悪党だが、仁義という物を持っているのだ。そうシンデンは記憶していた。つまり、シンデンの渡した金額と魔石の情報の対価は等しいと言うことなのだ。
「では失礼する」
「おう、またこれを持ってきてくれ」
爺はラム酒の瓶を掲げてシンデンを見送った。
★☆★☆
ヒストン恒星系からベイ星域の首都星、シントン恒星系まで一週間ほどかかる。つまり、さっさと出港しないと内戦が始まってしまう。
>『レマは…諜報部はそれを掴んでいたから、急いでレマを向かわせたんだな』
>『そうですね。本船も急ぎましょう』
傭兵ギルドに、シンデンは首都星に向かうことを告げてステーションを離れた。
傭兵ギルドでは、ギルド支部長が「必ず戻ってきてくれ」と、縋り付くように懇願してきたのには困った。もちろんシンデンは、シオン達が依頼を完了して戻ってくる時までには、ヒストン恒星系に戻ってくる。そうしないと、この恒星系は壊滅しかねない。現大統領もそれは分かっているはずだ。つまり、内戦もそれに間に合わせるように終わらせるだろう。
>『内戦も、大統領の想定通りに終わると良いのだが』
>『それはフラグでしょうか』
>『電子頭脳さん、フラグとか言わないで…』
電子頭脳の発言に俺は一抹の不安を感じながら、首都星を目指して超光速航法に入った。
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