ベイ星域の政変
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
アゼルチン星域での魔石の調査は終了した。一つだけ行方不明の魔石があったが、残りは全て存在を確認できた。また帆船の仲間の船も一隻見つけ出すことができた。まあ上出来と言って良いだろう。
>『それで、次は何処にむかえば良いんだ』
>『次に向かうのは、ベイ星系です』
>『ベイ星系か…』
>『マスターに取っては、問題の多い星域ですが、そこにも貴重な魔石が多く輸出されています』
>『仕方ないか』
ベイ星域は、シンデンと一度揉めたことのある星域である。ベイ星域は銀河系のサジタリウス腕にある比較的新しい星域国だが、その領域は五本の指に入る広さを誇る。そしてベイ星域は、政治体系がベイ帝国と呼ばれるほどの特殊な政治体系を持つ星域国である。
ベイ星域も、昔は選挙を行って大統領を選んでいたのだが、何代目かの大統領が民衆の支持が高いことを利用して、大統領を専制君主の様な絶対権力者として政治を行えるように、法律を変えてしまったのだ。それ以後は、選挙は行われるが、大統領となるのはその法律を作り上げた大統領の子孫であり、数代にわたってベイ星域を支配している。
そして独裁者が支配するベイ星域が国是として掲げているのが、「人類を統一国家として纏める」という構想だった。もちろん統一国家のトップに立つのはベイ星域である。その国是に従い、ベイ星域は徴兵制を実施しており、傭兵も強引に星域軍に引き入れたりして、軍事力の増強を図っている。ベイ星域はそういう国家であるため、周辺星域だけでは無く、遠く離れた他の星域からも警戒されているのだ。
ベイ星域とシンデンが揉めたのも、シンデンに「ベイ星域軍に入れ」とお誘いがかかったからだ。シンデンは当然その誘いを断った。ベイ星域は、シンデンより彼の持つレリックシップが狙いであった為、結局ベイ星域軍はシンデンを襲ってきた。シンデンは星域軍と戦う事を避けて逃げに徹したため、人を殺さず逃げ出す事ができた。
そんな出来事があってから三年が経過して、ベイ星域の政治状況は少し変わっていた。皇帝と言われていた大統領だが、今は本家からではなく、傍系の家の女性が大統領となっていた。つまり、シンデンと揉めてた時の大統領は今失脚中なのだ。しかし大統領が交代してもベイ星域が掲げる国是は変わっておらず、富国強兵の政策を勧めている。周辺星域との小競り合いも数回ほど起きていた。つまり、シンデンがベイ星域に入国すると、再び強引な勧誘が行われる可能性がある。そういう星域に今回は向かう必要が在るのだ。
「次は、ベイ星域に向かってみようと思う」
「ベイ星域って、何処でしょうか」
「うーんと、確か軍国主義の危ない星域だったはず。まあシンデンが行くなら大丈夫なんでしょ」
「そうですね」
シオンとスズカは、ベイ星域とシンデンの過去の出来事を知らないので、反対はしなかった。
「シンデン、貴方は一度あの星域と揉めたはずですよね。どうしてそんな危険な星域に向かうのですか?」
そしてレマは、シンデンが一度ベイ星域と揉めたことを知っているので、当然反対してきた。
>『レマを説得しないとな』
>『バックアップ霊子、頑張ってください』
「ベイ星域とは、一度この船の所有権を巡って揉めたが、あの時から大統領も変わった。まあ、今の大統領がどのような人物か知らないが、ベイ星域軍も俺に対する態度が変わっているかもしれない。今回はそれも確かめたい。それに、ベイ星域には、ちょっと特殊な依頼があるんだ。それをシオンやスズカに受けさせたい。それがベイ星域に向かう理由だ」
「大統領が交代しても、あの星域の国是は変わっていません。絶対に勧誘されると思いますよ」
「まあ、その時は逃げ出すだけだ。前もそれで逃げ出せた。傭兵が星域と敵対したとき、どうするか、そんな事もシオンやスズカへの経験となる。レマは反対しているが、シオンやスズカはどう思う?」
「シンデンが行くと決めたのなら、私は反対しませんよ。レマさんは、別についてこなくても良いんですよ」
「シオンさんが行くのであれば、ついて行くだけです」
「クッ、数の暴力反対です」
「三対一だな、つまり多数決でベイ星域に向かうことに決定だ。…レマ、問題があれば直ぐに逃げ出す。お前が心配する様な事は起こさないと誓おう」
不満そうなレマに、シンデンは念を押しておいた。キャリフォルニア星域軍の諜報部はどう判断しているか不明だが、「新しい大統領は、前大統領よりましな人物である」と周辺星域の情報から、電子頭脳と俺は判断していた。周辺星域と小競り合いをしながらも、今の大統領は前大統領よりましな政治を行っている。星域軍も変わっている可能性がある。
こうして俺達は、ベイ星域に向かうことになった。
★☆★☆
ベイ星域までの航路でも、毎度の如く護衛依頼を受けている。こうやって地道に依頼を受けていることで、シオンはBBランクに、スズカももう少しすればBランクに上がるぐらい貢献度がたまってきている。
「そろそろベイ星域の国境付近だが、今は小競り合いは収まっているはずだな」
『三ヶ月前に戦闘は終わっているはずだよ』
『ですが、国境警備の戦艦が見当たりませんね』
超光速航法でベイ星域の国境付近まで来たのだが、何故か国境付近にはベイ星域軍の艦艇が見当たらない。三ヶ月前まで俺達がいる星域と小競り合いをしていた。つまり、普通なら国境に警備の戦艦を派遣しているはずなのだ。それが居ないというのはおかしい。
>『電子頭脳さん、何か情報を掴んでいる?』
>『ここ一週間ほどベイ星域の内部情報が出てきておりません。もしかして、政変が起きているのかもしれません』
>『キャリフォルニア星域の時のように、内戦になっていたら困るな』
>『そこは星域内部に入って調べないと、分かりません』
ベイ星域内の詳細なデータは、星域の恒星系に侵入して、星域内ネットワークに接続しないと、電子頭脳でも調査することは難しい。つまり、今は国境を越えてベイ星域のいずれかの恒星系に向かう事が必要だ。
『周囲を警戒しながら進むぞ』
ベイ星域国に入国するため、俺達は護衛依頼を受けずにやって来た。もし星域軍と揉めた場合、護衛依頼を受けていたら逃げ出せないからだ。だから、どの恒星系に向かうかは自由に決められる。
>『調査予定の魔石のある恒星系で、一番近いのはどこだ』
>『ここから二百光年先にある、ヒストン恒星系です』
>『じゃあ、そこに向かおう』
調査予定の魔石のある恒星系は、俺達が入ってきた国境近くにあった。国境近くなので、そこを目的地にしてもレマは疑わないだろう。それにシンデンの記憶だと、ヒストン恒星系には知り合いがいる。まあ年齢が年齢だけに既に無くなっているかもしれないが、彼に会いに行くという理由ができた。
『…ヒストン恒星系に向かうぞ。そこに俺の知り合いがいる。そこで情報を集めよう』
『ヒストン恒星系ですか。確かにここからそう遠くはありませんね。しかしその恒星系には、星域軍の駐屯地があります。大丈夫でしょうか?』
『まあ、そこは行って見ないと分からないな』
レマの言う通り、ヒストン恒星系は国境周辺であるため、星域軍の駐屯地がある。つまり、ヒストン恒星系に向かえば、必ず星域軍と接触することになる。しかし、遅かれ早かれベイ星域軍とは接触せざるを得ないのだ。国境で星域軍と会えないなら、ヒストン恒星系に向かえば確実に会えるはずだ。相違意気込みで俺達はヒストン恒星系に進路を取った。
★☆★☆
ベイ星域の国境からヒストン恒星系まで、三時間ほどで到着する。普通なら恒星系の周りには、最低でも巡洋艦クラスの宇宙戦艦が駐留しているはずだが、それすら見当たらない。
>『おかしい、ベイ星域で何が起きているんだ?』
>『とにかくヒストンに降りて情報収集をしましょう』
『シンデン、星域軍がいないなんておかしいわ』
『分かっている。だが、星域軍がいないのは好都合だ。降りるぞ』
帆船と行動を共にしている一般の宇宙船も、星域軍がいないことに戸惑いながらも超光速航法から離脱している。帆船も彼らと同様に、超光速航法から離脱して通常空間に出現した。
>『ヒストン恒星系は、特に異常は無いようだな』
>『星域軍が見当たらない以外は、通常通りですね』
ヒストン恒星系には、第三惑星の民間ステーションとは別に、第七惑星の軌道上に星域軍が駐留する軍事ステーションが存在していた。しかしその軍事ステーションには、駐留しているはずの星域軍の艦艇が、一隻も残っていなかった。つまり、星域軍的には異常事態が発生しているのだ。しかし、第三惑星のステーションは特に問題も無く活動している。
>『恒星系のネットに接続して情報を集めました。どうやらベイ星域の首都星で政変が起きているようです』
>『政変か…もう内戦状態になっているのか?』
>『内戦すれすれの状態です。今首都星で、前大統領と現大統領派が睨み合っている状態ですね』
ついこの前のキャリフォルニア星域のように、ベイ星域も首都星で星域軍が二手に分かれて睨み合っている状態らしい。
>『内戦が起こったとして、俺達の行動に影響するか?』
>『ベイ星域の傭兵ギルドは、星域国への政治には不干渉を貫いています。つまり、星域軍から勧誘や徴兵されない限り、影響はないでしょう。その星域軍は、今首都星に集まっています』
>『つまり、勧誘や徴兵はされないって事だな。これは良い機会だな』
星域軍のステーションから誰何もされず、帆船は第三惑星のステーションに接舷した。傭兵ギルドに移動届けを出して、この星域での依頼を探す。ヒストン恒星系の傭兵ギルドの支部長は、シンデンの知り合いであった。そしてこの内戦一歩手前の状況で、シンデンがベイ星域に来た事を喜んでくれていた。
「シンデン、もう二度とこの星域には来ない物と思っていたぞ」
「まあ、この星域でしか受けられない依頼があるからな。チームメンバーに受けさせようと思って、来てみたのだが…、今ベイ星域は内戦一歩手前の状況らしいな」
「ああ、戦争が始まりそうなので、高ランクの傭兵達は首都星に集まっている。おかげで、国境周辺の恒星系では傭兵が不足している状態だ。シンデンが依頼を受けてくれるなら助かるのだが」
「俺は少し野暮用があるからな。しばらく依頼は受けられない。代わりに俺のチームメンバーが依頼を受けるぞ」
「えーっ、またシンデンと別行動なの~」
「最近多いですね」
シオンとスズカが文句を言うが、魔石調査での為に二人とシンデンは別々に行動していることが多い。シオンが不満そうだが、今回も二人は別行動して貰うつもりだ。
「済まない、俺は今回も別行動だ。昔の知り合いに会いに行くが、お前達は連れて行けない。ちょっと訳ありの人物だからな。レマも今回は遠慮してくれ」
「そう言ってもレマはシンデンについて行くんでしょ?」
「レマだけ特別扱いはずるいです」
「いえ、私は今回はシンデンと別行動です。ちょっと用事が出来てしまいました」
「「ええっ?」」
レマがシンデンと別行動することにシオンとスズカは驚くが、俺は驚かない。まあ今のベイ星域の情報を知れば、キャリフォルニア星域から政変の動向を調査するように、レマが命令される事は予想できていた。つまり、シンデンは、政変が決着するまで、レマの監視から解放されるのだ。
「俺はシンデンに依頼を受けて欲しいのだが…」
「だが断る!!」
ギルド支部長が俺達の会話に割り込んでくるが、断ってしまう。ああ、俺は一度これを言ってみたかったんだ。ギルド支部長には悪いが、ちょっと嬉しい。
「…」
シンデンに断られてしまって、ギルド支部長が悲しい顔で、受付カウンターの奥に引っ込んでしまった。
「この二人でも、たまっている依頼はこなせるはずだ。俺に受けて欲しい依頼は、用事が済んだら受ける。それまで待ってくれ」
俺に断られ、意気消沈したギルド支部長が可哀想だったので、声を掛けておいた。
この恒星系には、高ランクの傭兵の戦闘力が必要な依頼が存在する。傭兵がいない場合は、星域軍が依頼をこなすために星域軍の駐屯地が存在しているのだ。今は、高ランクの傭兵も星域軍もいない為、その依頼は誰も受けていない状態である。つまり、このままだとこの恒星系は大変な事になってしまうのだ。
>『電子頭脳さん、アレがあふれ出すまでのタイムリミットは?』
>『そうですね…、依頼が出された時間から推測すると、一ヶ月と思われます』
>『一ヶ月もあれば、魔石の調査も終わっているはず。政変の方はどうなるか分からないから、さっさと行動しようか』
>『了解です』
高ランク傭兵が必要な依頼は、直ぐに受けなければならない依頼では無い。だから俺は断ったのだ。この依頼を受ける際には、シオンとスズカもいれてやりたい。
「シオンとスズカには今回はこの依頼を受けてくれ。ベイ星域の周辺をぐるりと回る護衛依頼だ、中央の政変がどう転んでも問題の無い依頼だ。星域軍がパトロールしていないから、海賊が襲ってくるかもしれないが、他の傭兵や雪風に任せておけば、大丈夫だろう」
シンデンは、シオンとスズカに三週間ほどかかる護衛依頼を受けるように命令した。シンデンと別れての依頼としては、最長期間の依頼だろう。他の傭兵と連携が必要な依頼だが、雪風のサポートがあれば大丈夫だろうし、シオンやスズカの傭兵としてのスキルアップに最適である。
「この依頼、三週間もかかるんですけど~」
「長いですね。それに他の傭兵さんとも協力が必要な依頼です。ちょっと緊張します」
シオンは文句を言うが、シンデン以外の傭兵と組んで仕事をする事も学んで欲しいので、彼女達には頑張って欲しい。
「この依頼をこなせば、スズカもBランクになる。そうしたら、今後は遺跡調査依頼が受けられるんだ。頑張れ」
この依頼をこなせば、スズカもBランクになる。そうなれば、三人、いや四人で魔石調査の間に、遺跡調査依頼も行っていく。そう、俺の脳を復活させる為のレリックを見つけたいのだ。帆船も戦力になりそうなレリックを求めているので、遺跡調査依頼を受けることは確定だ。
「遺跡調査でレリックを見つけたら、カエデも喜びますね。ランクアップしたいです」
スズカはカエデのことを気に掛けている。まあ、同じサクラのクローンだから気になるのは当然だし、カエデもスズカの事を気に掛けている。時々二人で話している姿も見かける。二人が話している内容については、電子頭脳しか知らない。俺は女子の会話を盗み聞く趣味は無い。何か問題のある会話であれば、電子像脳が俺に忠告してくるだろう。
「スズカは偉いな。シオン、スズカの面倒を見てやれよ」
シンデンは、スズカの頭を撫でてやると、シオンがむくれる。
「分かったわよ。私もスズカも子供じゃ無いんだから、心配ないわよ!私も依頼を頑張るわ」
シオンはそう言って、シンデンの方にさりげなく頭を向けてくる。まあこう言う態度を取る間は子供だ。そしてシオンの頭も撫でてやると、機嫌が良くなった。この二人はシンデンに褒めて貰うことがモチベーションアップになるので扱いやすい。レマは、まあモチベーションを上げる方法は分かっているが、シンデンの性格上、それはできない。
各自の行動が決まったので、傭兵ギルドを出た後は、各自別々に行動を始めた。レマは俺の行き先を尋ねてくるかと思ったが、それよりはベイ星域の政変が気になるのか、船に走って戻った。ステーションを出て、首都星に向かうのだろう。
>『レマが頑張らなくても、他の諜報部員が居ると思うんだけどね~』
>『それが、ベイ星域には、現在キャリフォルニア星域の諜報部員が少ない様です。現大統領はなかなかのやり手のようで、他星域のスパイの排除をやったみたいです』
>『その割には、前大統領にクーデターを起こされているよな。本当にやり手なのかな?』
>『この機会に、前大統領の影響下にある勢力を一掃するのが目的でしょう』
>『クーデターを起こされても、相手を始末する自信があるのか。確かにやり手だ。そんな奴がベイ星域の大統領に収まったら、この周辺は荒れるな』
>『だから、キャリフォルニア星域は情報を集めているのです』
>『レマ、大丈夫かな?』
>『レマも星域軍の理力使いとして、上位に入る実力者です。そう容易くは殺されないでしょう。バックアップ霊子は、レマの事が心配なのですか?』
>『そりゃシンデンと同じ施設の出身者だし、シンデンも彼女を嫌ってなかったからね。彼女を頼ったこともあるし、死んで欲しくは無いな』
>『レマはシオンやスズカと違って大人です。自分の行動の責任ぐらい取れるでしょう』
電子頭脳はドライだ。俺は肉体は無いが、心は人間のつもりだ。やはり、レマにはキャリフォルニア星域を抜けてもらい、俺達の仲間にしてやりたい。時間があるときに、どうすればレマをキャリフォルニア星域軍から引き抜けるか、シンデンの記憶と相談することにしよう。そう思いながらレマの船を見送った。
レマに続いて、シオンとスズカの乗る雪風も出発する。それを見送ってから、シンデンはステーションの最下層に向かった。そこにシンデン、いやシンデンの知り合いが居るはずなのだ。
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