アスカの特訓と決闘の始まり
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
屋敷から俺達が出てくると、軍人達とレマが取り囲んだ。
「それで、結局話してしまったのか?アスカさんはどうなる?」
「シンデン、厄介な事になってないわよね」
「しばらく待ってくれ、まず、アスカさんに気功術を教えるか、それを決めてから話そう」
シンデンはそう言って、道場に向かっていった。そこでは警官達が現場検証を行っていたはずだが、もう立ち入り禁止は解除されている。上層部から「ササキ氏の殺害は、正式な決闘による物」という通達が回ってきたのだろう。ササキ氏の遺体は、既に検死に運ばれており、道場にはササキ氏の物であろう血痕の後しか残っていなかった。
>『武芸神棚の中身は手つかずか』
>『残っていますね』
目的の物が残っていることを念のため確認する。
「シンデン様、それで私は何を試せば良いのでしょうか?」
アスカが恐る恐るという感じで、シンデンに試験内容を聞いてくる。後ろには星域軍人達と門下生、そしてレマまでいた。
「いま準備をします。まずアスカさんは、昨日教えた感覚を覚えていますか?覚えておられるなら、気を練ってください」
「は、はい。大丈夫だと思います…」
アスカは昨日教えた感覚を忘れていなかったのか、チャクラを回し気を練り始めた。気功術を教えて二日目とは思えないほど正しく気を練ることが出来ている。ササキ氏譲りの才能か、アスカは気功術士として優れた才能を持っていると思わせた。
「(後は、暗黒面に入ることなく気功術を使えるかだな)」
「アスカさん、気を練る事までは合格だ。では次にこれを持ってください」
「はい」
シンデンはアスカに、自分の愛刀を渡した。シンデンが使う刀で有り、アスカには重いが、試すには丁度良い。
「アスカさん、その刀に気を込めてください。気を両手に集めるようにして、そう、それでその気を刀に送るのです」
アスカは意外と器用に気を使っている、シンデンの指示通り、刀に気を纏わせるところまで出来ていた。シンデンの愛刀は気功術士の為の刀であり、気を扱いやすいのだが、それでも始めてとは思えない程、アスカは見事に刀に気を纏わせていた。
「おお、もう刀に気を纏わせることが出来ている」
「アスカ嬢ちゃんは、昨日気に目覚めたばかりだよな。凄いぞ」
「これなら、行けるんじゃ」
星域軍人達がアスカが上手く気を操れていることに驚いていた。
「外野は少し黙っていてくれ」
「…」
アスカはそんな星域軍人達の言葉が耳に届いていないのか、気の操作に集中している。気功術初心者であるアスカは、今タップダンスを踊りながら、針の先に糸を通すような作業をするぐらいの難易度の気の操作をしているのだ。僅かの集中の乱れで、あっという間に気が拡散してしまう。
「アスカさん、そのまま刀を自分に向かって振り下ろして、そう、斬ってください」
刀に纏わせた気が安定したところで、シンデンはアスカに刀を振れと命じた。アスカの目の前にいるのはシンデンだ。振り下ろせば、当然シンデンは斬られてしまう。
「シンデン様、それでは貴方を斬ってしまいます」
俺の言葉に動揺したのか、刀に纏わせた気が揺らぐ。
「集中を乱すな!そのまま俺に刀を振るんだ。俺は気で受け止められるから大丈夫!いや気を纏った俺を斬るぐらいの覚悟が無いのと、到底敵討ちなど出来ない。俺をミヤモトと思って、そして思いっきり切り裂くんだ。それが出来なければ、俺は貴方に気功術を教えない」
「…分かりました」
シンデンの一喝で覚悟を決めたのか、アスカが刀を俺に向かって振り下ろす。シンデンは気のフィールドを張っているが、刀を防ぐほどの厚さでは無い。このままでは、俺は大怪我をしてしまうだろう。星域軍人やレマも、「シンデンは本気で斬られるのか?」と驚きながら見ている。その注目の中、アスカは刀を振り下ろした。
「…出来ません。やはり私には出来ません」
アスカは、刀をシンデンに当てる直前で止めていた。シンデンは言葉通り、気のフィールドを纏っていたが、そのまま振り下ろされていたら大怪我をしただろう。つまり、アスカには人を斬る覚悟が無かったのだ。アスカから気が拡散し、その場に崩れ落ちるように、しゃがんでしまった。
「試験は合格だ!」
「えっ?」
「「「「えっ?」」」」
シンデンの「合格」を聞いて、アスカは驚いた。後ろいた軍人達とレマも驚いていた。まあ、シンデンの発言通りなら、アスカはシンデンを斬ることが出来なかったのだから、不合格とみな思っていたようだ。
「自分がアスカさんに斬るように命じたのは、貴方の心を見極めるための試験だった。あの時、アスカさんが自分を本当に斬りつけていれば、不合格にしていた。アスカさんは、人を斬るための剣術を習っているが、人を斬ることに疑問を感じてしまった。つまり、斬って良い物と悪い物を心でしっかり理解しているのだ。その心を持っていれば、貴方は気功術を正しく学び、いつかはササキ氏のような、優れた気功術士となるだろう。だから、自分は合格と言ったのだ」
このシンデンの試験は、昔シンデンに気功術を教えていた老人が「最後の試練だ」と言って、幼いシンデンがやらされた試験であった。これは、老人なりの、自分が教えた気功術士を軍人として送り出す為の試験だったのだ。気功術士として軍人となれば、人を斬る状況に必ず会うだろう。だが、それを当たり前の事と思わず、「人を斬ると言う事を常に自問自答して欲しい」という、老人の思いがこもった試験だったのだ。もちろんシンデンは老人を斬れなかった。アスカと同じように刀を止めてしまった。そして老人から合格を貰ったのだ。
「そうなのですか…合格ですか。では私は、本当にシンデン様に、気功術を教えて貰えるのですね」
「教えよう。しかし、自分は傭兵だ。アスカさんを無報酬で鍛える事はできない。それに、依頼でこの星を離れている仲間が戻ってくるまで、一週間ほどだが、その間だけしか教えることが出来ない。それで良いのであれば教えよう」
「一週間…分かりました。それでお願いします。それで報酬とは、お金を払う必要があると言うことでしょうか?」
「いや、金はいらない。…勘違いしないでくれ、俺が欲しいのは、その様な下品な物では無い。報酬については、この場で話すことではない。それより、今から一週間しかないのだ、すぐに気功術を教えるぞ」
シンデンが金を要求しないと言った途端、アスカが顔を赤らめて、レマや星域軍人達が殺意を向けてきた。いや、シンデンはストイックな傭兵ですよ。そんな物要求するわけありませんよね。俺が報酬として考えているの、は武芸神棚の中身である。ただ、これはレマや星域軍人の前で言う事はできないので、誤魔化した。まあ、気功術を教えている間にでも、アスカに伝えるつもりである。
それから一週間の限られた時間の中で、シンデンはアスカを鍛えた。アスカの気功術の才能は素晴らしい物だった。元々剣術で下地が出来ていたのだ、後は気を使用した場合の体の動きや、気を練るための集中を斬らさない事を教えるだけで、星域軍人の気功術士といっても良いほどの腕前になっていた。
最終日の直前、アスカの様子を見に来た星域軍人の門下生と、真剣を使った打ち込み稽古を行わせてみたが、アスカが勝ってしまった。これには俺も驚いた。門下生に冷静に刀を振るうアスカを見て、もしかして暗黒面に捕らわれたのかと疑ったが、彼女の放つ気は綺麗なままであった。つまり、アスカさんは、冷静に刀を振るうことが出来ていたのだ。
★☆★☆
明日、シオン達がステーションに戻ってくる。つまり今日がアスカへ気功術を教える最終日であった。
「今日がアスカに気功術を教える最後の日だ。この一週間で、自分が教えられることは全て教えたつもりだ。その成果、俺との打ち込み稽古で見せて貰おう」
「はい。シンデン様よろしくお願いします」
最後の打ち込み稽古、もちろん真剣で行う。ただの剣術なら竹刀でも木刀でも良いが、気功術士での打ち込み稽古は真剣を使い、実戦形式で行う。
アスカは昨日、星域軍人の門下生と打ち込み稽古を行って勝利している。これは門下生が弱かった訳ではなく、アスカの剣術と気功術の才能が凄かったのだ。
アスカは気功術が使えなくても、ササキ氏と門下生の打ち込みを見ていた。いわゆる見取り稽古という物を、気功術が出来なくとも常に行っていたのだ。つまり、アスカには、ササキ氏や門下生が培ってきた経験を間近で吸収していた。それが彼女の才能であり、強さの源であった。
「では、参ります」
一礼の後、シンデンとアスカは刀を構えて、向かい合った。もちろん気は既に練られている。体を護るための気のフィールドの展開、相手を斬る為に刀に纏わり付かせた気、アスカは完璧に気功術を使いこなしていた。
ギンッ、ギンッ
二人が踏み込み、刀を打ち合わせる。もちろん双方気で身体能力を向上させている。その状態で、アスカはシンデンに打ち負けてはいなかった。
ギンッ、ギンッ
二度、三度、刀を打ち合わせた後、アスカは刀に気を大きく込めた。
斬!
アスカの刀から気の斬撃が放たれる。アスカと同じほどの気の斬撃を放てる気功術は、キャリフォルニア星域軍でも早々見つからないだろう。つまり、アスカは気功術士として、星域軍人でも高いレベルの気功術士と互角にまで成長していた。
アスカの気の斬撃をシンデンは刀で受け止めた。シンデンは斬撃を切り裂くつもりでいたが、しかし斬撃が想定以上に強く、受け止めるだけで終わってしまった。つまり、アスカの気功術の腕前は、シンデンの予想を超えていたのだ。
「(勿体ない。これだけの才能を持ちながら、最初の真剣勝負の相手がミヤモトとは)」
シンデンは、アスカの気功術の才能を知り教えていく中で、そう思い始めていた。そして、アスカが人を斬る覚悟で挑む相手が、ミヤモトなどという愚物であることが残念でたまらなかった。いや、悪党は斬り捨てるべきだが、アスカにはもっと違った世界があるはずなのだ。ミヤモトを斬ってしまえば、この道場も潰されるかもしれない。そんな事を俺はさせたくなかった。
だから、俺は最後に仕込んでおいたのだ。
バンッ
最終日、シンデンとアスカの訓練は、レマも星域軍の誰もいない道場で行っていた。訓練が終わるまで、誰も入ってこないように言っておいた。そんな道場に入ってくる奴は、たった一人である。
「ミヤモト!どうしてここに」
ミヤモトがやって来た事にアスカが驚く。そしてミヤモトは約束通り一人でやって来た。
「何を言いやがる、俺を呼びつけたのは、お前だろ」
ミヤモトはアスカを指さすが、それは間違いだ。
「お前を呼び出したのは、俺だ」
シンデンは、アスカの前に進み出て、ミヤモトと相対する。もちろんシンデンとミヤモトは、初めて顔を合わせる。実の所、シンデンはアスカを教育する傍ら、残りの時間をステルススーツを着て、ミヤモトの観察に費やしていた。そしてシンデンは、ミヤモトの気功術士として腕前を見極めていた。
>『アスカではまだ勝てないんだよな~。だから、今日、わざわざ呼び寄せたんだけどね』
>『ミヤモトが、ササキ氏を決闘ではなく、背後から騙しうちにしたという映像データを作るのに苦労しました』
>『電子頭脳さんが優秀で助かったよ』
そう、俺はミヤモトがササキ氏を殺した映像を作り、彼に送りつけたのだ。もちろん証拠として成り立つような映像データでは無いが、これをネットにばらまかれれば、ミヤモトの立場は悪くなるだろう。俺はそれを餌に、ミヤモトをアスカとの最後の日に来るように呼びつけておいたのだ。
「貴様か。アレをどうやって手に入れたか分からないが、俺が来たのだ、約束は守って貰うぞ」
「ふん、約束だと。ササキ氏を卑劣にだまし討ちしたお前が言う事か」
「アレは、正式な決闘の結果だ」
「それが本当なら、こんな所まで来ないだろう」
「な、お前があんな嘘のデータを…いや、本当に俺はササキと決闘をしたのだ」
俺の指摘にミヤモトは、顔を青くして否定するが、嘘だと丸わかりである。電子頭脳が作った映像は、それほど再現性が高かった。
「ミヤモト、父の敵~。私は貴方に、け…「待て」」
アスカがミヤモトを見て決闘を申し込もうとするのは分かっていた。だから俺はアスカの口を塞いでそれを止めた。
「ミヤモトと決闘するのは、俺が先だ」
「シンデン様、そ、そんな、シンデン様が決闘する必要はありません。それに、他の星域の方や傭兵の方が決闘を行うには、星域政府の正式な手続きが必要です」
アゼルチン星域では、個人間での決闘は認められている。しかしそれは星域国の人同士で行う場合である。そうしないと、他の星域の人達が、星域内で決闘騒ぎに巻き込まれたりした場合、国際問題となりかねないからだ。また、決闘には代理人が認められいるので、凄腕の傭兵を雇って決闘の代理人として選ぶ事が可能となってしまう。だから、他星域の人間や傭兵は、決闘を行う為に手続きが必要なのだ。
「アスカさん、正式な手続きは完了している」
シンデンはそう言って、個人端末からアゼルチン星域が発行した、正式な決闘許可書を表示させた。
「…本物の決闘許可書です」
「どうしてそんな物を、一介の傭兵が持ってやがる」
ミヤモトは、シンデンが正式な決闘許可書を持っている事に驚く。まあこの正式な決闘許可書を得るために、電子頭脳に頑張って貰った。アゼルチン星域の政治家や官僚に多額の賄賂を送って、何とか今日に間に合うように発行して貰ったのだ。会計処理プログラムが悲鳴を上げたが、金などまた稼げば良い。俺、いやシンデンは、金より、アスカという少女の未来の方が大事なのだ。
「お前と決闘するため苦労して貰ったのだ。それで、ミヤモト、お前は俺の決闘を受けるのか」
「グッ、そ、それは…」
俺は、ミヤモトが決闘を受けざるを得ないことを知っている。実家からもそう言われて道場に来ているのだ。何しろ、匿名でミヤモトの実家へ星域軍の癒着の証拠が、「ミヤモトが決闘を拒否した場合、マスコミに証拠を公開する」と言うメッセージと共に送られているのだ。実家はもうミヤモトを斬り捨てるつもりである。
「わ、分かった。決闘を受けよう。だが、決闘には見届け人が必要だ。一体、誰がやるのだ。まさかササキの娘がやるというのか?そんな決闘など、俺は認めん」
「ササキ氏との決闘には見届け人が居たのか?」と突っ込みたいのだが、そんなことぐらい想定済みである。
「心配は無用だ」
「「俺達が見届け人だ」」
道場の裏から、門下生の星域軍人達が現れた。レマもこっそり混じっている。まあシンデンが決闘するというのだ、彼女も見届けざるを得ないだろう。
「ど、どうしてお前達がここに…」
門下生に囲まれたミヤモトは、狼狽していた。ミヤモトは、門下生が集まっていることに気づいていなかった。もちろんこの屋敷のホームセキュリティに門下生が来ているという情報は無かった。屋敷には、シンデンとアスカの二人しか居ないことになっていたのだ。
「さあ、これでお前と決闘する条件は整ったぞ」
シンデンがミヤモトに詰め寄る。もう彼に逃げ道など無い。
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