ササキ氏とミヤモトの事情
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
「自分が、アスカさんに気功術を教えた、傭兵のシンデンです」
シンデンが、近寄ってきた星域軍人にそう答えると、彼は剣呑な気を放出し始めた。それを見て、シンデンも気を練り、とっさの状況に備える。
「ゲクランさん、シンデン様に何をされるおつもりですか」
気に目覚めたアスカは、俺とゲクランという星域軍人の間に張り詰めた気の状態を感じ取った。まあ、気を感じなくてもゲクランという軍人の顔は、シンデンを怒りの表情で睨み付けていた。
「お前が、アスカ嬢ちゃんに気功術を教えたのか」
「こいつが…」
ゲクラン以外の星域軍人の門下生も、シンデンの周りに十数人ほど集まってくる。星域軍人である彼らは、皆ササキ氏の弟子であるので全員気功術士である。まあ、ササキ氏ほどでは無いが、かなりの使い手であることは分かる。一対一なら勝てるが、複数人に一斉に襲いかかられては、シンデンでも勝てない。
「皆さんお待ちください。一体どうしたのですか。父が殺された事にシンデン様は関係ありません。全て、私が父に気功術を使えるようになったと連絡をしてしまった事が原因なのです」
アスカは、軍人達とシンデンとの間に割って入った。おかげで星域軍人達の発する気が小さくなる。
「アスカさんには関係の無いことだ。おい、シンデンとやら、少し付き合って貰おう」
最初に声をかけたゲクランという男が、俺を道場裏に誘った。これって、ヤキを入れるって事ですかね。この世界でもそんな風習があるのかと懐かしく思ってしまった。
「ゲクランさん、シンデン様に何をされるおつもりですか?」
ゲクランを止めようとしたアスカだが、他の軍人達に囲まれてしまい、シンデンから遠ざけられた。
「分かった。俺の連れは気功術士でも無い、ただの傭兵だ。絶対に手を出すな」
本当はキャリフォルニア星域軍の諜報部である。レマの正体が知られたら大変な事になる。なので、シンデンはレマには手を出さないように念を押しておいた。
「シンデン、気を付けてね」
シンデンはゲクランを追って道場裏に向かった。レマは、シンデンを見送る。まあ、レマも施設出身だ、気功術士の話し合いがどんな物か分かっている。
★☆★☆
道場裏で、警察の目が届かなくなったところで、ゲクランの気が膨れあがった。
「どうして、アスカさんに気功術を教えたんだ」
「アスカさんは気功術の才能が無いと悩んでいた。だが、彼女には気功術士としての才能があった。同じ気功術士として、そんな可哀想なアスカさんの状態を何とかしたいと思うのが当然だろ。お前こそ、なぜアスカさん気功術を教えなかった。まさか本当に」アスカさんに気功術士の才能が無いと思っていたのか?
「馬鹿野郎、気功術士の才能がある事なんて、小さな頃から知っていた。だが、師匠と俺達は、あえてアスカさんに気功術を教えなかったんだ。それをお前が余計な事をしやがったおかげで、この有様だ。どう落とし前を付けてくれるんだよ」
「そんな事情など俺が知るわけ無かろう。俺は、アスカさんの悩みを解決するために協力しただけだ。お前達こそ、アスカさんに謝るべきだろ」
「この野郎、俺達の気も知らないで…」
ゲクランは、拳に気を纏って、シンデンに殴りかかってきた。腰の刀を抜かないのは、これが殺し合いでは無いという事だ。しかし普通に人が殴り合っても死人が出るのだ、それが気功術士であるなら、もっと危険な事になる。気功術士としての技量が分かって居る相手ならまだしも、所見の相手を殴ってくるのは殺意が高いだろう。
「だから、俺は、その事情を知らないと言っているだろうが!」
シンデンは、ゲクランの拳を受け止めると、そのまま手を捻って投げ飛ばす。シンデンも俺も、無刀での戦い方はよく知っている。それに比べ、ゲクランの体術は、剣術が本来の戦い方であるにしても、お粗末であった。
「チッ、傭兵のくせに、妙に戦い慣れてやがる」
ゲクランは投げ飛ばされたが、受け身は出来ていた。刀を抜くかと思ったが、再び殴りかかってきた。
「(面倒な奴だな。このまま気を消耗するまで投げ返しても良いが、それだと長期戦となる。警察もいるんだ、星域軍人を投げ飛ばしているのを見られたら、痛くない腹を探られてしまうな。こうなったら、この一撃で終わらせてしまおう)」
幸い、ゲクランの徒手格闘の腕は今一つである。シンデンなら一撃で相手をノックアウトできるだろう。
シンデンは、殴りかかってきたゲクランの拳をギリギリで躱すと、カウンターのパンチをゲクランの顎の先端に撃ち込んだ。もちろん気を込めた一撃である。狙った通り、顎への衝撃と気の衝撃でゲクランは脳震盪を起こしてしまい、ふらふらと倒れて、立ち上がれなくなってしまった。
「お前に付き合っている暇は無い、俺はアスカさんに用があるんだ」
「ま、待て。まだ…」
脳震盪を起こして、真面に立ち上がることが出来ないゲクランを残して、シンデンは道場裏から表に戻った。
★☆★☆
ゲクランではなく、シンデンが無事に出てきた事で、星域軍人は驚いたのか、アスカの包囲を解いてしまった。
「シンデン様、大丈夫でしたか」
道場裏から出てきたシンデンに、軍人達から解放されたアスカが駆け寄ってきた。
「大丈夫だ。それより何故アスカさんに気功術を教えなかったか、理由を聞かせて貰いたい。それがササキ氏の殺害と関係があるのだろ?」
「それは」
「師匠が…」
シンデンがそう言うと、軍人達は何か言い返そうとして、しかしそこで押し黙ってしまった。
「…それは、俺が話そう」
沈黙が流れる中、脳震盪から回復したゲクランが、道場裏から出てきた。
「ゲクラン、それは師匠から、『絶対に言うな』と念を押されていた事だ」
「本当に話すのか?」
「師匠と俺達の問題に、アスカ嬢ちゃんを巻き込むつもりか?」
ゲクランの発言に、軍人達は騒ぎ始めた。これだけ騒いだのだから、警察が寄ってきても不思議では無いのに、どうしてか警察官は遠巻きで見ているだけである。
「父が殺された理由を御存じなのですね。そしてそれに私が係わっていると…。皆さん、父が亡くなった今、私は全ての事情を知りたいのです。どうか話して下さい」
アスカは、軍人達にそう言って頭を下げた。それを見た軍人達は、黙ってしまった。
「みんな、師匠は口止めしたが、それは俺が責任を持って、アスカさんに話す。もう誰が止めようと、アスカさんは気功術士になってしまうだろう。師匠が亡くなった今、逆に事情を知らないことの方が危険だ」
「しかた有るまい」
「気功術士となるのであれば、そうなるか…」
「道場の事もあるか…」
ゲクランがそう言うと、軍人達は、不承不承という感じで頷いた。
「アスカさん、この話はなるべく他人には聞かせたくない。済まないが、俺とアスカさんとそこの傭兵だけで話をしたい。申し訳ないが、屋敷の中で話をさせて貰えないだろうか」
「分かりました」
こうして、シンデンとアスカ、ゲクランの三人でササキ氏が抱えていた事情について聞かされてる事になった。
★☆★☆
前日に通された和室で三人は座り、ゲクランが話を始めた。
「まず先に謝っておく。アスカさん、貴方には気功術士の才能はあった。それでも俺達が『才能が無い』と言ったのは、師匠の命令だったのだ」
「父の命令であれば、門下生の方が従ったのは当然でしょう。謝ることはありません。それで、父は何故その様な事を命令したのですか。私が気功術士になってしまう事の何が問題だったのでしょうか?」
「それは、師匠を殺したミヤモトと係わる話なのだ。…ミヤモトは、昔、星域軍にいた時の師匠と決闘を行い、そこで負けたのだ。ミヤモトは、卑劣な小細工を色々仕掛けたのだが、師匠と俺達は、その小細工を打ち破って決闘に勝利した。ミヤモトは師匠を殺すつもりだったが、師匠はミヤモトをあえて殺さなかった。しかし、そこで師匠がミヤモトを殺さなかった事で、問題が起きてしまった。まあ、ミヤモトが決闘の勝敗に着いて、師匠が不正を働いたと言い出して、それで師匠は星域軍にいることが難しくなった。仕方なく、師匠は星域軍を退役して、ここで道場を開くことになったのだ。アスカさんは当時まだ幼く、その時のことは覚えていないでしょう」
「はい。覚えておりません」
「まあ、ミヤモトはその後も星域軍に残っていた。そして軍を離れ師匠の命を、執拗に狙っていた。もちろん、アスカさんの命もだ。奴はアスカさんが気功術士となれば、決闘を申し込んで殺すつもりだったのだ。もちろん狙いはササキ氏だが、アスカさんに決闘を申し込み、彼女を殺せば、ササキ氏は絶対にミヤモトに決闘を申し込む。それが分かっていたから、師匠はアスカさんを気功術士として育てなかったのだ。流石に気功術士でも無いアスカさんに、ミヤモトも決闘を申し込むなど出来ない。そんな事をすれば、ミヤモトの実家も庇いきれないだろう。俺達も、アスカさんが、気功術士で無い事に悩んでいたことも分かっていた。だが、これは師匠と貴方の命にも関わる事なので、黙っていたのだ」
「そういう話であるなら、どうしてササキ氏が入院してから、誰も道場を訪れなかったのだ?アスカさんが、ミヤモトに襲われるかもしれないだろう?」
「それは、ミヤモトが本当に狙っているのが、師匠の命だからだ。その師匠が入院しているとなれば、アスカさんが狙われることは無いと思ったいた。実際、奴は師匠が入院したことで、大人しくなっていた。まあ、俺達もミヤモトの行動は監視していたし、それに師匠がいないのに、俺達が道場に通うことで、ミヤモトがアスカさんを利用しようと思うかもしれない。だから、道場には顔を出さなかったのだ」
アスカが狙われているなら、門下生の誰かが警備につくべきだと俺は思ったが、ミヤモトの狙いはササキ氏であり、気功術士でも無いアスカは、その余録のような扱いだった。だから余計な注意を引かないように、門下生は道場に訪れなかった。
しかし、誰も道場に訪れなかったことで、アスカはますます気功術士では無い自分に自信が無くなってしまった。そこにシンデンが来て、アスカを気功術士としてしまったのだ。それを知ったササキ氏が、慌てて病院を抜け出して自宅に戻ってくるのは当然であった。
「そんな理由があったのですか…」
アスカは、門下生が自分に気功術を教えなかった理由を知り、ショックを受けていた。
>『うぁ、そんな理由なんて分かるわけ無いだろ。知っていれば、絶対に気功術を教えなかったよ』
>『結局、バックアップ霊子が、気功術を教えたことが原因ですね』
>『いや、あの状態じゃシンデンも同じ事をしていたぞ』
>『確かにマスターも、気功術を教えたでしょう。そこはマスターらしいと思います。となると、マスターらしい解決方法を考えて下さい』
「…誠に申し訳ない。俺が軽率に、気功術をアスカさんに教えたために、この様な事となってしまった。アスカさんに気功術を教えてしまった、俺にも責任がある」
「いえ、シンデン様には責任など有りません。原因は父が真実を話してくれなかった事と、父を狙ったミヤモトが悪いのです」
「そうです。俺も含め門下生は、師匠に口止めされていたからと、アスカさんを真実から遠ざけてしまいました。それに、師匠が留守の間、アスカさんへの注意を怠りました。それに、ミヤモトの行動を監視していたはずなのに、師匠を殺しに行くという行動を止められ得なかった我々が、不甲斐なかったのです。いや、ミヤモトが全て悪いのです」
シンデンの土下座謝罪に対して、アスカとゲクランの二人も、謝ってくる。まあ、本当に悪いのは、決闘に負けた後もササキ氏を狙ったミヤモトである。
「それで、ゲクラン殿、ミヤモトは殺人犯として逮捕されるのでしょうか?」
「それですが、ミヤモトの実家が動いて、彼を逮捕させないように働きかけるでしょう。恐らく、ササキ氏の殺害は、決闘の結果となって処理されると思います」
普通なら、ミヤモトは殺人者として逮捕されるべきである。だがゲクランはそうならないと首を振った。
>『電子頭脳さん、ミヤモトの実家ってどんな家なの』
>『所謂、軍需産業の財閥です』
ミヤモトの実家は、星域軍の上層部に顔の効く軍需産業の財閥であった。ミヤモトは気功術士として才能も有り、星域軍では実家の影響力が大きい。つまり、星域軍ではやりたい放題の問題軍人だった。これで気功術士の能力が低ければ良かったのだが、下手に才能がありすぎた。
そんなミヤモトをいさめたのが、ササキ氏であった。気功術士としてはササキ氏の方が腕が良く、才能だけで気功術士としてやって来たミヤモトなど、相手にもならなかった。そして人柄も良いササキ氏を慕う軍人も多かった。
それが気にくわなかったミヤモトは、ササキ氏に決闘を申し込み、まあ卑劣な小細工(家族を人質に取った)を仕掛けたが、結局ササキ氏の友人達の協力も有り、ササキ氏は彼を決闘で倒した。
本来正式な決闘であれば、その勝敗に軍も警察も誰も口を挟むことなど出来ない。(この星域では決闘は認められている)しかし、ミヤモトは実家を頼り、ササキ氏が卑劣な手段で決闘に勝ったと主張したのだ。ササキ氏を知る人は、誰もミヤモトの主張を信じなかったが、軍上層部はミヤモトの実家に忖度せざるを得ない人が多かった。だから、ササキ氏は軍を退役せざるを得なかったのだ。
>『なるほど。それじゃミヤモトは、また実家を頼っているのか』
>『既に、ミヤモトの実家より、「正式な決闘の結果」だと声明が出ています。このままでは、ササキ氏は決闘にて負けて死んだことになりそうです』
>『なるほど、警察が近寄ってこなかったのは、それが理由か。それで、本当にササキ氏とミヤモトは決闘したと思う?』
>『ササキ氏の死因は、背後からの刺殺です。マスターが撤退した時に使用したスタングレネードで目がくらんだササキ氏を、背後から襲った物と推測します』
>『それじゃ、やっぱりシンデンが原因じゃないか。しかしミヤモトはどうしてあの場に居たんだ?』
>『ササキ氏の自宅のセキュリティシステムは、ミヤモトの実家の製品です。そこでミヤモトはセキュリティシステムを使って、ササキ氏の屋敷を監視していました。それでササキ氏が自宅に戻っていることを知って、マスターがササキ氏と戦っている間に、やって来たのです。ミヤモトが、セキュリティシステムからデータを消さなかったのは、決闘で勝ったと主張するためです』
>『そんな雑な隠蔽工作で、警察も星域軍も納得するのか…』
>『上層部がそういう命令を出す事は確定しています』
「私に実力があれば、気功術士として決闘を申し込むのですが…」
ゲクランは悔し涙を流す。どうやらミヤモトはゲクランより実力が上であるようだ。
「…父の敵は私が取ります。シンデン様、どうか私に気功術を教えて下さい。そうすれば、ミヤモトに決闘を申し込んで倒します」
アスカが、そう言い出す。いや、確かにそれが筋だが、かなり難しい話だと俺は思った。
>『電子頭脳さん、アスカをササキ氏並に鍛えるのに、どれぐらいかかると思う?』
>『剣術の腕前が分かりませんが、気功術は才能と修練によって強さが決まります。アスカの気功術の才能がミヤモトの修練を超える程で無ければ、勝てないでしょう。アスカの才能がどの程度かは、本船には分かりません』
>『つまり、シンデンが判断するしか無いか』
俺は、とりあえずアスカの才能の大小に係わらず、彼女を気功術士として教育するつもりだった。しかし、アスカが気功術を学ぶのに、目的では敵討ちでは駄目なのだ。
「アスカさん、軽々しく決闘などと言わないで下さい。自分は、敵討ちのための気功術を教えるつもりはありません」
「そ、そんな。シンデン様に教えていただけないと、私は…」
アスカの目に涙が溢れる。まあ、そうなると分かってシンデンは言ったのだ。
「シンデン殿、それはあまりにも酷いのでは」
「いや、これは気功術士としての心構えの問題なのだ。復讐心などで気功術を学んでは、アスカさんの為にならない。だからそう言ったのです。ゲクランさんも、気功術士ならそれは分かっているでしょう。性根の曲がった気功術士がどんな連中か。ササキ氏を殺したミヤモトと同じ道を、アスカさんに歩ませるつもりですか?」
シンデンには、気功術士の暗黒面に捕らわれた人達の記憶があった。まあフ○ースと同じく、気功術にも正と悪の側面がある。気功術は戦いに使われるが、本来は自分をより高次元の存在に高める為の技術なのだ。しかし気功術を、ただ人を殺すための手段として使い続ければ、その気功術士は、暗黒面に陥ってしまう。暗黒面に捕らわれた気功術士が、行き着く先は、まあミヤモトのような人物になるか、破滅するだけだ。
「それは分かりますが、アスカさんの気持ちを考えると…」
「自分は、アスカさんに気功術を教えないとは言っていません。復讐の為には教えないと言っているのです。アスカさん、今から道場に向かいましょう。そこで自分は、貴方が気功術を正しく使えるかを試します。それに合格すれば、自分は貴方に気功術を教えましょう」
シンデンはそう言って、アスカに気功術を教えるか、試験を行うことにした。
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