魔石の調査(2)
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
ササキ氏は入院中で不在であり、道場破りの夢は断たれたが、まだ道場で竹刀を振るという野望は残っている。
「そうですか。ササキ殿は御病気ですか。分かりました、ササキ殿とは、また機会があればお会いしたいとお伝えください。…それでですが、少しで良いので、自分に道場を見せて貰えないでしょうか。自分の剣術は我流なので、正式な剣術を見学させていただきたいのです」
「それは、まあ見学されるのであれば、見ていただいても宜しいのですが…。それが見学と言われても…」
「構いません、道場だけでも見せていただけませんか」
「…分かりました。道場の見学であれば問題ありません。どうぞ、こちらが道場です」
美少女剣士は、道場見学に余り気が進まない感じだったが、シンデンの熱意のこもった視線に負けて、見学を認めてくれた。そして「ついてくるように」と言って道場に向かった。
「かたじけない。では見学させて頂きます」
そう言って、シンデンは美少女剣士の後に続く。後ろのレマの視線が痛いが、気にしない。そう、久しぶりの道場である。見るだけでも、竹刀を振るだけでも満足できるはずだ。
「ここが本道場の稽古場です。お恥ずかしいことに、父が病に倒れてから門下生の方々も顔を出されなくなり、今は道場にいるのは私一人なのです」
美少女剣士が説明した通り、確かに稽古場には誰もいなかった。まあ道場主が居なければ、門下生の足も遠のくのは分かる。しかし俺にとって、門下生が居ないことなど問題では無かった。
「どうして、稽古場が床じゃなくて土間なんだ!」
そう、この道場の稽古場は、板張りどころか床ですらなく、ただ土を固めただけの土間であった。踏み固められてはいたが、俺の知る剣道の道場とは全く違う物だった。期待外れの光景に、シンデンは思わず絶叫してしまった。
「えっ、あの、その、家の流派の稽古場は土間です。星域軍の門下生の方々も、特に何も言われていなかったのですが…。何か間違っているのでしょうか?」
シンデンの絶叫に、美少女剣士が申し訳なさそうにそう言った。
「それはおかしい。道場はやはり床で、それも板張りであるべき…グハッ」
「…ちょっと、シンデン、突然何を言っているのよ。床で、それも板張りの稽古場の道場とか何処にあるの?普通あり得ないでしょ?」
レマは、突然のシンデンの絶叫に驚いた後、脇腹に肘鉄を食らわせて、俺の心の叫びを止めたのだった。
★☆★☆
「取り乱して済まなかった。俺が…自分が期待していた道場のスタイルと違っていた為、動揺してしまったのだ」
シンデンは、美少女剣士…名前をアスカというが…に平謝りに謝っていた。
「いえ、そんなに謝られなくても…。私も他の剣術道場の事を知りませんでした。シンデンさんが言われる、板張りの床の上で稽古をする流派があるとは知りませんでした。私も勉強不足でした」
「アスカさん、貴方は悪くないわ。悪いのはこの男よ。シンデンも剣術の練習は土間というか、施設のグラウンドでやっていたでしょ。板張りの床で練習するなんて、星域軍でも見たこと無いわ」
申し訳なさそうなアスカに、レマがフォローを入れる。確かにシンデンの記憶では、剣術の稽古は、雨の日以外はグラウンドで稽古をしていた。何せ気功術を使った剣術や体術の訓練だ、気を使って踏み込みなどすれば、板張りの床など直ぐに壊れてしまう。だから晴れた日はグランド、雨は室内で型稽古をしていた。
「レマさんは、星域軍の方なのでしょうか?」
「い、いえ。あの、知り合いに星域軍の人がいて、そう聞いただけです。星域軍等ではなく、私は普通の傭兵です」
「傭兵の方ですか。雰囲気が道場に来られいた星域軍の方と似ていらしたので、誤解してしまいました」
「(諜報部のお前がボロを出してどうする)」
「(シンデンのせいでしょ)」
シンデンが、ボロを出しかけたレマを視線で非難すると、お返しとばかりにレマも睨み返してくる。
「自分は、剣術の道場…特に刀を使用する剣術では、板張りの床の稽古場を使うと言う話を聞いたことがあり、もしや『ササキ氏の道場がそれでは』と期待しただけなのです。アスカさんは気になさらないでください。しかし、ササキ氏が御病気の今、アスカさんは一人で道場を支えておられるのですか?」
「はい。私が父に変わって、今この道場を仕切っているのですが、見ての通りの有様です」
「失礼を承知で聞きますが、アスカさんの剣術の腕前はどれほどなのでしょう。それと、父君は気功術士とお聞きしていますが、アスカさんは気功術は学んでおられないのですか?」
「剣術は父には劣りますが、自信はあります。剣術だけであれば、門下生の方とも戦えると思います。ですが私は気が使えないのです。その為、気功術士の方に稽古を付けることは出来ません」
「(なるほど、星域軍の門下生が来ないのは、アスカが気功術士でないためか。気功術抜きで、ただの剣術を学んでも軍人として意味は無いからな)」
俺は、ササキ氏の門下生が道場にやってこない理由を理解した。軍の気功術士であれば、気功術が使えないアスカ相手に学ぶ物は無い。いや、剣術だけ学ぶという選択肢があると思われるだろうが、気を使った剣術とそうで無い剣術とでは全く動きが違うのだ。まあ抜刀術などであれば多少習うこともあるだろうが、アスカさんが持っている剣は、抜刀術に使えるような刀ではない。
「(しかし、アスカは気が使えないと言っているが、気功術士としての才能はある。どうしてササキ氏は、彼女に気功術を教えなかったのだ?)」
シンデンは気を使う技術が向上したためか、相手の気をじっくりと見定めることで、その人が気功術士かどうかの判断が可能となった。アスカの気は、明らかに気功術士の才能を持っている者が放つ気である。恐らくチャクラを回せば気を使えるだろう。
>『ここでアスカに気功術を教えてやれば、魔石の行方も聞けるかもしれないな』
>『夜にこっそり忍び込んでしまった方が早いですよ』
>『まあ、俺が絶叫しちゃった迷惑料代わりに、教えるんだよ』
>『本船はこの件でバックアップ霊子の行動を制限できません。魔石の行方が分かるのであれば、それで良いのです』
>『分かっているって。魔石の行方は必ず調べるよ』
「アスカさん、貴方は気が使えないと言われたが、自分はアスカさんには気功術の才能があると感じるのです」
「ええっ?だって父は私に『気功術士としての才能なんて無い』って言われたのです。それに弟子の方達にも、才能は無いと…」
「おかしいな。自分には、アスカさんには『気功術士の才能がある』ように見えているのですが…」
シンデンはそう言って、アスカの手を握った。そして練っていた気を少し流し込み、チャクラを回した。
「んーーーーっ」
突然気を流し込まれたアスカは、顔を真っ赤にして悶えていた。いや苦しいわけではなく、気を練るチャクラが解放され活性化したために、逆に気持ちが良くなったのだ。シンデンが言うには、三日三晩の便秘が治ったような感じらしい。
「シンデン、何やってるんですか~っ」
アスカの手を握ったシンデンに、レマの鉄拳が飛んでくる。シンデンは残った手でアスカの拳を受け止めると、レマと睨み合った。
「俺は、アスカさんの気の才能を解放しただけだ」
「私には、そう見えなかったわよ!それに初対面の人にいきなり気を流すとか、危険でしょ」
「そうなのか?俺も師匠にやられた方法なのだが…」
レマに言われて、仕方なくシンデンはアスカの手を放した。しかし、既にアスカのチャクラは解放された。チャクラを回す感覚を掴めば、気功術士としてやっていけるだろう。
「今の感覚は一体何だったのでしょう」
お腹の上を押さえてアスカは呟く。
「申し訳ない、アスカさんの気功術士の才能を見るために、少し気を流してみたのです。お腹の辺りが暖かくなりましたか。それがチャクラです。気はそのチャクラを回すことで生み出されます。自分も師匠に同じようにして気の使い方を教えられたのです」
シンデンはそう言ったが、実はこのやり方は、気功術士によって方法が異っている。たまたまシンデンの師匠が、外部から気を流して、気の才能を開花させるという人だったのだ。人に寄っては、ヨガのような体操の場合もある。
今回シンデンが使った、相手に気を送ってチャクラを操作するという方法は、実は異性相手にしてはいけない方法だった。チャクラは気を生み出すが、その活動は精神にも影響する。シンデンに気を流され、チャクラを強引に回された事で、アスカの心境に大きな変化が起きていた。
「とにかく今の感覚を忘れないように。それが自分で出来るようになれば、アスカさんも気功術士になれるだろう。今日は色々失礼な事をしてしまった。自分はこれで帰らせてもらう」
アスカに気功術の初歩は体験させたが、それでレマの機嫌が悪くなってしまった。これでは魔石の行方など尋ねることは出来ないだろう。俺は、一旦帰って、深夜に忍び込んで魔石の行方を捜すつもりでいた。道場や屋敷の警備状況も把握したので、ステルススーツを使用すれば、完全犯罪が可能だろう。
シンデンは、レマを連れて立ち去ろうとした。
「…お待ち下さい。シンデンさ、様。どうか私に気の使い方を教えて頂けないでしょうか」
帰ろうとするシンデンは、アスカに左手を掴まれてしまった。男だったら振り払っただろうが、アスカのような美少女にそんな事は出来ない。そして何時の間にか、アスカがシンデンを様付けで呼ぶようになってしまった。
「いや、後はアスカさんのお父上か、門下生の方でも教えることは可能です。門外漢である自分が、アスカさんに気を教えるのはお父上や門下生の方に申し訳ないです」
「それは…そうですが、父もその門下生の方々も、『私に気の才能が無い』と言っておられたのです。それより、『私に気の才能が有る』と言ってくれた、シンデン様に教えていただきたいのです」
顔を真っ赤にしながら、アスカはシンデンにすがりつくようにしてお願いしてくる。
「ちょっと、アスカさん。シンデンは道場を見に来ただけの傭兵なの。それよりも星域軍のお弟子さんがいるなら、其方にお願いした方がいいわ。さあ、シンデン、用件も終わったのだし、さっさと帰りましょう」
レマは、アスカにそう言って、シンデンのもう右手を掴んで引きずって進もうとした。レマが妙に焦っているが、シンデンはまあ困って居ない。シンデンは、女性に対して鈍感だからだ。
「い、いえ。私はシンデン様に教えを受けたいのです。…ああ、それにお客様が来られたのに、お茶も出していませんでした。どうか屋敷の方で少しお話をさせてください」
アスカも必死にシンデンの手を引く。
「(困った状況になったな。まあお茶が出るなら、寄っていってもいいかな)」
俺は、アスカの言う「お茶」に興味をそそられた。オルワ氏の屋敷では「日本茶」が出てくることを期待したのだが、それは叶えられなかった。日本にいたときに買っておけば良かったのだが、あの時は別な食事の方に気をとられてしまい。忘れていたのだ。俺は日本茶と和菓子も好きなのだ。
「まあ、アスカさんがそう言われるなら」
「シンデン、貴方何を考えているの?」
レマにしたら、アスカの願いを聞くシンデンの態度が驚きなのだろう。思わず俺の右手をつねってくる。
「俺はアスカさんのチャクラを活性化させたが、このままでは少し不安定でもある。できれば、もう少し気の使い方について教えた方が良いと思ったのだ。お茶などに興味は無い」
「お茶に?本当にそれだけなの」
シンデンの言葉に嘘は無い。本当に目的は日本茶なのだ。アスカに気功術を教えるのはその対価のような物だ。
「当たり前だ。レマは俺を何だと思っている」
「最近、どんどん女の傭兵を仲間に加えている、だらしない傭兵だと思っているわ」
「それは、まあ偶然そうなったのだ。それはお前も分かっているだろ」
「分かっているけど、私の知っているシンデンは、孤高に生きていたのよ…」
レマが項垂れるが、彼女が知るシンデンはもういない。今目の前にいるのは、シンデンを演じている別人なのだ。それに、シンデン本人でも、あの状況のアスカを目の前にしたら、俺と同じ選択をしていただろう。そこはシンデンの記憶が、俺の行動に同意を示している。
とにかく、シンデンとレマは、アスカに誘われて屋敷に入ることになった。
★☆★☆
俺達が通されたのは、オルワ氏の屋敷よりは狭いが、畳敷きの和室だった。もちろん床の間に掛け軸や刀が飾ってある。ついでに屋敷をスキャンしてみたが、目当ての魔石は見当たらなかった。
「どうぞ、未熟者の点てたお茶で申し訳ありませんが…」
「いや、自分にはお茶の作法など分からない。気にする必要は無い。(どうして普通の日本茶じゃなくて抹茶なのですか~)」
シンデンは心で絶叫しながら、アスカが点てた抹茶を頂く。そして出された菓子(抹茶ケーキ)も頂く。うん和風だが、俺の期待していた物とは微妙にズレていた。
「お茶と言うから紅茶と思ったけど、緑色のお茶なのね。それにこの緑のケーキは美味しいわ」
レマは茶道の作法など知らないので、普通に抹茶を飲んで、ケーキを食べていた。まあ、茶道を知らなければ、そうだろう。
「結構なお点前でした」
「シンデン様は、茶道も知っておられたのですね」
「いや、茶道など知らないのだが。まあ何となく、こうすれば良いと感じた通りにしたのだが…」
「茶道を知らなくてもその真意を理解され、自然と行動できるシンデン様は、凄いと思います。やはり、私に気功術を教えて下さる方は、シンデン様しかいません」
まあシンデンの作法も酷い物だが、レマよりはマシであった。しかしアスカはシンデンのいい加減な作法にすら感動していた。
「(はあ、お茶も期待外れだったし、さっさと気を教えて帰ろう)期待させて申し訳ないが、自分は一介の傭兵。アスカさんに教えることはそう多くありません」
「そうよね。シンデンは人に教えるのが下手くそよ。だって後輩に気功術を教える時なんて、『気なんて、チャクラを回して練るだけだろ。それぐらい息をするようにやれ』って言うだけだったんですよ。私、彼に『俺、シンデンさんに嫌われてるのかな』って相談されたんですからね」
レマが過去のシンデンの教育方法をディスってくるが、今のシンデンはひと味違う。
「レマ、それは昔の俺だ。今なら、奴にもアスカさんの様にしっかり教えてやれる。…それではアスカさん、お茶も頂きましたので、気の扱い方について、もう少しお教えしましょう」
「はい、よろしくお願いします」
こうして、シンデンはアスカに気の使い方を教え始めた。
お読みいただきありがとうございます。面白いと思われたら評価・ブックマークをお願いします。