魔石の調査(1)
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
アゼルチン星域に向けて超光速航行に入ろうとした所で、レマから通信が届いた。超光速航行中は通信不能となるので、ここで通信が来たのは助かる。
『シンデン、ようやく修理が終わりました。今から其方に向かいます。今ロスア星域にいるようですね。しばらくそこで待っていて下さい』
どうやって知ったのか、レマは帆船の居場所を知っていたようだ。本当にキャリフォルニア星域軍の諜報部は優秀だ。優秀なのに軍拡派の暴走を止められなかったのは、長官が曲者だからだ。長官は、キャリフォルニア星域の利益になるなら手段を選ばない男なのだ。
『いや、俺とお前がロスア星域で合流するのは不味い。今から俺はアゼルチン星域のアイレス恒星系に向かうつもりだ。そこで落ち合おう』
『ロスア星域に入国するのが不味い?シンデン、また何かしでかしたのですか!』
レマが悲鳴に近い声を上げるが、俺がやったのは人助けである。シンデンが生きていたとしても、同じ事をやっただろう。いや、俺はシンデン本人より、穏便に終わらせたつもりだ。本当のシンデンだったら、あの裏組織のボスは死んでいただろう。
『人助けしかしてないぞ。とにかく、詳しい話は落ち合ってからさせてくれ』
『人助けですか、また上に報告する案件が増えたんですね。分かりました。アゼルチン星域のアイレス恒星系で合流するんですね』
キャリフォルニア星域からアゼルチン星域に向かう航路は、ロスア星域を通らない。だからレマは無事にアゼルチン星域に行けるだろう。問題なのは、今ロスア星域にいる俺達の方だ。ロスア星域軍が超光速空間にいたなら、居なくなるまで待つ必要がある。
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超光速空間に浮上した帆船は、周囲にロスア星域軍の船がいない事を確認する。小惑星の激突の救助は終わったようだ。帆船は他の船が通らない航路で、アゼルチン星域へ進み出した。ロスア国境を越えると、今度は通常の航路に戻った。これでロスア星域には、サクラから戻っても良いと言うまで戻れない。
ロスア星域でて、幾つかの恒星系を過ぎた所のステーションで、俺はサクラに荷物を送った。差出人不明の荷物の中には、データチップが入っている。その中には、助け出した二人の状況を説明したデータが入っている。もちろん暗号化されており、暗号キーは、スミスがサクラなら知っているだろうという物にした。荷物の包装紙にそれとなくヒントを書いておいたので、これでサクラに二人が無事助け出せたことは伝わるだろう。
スミスは、アゼルチン星域へ向かう途中のブラル星域で帆船から下りた。スミスは、ブラル星域に知り合いが居るらしい。その知り合いを頼って、スミスはブラル星域で名前を変えて、情報屋として再出発するとのことだった。
「魔石の情報が必要なら、売りますよ」
「今は持ってないんだろ」
「そうですね。ですが一年、いえ半年ほど待っていただければ、シンデンさんが興味を持たれるような情報をお売りできるかと」
「どうやって連絡を取れば良いんだ?」
「この男に連絡を付けてください。私は、次はジョンとでも名乗りますので、それで連絡がつくでしょう」
スミスが告げた男の情報を記憶して、シンデンと彼は別れた。恐らく半年後に、彼に魔石のデータをもらいに行く必要が有るだろう。
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超光速航法でアゼルチン星域まで三週間の航路である。まあ三週間もただ航海するのは勿体ないので、ロスア星域を抜けた所で、レマに通信を送り、スズカとカエデの個人IDの偽装を依頼した。
詳しい話は会ってからと言う事と詳細を明かさずに個人IDの偽装を頼んだため、さんざん文句を言われたが、最終的には、レマは二人の個人IDの偽装をしてくれた。
二人の個人IDの偽造が完了したので、途中のステーションでスズカを傭兵として登録した。そして適当な護衛依頼をこなしながら、アイレス恒星系に向かった。
ロスア星域を出てから三週間後、アイレス恒星系の第三惑星のステーションに俺達は到着した。俺と帆船の目的地は、最初からここだったが、シオンとスズカにはレマとの待ち合わせ場所という説明しかしていない。
「シオンさん、レマさんってどんな方でしょうか?」
「そうね…シンデンを狙っている野良猫でしょうか。後、本名はフランシスといって、キャリフォルニア星域の諜報部に所属しているスパイよ。シンデンが話して良いと言った事以外は、彼女には話しちゃ駄目よ」
「スパイですか。シンデンさんは、どうしてスパイを仲間にしているのですか?」
「レマさんはシンデンと同じ施設の出身だから、断り切れなかったのよ。貴方もレマさんと同じ施設出身の孤児という設定だから、そこは忘れないでね」
「少し黙っていろ」
「「はい!」」
シオンとスズカは仲よくなった。それは良いが、無駄なお喋りが多い。まあ問題が無い内容なら無視するが、他人に聞かれては不味い内容の時は、注意して止めさせる。シンデンが居ないときは、響音がその役目をこなしてくれる。
「はぁ。ようやく会えましたね。それで、こちらがスズカさんですか。もう一人のカエデさんは、今どこに居るのですか」
帆船の到着から、二日遅れでレマはやって来た。そろそろ到着するという通信が来たので、ステーションの喫茶店で時間を潰していた。「帆船のリビングは落ち着くが、長い航海を同じ場所で過ごしたので、たまには別な場所が良いだろう」とレマに伝えたが、まあ本当は別な理由があって、帆船の外で待ち合わせたのだ。
「カエデは俺の船でレリックの研究に励んでいる。レマ、二人の個人IDの登録は助かった。感謝する』
「個人IDの偽装を受けないと、私をチームから外すとか脅したのは貴方ですよね。それで、カエデさんは船でレリックの研究ですか。二人の個人IDの登録は、諜報部がやってくれました。それで、会ったら詳しく話をしてくれると言いましたよね。どうしてその二人がシンデンの船に乗ることになったか、話してくれますか?」
「そりゃ、俺達と同じ施設出身なのに、二人が「キャリフォルニア星域軍に入らない」と言うから、姉さんに頼まれて、俺が面倒を見ることになったからだろ」
「それは表向きの「ここは喫茶店だ、まずは飲み物ぐらい注文しろ」…」
レマが馬鹿な事を口走りかけたので、シンデンが声を遮った。
「(後できちんと教えて下さい)すいません、コーヒーを一つお願いします」
レマが俺をそういう目で睨むが、この場は無視する。
「私は、追加でこっちの苺パフェをお願いします」
「私は、抹茶パフェのお変わりをお願いします」
三人の女性が注文をしている間、俺はカエデの部屋の後始末に追われていた。
『響音、そのレリックはレマに見つかったら不味い、倉庫に運び込んでくれ。それとこの資料も見せたら不味いな。処分しろ』
「Yes Master」
「ちょっと、そのレリックは、今研究中なのよ。持っていかないでよ。それにその資料を処分しないでよ。未だ研究成果として纏めてないのよ」
『前に話した諜報部員が仲間に加わるんだ。見られて不味いレリックは倉庫に戻すし、資料は処分する。必要なら電子頭脳に出して貰え。今後は、彼女に見せても問題の無いレリックの研究だけ許可するからな』
「そんな~。シンデン、キャリフォルニア星域の諜報部員とか、チームから追い出せないの?」
『その諜報部に、お前とスズカの個人IDを偽造して貰ったんだ、追い出すとか言うな。それに勝手に倉庫からレリックを持ち出すのは今後禁止だ!』
「え~」
カエデは不満げに頬を膨らますが、帆船が所有しているレリックには、人類に見せられない物が多い。キャリフォルニア星域軍の諜報部は優秀なので、脳筋のレマだからといって、迂闊なレリックを見せることは出来ない。
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カエデの研究室の整理整頓を終えた後、ようやく帆船レマを乗船させた。そこでようやくスズカとカエデが、サクラのクローンであるとレマと紹介する。そしてシンデンがどうして二人を引き取ることになったかも話した。スズカの記憶を消したこととか、カエデが秘密研究所に居たという話は誤魔化してレマに説明した。
「オルワ氏が亡くなった後、サクラさんがその後継者となったのね」
「ああ。それでオルワ氏がサクラのクローンを有力者にばらまいていた事が分かったので、サクラがクローンを助け出した。しかし、オルワ氏の後を継いだサクラの力でも、救出できない二人が存在した。それでサクラは、俺に救出を依頼したんだ。もちろん傭兵の正式な依頼じゃ無い」
「そうなのですか。それで二人は、サクラの元にそのまま返せなかったのね。そうなると、確かにシンデンの船で預かるのが確実でしょう。それにしても、ロスア星域だとクローン人間は禁止されてないのですね。まあキャリフォルニア星域も他の星域を悪くは言えませんけどね…」
突っ込みどころ満載の説明であったが、嘘は言っていない。医療目的外のクローンは、ロスアでは違法行為ではない。だから二人の存在は、星間ルール違反では無い。クローン人間でも、人として自我があるのなら、他の星域でも人として認められる。まあクローン人間を人として認めない連中も中には居るので、気を付けなければならない。
「二人のクローン人間の面倒を見るとか、やっぱり厄介事じゃないですか。それにクローン人間の面倒を見てくれるぐらいなら、私のことももっと…」
レマは文句を言うが、最後の辺りはゴニョゴニョと小さく言っていた。
「施設への仕送りは辞めたのだ。今更二人ぐらい養うぐらい、問題は無い。それともレマはクローン人間に偏見を持っているのか?」
「私はそんな偏見など持っていませんよ。問題なのはシンデンの元に女性が集まっていることです。今まで一人で活動してたシンデンが、急にいろいろな事件に巻き込まれた挙げ句、女性の仲間を増やしていることが問題なのです。上に報告する身にもなってください。イエル星域の事件も、証言だけで証拠が全く無かったので、報告するのが大変だったのですよ。通信機を修理に戻ったら、長官がやって来て説明させられたのです。どれだけ大変だったか分かりますか?」
レマはシンデンに愚痴るが、それは聞き流した。アヤモさんが係わってくるなら別だが、レマは同じ施設出身の後輩程度とシンデンは扱ってきた。レマがキャリフォルニア星域軍を辞めるのであれば、また違ってくるのだろうが、そうならない限り、レマの扱いは帰られないのだ。これも全部シオンと人類の平和のためだ。
「お前の愚痴に付き合っている暇は無いな。それで、今後の予定だが、俺はこの恒星系でしばらくシオンとスズカを鍛えるために依頼を受け刺せるつもりだ。それで、お前はどうするつもりだ?」
「シンデンは二人と一緒に依頼を受けないのですか?」
「長い航海で体がなまったからな、少し体を鍛え直したいのだ。この恒星系に気功術の達人が剣術の道場を開いていると聞いた。俺はその道場に行って見るつもりだ」
シンデンが語った、「剣術の道場を訪れる」という話は本当の事である。だが、道場に向かうのは、体を鍛え直す為ではなく、道場主が貴重な魔石の持ち主だから調査に向かうのだ。
この星系に入ってから電子頭脳は、ネットに進入して、スミスのデータにある貴重な魔石が、何処に存在するか調べていた。しかし、中には本当に存在するのか不明な魔石もあった。そこで、ネットで存在の有無が調べきれない魔石については、シンデンが直接出向いて調べる事となった。その手始めが剣術の道場だったのだ。
実は道場以外も調査する候補はあったのだが、俺が強引に最初に道場を選んだ。その理由は、「剣道の道場で、思いっきり竹刀を振ってみたい」という欲求だった。元気だった頃は、竹刀を良く振っていた。シンデンは毎日愛刀を振って鍛錬するが、刀は竹刀とは異なる。だから道場に行って竹刀を振りたいのだ。
「シンデンが剣術の道場に乗り込むとか、事件が起こるようにしか見えないのですが…。分かりました、私はシンデンについて行きます」
「理力使いが、剣術の道場に行ってどうする」
「私の任務は「シンデンの監視」です。他の人よりシンデンの行動を監視する必要があるのです」
>『レマがついてくると、竹刀を振りたいとか言い出せない気がするな。後、「剣術道場の道場破りから、看板を奪い取る代わりに魔石の行方を聞き出す」という作戦が出来ないぞ』
>『バックアップ霊子、そんな雑な作戦を立てないでください。別に道場破りする必要は無いでしょう。魔石の存在を確認するだけなのですから、ステルススーツを着て夜にでも忍び込んで確認してください』
>『夜に忍び込むとか犯罪行為だろ。道場破りは…まあ、犯罪じゃ無いぞ』
>『マスターに道場破りされる方が可哀想です。バックアップ霊子、手段と目的が入れ替わってませんか?』
>『仕方ない。道場破りは辞めるが、道場には行くぞ。レマにそう言ってしまったからな』
>『魔石の存在を調査中であることを、レマに気取られない様にしてください』
>『分かっている』
シオンとスズカは、雪風で傭兵の依頼を受ける。女性二人のチームだと不安なので、響音がボディガードとしてついて行く。美女三人の方が余計に危険だと思うが、人型ドローンはサクラの元だ。新たにTOYO社から男性型の人型ドローンを購入したいのだが、今のところ、立ち寄ったステーションにTOYO社の支社が無くて、購入はできていない。当面は、響音が頑張ってくれるだろう。それにシオンに問題が発生すれば、保証人であるシンデンの所に連絡が来るはずだ。
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シンデンとレマは、軌道エレベータで地上に降りて、目的の道場に向かった。気功術士が道場主だが、気功術士の才能を持つ者は少ないため、門下生は星域軍の軍人が多い。もちろん剣術も教えている。そしてその道場は、東洋風の刀を使う流派を教えていた。だから俺は「剣道部の頃の懐かしい雰囲気が味わえる」と思ってワクワクしていたのだ。
目的の道場の建物は、想像通り和風の建物であった。
「(これなら期待できそうだ)」
「シンデン、嬉しそうですね。ですが、道場破りは駄目ですよ」
シンデンが嬉しそうな顔をしている事に、レマが気づいて注意する。
「道場破りなど、するわけが無いだろう」
門をくぐると、剣道の道場らしき建物が見えた。外見もばっちり和風である。俺の期待はますます高まる。
「あら、珍しい。家の道場に御用でしょうか?」
そう言ってシンデンとレマに声をかけてきたのは、剣道着を着た美少女だった。長い黒髪をポニーテールで纏めた姿が凜々しい。
「ああ、俺…いや自分は、傭兵のシンデンという者だ。ここに、気功術士のササキ殿が剣術の道場を開いていると聞いて、興味がわいたので寄らせて貰ったのだ。自分も少々、気功術と剣術を学んでいる。それで道場主とお手合わせ…いやお話をさせて貰いたいと思ったのだ」
シンデンがお手合わせと言った所で、レマが足を踏みつけたので、手合わせからお話に修正した。
「星域軍ではなく、傭兵の気功術士の方ですか。それも剣術をお習いとは、珍しいですね。父とお話しされたいと言うことですが、残念なことに、父は今病気の為入院しております。申し訳ないですが、父とお話しされたいのであればお断りするしか有りません」
美少女剣士は、道場主のササキ氏の娘だった。そして道場主は、今入院中という。それでは確かに手合わせ…いや話を聞くことはできない。美少女剣士も、シンデンがどういうつもりで道場に来たか察知したようだった。
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