姉妹の救出(1)
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
ロスア星域、ハサ恒星系第六惑星のステーションに到着すると、シンデンはサクラと人型ドローンを降ろして、直ぐにステーションから出航した。傭兵ギルドに移動してきた事も報告しないのは、今からシンデンがやろうとしていることが、違法行為になる可能性が高いからである。サクラもシンデンの行き先を尋ねられたら、「ロスア星域から出ていった」と話すように言ってある。
>『ロスア星域の裏組織のボスが潜んでいるのが、小惑星に作られた要塞ってのが、洒落にならないなあ~。真正面から訪れれば、まあ攻撃されるだろうし、下手すれば、ロスアの星域軍が救援に来るとか、ロスア星域は駄目すぎる。オルワ氏、何故ロスア星域なんて拠点にしたんだろうね~』
>『だから、バックアップ霊子は、私にこれを作らせたんですよね』
今帆船の甲板には、小型の宇宙船が準備されていた。大きさは全長十メートルほどと、宇宙船の救命ボートに毛の生えた程度の小型船だ。しかしこの小型宇宙船は、帆船の技術を使った、人類の技術では探知不可能なステルス処理が施されている。俺は、ステルスシップと名付けた。まあ探知不能なだけで、武器は持っていないし防御力も帆船の装甲材を貼り付けただけなので、大型戦艦の主砲とかには耐えられないレベルである。
俺が考えた要塞の攻略法は、このステルスシップを使い、シンデンと響音で、正面からこっそり忍び込むという物だった。まあ、透明人間になってしまえば、堂々と進入できるだろうという、帆船の技術ありきの方法である。
要塞も警戒しているとは思うが、帆船の技術レベルを何とかできるほどのレリックや魔法使いを揃えているとは思えない。少なくともサクラの姉妹の居所を電子頭脳にハッキングされる程度の連中なのだ、心配は無いと思う。
『シンデン一人で要塞に潜入とか、大丈夫なの?』
『俺は元特殊部隊に所属していたんだ、この手の潜入など何度もやった事はある。それに、俺は一人ではない。響音も一緒だ』
実際、シンデンは特殊部隊で潜入任務をこなしている。嘘は言っていない。
『人型ドローンは人間じゃないから別枠だよ。確かにアレは強いけど、心配だよ』
シオンは心配そうだが、響音が強いことは認めているようだ。気を使わなきゃ、シンデンでも響音には勝てないからな。
『特別製のステルススーツもある。大丈夫だ!』
今回シンデンと響音が着るのは、人型ドローンが使っていたステルススーツとは異なる。某○レデターとかエイリア○の様な外見をした特別製のステルススーツである。光学迷彩で姿を消すから、そんな姿にする必要は無いのだが、もし光学迷彩が解けた場合に、人類じゃ無いと思わせるための偽装である。
もちろん宇宙服の機能も付いているし、対消滅グレネードを除けば、個人が携帯可能なレーザーやブラスター程度ではビクともしない防御力を持っている。もし、魔法や理力使いや、気功術士が出てきた場合は、シンデンが対応する必要があるが、それ以外では無双できるほどのスーツである。念のために個人用のシールドの魔弾も持って行くのだ、「この装備で大丈夫だ、心配ない」という死亡フラグなど立ちようもない。要塞に潜入する準備は整った。後は実行在るのみだ。
『じゃあ、私は指定のポイントで待っているからね』
『ポイントを間違うなよ。宇宙の迷子とか最悪だからな』
『分かってるわ。シンデンは、何時も私を子供扱いするんだから』
シオンは、肉体は大人でも精神年齢十二歳だから子供である。だからシンデンは子供扱いするのだ。間違ってはいない。
帆船は、指定のポイントに向かって行った。シンデンと響音が乗ったステルスシップは、姿を消して小惑星帯に向かった。
「あれが裏組織の所有する小惑星か。確かに要塞だな」
小惑星には、立派な宇宙港と周囲を威嚇するような砲台が多数配置されていた。宇宙港には海賊船らしい宇宙船が停泊している。こんな要塞が小惑星帯に堂々と存在していることから、ロスア星域軍は海賊やマフィアと親密な関係だと良く分かる。
「スキャンは…されてないよな」
要塞の目の前までステルスシップは来ているが、砲台は動く気配もない。つまり発見されてないのだ。帆船の技術は信頼しているが、「本当に発見されていないのだろうか」と疑ってしまうのが人間なのだ。ステルスシップは、発見されないまま、宇宙港の片隅に接舷する。シンデンと響音は宇宙港に降り立つが、誰も気づいてはいない。本当に透明人間になった気分である。響音はこのまま宇宙港で待機して、ステルスシップの護衛を行う。一方シンデンは、宇宙港の片隅にある端末に近寄る。
「(早速電子頭脳に習ったハッキングのスキルが役に立ったな)」
こっそりと端末のメンテナンスハッチを開けて、ステルススーツの端末を接続する。準備したハッキングプログラムが、要塞内のデータを検索して、直ぐに要塞の地図と、サクラの姉妹とスミスの居場所を突き止めた。ハッキングしていることがバレていないことを確認して、シンデンはスミスが拘留されている場所に向かった。
「(警備体制とか、なってないな。まあ星域軍並とは言わないが、もっと監視の人員を配置しろと言いたいな)」
シンデンはそんな事を思いながら、ドローンを避けて、要塞内を慎重に進み、スミスが拘留されている部屋に辿り着く。監禁しているなら、歩哨が立っていると思ったが、誰もいない。これだけ無警戒だと、罠を疑うレベルである。
スミスが拘留されている部屋の監視カメラにハッキングし、部屋にスミス以外誰もいないことを確認する。そしてシンデンが部屋に入ってから暫くは、偽装の動画情報を映すように細工する。
そこまでやり遂げてから、シンデンは扉のロックを外すと、部屋の中に入った。スミスはどのような尋問を受けたのか、傷だらけで、何らかの薬物で意識を失っていた。
「(生きているが、かなりの重症だな。早く治療しないと不味いな)」
スミスをステルスシートで包み、彼を担いで部屋から運び出す。スミスは薬物で意識を失っているので、騒がれる心配も無い。宇宙港まで無事にスミスを運び終え、ステルスシップに乗せる。
『何か問題はあったか?』
『見回りのドローンが来ましたが、こちらには気づきませんでした』
響音とスーツを接触させて状況を確認する。いわゆるお肌の触れあい会話である。これなら電波は外に漏れない
『サクラの姉妹を助け出すのに、少し騒ぎを起こす。もし宇宙船が動き始めるようなら、ステルスシップが巻き込まれない様に移動させてくれ』
『了解しました』
次はサクラの姉妹の救出に向かう。彼女はボスの部屋にいるのだが、裏組織のボスの部屋だ、そりゃ子供の目には触れさせたくない様な有様と想像できる。
流石にボスの部屋の前には、歩哨だろう戦闘ドローンが立っていた。人間じゃないところが、裏組織のボスらしい。まあ、戦闘ドローンなら、気兼ねなく力を使える。シンデンは気を練ると拳に気を纏わせた。
「!」
拳を振って、気の塊を戦闘ドローンに向かって跳ばす。何処かの国の古代武術には「百歩神拳」という技があるらしいが、シンデンがやったのは、それと似たような技だ。気を飛ばして相手を攻撃する、気功術士の初歩の技である。
攻撃と言っても相手を倒すのではなく、相手の意識(この場合は、戦闘ドローンのAIの動作)を止めるという部分は、気功術士でも高等な技術である。シンデンは星域軍の特殊部隊にいたので、このような技も訓練させられた。戦闘ドローンのAIが止まっている事に気づかれるまで、およそ三十秒。その間に事を済ませる必要がある。
ボス部屋の扉のロックを開けるのに十五秒。扉を開けて部屋の中に踏み込むと、ボスが驚くが、光学迷彩中のシンデンを見つけられるわけではない。ボスの部屋の中は想像通りの酷い状態だった。全裸の美少女や美女、美少年までいて、足下には傷だらけの女性が倒れている。まあ、ボスはお楽しみの最中だったわけだ。
「な、何が起きた。どうして扉が勝手に開く。お前、何をしているんだ!」
ボスは、戦闘ドローンに怒鳴るが、AIが停止しているので、反応するわけがない。
「(サクラの姉妹は…あれか)」
壁際にサクラとソックリの全裸の少女が立っていた。そのまま彼女を連れ出せば良いのだが、この部屋の有様をみたシンデンの記憶が、「ボスを殺せ」と囁く。まあ、彼ならそうするだろうが、俺は殺さない。このボスを殺しても意味が無い事を知っているからだ。
シンデンの記憶が囁く義憤を感情の奥に押し込み、シンデンはボスを蹴り飛ばして、気絶させるだけに留めた。部屋の中の連中も、ボスが蹴り飛ばされた事で、誰かが部屋の中に侵入したことに気づき、騒ぎ始めた。しかし、そんな連中の中でも、サクラの姉妹は黙ったままであった。
「お前を助けに来た」
サクラの姉妹の耳元でそう囁くと、彼女は一瞬だけ驚いた顔をした。オルワ氏が亡くなり、通信が途絶えた事で、彼女は自分が助け出されるとは、いや最初から助け出されないと分かっていたのだろう。
「どうして」
「黙っていろ」
サクラの姉妹もスミス氏と同じくステルスシートで来るんで抱える。少女を抱えて、シンデンは走り出す。そのタイミングで、スミスが捕らわれていた部屋に仕掛けた爆弾を爆発させた。ボスの部屋で騒いでいた連中も、その爆音に驚いて部屋から飛び出す。
「(彼等も助けたいけど、そんな事、俺には不可能だ)」
サクラの姉妹だけ助ける。俺はそう割り切っていた。俺は自分ができる事を理解している。シンデンの記憶が「助けろ」と囁くが、それを俺は無視する。
爆発が起きたことで、要塞内は大騒ぎになっていた。通路も人やドローンで溢れかえっていたので、シンデンは、壁や天井を走る羽目になった。気功術士は気を使えば、天井を歩くぐらいできるのだ。
宇宙港まで辿り着くと、感の良い海賊船が出航し始めていた。ステルスシップは、未だ見つかっていない。シンデンが船内に駆け込むと、響音がステルスシップを発進させた。
「後は、超光速航法可能な地点まで行くだけだな」
「マスター、海賊船が追ってきます」
「魔法使いが乗っているのか。厄介だな」
ステルスシップだが、科学技術を使ったスキャンは完璧に防げる。しかし、魔法や理力、気といった物理法則を無視する力での探知まで防ぐ事はできない。ステルスシップを追いかけてくる海賊船には、魔法使いが乗っているだろう。理力使いや気功術士では、この距離でステルスシップを見つけ出すことはできない。
「攻撃が来ます」
「少し揺れるが、我慢してくれ」
サクラの姉妹を響音に預け、シンデンはステルスシップの操縦を変わると、回避行動を取った。ステルスシップの側を海賊船が放ったブラスターが通り過ぎていく。人類製作の小型船なら、今の一撃で破壊されていただろう。しかし、このステルスシップの外壁は、帆船と同じ素材だ。あの程度のブラスターの至近弾では破壊されない。
「この船を正確に狙ってくるか。かなり腕の良い魔法使いが乗っているな」
魔法使いでも、探査が下手くそな奴では、正確にステルスシップの位置を見つけられない。せいぜい何処の方向にいるか分かるぐらいだ。しかし、今の攻撃はステルスシップを正確に狙っていた。つまり探査魔法を使い慣れた魔法使いが乗っている、そう俺は考えた。そうなると次に海賊船が取る手も分かる。
「魔法攻撃が来るな。響音、俺の代わりに操縦しろ。回避など考えず、全力で超光速航法可能な地点に向かって進むんだ」
響音に操縦を任せると、シンデンはステルスシップの外に飛び出した。外に出て外壁を走り、船尾の辺りに立って、刀を抜くと気を練る。
「人型兵器を出さず、魔法陣を展開したな。放ってくるのはファイア・ボルトか?」
ファイア・ボルトは、個人魔法のファイア・アローの宇宙船版だ。人型機動兵器に乗らず、海賊船で魔法を放てるとは、優秀な魔法使いだ。どうしてそんな奴が海賊をやっているのかと言いたいが、実際に今目の前に居る。
魔法陣が光り、ファイア・ボルトの魔法が、光学迷彩中のステルスシップに向かって放たれた。魔法攻撃は、科学的なステルス状態など無視して、ステルスシップに向かってくる。つまり、回避行動を取っても避ける事ができない。シンデンが持っているシールドの魔弾は、個人用なのでステルスシップを防御するには出力不足だ。要塞に魔法使いが居る事も想定していたが、海賊船で魔法を使える程の魔法使いが、ステルスシップを探知して追ってくることまでは、予想できなかった。
「だが、今のシンデンなら、あの程度の魔法、切り裂ける」
宇宙船が放つ規模の魔法を、個人の気功術士が切り払うなど普通はできない。昔シンデンに気功術を教えていた老人は、「気を究めれば惑星も斬れる」と言っていたが。そんな気功術士など、シンデンもあった事はない。まあ、少年だったシンデンに、やる気を出させるための嘘の話だったのだろう。
今、ステルスシップに向かってくるファイア・ボルトは、人型機動兵器ではなく海賊船から放たれた威力の劣った魔法だ。気功術の奥義まで使いこなせるシンデンなら、船首像の力を借りずとも、威力の劣ったファイア・ボルトぐらい切り裂ける。
「フンッ!」
シンデンは刀に練った気の全てを込めると、ファイア・ボルトに向かって気の斬撃を放った。ファイア・ボルトに比べ、圧倒的に小さな気の斬撃だが、それはファイア・ボルトに飲み込まれることなく、魔法を切り裂いた。
海賊船の魔法使いは、まさかファイア・ボルトが切り裂かれると思っていなかったのか、そこでステルスシップの追跡を諦めた。気の斬撃で魔法が切り裂かれたので、ステルスシップを気功術士の乗る人型兵器と勘違いしたのだろう。気功術士の乗る人型兵器と戦うには、海賊船一隻では厳しい。恐らく仲間の海賊船を待ってから、追跡を継続するつもりだろう。
『響音、超光速航行可能地点まで後どのくらいだ?』
『あと十秒で超光速航行可能地点に到着します』
海賊船が次の魔法を放ってこないことを確認して、シンデンは、ステルスシップに乗り込んだ。そして超光速航行可能地点まで来ると、シンデンが超光速航法を起動する。
ステルスシップが超光速航法を行ったのは、ほんの一瞬である。しかしそれだけで数光月の距離を進んだ。超光速空間から離脱した先の宇宙空間にいたのは、待っていた帆船と雪風であった。
『お帰り~。それで上手くいったんだよね?』
『大丈夫だ。二人とも無事に救出した』
シオンがシンデンに通信を送ってくる。電子頭脳とバックアップ霊子には、二人の救出が成功したことを、先に霊子力通信で報告してある。
『もしかして追っ手が来るかもしれない。さっさと移動するぞ』
熟練の魔法使いともなれば、数光年先まで探査することも可能だ。ステルスシップに「」探知の魔法」がかけられていない事をシオンに確認してから、船を帆船に格納する。後は逃げるだけだ。
★☆★☆
客室に運び込まれたサクラの姉妹は、シオンと響音で清められていた。
「もう大丈夫だからね。後の事は、シンデンに任しておけば大丈夫よ」
「…」
毛布にくるまれたサクラの姉妹…名前はスズカだが、最初にあったサクラと同じぐらい無表情であった。まああんな目に遭っていたのだ、心を閉ざしていても不思議ではない。これは俺にはどうしようもない状況だ。
>『ボス、殺した方が良かったかな?』
>『バックアップ霊子が殺すのを止めたんですよね』
>『俺の生きていた時代でも、彼奴は死刑になっただろう。だけど彼奴を殺しても彼女は救われない。それに、彼奴を殺したら、それはそれで、死ぬ人が増えることが分かっているからね~』
とにかく、救出任務の一つは終わった。スズカの精神のケアについて考えるのは、次の姉妹を助けた後だ。
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