理想と現実
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
徹甲弾の着弾とともに遺跡に魔法の雷が絡みつく。ビシッと音を立てると、遺跡の下部に巨大なヒビが入り始め、そこから釜の底が抜けたように崩れ落ちていく。そして遺跡もゆるゆると落下し始めた。
遺跡が落下し始めてもまだ、傭兵達は俺達に攻撃を仕掛けてくる。やはりクリスタルを壊さないと、オルワ氏の支配は解けないようだ。
『オルワ氏、いい加減、観念しろ』
霊子力通信を使って、俺はクリスタルに呼びかけた。
『シンデンさんですか。どうして貴方は私の支配を受けないのですか。貴方が邪魔しなければ、そうすれば、素晴らしい世界が…私の望む理想の世界が実現できたというのに…』
霊子力通信に返ってきたのは、年寄りらしくないオルワ氏の声だった。
『オルワ氏、貴方の望む理想の世界は確かに素晴らしい世界だろう。しかしどれだけ素晴らしい理想の世界も、支配者がそれを一方的に押しつけるだけなら、人は受け入れない。そう、俺も貴方の理想の世界を押しつけられるのは、嫌だ。だから俺は貴方を倒すのだ!』
船首像は聖地の中に手を突っ込むと、クリスタルを掴みだした。クリスタルを掲げると、傭兵達の攻撃は止まった。
>『電子頭脳さん、クリスタルから脳ユニットを取り出すことは可能か?』
>『…脳ユニットはクリスタルと一体化しています。クリスタルを破壊すれば取り出せますが、その場合脳ユニットは停止するでしょう』
>『そうなのか。じゃあ、クリスタルは壊せないな。取りあえず、霊子力通信を遮断してくれるかな』
船首像はクリスタルを帆船の甲板に置いた。そこで作業ドローンが出てきて、クリスタルを対霊子力フィールドで囲ってしまった。これで霊子力通信を封鎖する事ができた。もうオルワ氏の命令は、信者には伝わらない。
船首像を帆船に合体させて、シンデンは甲板に置かれたクリスタルの側に降りてきた。それと人型ドローンが助けた、サクラも甲板に連れて来た。甲板にいるのはシンデンとサクラの二人だけ。レマとシオンには、ここから起きることを見せたくなかった。
『オルワ氏、先ほども言ったが、貴方の望む世界は素晴らしい。しかし、貴方の仲間ではない人は、決してその世界を望まない。貴方もそれぐらい理解しているはずだ。だからクリスタルに頼ろうとした。そうだろ?』
シンデンがそう言うと、脳ユニットが動揺したように光った。
『そんな事はありません。みんなが平等に生きていける世界。そんな理想の世界を望まない人などいません!』
『人類の歴史を学ばなかったのか。貴方の言う理想の世界を実現しようとした国や人物は、結局最後は独裁者になってしまった。そして自分に従わない大勢の人を殺しただろ。オルワ氏、マーロに信者を集めて、それから貴方はどうするつもりだった?仲間以外は、今星域を支配している人達はどうするつもりだ?強制的に支配するのか、それとも殺すのか?』
『…それは、そんな事は…』
オルワ氏は俺の言葉を否定しようとしたが、最後まで答えずに押し黙ってしまった。
『支配した連中を今すぐ解放しろ。そうすれば、クリスタルは破壊しない』
俺はそう言うが、破壊はしないが霊子力が漏れないように封印はするつもりだ。
『…分かりました』
オルワ氏が諦めた様子でそう言った。
「義父さま、そんな簡単に諦めるのですか。それでは、私が、姉妹達がしてきた事は全て無駄だったのですか?」
今まで無表情だったサクラが、突然クリスタルにすがりついて叫んだ。
『サクラ、お前には迷惑をかけたな。サクラとお前の姉妹がしてきた事は、無駄では無い。私は自分の寿命が残り少ないことで、焦りすぎたのだ。人はいつか私の願った理想の社会を作るだろう。だが、それは私に強制されてでは駄目だったのだ。人が自分で掴み取らなければならない。私は間違っていたのだ…』
「義父さま。お願いです。諦めないで下さい。諦めてしまえば、私の姉妹達は何時までも救われないのです」
『…シンデン殿。最後に頼みがある。サクラの姉妹達を助けてくれ。詳細はサクラに聞けば分かる。それと、私の声をみんなに届けられるようにして欲しい』
『妙なことは考えるなよ!』
シンデンは、クリスタルからサクラを引き離すと、電子頭脳に命じて、対霊子力フィールドを解除した。
『同志諸君、この世界は不平等であり、大勢の苦しんでいる人が存在する。私はその不平等を無くして、誰もが平等に生きていける理想の世界を作ろうと思った。しかし、私が作ろうと思った「理想の世界」は、私の為の理想の世界だ。聖なる力を使って、無理矢理世界を作り変えるのは、結局誰かに不平等を押しつけている事だ。仲間達よ、もう私から何も命じることは無い。これから聖地も消え、聖者も聖女もいなくなる。後は自分の心に従って、自分が良いと思う世界を作って生きて欲しい』
オルワ氏が妙な事を言い出せば、直ぐに霊子力通信を妨害するつもりだった。しかし、彼は自分がやろうとしたことの過ちを認め、支配していた連中を解放した。
>『電子頭脳さん、クリスタルの封印を頼む』
クリスタルとの霊子力通信のパスが残っていれば、聖者と聖女は今まで通り信者を操る事が可能だ。それを止めるにはクリスタルを封印するしか無い。封印と言うが、霊子力通信を封鎖するには、帆船に乗せて管理するしか無いだろう。
>『どうやらその必要は無いようです』
オルワ氏の脳ユニットが赤く輝くと、クリスタルはひび割れて壊れていく。壊れていくクリスタルから脳ユニットが転がり出るが、ユニットは既に活動を停止していた。
>『「聖地も消え、聖者も聖女もいなくなる」とは、そういう意味だったのか』
オルワ氏は、他の聖者や聖女が、自分と同じ事を考えないように、クリスタルを破壊することをえらんだ。
>『本船がクリスタルを封印して持ち去れば、「聖なる星」の聖者や聖女が奪い返しに来るでしょう。そうなれば、結局マスターは「聖なる星」の信者に狙われることになります。オルワ氏は、そんな未来を望まなかったのです』
>『電子頭脳さん、オルワ氏の行動を分かっていたのか?』
>『本船には人の気持ちは分かりません。ただ、そういった選択肢もあると推測していました』
サクラは、粉々に砕け散ったクリスタルを呆然とみていた。しばらくすると、活動を止めたオルワ氏の脳ユニットに駆け寄って抱きしめると、そのまま座り込んで泣き始めた。
★☆★☆
遺跡は轟音を立てて、元の場所に落下して砕け散った。霊子力に関係する部分以外は、人類に影響がある技術は無いと電子頭脳が判断したので、俺は遺跡をそのまま放置することにした。
オルワ氏は事前に遺跡周辺の人を避難させていたので、死者は出なかったが、建物などは大きな被害が出てしまった。傭兵達は遺跡の落下を見終えると、ステーションに戻り始めた。
>『俺達もステーションに戻ろう。遺跡の事を傭兵ギルドに説明して…いや、その前に今回の件について、どれだけ信者に情報が漏れているか、確認しないといけないな。電子頭脳さんは、帆船が遺跡の崩壊に係わっていたという情報を削除してくれ』
>『修正では無く、削除ですか?』
>『修正より、削除した方が神様の仕業らしいからな』
>『なるほど。バックアップ霊子の言う通り、削除することにします』
電子頭脳はステーションや傭兵の船にハッキングを仕掛けていく。シンデンは傭兵ギルドに向かう。
帆船がステーションに戻ると、傭兵達が宇宙港で土下座して待っていた。どうやら帆船に攻撃をした事への謝罪のつもりらしい。傭兵達は操られていたときの記憶があるようだった。
シンデンは「お前達が謝罪する必要はない。それより道を空けてくれ」と言って、傭兵達の土下座を辞めさせた。
傭兵達が開けた道を通り、傭兵ギルドに向かう。「聖なる星」の信者が襲ってくる可能性もあるので、シンデン一人で、シオンは連れて行かない。リビングにいるレマは、傭兵ギルドで情報収集するまで、響音が監禁している。
★☆★☆
傭兵ギルドに入ると、直ぐにギルドマスターがシンデンの前に現れた。
「シンデン殿、イエル星域、いやサジア、エプト、アリシ星域を救ってくれてありがとう。イエル星域の傭兵ギルドとして、貴方に何を持って報いれば良いか、私には思いつかない」
そう言って、ギルドマスターが頭を下げてくる。
「感謝など不要だ。俺は自分の信念に従って行動しただけだ。それで、傭兵ギルドは今回の件、何処まで理解できている?ギルドマスターも「聖なる星」の信者なのか?」
シンデンは、傭兵ギルドが、今回の出来事に対して、どのような情報を持っているのか尋ねた。ギルドマスターの返答次第では、直ぐにイエル星域から逃げ出す。そして、シンデンは「聖なる星」の信者に狙われることになるだろう。俺は、そんな状況になっていないことを祈っていた。
「私は『聖なる星』の信者だった。この傭兵ギルド職員と戦いに参加した傭兵以外が知っているのは、聖地に神が出現した事。そして神が世界を変えようとしたが、それを誰かが説得して辞めさせた事。そして神は天に帰ったという事だけだろう。神の声が聞こえている間、私はその声に従っていた。しかし神から『自分が良いと思う世界を作りなさい』と言われた時から、もう私に神の声は聞こえなくなった。もしあのまま神の声に従っていたら、この星域、いや人類社会に大きな混乱を起こしていただろう。だから、私は『聖なる星』の信者であることを辞めた。恐らく信者の大半も、私と同じように信者であることを辞めただろう」
ギルドマスターの話を聞く限り、「聖なる星」の信者は、信仰心を失ったようだ。まあ聖者や聖女の中には騒ぐ連中もいるだろうが、肝心の信者が信仰心を無くしてしまえば、何も出来ない。つまり、シンデンが信者から狙われる危険性はほぼ無くなったと思われる。
「なるほど、ギルドマスターは神が現れたという風に感じたのか。その神とやらを説得したのは、俺じゃない。俺は神を説得できるような人間では無い。その神は、自分で間違いに気づいた。だから神は信者を解放して、天に帰ったのだ。俺が神を説得したなどと、間違った情報を広めないでくれ。『神は理想の世界を作ろうとしたが、自分で過ちに気づき、天に帰った、』と傭兵ギルドが今回の事件の公式見解を出してくれ。それで良いのだ。俺は『聖なる星』という宗教とは、係わりたくないのだ」
「…分かった。シンデン殿の言った内容で、イエル星域の傭兵ギルドとして公式見解を出そう。遺跡も聖地もあの有様だ。もし、『聖なる星』の信者が残っていたとしても、神がいなくなった事を理解するだろう」
ギルドマスターと話を終えた俺は、帆船に戻った。本当ならさっさとイエル星域から出て行くべきだが、まだ電子頭脳がデータ削除を終えていなかったのだ。
>『電子頭脳さん、今回の事件に関する情報操作(マーロ恒星系のネット上の情報と傭兵達の宇宙船のデータ削除)に、後どれぐらいかかりそう?』
>『全力で対応中。傭兵の船のデータは、全て削除完了。ステーションと惑星上のデータは、二十四時間後には削除完了予定』
会計処理プログラムすら止めて、電子頭脳は全力で証拠隠滅を行っていた。攻撃に参加した傭兵達とマーロのステーションと惑星に残っている情報を消してしまうことで、シンデンと帆船が事件に係わっていた事は無かったことになる。もちろん戦いに参加した傭兵や、ギルドマスターのように実際に戦いを見ていた連中は帆船が係わっていた事は知っている。しかし証拠となるデータが存在しないのであれば、結局噂だけで終わるはずだ。それにギルドマスターに頼んだ様に、傭兵ギルドから公式見解も出される。人の噂も七十五日だ。これで帆船がイエル星域から遠く離れれば、いつかは話題から消えるだろう。後は聖地で神が何をしたのかぐらいの話題にしか残らない。そうなれば良いと俺は思っていた。
傭兵ギルドから帆船に戻ったら、今度はレマとシオンに事件のあらましを説明する事になる。
「サクラが運んでいたのはクローン脳ユニットだったのだ。聖地にあるクリスタルにクローン脳ユニットを埋め込むと、聖なる力とやらで、信者を支配できたらしい。あの遺跡はそういう仕組みを持った宇宙船だったのだ。オルワ氏はその事を知っていて、サクラを聖女と偽り、自分の思い通りにコントロールできるクローン脳ユニットを運ばせ、クリスタルに埋め込んだのだ。しかし、埋め込まれたクローン脳ユニットがオルワ氏が亡くなった事で暴走したみたいでな、遺跡は勝手に動き始めたのだ。俺はそれに気づいて、このままではサクラが危ないと思って、彼女を助けるために帆船を出航させた。それでサクラを助けたが、遺跡をそのままにすると何をするか分からない。現に傭兵を操って帆船を攻撃してきた。だから遺跡を破壊してしまったという事だ」
「へえ~。信者を支配しちゃうとか、凄いレリックだったんだね~」
シオンは素直に俺の話を聞く振りをしてくれる。シオンには先に霊子力通信について教えてある。シオンは霊子力通信を超光速通信より凄い通信技術というレベルで納得していたが、まあその認識で合っている。ただ、霊子力通信という話は、シオンとシンデンだけの秘密だと念を押しておいた。
「シンデン、本当にそれだけですか?他に何か隠してませんか?隠してないなら、戦闘中、ずっと私を閉じ込めていた理由を教えて下さい」
レマは当然疑いの目で俺を見てくる。遺跡が浮上してから今まで、彼女をリビングに閉じ込めて情報を与えないようにしていたのだ、疑われるのも当然である。
「どうやらあのクリスタルに埋め込まれたクローン脳ユニットだが、自分を神だと思ったらしい。信者はみんなその神の声で操られていた。傭兵達とも戦闘になったし、遺跡からも攻撃を受けていた。レマをリビングに閉じ込めていたんじゃ無く、戦闘で忙しくてお前と話しをする時間が、無かっただけだ」
「うん、信者の傭兵が帆船に攻撃を仕掛けてきたんだよ。レマさんが帆船の外にいたら、傭兵達に殺されたかもしれないよ」
シオンが予定通り俺の話に同調する。実際、レマの船は内部が荒らされていた。まあ俺が人型ドローンに命じてやらせた(監視カメラでは適当な傭兵が壊した事に偽装済み)訳だが、これでレマも少しは納得するだろう。
レマの船の諜報部専用超光速通信機も破壊したので、その修理が終わるまでキャリフォルニア星域軍の諜報部に事のあらましを報告できない。その間に電子頭脳がマーロ内のデータを全て消去する。これで諜報部が動き出しても、霊子力による人の支配という技術にはたどり着けないだろう。壊れたクリスタルも焼却処分済みだ。もう霊子力に係わる物は無い。
後、信者に付けられた霊子力通信のパスだが、オルワ氏が最後に消し去ったらしい。これで信者が今後何かの検査を受けても、霊子力に関する情報は出てこないし、聖者や聖女が叫んでも、誰も気にとめないだろう
「命の危険は軍人なので、覚悟しています。私は諜報部なのですよ。情報を取れなかったら駄目なんです。今回の事件、どうやって上に報告すれば良いんですか~!」
レマは、癇癪を起こして叫ぶ。まあその気持ちは分かるが、キャリフォルニア星域軍の諜報部に知られたくない事件だったんだよ。あの長官なら、シンデンがレマに話した内容から、いろいろ推測するだろう。しかし、一番重要な情報(霊子力通信)が抜けていれば、流石にどうしようもないと思う。というか、俺はそう信じたい気持ちなのだ。あの長官は本当に厄介なのだ。
「諜報部所属のレマに、信者を操るレリックの情報など与えられるか」
「そうですよね。そんな危険なレリックの情報を、キャリフォルニア星域軍に知られたら、大変です。レマさん、諜報部なら他人を頼らず、自分で情報を集めて下さい」
「あのお掃除ドローンさえいなければ、そうしてましたよ!」
響音の監視下では、レマは部屋の端末どころか窓にすら触らせてもらえなかった。個人端末は、戦闘中の帆船内では通信不能だから使えない。
>『レマというかフランシス大尉が、キャリフォルニア星域軍と手を切ってくれれば良いのに。そうすれば、仲間に引きずり込んで、シオンと同じレベルまで情報を知らせるんだけどね。まあ、シンデンの記憶だと、フランシス大尉が退役することはあり得そうにないんだよね。本当に面倒な人だ』
俺は愚痴るが、データ削除で忙しい電子頭脳は相手をしてくれなかった。
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