オルワ氏の望んだ世界
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
エレム恒星系全ての人類が、クリスタルによって支配されてしまった。俺はさっさと逃げ出したい気分だが、これは放置しては駄目な案件である。
>『クリスタルから霊子力を使った通信が届いています』
>『対霊子力フィールドを張ったまま、通信内容を聞くことは可能か?』
>『可能です。今接続します。シオンやレマにも聞かせますか?』
>『どんな内容か分からないし、霊子力通信とかレマには話せないだろ。俺と電子頭脳さんだけにしよう』
霊子力について、レマに聞かせる必要は無い。レマからの報告で、キャリフォルニア星域軍が霊子力が通信に利用可能でさらには人を支配できることを知ってしまう可能性がある。霊子力の別な使い方を知ってしまえば、必ず政治・軍事に転用するだろう。そうなれば、俺と帆船は知れば、俺はキャリフォルニア星域軍、いやキャリフォルニア星域と戦う事になる。だから
>『了解しました。バックアップ霊子、繋ぎますよ』
電子頭脳がクリスタルが送ってきた霊子力通信を俺に聞かせた。
『この声を聞く全ての者に告げる。「聖なる星」であるマーロに集結せよ! この声を聞く全ての者に告げる…』
霊子力通信は、繰り返しそれを告げていた。
>『クリスタルは、この星に信者を集結させるつもりか。とんでもない数の人が集まるぞ。クリスタルは信者を集めて、何をさせるつもりなんだ?』
>『歴史を紐解けば、この手の支配者が考えることは一つでしょう』
>『…戦争か』
>『そう本船は推測します』
今マーロには多数の傭兵が集まっている。加えて四つの星域軍も集まってくるだろう。それ以外の信者が集まってくるまでもう少し時間がかかるだろうが、皆宇宙船でやって来るはずだ。それが全て戦力となれば、とてつもない軍隊ができあがる。
>『あの脳ユニットを運んだサクラなら、脳ユニットが何を企んでいるか知っているだろう。まあ答えないかもしれないが、取りあえず聞いてみる』
>『その判断は、バックアップ霊子にお任せします』
今クリスタルの側には、サクラと姿を消した人型ドローンしかいなかった。他の信者は遺跡から霊子力通信が始まると同時に、聖地から出て行った。
「サクラ、何故聖地に脳ユニットを持ち込んだんだ?」
光学迷彩を解いて姿を現した人型ドローンが、サクラに問いかけた。
「シンデンさん、何故貴方がここに居るのですか。それに、ここにいると言うことは、あの光を浴びたはず。それなのに、どうして平気なのですか?」
先ほどまで無表情であったサクラだが、今は人らしい驚いた顔をしていた。そしてシンデンがクリスタルの支配下に入っていないことに驚いていた。
「お前を一人で聖地に送り出すのが心配だったから、まあアフターサービスのつもりで、隠れて護衛していたのだ。しかし、あのような事をしでかすとは思わなかった。お前が持ち込んだ脳ユニット。あれを使って、お前は一体何をするつもりだ?」
「私は何もしません。私の役目は終わりました。後は義父が世界を変えてくれるのを待つだけです」
「オルワ氏が世界を変えるだと!しかし彼は亡くなったはずだが?」
「いえ、義父は生きております。そう、今義父は、彼所にいます」
そう言ってサクラが指さしたのは、クリスタルに収まった脳ユニットだった。
「あの脳ユニットの中には、オルワ氏の脳が入っているのか。そんな馬鹿げた事をオルワ氏は本当にやったのか?」
「ええ、義父の脳です。シンデンさんと別れた後、義父は私に自分の脳をユニットに入れて、聖地に運ぶように命じました。私はそれを実行しただけです」
サクラは当然のことをしたかのように語るが、自分の義父から脳を取り出すなど、正気の人間がやることでは無い。
「オルワ氏は、何故そんな事をお前にやらせた。それに、クリスタルが脳ユニットを受け入れることなど、今まで誰も知らなかった情報だ。彼は誰にそのことを教えて貰ったのだ?」
「脳を取り出してクリスタルに埋め込めば、聖なる力で人を支配できる事は、聖者や聖女は、全員知っているはずです。聖者である義父がそう言ってました」
「オルワ氏は聖者だったのか。そして、以前にクリスタルに触れて聖なる力を得ていたと…。それなら、どうしてオルワ氏は、『聖なる星』の宗派に加わらなかったんだ?」
「義父はマーロのスラム街で生まれたそうです。幼少時、義父は偶然クリスタルに触って、クリスタルの使用方法と聖なる力を受け取りました。最初はマーロで聖なる力を使い、仲間を増やしていきました。しかしイエル星域は『聖なる星』の派閥争いが激しく、何度も殺されそうになりました。そこで義父は、ロスア星域に移り、そこで自分の仲間を増やしました。私が、仲間と言っているように、義父は『聖なる星』という偽りの宗教には係わっていません。義父は、神など信じていませんでした。義父は神などと言う支配者などにはなりません。義父が作るのは、誰もが平等により良く生きられる世界です」
>『オルワ氏、もしかして人類を全て平等な立場にする思想、つまり、マルクス主義的な思想家だったのか。クリスタルに触った事で、自分の思想を実現可能と考えたのかな。今までの聖者や聖女は、自分の脳をユニット化してクリスタルに埋め込むほどの勇気が無かった。しかしオルワ氏は違ったという事か…』
オルワ氏が聖者であり、過去にクリスタルに触れていたことまでは電子頭脳でも調査できなかった。年間数万人も訪れる観光名所なのだ。そこに訪れた人のデータなど調べてはいない。それに聖者や聖女がクリスタルに触れた場合は、必ず新しい派閥を起こすか、既存の派閥に加わっていた。オルワ氏のような思想を持った聖者や聖女が居なかったのは、人類にとって幸運な事だったのだろう。いや、俺が不運を持ってきたのかもしれない。
>『全ての個体を平等に扱う思想ですか。創造主達もそういった社会形態を目指したことはありました。しかし、結局個人の欲望がある限り、そのような社会体制は成り立たないと諦めました。そして創造主が行き着いたのは、完全なる個人主義でした』
>『帆船やヤマト級を作る技術があるなら、支配欲以外の個人の欲望は全て満たせるよな。まあ、創造主の話はどうでも良い。問題なのは、オルワ氏が自分の思想を広めるつもりだと言うことだ。霊子力に支配されてない人が、オルワ氏の思想を認めるわけはない。つまり、行き着く先は銀河中の星域を巻き込んだ大戦争になるだろうな』
>『我々が介入しなければ、バックアップ霊子の想像通りの結果となるでしょう』
まあ、オルワ氏の思想は確かに素晴らしいが、それを受け入れられるほど人類は優等生ではない。オルワ氏が支配者(神)となって、残りは平等だと言われても受け入れる人はいないだろう。
「サクラさんは、オルワ氏のやっていることを正しいと思っているのか?」
サクラさんも既にクリスタルの支配下にいるはずだ。返ってくる答えは決まっている。
「義父がやりたい事は理解しています。ですがそれは私には関係ありません。そして私の役目はもう終わったのです」
しかし、サクラはオルワ氏の思想を肯定も否定もせず、役目を終えたと言って、再び無表情な置物に変わってしまった。オルワ氏はサクラに何も命令しなかったようだ。しかし、サクラが全てを語った後、聖地が、いや遺跡が大きく揺れ始めた。
「オルワ氏、娘の面倒は最後まで見ろ!」
人型ドローンはサクラを抱えると、聖地から飛び出した。そして遺跡の階段を駆け下りる。
>『遺跡が飛び立ちます。どうやらあの遺跡は宇宙船の機能を持っていたようです』
>『人型ドローンとサクラを回収するぞ』
「マーロの遺跡の様子がおかしい。このままではサクラが危険だ。帆船はこれから地上に降下するぞ」
「シンデン、宇宙船が大気圏に突入するにはマーロ行政府の許可が必要です。許可を取って下さい」
状況を知らないレマがそう言うが、説明している時間は無い。
「緊急事態だ。シオンは雪風で待機してくれ」
「分かったわ」
「私の船はどうするのですか」
「後で回収する」
レマをリビングに残して、シオンとシンデンは船のコクピットに向かった。レマの相手は響音に任せる。
帆船は宇宙港から飛び出すと、マーロに降下する。大気圏突入した事で、ステーションから警告が来るかと思ったが、そんな物は来なかった。その代わりに、ステーションから出てきた傭兵達の宇宙船が、帆船に攻撃を仕掛けてきた。
>『傭兵で俺達を止めるつもりか。面倒な手を使うな』
傭兵の船は、有人の宇宙船なので、破壊してしまえば人が死ぬ。戦争ならまだしも、今はオルワ氏に支配されて戦わされているだけだ。だから俺は傭兵の宇宙船を撃破することはしなかった。
傭兵達の船を連れて、帆船は惑星に降下する。その間にも遺跡は空に浮かび上がっていった。
空に浮かんだ遺跡の下から出てきたのは、黒色の四角錐の船体だった。遺跡は全高一キロの、双四角錐という形の宇宙船だった。下部の四角錐には、異星人の支配者のシンボルマークなのか、巨大な目のような文様が書かれていた。
遺跡が空に飛び立つことで、遺跡の周囲は酷い有様になっていた。遺跡を囲んで祈っていた人達の姿が見えないが、「オルワ氏が避難させているはず」と俺には信じるしか無かった。
サクラを抱えた人型ドローンは、遺跡が高度千メートルまで浮上した所で、遺跡から飛び降りた。飛び出した人は、大気圏突入を終えた帆船が甲板で受け止めた。
大気圏内に入っても、傭兵達の船からの攻撃は続いた。攻撃を避けると地表に被害が出てしまうので、上からの攻撃は全て帆船が受け止めた。
>『傭兵の貧弱な攻撃ですが、これだけ集まると、本船の装甲も限界が来ます。撃墜しますか?』
>『有人の宇宙船を破壊するのは駄目だ。傭兵達との間に遺跡を挟むように移動しよう。そうすれば、傭兵達の攻撃も減るだろう。それよりも、あのクリスタルを破壊しよう。オルワ氏には悪いが、それが人類のためだ』
帆船は傭兵の宇宙船の攻撃を受けながら、遺跡を間に挟むように移動し、主砲の照準をオルワ氏の脳が入ったクリスタルに固定する。クリスタルさえ破壊してしまえば、霊子力通信による支配も終わるのだ。
>『悪いが、この世界をあんたの好きにさせるのは、認められない。神を信じて無かったようだが、成仏してくれよ』
帆船のブラスターの火線がクリスタルに向かって放たれた。直撃すれば、それで終わりだ。
>『遺跡が、理力フィールドを張ったのか。電子頭脳さん、オルワ氏は理力使いだったのか?』
しかし、帆船のブラスターの火線は、遺跡全体に張られた理力フィールドで防がれた。
>『オルワ氏が理力使いであるという情報は、ありませんでした。遺跡内部に理力使いの脳ユニットと聖石があると推測します』
>『理力使いと聖石か。そうなると、魔法使いの脳ユニットと魔石も持っているだろうな』
俺の想像通り、遺跡から巨大な魔法陣が出現すると、帆船に向かって戦略級の光魔法が放たれた。遺跡の高度は既に一万メートルを過ぎているので、地表に影響はないが、それでも惑星の大気はかき乱される。傭兵の船が何隻か戦略級魔法で破壊されたが、帆船はギリギリで魔法を回避した。
そんな戦略級光魔法が、帆船めがけて二度三度と放たれる。魔法陣が出てから魔法が放たれるまで一瞬の間があるので、帆船もギリギリ回避が間に合っている。しかし、もし直撃すれば帆船でも耐えきれない威力である。
>『仲間の船も巻き込んで狙ってくるのか。しかし、戦略級魔法を連発するなんて、あの遺跡はヤマト級より手強いぞ』
遺跡は、味方であるはずの傭兵の船も巻き込んで戦略級魔法を放ってきた。おかげで、帆船は傭兵の船を巻き込まないように回避機動を変更する事に苦労していた。
>『戦略級の光魔法をあれだけ連射可能ということは、遺跡には大量の魔石が詰まれていると思われます』
>『オルワ氏は魔石の産地でも有数の資産家だからな。もしかして大量の魔石を遺跡に運び込んでいたのかもしれないな』
まあ、俺の想像が当たっていても何も状況は変わらない。遺跡は帆船を狙って戦略魔法を放ち続ける。帆船の攻撃(主砲、光速の魔弾)も理力フィールドで防がれてしまう。魔石のマナが切れるまで持久戦をやれば、勝つ事はできるだろうが、その前にオルワ氏に支配された星域軍がやって来るだろう。そうなったら、帆船は逃げ出すしかないだろう。
>『危険だが、短期決戦で行くぞ。俺は船首像で格闘戦を仕掛ける。電子頭脳は雪風と一緒に、遺跡の正面で戦略級魔法を引きつけろ。シオンは魔法を準備しろ。後はタイミングを合わせて攻撃するぞ』
拘束具を解かれた船首像が、帆船から分離する。帆船と船首像、二手に分かれた事で、遺跡はどちらを狙うか一瞬迷ったようだが、帆船の方が脅威だと判断したのか、魔法攻撃を継続する。そして船首像には、傭兵達の船からの攻撃が集まった。降り注ぐ攻撃を、シンデンは、気のフィールドを張って耐える。
『ステーションから追加の傭兵が出てきたな。さっさと終わらそう』
シンデンは気を練ると、船首像を駆って遺跡に向かった。遺跡は、船首像が気による攻撃を仕掛けることに気づいたのか、帆船に向かって放っていた戦略級魔法を船首像に向けて発射した。至近距離なので、船首像が戦略級魔法を回避することは不可能であった。
『そうなることぐらい、予想済みだ』
戦略魔法が命中する寸前、船首像は一瞬で銀色にコーティングされる。魔法を打ち消す特性を持った液体金属が、蒸発しながらも戦略級魔法を無効化した。帆船の防御で液体金属を使わなかったのは、船首像が攻撃を仕掛ける時まで隠すためだった。
目論見通り、戦略魔法を耐えきった船首像は、両手を刀に変えて気の斬撃を放ち、それを追いかけるように空を駆ける。
『シンデンの全力の攻撃だ。お前に耐えられるか!』
テッド戦で使った必殺技だが、人型機動兵器の理力フィールドは破壊できた。しかし遺跡の理力フィールドの強度は、それよりも遙かに頑丈だと思われる。シンデンは、最初から全力で攻撃を放つ。全ての気を使った、全力の攻撃である。
シンデンの必殺技を受けた遺跡は、ビシッと音を立てて理力フィールドの一部が崩壊した。予想していた通り、遺跡の理力フィールドは頑丈だった。このままでは直ぐに理力フィールドは復元されるだろう。それをさせない為に、シンデンとバックアップ霊子が同時に叫んだ。
>『電子頭脳さん、徹甲弾を発射して』
『シオン魔法を撃て!』
『分かったわ。ライトニングボルト!』
船首像が上体そらしのように上半身を捻ると、帆船の主砲が火を噴き、船首像の上半身が在った場所を徹甲弾が通り過ぎる。少し遅れて、シオンのライトニングボルトの魔法が通り過ぎ、徹甲弾に命中する。魔法の雷を纏った徹甲弾は、崩壊している理力フィールドを完全に打ち壊し、遺跡の下部に突き刺さった。
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