聖地への航海
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
依頼主はロスア星域でも有数の資産家で、メーンド財閥の当主オルワ氏である。彼の邸宅はステーションではなく惑星上にあるので、軌道エレベータで惑星に降りる必要がある。
「寒いわね~」
「寒いです。もっと暖かくなるようにテラフォーミングすれば良いのに」
シオンとレマは軌道エレベータの建物から出ると、惑星の気温の低さに文句をいう。周囲を行き交う人は昔のソ連の人達のような皆厚着をしていた。
「二人とも鍛え方が足りん。星域軍のサバイバル訓練はもっと過酷だぞ。タクティカルスーツの温度調節機能があるんだ、我慢しろ」
「それでも寒いんですって」
「うん。体というか気持ち的に寒い感じがするのよね」
簡易宇宙服ともなるタクティカルスーツは、温度調節機能が着いている。これさえ来ていれば、密林でも氷原でも問題は無いはずだ。それなのにシオンとレマが寒いと感じるのは、何か別な要因があるのかもしれない。シンデンは気功術士で、二人は魔法使いと理力使いである。もしかすると、この惑星は魔石によって地表のマナが足りていないために二人は寒く感じるのかもしれない。
「まあ、歩けば暖かくなるだろ。依頼主の屋敷は直ぐそこだ。歩くぞ」
「えーっ、タクシーを呼ばないの?」
「そうですよ、タクシーを呼びましょうよ」
「一キロぐらい歩け。行くぞ」
タクシーを使っても良かったが、何となく俺は地面を歩く気分だったのだ。一キロも歩けば、体も温まる。体育会系のノリで二人に命じて、シンデンは歩き始めた。
「ここがオルワ氏の邸宅か。こんな寒い惑星で、和風の屋敷とは珍しいな」
オルワ氏の邸宅は、広大な敷地を和風の壁で囲まれた木造の屋敷だった。インターフォンも無い巨大な門を前にして、俺達の来訪をどうやって中の人に伝えれば良いのか迷っていると、勝手に門が開いた。どうやらこの屋敷の主は、俺達の来訪に気づいたようだ。
「入ってこいと言うことだな」
「誰もいないのが、ちょっと不気味ですね」
「レマ、依頼主に対して失礼だぞ」
俺も門が開いたときに驚いたが、シンデンは驚くそぶりは見せない。シオンは、扉が独りでに開いた瞬間、シンデンの後ろに隠れてしまった。
案内の無いまま門の中に入ると、そこは純和風の庭園が広がっていた。屋敷の中は気温が調節されているのか、外とちがって春のように暖かい。庭を道なりに進むと、和風の玄関が見えてくる。もちろん引き戸の立派な玄関である。
玄関も、俺達が近づくと、音も無く戸が開いた。使用人もドローンも出てこない、本当に不気味な屋敷である。この屋敷の作りを見るに、オルワ氏はかなりの変わり者のようだ。
「ここからは土足厳禁だ」
土足のまま屋敷に入っていきそうな二人に、シンデンは注意する。
「そうなの?」
「土足厳禁とか、面倒ですね」
玄関でシンデンはタクティカルスーツのブーツを脱ぐ。まあ和風の建物なんてこの世界に転生してから初めて見た。シオンもレマも作法を知らなくて当然だろう。二人も俺に習ってブーツを脱ぐ。久しぶりの和風の建物に感動しながらも、シンデンは周囲の警戒を続ける。二人には分からないのだろうが、この屋敷には人の気配が二人しか存在しないのだ。ドローンであっても僅かな気配があるのに、それすら無い。つまりこの屋敷はその二人しかいないのだ。
二人のどちらかがオルワ氏なのだろうと思い、シンデンはその気配の場所に向かって廊下を歩き始めた。廊下を勝手に歩き回っても、何も言ってこないということは、これで道順は正しいのだろう。
二人の気配のあった部屋の前まで、何事も無く辿り着く。
「この部屋に居られるのは、オルワ殿か?」
「シンデン殿、良く来てくれた。ささ、入ってくだされ」
障子戸越しに声をかけると、中から老人の声がする。事前に調べた所、オルワ氏は八十歳を超えた老人である。
「失礼する」
シンデンは障子度を開けて、二十畳ほどの部屋の中に入る。床の間が有り、掛け軸がかけられ、日本刀が飾られた和風の部屋。そこに着物を着た老人と和風人形のような美少女が座っていた。
「失礼します」
「お邪魔します」
俺達は、用意された座布団に座る。シンデンはどっしりと胡座で座るが、シオンとレマは座り方が分からなかったので、少女を真似て正座にて座った。
「屋敷に入ってから、勝手にここまで着てしまったが、これで良かったのか?」
「ええ、それで良かったです。この屋敷には今は私とこの娘…サクラしか居りません。貴方なら案内せずともこの部屋まで来られると思っておりました。フェフェ」
アンチエイジング処理をしていないのか、白髪で白髪だらけのオルワ氏がそう言って笑った。
「…傭兵が勝手に入り込める屋敷など、不用心ではありませんか?」
「ふぇふぇ、こんな爺を狙う者など居りません」
オルワ氏はそう言うが、その目は笑っていなかった。この屋敷の状況から、オルワ氏はかなり人嫌いをこじらしているようだ。そしてその隣のサクラという少女は、実は人型ドローンと言われても驚かない程に、体も表情も動かなかった。部屋に俺達が入ってきた時から、ただ真っ直ぐ前を見ているだけである。
和風の邸宅、そして畳と来れば、「お茶と和菓子ぐらい出てくるかな」と俺は期待したのだが、しばらく待っても出てこなかった。そしてオルワ氏も何も言わない。
「それで、依頼にあった『聖地まで送って欲しい』と言う聖女とは、其方のサクラさんでよいのか?」
「ああ、この子で合ってます。この娘と荷物を無事、聖地に送り届けて貰いたいのです」
「なるほど。依頼は受けると傭兵ギルドには連絡してある。後は其方の準備ができ次第、聖地まで送ろう。しかし俺達は傭兵だ、旅客船のような待遇での旅行は無理だ。一応客室は用意するが、この屋敷のような立派な部屋ではない。それに女性傭兵もいるが、サクラさんのお世話は、この人型ドローンがすることになる。それで問題は無いか?」
シンデンは個人端末で、帆船に準備された客室と響音を表示して、オルワ氏に問題が無いか確認する。恐らく何人か付き人が付くと思っているが、客室の規模では一人か二人ぐらいにしてほしいのだ。
「問題はありません。サクラは手間のかからない娘です。一人で身の回りのことぐらいできます」
「サクラさん、貴方はどうですか?」
オルワ氏は「一人で」と言うが、養女とはいえ良家のお嬢さんを、傭兵の船に一人で預けるというのは、おかしい話である。オルワ氏がシンデンを信頼しているのか、スミスを信頼しているのか分からないが、ここは本人にも意見を聞く必要がある。
「はい、私一人で問題ありません」
しかし、シンデンの問いかけに、サクラはそう答える。そう答えながらも、彼女の視線は部屋に入ってきた時のまま、俺達を見ていない。
>『電子頭脳さん、サクラさんって、本当に人なの?』
>『この屋敷ですが、防諜対策が凄い凝っています。マスターの持っている装備では、迂闊なスキャンをかけられません。つまり、サクラさんが人かどうかはマスターに判断して貰う必要があります』
>『なるほど。じゃあ、シンデンの力で探ってみるか』
シンデンは、気を柔らかな波動として二人にぶつけた。この気の波動は、気功術士であれば気だと分かるだろうが、ただの人には暖かい風を吹き付けた様な感じがするだけである。人なら気は止まるが、人型ドローン等の非生命体なら、気は通り抜けるだけだ。気の波動の反応から、俺は二人の様子を探った。
オルワ氏は、俺の気に少し驚いた様子だが、サクラは気を受け止めた。しかしそれでも彼女は全く動かない。ここまで無反応な人間を見るのは、シンデンも初めてである。
「(気の探査結果では、サクラさんは人だと思う。しかし、普通の人間とは微妙に反応な違うな。それが聖女の才能なのか?)」
取りあえず、サクラが人であることは確認できた。
「分かった。では何時ここから出発するか決めて貰おう。依頼には出発日時や到着予定が無かった。つまり、会ってから決めるという言うことだろう?」
シンデンは、オルワ氏に出発日時を尋ねる。普通は人や物の護衛依頼には、出発日時や到着日時が書かれているのだが、今回の依頼にはそれが書かれていなかった。それで依頼を受けてしまったシンデンもおかしいのだが、まあここで決まるのなら問題は無い。
「急な話だったので、決めておりませんでしたなぁ。…それでは、明日の朝では駄目でしょうか?」
「明日の朝か。まあ、こちらは大丈夫だが、サクラさんの準備は大丈夫か?」
「ええ、そちらは既に準備してあります。明日の朝、ステーションにこの娘と荷物を送りますので、そのまま出発してくだされ」
どうやら、スミスが送って欲しい貴重品は、サクラの荷物の中に含まれているようだ。そう俺は判断する。
「分かった。ステーションまでの護衛は不要か?」
「大丈夫です。ステーションまで、サクラ一人で向かいます」
>『おいおい、聖女が一人でステーションまで来るとか言っているけど、大丈夫なのかな』
>『ロスア星域でも有数の資産家のメーンド財閥。その養女を狙う人がこの惑星に居るかですね。多分居ないんでしょうね。ですが、ステーションだと他の星域の人も居ます。ステーションに到着してからは護衛が必要でしょう』
>『そうだよな。傭兵ギルドにあんな依頼を出したんだ、狙ってくる奴もいるだろう。この爺さん、一体何を考えているんだろうな』
>『本船には分かりません』
オルワ氏の考えは分からないが、シンデンは依頼を失敗させるつもりは無い。
「サクラさん、ステーションに到着する前に、俺に連絡して下さい。迎えに行きますので」
「分かりました。サクラ、シンデンさんにきちんと連絡をするんじゃぞ」
「はい、お父様。分かりました」
結局、サクラは、最後まで俺達に視線を向けなかった。彼女が本当に聖女かどうかも不明だが、明日出発することは決まった。サクラに食事や客室での滞在時の要望を聞いたが、「特に要望は無い」とのことだった。
まあ急な出発となるが、帆船を含め、用意は調っている。聞くべき事は全て聞いたので、俺達は屋敷を後にした。本当に人が誰もいない不気味な屋敷だった。
ちなみに、シオンとレマは、部屋から出るときに足が痺れてしばらく動けなかった。オルワ氏はそれを見て笑っていたが、サクラはぴくりともしなかった。
★☆★☆
早朝、サクラからシンデンの個人端末に連絡が来た。どうやら彼女は軌道エレベータの一番始めの便に乗ったらしい。惑星上では朝の四時だ。そして軌道エレベータは、後数分でステーションに到着する。
>『聖女さん、空気を読んでよ。こんな早朝に来るとか普通は予想しないよ』
>『とにかく急ぎましょう』
シオンとレマは、まだ寝ている。シオンは仕方ないが、レマは軍人としてもう少し早起きすべきだろう。シンデンは、響音を連れて軌道エレベータに向かった。
サクラは昨日と同じく、着物姿である。軌道エレベータの部屋では、彼女の周囲三メートルの空間に誰も居らず、大きな人の輪ができていた。サクラが歩くとその進路にいる人が自然と退いて道ができた。
>『もしかしてサクラさんは、この惑星では有名人なのか?』
>『そんな情報はありません。第一聖女という話も、昨日聞いたばかりです。オルワ氏の養女となるまでの経歴も探れませんでした』
電子頭脳が素性を調べきれなかったサクラという少女。本当に帆船に乗せて良いのか迷ってしまうが、もう依頼は受けたのだ。貴重な魔石の行方を調べるためにも、この依頼は成功させるしか無い。
「お早うございます」
「おはよう。朝とは聞いたがこんな早くとは思わなかった。それで荷物はそれだけなのか?」
サクラが持ってきた荷物は、風呂敷で包んだ重箱のような手荷物だけであった。まるで近所に届け物でもする様な姿である。
「はい。これだけです」
「…分かった。俺の船はこっちだ。ついて来てくれ。響音は護衛を頼む」
「Yes Master」
このやり取りの間だけでも、サクラと会話しているシンデンは注目を集めていた。このままこんな所で話していると、サクラを狙って誰かが襲ってくる可能性もある。俺はさっさとサクラを帆船に搭乗させることにした。
帆船まで警戒しながら向かったが、襲ってくる連中はいなかった。サクラは注目されていたが、それは彼女が着物姿の美少女だからであろう。
サクラは響音と一緒に帆船の客室に送り込んだ。その頃には、寝ていたシオンとレマは、電子頭脳によってたたき起こされていた。
「サクラさんの世話は響音がする。昨日話したように、二人はそれぞれ船で待機してくれ」
「わかったわ」
「了解です」
>『電子頭脳さん、これで出発して良いのかな?』
>『スミスから、メッセージが来てます。「G32の部品は確かに納品した。目的地まで早く運んで欲しい」だそうです。メッセージの送信経路が不明とか…人類の情報屋、侮りが足しです』
>『つまり、あの手荷物が運搬すべき貴重品なのだな。惑星じゃなくて聖地まで持っていくのか。まあ聖地には聖女さんが運ぶんだろうな』
>『そうでしょうね。直ぐに出発しますか?』
>『一応サクラさんと手荷物はスキャンしてね。犯罪行為だけは避けたいし』
>『サクラさんは…普通の人類…ですね。手荷物は本船のセンサーでもスキャン不可能です』
>『そうか。中身を確認したいと言ったら開けてもらえるかな?』
>『それはバックアップ霊子が判断して下さい』
客室に座るサクラは、大事そうにその手荷物を抱えていた。まあ、中身を確認させてほしいと言っても無理だと思われる。
>『あのサイズの霊子力兵器は存在するか?』
>『ギリギリ収まるとは思います。まあ霊子力兵器であっても、客室内であれば防御可能です。対消滅爆弾でも客室の壁は持ちこたえます』
シオンとレマをそれぞれの宇宙船で待機させたのは、一つは霊子力兵器を持ち込まれた場合を考えてである。もしスミスがこの帆船を得るために罠を仕掛けたとしても、シンデンだけなら何とかなる。だからサクラの相手は、シオンやレマに頼まずに、響音にさせているのだ。
傭兵ギルドにステーションを離れる旨のメッセージを送り、帆船は出航した。雪風は帆船の下に接続しており、レマの船とは牽引ロープで繋がっている。
今回の輸送依頼だが、三隻の超光速航法が可能な宇宙船が存在するので、三交代で超光速航法を行うことに決めた。二十四時間、超光速空間を航行すれば危険は減る。そしてサクラが何かを企んだとしても、通常の三倍の速度で移動する俺達を待ち伏せするのは難しいだろう。
この作戦を昨日話した時、シオンもレマも驚いた。
「えーっ、私一人で八時間も超光速航法するの~」
「訓練時代を思い出しますね」
「まあ途中で休憩は挟むが、ほぼ超光速航法で進む。通常の三倍の速度で進めば、海賊や信者の待ち伏せもやり過ごせる。それが一番危険が少ないのだ」
シンデンの説明に二人は頷いた。本当は、帆船や雪風だけで二十四時間、超光速航行が可能だが、それは俺とシオンだけの秘密である。シオンが大げさに文句を言ったのは、演技である。それを見抜けないレマは、諜報部として失格だと思う。
★☆★☆
イエル星域まで、通常の船なら一ヶ月だが、僅かな休憩時間以外ほとんど超光速空間を進んだため、俺達は十日で到着した。超光速航法の休憩場所も、普通の船が止まるような場所には止まらないため、待ち伏せしていた連中がいたとしても空振りだっただろう。
この十日の航海中、サクラは客室から出ることなく過ごした。入浴時以外は、彼女は手荷物を大事そうに抱えていた。シンデンが客室に入っても、その姿勢はほとんど変わらない。俺は貴重品の内容やサクラの生い立ちを探るべく、シンデンとして色々話しかけたのだが、彼女はほとんど話をしなかった。辛うじて聞き出せたのは、サクラが聖女の才能を持っていたから、オルワ氏の養女として引き取られてたという事だけだった。
今回の航海は、速度以外は通常の航路を通った。途中で各星域軍の軍艦と出くわすが、オルワ氏が話をつけていたため、すんなりと通ることができた。そして、十日の航海を終えて、俺達はイエル星域に辿り着いた。もう、超光速空間の水平線上にイエル星域軍の戦艦が見えてきた。
「さて、イエル星域が見えてきたが、入国について問題は無いのだな」
「はい。お父様が話しをつけて下さっています」
この会話も何度目だろう。星域を超える度に、サクラはそう答えるだけだった。
『傭兵のシンデンだ。聖女を聖地に連れて行く依頼中だ。イエル星域への入国許可を求む』
星域軍への光通信は、チームリーダーであるシンデンが送る事になっている。今までの星域は、そう言うだけですんなりと通行許可が下りた。
『傭兵のシンデンか。聖女を聖地に連れて行くという話は来ているが、その件についてイエル星域軍は、貴船に搭乗している聖女の引き渡しを要求する』
しかし、最後のイエル星域にて、星域軍の戦艦は、聖女の引き渡しを要求してきた。
「…サクラさん、どうやら状況が変わったようだ」
「そうですか。困りましたね」
手荷物を撫でながら、サクラはまるで他人事のように話す。
「ここでサクラさんを引き返すと、俺の受けた依頼は失敗だ。しかしイエル星域軍と事を構えてまで入国するつもりも無い。ここは一旦引き下がろう。『シオン、Uターンして戻ってくれ』」
シンデンは、超光速航行を行っているシオンに引き返すように命令する。
『了解。元来た航路を戻るね~』
「強行突破しないのですか」
「俺の依頼は聖女を聖地に連れて行くことだ。星域軍と戦うことでは無い。イエル星域軍については、オルワ氏と話をして決める。それで問題あるまい」
「はい」
サクラから「強行突破」という言葉が出た時、彼女は少し残念そうな顔をした。一体、彼女は何を思ったのだろう。
イエル星域軍の戦艦は、Uターンして戻っていく俺達を追いかけては来なかった。航路の途中で通常空間に戻り、オルワ氏に超光速通信を繋げた。しかし超光速通信に出たのは留守番電話であった。俺は「イエル星域軍が聖女を渡せと言っているが、どうする?違法入国させるというなら、依頼はここでキャンセルとして戻る事になる。返事を待つ」というメッセージを入れて通信を切断した。
>『困ったな。ここで足止めか。スミスにも連絡を入れるか?』
>『スミスが本来の依頼です。彼にも連絡を入れましょう』
スミス氏の表の店である部品販売店に向けて、超光速通信を繋げる。もちろん帆船から直接送るとか馬鹿な事はしない。通信は遙か彼方の宇宙空間にいるクローン脳が運転する運搬船経由で行う。
『オルワ氏が死んだ。だからイエル星域軍が聖女を確保するつもりになったようだ。とにかく彼女と荷物を聖地に届けてくれ。そうしないと俺まで殺されてしまう』
スミスからいきなり衝撃の事実が伝えられた。オルワ氏が死んだという事は、依頼主がいなくなった事になる。依頼と料金は既に傭兵ギルドに払い込み済みで成功する分には問題は無い。問題となるのは依頼が失敗した場合だ。今のままでは依頼を達成するには、イエル星域に不法入国するしか無い。それを避けるためにオルワ氏を頼ろうと思ったのだが、死んでしまっては頼れない。そして、今回の依頼を失敗すると、スミスも殺されるらしい。どうやらスミスは、オルワ氏を殺した犯人を知っているようだ。
『お前の事情は知らない。イエル星域軍の要請を無視して聖地に入るのは犯罪行為だ。俺は犯罪はやらないと言ったはずだが?』
俺としては、オルワ氏を殺した犯人に付いて聞きたい気持ちもあったが、それを知ってしまうとシオンやレマが狙われる危険性もある。だからあえて尋ねない。
『それなら、荷物だけでも届けてくれ。聖女はどうせダミーだ。渡しても問題ない』
『それでは傭兵ギルドの依頼が失敗扱いになる。依頼者が亡くなったから依頼を失敗しても良いなどと俺は考えたくないのだが』
『お前は魔石の情報が欲しいんだろ。俺の言うことを聞け…いや聞いてくれ。そうしないと俺の命が…』
帆船の電子頭脳の動きを察知するほど優秀な情報屋のスミスだが、どうやら今は追い詰められているらしい。その原因はサクラが抱えている荷物なのは確かだ。
『話にならん。俺は、ロスア星域に戻るぞ』
面倒毎に巻き込まれないためにはそれが一番だ。
『そんな事をしないでくれ。俺が殺される』
『じゃあ、お前がイエル星域と話をつけるんだな』
俺も電子頭脳も魔石の行方を知りたい。こうなったらスミスに頑張って貰うしか無い。
『…分かった。半日、待ってくれ』
そうしてスミスとの通信は終わった。
「サクラにオルワ氏が亡くなったことを伝えないとな」
シンデンはサクラにそれを告げるべく、客室の扉を開けた。
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