因縁の決着
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
テッドの人型機動兵器が放った、炎、氷、風、土、水、光、雷、闇の魔法が船首像を襲う。全て初級の魔法だが、魔法だけに回避するだけでは避けられない。両手を刀に変形させて切り払うが、幾つかは命中してしまう。気のフィールドで防御できているが、命中する度に気が失われる。
『厄介な奴がやって来た。帆船の援護が必要だ。戻ってきてくれ』
シンデンは帆船に救援の要請を送ったが、返事が返ってこない。霊子力を使った通信の為、恒星内にいても通信は繋がるはずだが、返答が無いという事は、帆船の方で何か問題が発生しているのだろう。雪風を呼び出すことも考えたが、シオンは戻っていないので、誰も乗っていない宇宙船が動き出すと問題となるだろう。
「援護は期待できないと…。しかし、テッドはどうして接近戦を挑んでこない。奴も気功術士なのだから、俺と同じく格闘戦が本来の戦い方だろ。魔法で俺の気の消耗を狙っているのか?」
気功術士の本分は接近戦だ。しかしテッドは今のところ仕掛けてくる気は無いようだ。
「しかし射撃戦となると、こっちには打てる手が少ないな…」
船首像には明確な射撃武装は装備されてない。腕をいろいろな形に変更できるが、遠距離を攻撃できる様な形状はない。
「とにかくこっちは、間合いを詰めないと手も足も出ない。しかし、攻撃魔法だけじゃ無く、支援魔法も使うのか」
十本の手の内、二本の手は自己強化の魔法だったのだろう。テッドの人型機動兵器の動きが素早くなり、レリックシップである船首像でも、間合いを詰めるのが難しい。間合いを詰めようとしてもテッドは逃げ回り、俺が距離を離そうとすれば追ってくる。シンデンの知るテッドは、気功術に任せた力任せの戦い方だったが、今は別人のように繊細な戦い方をしてくる。
「とにかく、今のシンデンでやれることを試すか」
シンデンは、船首像全体に纏っていた気のフィールドを止めて、左手を巨大な盾に変えた。魔法攻撃はその盾で受け止め、右手の刀で気の斬撃を放った。気功術士に可能な最も強力な遠距離攻撃だが、気の斬撃は理力フィールドを貫くことはできなかった。
「やはり駄目か」
最初に気の斬撃で切り裂けなかったのだ、遠距離の気の斬撃では貫け無いだろうとは予想していた。
『気の斬撃などきかんよ。こいつの理力フィールドは、俺の気の斬撃にも耐えるほどの強度があるんだからな』
テッドから嘲りの通信が入る。シンデンを焦らせるつもりなのだろう。その嫌らしい性格は昔のままだ。
『つまり、お前よりその理力フィールドを張っているクローン脳ユニットの方が、優秀ってことだな。テッド、お前は俺に負けたから、気功術士を辞めたのか?』
『…馬鹿にするなよ。そんな見え見えの挑発に乗ると思っているのか。俺はこのままお前の気が尽きるのを待てば良いだけだ』
テッドはシンデンの挑発に乗らず、淡々と攻撃を仕掛けてくる。テッドは狂っていると思うのだが、何故かそこは冷静である。
「これだけ待っても魔法攻撃もも理力フィールドも尽きないか」
理力や魔法を使うクローン脳ユニットも精神力の限界はある。しかし魔法攻撃も理力フィールドも途切れない。つまり、テッドの人型機動兵器には、複数のユニットを内蔵しているのだ。そして、魔法や理力のもう一つの要素であるマナだが、恒星から吹き出してくるため、マナ不足も起きえない。シンデンにとっては、最悪の状況である。
現状、シンデンは気を練り、防御するだけに徹している。しかし、魔法で削られている状況では、持って後三十分程度。じり貧も良いところである。
「全力で気の斬撃を放てば、倒せる可能性もある。しかし、失敗した場合はそこで終わりだ。魔法を防御する手段が気しか無いのがシンデンと船首像の欠点か」
帆船がいれば、シールドの魔弾で魔法は防げるし、遠距離攻撃で撃ち負けることは無い。船首像は帆船とセットで戦うべき船だと思い知らされる。
『おい、俺と電子頭脳。このままじゃ船首像が破壊されてしまう。早く戻ってきてくれ!』
『これを使え!』
ようやく帆船のバックアップ霊子から返答がきた。それと同時に、恒星から、砲弾が飛んでくる。帆船の主砲の砲弾だが、船首像を狙って飛んで来た。
『砲弾を使えとはどういうことだ?』
『それを受け止めろ、後は使ってみれば分かる』
『おい、もう少し説明しろ!』
『…』
バックアップ霊子との通信は、そこで途切れた。仕方なく、シンデンは、船首像めがけて飛んできた砲弾を何とか受け止めた。
「これは、複製したメタル○ライムの素材か。なるほど、確かにこれを使えば楽になるな」
受け止めた砲弾の中から出てきたのは、銀色の液体金属だった。帆船が恒星内で複製できた物を砲弾に詰めて送ってくれたのだ。
砲弾から漏れた銀色の液体金属が船首像…たおやか乙女の裸像に纏わり付き、絵面的に問題がありそうだが、見ているのはテッドだけなので問題など無い。シンデンは彼奴を生かして返すつもりはない。それぐらいテッドは駄目な奴なのだ。
「帆船では何が起きてるんだ?、しかしこれで、魔法を気で防ぐ必要がなくなったな」
帆船で何が起きているのか心配になるが、それよりはシンデンの方が危機的状況である。銀色の液体金属を気で操作して、船首像をコーティングするように纏わせる。俺の想像通り、液体金属は気との相性が良い。そして、液体金属でコーティングすることで、テッドが放つ初級魔法は、船首像に命中する前に消えてしまう。
『魔法の無効化だと!?シンデン、その銀色のコーティングはどんなレリックなのだ!』
液体金属のコーティングで、魔法を無効化されたテッドが驚くのも無理はない。物理法則を無視する魔法に対抗するなら、魔法や理力や気で防ぐか、魔法無効の効果を持つレリックを使うぐらいしかない。しかし船首像サイズの物体まで魔法を無効化するレリックなど、シンデンもテッドも知らなかった。
『敵に種明かしする馬鹿がいるか』
まあ、テッドに「メタル○ライムは魔法を無効化する特性がある」と言っても通じないだろう。俺の記憶から、その特性を再現した生体ドローンを作った、ダンジョンの電子頭脳がおかしいのだ。もしかしたら、あの惑星には昔同じような生命体がいたのかもしれないが、もう今は存在しない。つまり、この素材を持っているのは、俺達だけである。
『魔法を無効化しただけでいい気になるな。お前の攻撃は俺には通用しない。俺はまだ気功術を使っていないことを忘れるなよ!』
テッドは魔法を使うのを諦め、レーザー砲を捨てると、大刀を取り出して気を纏わせた。テッドの乗る人型機動兵器は、魔法を使っている間は、気を使えないという制限があったようだ。理力フィールドの方は気を使っても大丈夫なようで、テッドは気を全て大刀に集めていた。
テッドの振り下ろす大刀を船首像の左腕の盾で受け止める。テッドの全力の一撃だが、盾は問題無く受け止めた。
「(思ったより衝撃が軽い。テッドの奴、気功術の腕が落ちたのか?)」
思ったより攻撃が軽かった事に疑問を感じたが、それよりも攻撃だ。この至近距離なら、刀に気を纏わせた斬撃が可能だ。シンデンは、右手の刀に今ある気を目一杯込めて斬りつけた。テッドの張る理力フィールドは一瞬だけ割れかけた。しかし、シンデンの一刀はそこで食い止められてしまった。
『馬鹿が、引っかかったな』
テッドがそう言うと、魔法を発射していた腕の八本が船首像に掴みかかり、残りの二本の腕に気の小刀が握られた。
『馬鹿な。クローン脳が気を使うのは不可能なはずだ』
『ただのクローン脳ならな。気を使うなら、気功術士をそのままユニット化すれば良いんだよ』
気功術を使うには才能と研鑽、そして人としての肉体が必要である。つまり、テッドの人型機動兵器には、クローン脳だけでは無く、気功術士その者をユニットとした装置が内蔵されているらしい。禁忌技術を使うにしても限度があると思うのだが、軍拡派の研究所にはマッドサイエンティストがそろっていた様だ。
『これで、お前ともお別れだ!』
二振り気の小刀が船首像に襲いかかる。先ほどの一撃に全ての気を込めたので、船首像に強固な気のフィールドを張る事は不可能だ。このままでは小刀が船首像の背中に突き刺さる…。しかし、背中に突き刺さるはずの気で作られた小刀は、液体金属のコーティングの部分で曲がってしまった。
『気が変形しただと!?』
気で作られた武器が気や理力フィールド、シールドの魔法で防御された場合、刀身は砕けてしまう。しかし液体金属でコーティングされた船首像の体は、気の小刀の刀身を曲げてしまった。どうやら、この液体金属は魔法を防ぐだけではなく、気の流れもコントロール可能だった。俺は液体金属に対して、気で船首像を覆うように操作していたため、気の刀身もそれに従って曲がってしまったのだ。
『いい加減離れろ!』
テッドが驚いている隙に、俺は足に気を込めてテッドの人型機動兵器を蹴り飛ばした。理力フィールドに守られていてテッドの機体にダメージは与えられなかったが、船首像は拘束されている状態から抜け出すことに成功した。
『クソッ、気を曲げるとか、チートなレリックを使いやがって。これでも喰らえ!』
テッドは、再び斬りかかってくるかと思ったが、今度は胸の辺りから二発の巨大なミサイルを発射した。シンデンは、意表を突かれた形だが、ミサイルなど気功術士の戦いでは、単なる牽制にしかならない。気を使って移動する気功士はミサイルよりも高機動である。つまり意表を突かれたと言っても、回避は可能だ。
気を込めた足で宇宙空間を蹴り、船首像はミサイルを避ける。誘導ミサイルだと追いかけ回されるので、爆発しないように、推進部だけを刀で切り落とす。それで大型ミサイルは無効化されたはずだった。
しかし、それはテッドの罠であり、シンデンの油断であった。気功術士の戦いをよく知っているテッドが、ただのミサイルを発射するはずがなかった。
推進部を切り裂かれた大型ミサイルは、外装が剥がれトウモロコシのように多数の小型ミサイルを露出させた。
「クラスター弾だと!」
小型の対艦ミサイル数百発が、全方位に発射される。無誘導のミサイルだが、数百発の小型ミサイルを全て避けきることは不可能だ。そして気もまだ回復していないため防御も難しい。
もし普通の戦いでこんな兵器を撃てば、味方も巻き込まれてしまう。いや、テッドならやりかねないが、そんな兵器をテッドに使わせる、軍拡派の研究所の連中がいかれているのだ。
船首像は、最終的に十数発の小型対艦ミサイルの直撃を受けてしまった。慣性制御で処理できない衝撃が、コクピットのシンデンを揺さぶる。一発程度なら船首像も耐えられるが、流石に十数発の直撃では船首像が持たない。シンデンは、死を覚悟した。
『ははっ、お前は、気功術だけで何とかしようと思うから駄目なのさ。手段などどうでも良い。勝てばいいんだよ』
小型対艦ミサイルの爆発が煌めく中、テッドから通信が届く。そして全てのミサイルが爆発四散した後に残ったのは、破壊された船首像…では無く、金色の粒子を纏った黄金色に輝く乙女だった。
「この力はなんだ…」
俺もシンデンも知らない、未知の力が船首像を覆っていた。モニターには「Unknown Power」と表示されていた。気でも魔法でも理力でも無いその力は、モニター表示を信じるなら、船首像のブラックボックスから放出されていた。
『馬鹿な。あれだけの対艦ミサイルを喰らって無傷だと。ありえねーーっ』
テッドが絶叫するが、とにかく船首像が無事なことをシンデンは理解した。モニターの謎の表示以外は、船首像に問題は発生していない。そして今は「Unknown Power」について考えるより、大きな隙を見せているテッドに攻撃を仕掛けるべきだ。シンデンは必死に気を練った。
「普通の気の斬撃だけでは、理力フィールドを抜くことはできない。練習してみた、あの技を試してみるか」
テッドが来襲するまで、シンデンはとあるネタ技を練習していた。誰にも見られていない事から、子供のように、ちょっと試してみたのだ。そしてその技は、シンデンでは無理だったが、船首像ならば再現することができた。後はこの場で実戦あるのみだ。
両手を刀に変えた乙女は、クロスマークの金色の気の斬撃を放った。
『…っと。脳筋野郎は、気の斬撃だけじゃ、幾ら数が増えても無駄だと理解できないのか』
シンデンが気の斬撃を放った事で、テッドは落ち着きを取り戻した。気の斬撃では理力フィールドを抜けないことが分かっているため、テッドは避けようともしなかった。もちろんシンデンも、気の斬撃だけでは理力フィールドを抜けないと分かっている。
気の斬撃を放った船首像は、宇宙空間を蹴って、気の斬撃を追いかける。星域軍の人型兵器とは桁違いの性能を持つ、レリックシップの船首像だからこそできる、亜光速に近い瞬間移動だ。その速度にテッドは反応できない。シンデンの動きに気づいて、大刀で受け流そうとしても時既に遅い。
気の斬撃と船首像の斬撃が、テッドの人型兵器に同時にヒットする。この場合、X字の中心に加わる衝撃は二倍ではなく二乗となるのだ。(俺の気分的にだが)
「…ラッシュ・ダブルクロス」
『馬鹿な、気の斬撃と実際の斬撃を重ねて、理力フィールドを破っただと…。あり得ん』
テッドがそう言うが、実は金色の気の斬撃だけで理力フィールドを貫いていた事をシンデンは感じとっていた。通常の状態であれば、この技でなければ理力フィールドは破壊できなかっただろう。しかし今船首像を覆っている金色の粒子がシンデンの気に影響し、気とは異なる巨大な力が斬撃に加わっていた。
テッドの人型機動兵器が爆発するのを背に、船首像は金色の輝きを失っていった。そしてモニターに表示されていた「Unknown Power」の表示も消える。
「あの力は一体何だったんだ。『Unknown Power』って、船首像の電子頭脳すら知らない力なのか…」
帆船もチート級のレリックシップであるが、船首像もそれと同様レリックシップであることを、俺は知る事になった。
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