後始末
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
カント恒星系までの航路は特に問題は無かった。しかしカント恒星系に到着すると、そこには多くの宇宙船が超光速空間に滞在していた。
>『凄い数の宇宙船だな。しかしこれではカントに降りられないぞ』
カント恒星系を取り巻くように宇宙船が密集しているため、帆船が近づくのも難しい。
>『カントから逃げ出した船が戻ってきたのかな?それなら早くカントに降りれば良いのに。馬鹿じゃないの』
『本船が要塞級レリックシップを撃破した事を信じられないのでしょうね。とにかく星域軍の船に連絡を入れて、航路を開けさせましょう』
電子頭脳がトーサン星域軍の宇宙船に光通信を送ると、密集していた宇宙船が左右に分かれて、帆船が通るだけの航路ができる。
『シンデン、私達注目されているね~』
『気にするな』
トーサン星域軍の戦艦が何か言って来るかと思ったが、何事も無くカント恒星系に降りることができた。後は通常空間でステーションまで向かうだけだ。
傭兵達と出発したときは、あれほど慌ただしかったステーションの宇宙港も、今は静かである。宇宙港には出発を待っているかのような宇宙船もいるが、人の動きはそれほど多くない。宇宙港に帆船を係留し、港に降り立つと大勢の人に見られている気配を感じる。
「本当に要塞級レリックシップを破壊したのか?」
「星域軍が無理と判断した野良戦闘ドローンを、傭兵達だけで倒せるもんか。嘘に決まってる」
「カントに来なくなれば、逃げ出す必要も無くなるんだよな」
「できれば本当の話であって欲しい」
俺達を見る人達は、半分期待、半分諦めたような感じで見てくる。
>『電子頭脳さん、傭兵ギルドには戦闘の結果(修正済み)は送信してあるんだよね』
>『はい。既に提供済みです。しかし、シンデン本人からの報告があるまでは公にしていないようです』
>『トーサン星域軍は、戦闘結果を確認するための船ぐらい出してないのかな?』
>『恒星系一つの住民を移動させるのに手一杯で、その余裕は無いのでしょう。しかし、本船がカントに降りたことで、確認の船は向かったと推測します』
シンデンとシオンは、閑散としたステーションを歩き傭兵ギルドに入る。さっさと報告を終わらせてしまおうと思ったが、傭兵ギルド内では十数名の傭兵達とギルド支部長が言い争っていた。
「緊急依頼と呼びつけておいて、もう終わったとか、どういうことだ!」
「こっちは依頼を受ける直前で呼び出されたんだぞ。おかげで大損だ。傭兵ギルドは保証してくれるのか?」
「いや、それは。本当に緊急事態だったんですよね~」
強面の傭兵達に囲まれて、アフロ頭のギルド支部長がおろおろしている。緊急依頼で呼び出されやって来たら、既に緊急依頼が終わったと聞かされれば、傭兵達が怒るのも当然だ。これは不味い状況である。
>『さて、どうやってこの場を乗り切るべきか』
>『バックアップ霊子は、マスターらしく振る舞って下さいね』
>『分かったよ』
シンデンは気を練ると、声を出さずに気の波を傭兵達に放った。その殺気にも似た気の圧力によって、ギルド支部長を囲んでいた傭兵達が、シンデンの存在に気づく。とっさに腰の銃に手を伸ばす奴もいたが、流石に発砲するほど馬鹿では無かった。
「シンデンちゃん。何とかして~」
ギルド支部長がシンデンを見つけて駆け寄ってくる。男に抱きつかれても困るので、アフロ頭を手で押さえて押しとどめる。
「作戦は成功した。送ったデータ通り、要塞級レリックシップは撃破した。後はお前が何とかしろ」
「それは、そうなんだけど。私の説明じゃ駄目なのよ」
「緊急依頼に間に合わなかった事で、文句を言うような連中など知らん。それより星域軍と話は付けたのか?大量の戦闘ドローンや要塞の残骸を売りたいのだ。作戦に参加した傭兵だけでは手が足りん」
「星域軍には話をしたけど、『傭兵達が要塞級レリックシップを撃破したとか信頼できない』って。確認が取れるまで情報公開はするなと言われてるの」
>『どうやら、トーサン星域軍は、要塞を破壊したのは星域軍だと、情報を操作するつもりの様です。いま送り込む艦隊を編成中のようです』
>『はぁ?傭兵から手柄を奪おうって事かよ。トーサン星域軍は、どれだけ腐ってるんだよ』
電子頭脳の報告に、俺は怒るより驚いてしまった。傭兵に要塞と戦えと言っておきながら、倒したらその手柄を奪うとか、もう軍隊と言うより盗賊だろと言いたくなる。
>『まあ、トーサン星域は辺境ですし。元は海賊のような人が起こした星域国ですからね。星域軍もかなり駄目ですよ。海賊に情報を流している連中もいます』
>『あっちがその気なら、こちらも対応せざるを得ないな。電子頭脳さんなら、要塞を小惑星で破壊するまでの動画、直ぐに作ってネットにアップできるよな』
>『もちろん可能です』
>『直ぐにカント恒星系のネットにアップロードしてくれ。できるならトーサン星域全体にも情報が流れるようにしてくれ。もちろんアップ主は匿名でな』
>『匿名と言っても、その動画を拡散した人は、マスターだと星域軍は思うでしょうね』
>『まあ、それは仕方ないだろ。このままでは俺やシオン、そして傭兵達の努力が星域軍に奪われてしまう。それは許せない。それに依頼の完了報告を行ったら、直ぐにトーサン星域から出て行こう。こんな星域にいるのは願い下げだ』
>『同意します。直ぐに作業に取りかかります』
電子頭脳に情報の拡散を依頼する一方、シンデンはギルド支部長と話を続ける。
「トーサン星域軍は腐りきっているな。とにかく依頼の完了報告をさせろ。それと、彼所にいる傭兵達には、戦闘ドローンの回収依頼をやらせる。それなりの報酬が出る依頼があれば、奴らも文句は言わないだろう」
「そんな依頼、誰が出すの?」
「ドローンの回収依頼は俺が出す。戦闘ドローンや要塞の残骸を売り払った金は、作戦に参加した連中で、山分けにするつもりだ。その俺の取り分を元に依頼を出そう。問題は、ドローンの買い取り先だが…」
「戦闘ドローンなら引く手数多だから、売れると思うけど…。トーサン星域軍が、それを認めるとは思わないわ」
ギルド支部長は無理だとうな垂れるが、既に傭兵達が要塞を破壊した動画は、ネット上にアップ済みである。動画の存在に気づいたカント恒星系の人達がそれを見れば、星域軍が幾ら情報を操作しても信じるはずは無い。動画は直ぐに削除されるかもしれないが、情報の拡散は止められない。つまり、カント恒星系の住民全てが、傭兵達の活躍の証人となるのだ。
「星域軍が何を言おうと、傭兵ギルドは、要塞を破壊したのは傭兵達と主張すれば良い」
「それができないから困ってるのよ~」
ギルド支部長が絶叫するが、その背後から端末を持った受付嬢がやってくる。
「あの~支部長。こんな物がネットワークに上がっているのですが」
「何?今あたしは忙しいのよ。…ってこれは~」
受付嬢が持ってきた端末には、電子頭脳が編集した動画が表示されていた。それを見たギルド支部長がひっくり返りそうになるが、受付嬢が何とか支える。
「どうやら、星域軍の目論見を誰かが砕いてくれたようだな」
「…シンデンちゃん。これ貴方の仕業でしょ」
「俺は今ここに来て話を聞いたところだ。動画を作ってアップする事など不可能だ」
「それは…そうよね。まあ、動画が広まっているなら、星域軍も諦めるかしら?」
「誰がやった事か知らないが、これで傭兵ギルドが公式な発表を行えば、星域軍も無理は通せないだろう。それともカント恒星系、いやトーサン星域から傭兵がいなくなっても良いのか?」
「それは困るわよ。分かったわ。ちょっとトーサン星域のギルドマスターに相談するから、待っててね!」
ギルド支部長はそう叫ぶと、超光速通信機に走って行った。
「シンデン。あの傭兵達、私達を睨んでいるけど…」
シオンが、そっとシンデンの腕を掴む。先ほどまでギルド支部長とやり合っていた傭兵がこちらを睨んでいた。連中も携帯端末でアップされた動画を見たのだろう。
「おい、お前達。今から傭兵ギルドに戦闘ドローンの回収依頼を出す。報酬はお前達が満足するだけ出せるだろう。受ける気があるならついてこい」
>『マスターの報酬を、傭兵達の依頼に使うのですか?それは流石に人が良すぎると思うのですが?』
電子頭脳が、俺の判断に文句を付けてくる。まあ会計処理プログラムなら、そう言ってくるとは思っていた。ドローンが売れれば莫大な金が手に入る。参加した傭兵達で山分けしても、一生遊んで暮らせるぐらいの金額になるだろう。
>『ドローンの売却報酬が多少減るけど、あぶれた傭兵達に恨まれるより恩を売っておく方が良いだろ』
>『どうせなら、トーサン星域軍に恩を売った方が良いのでは?』
>『それ本気で言っている?シンデンらしく振る舞えって言ったのは、電子頭脳さんだよね』
>『そうです。…バックアップ霊子を試すような事をして申し訳ありません』
やはり電子頭脳は俺を試していたようだった。シンデンの記憶を知っている俺が、見え見えの引っかけに乗るわけが無い。
シンデンは、未だ不満げな傭兵達を引き連れて受付に向かった。
「此奴らに、戦闘ドローンの回収依頼を出したい」
「は、はい。そ、それで、支部長、この依頼は、受け付けて大丈夫でしょうか?」
受付嬢が、超光速通信機に話しかけていたギルド支部長に確認を取る。支部長が手で待ったをかけていたが、途中でOKのサインを出した。
「では、依頼をお願いします」
まあ、十数名の傭兵達と色々やり取りがあったが、十分な報酬を提示すれば皆納得してくれた。金の力は偉大だ。
「「「「シンデンさん、よろしくお願いします」」」」
先ほどまで不満げだった傭兵達は、笑顔で去って行く。残るは、緊急依頼の完了報告を済ませるだけだ。
★☆★☆
「もう、シンデンちゃんのおかげで、ギルドマスターから怒られちゃったわ。でも星域軍との話は、ギルドマスターが付けてくれる事になったわ。おかげで肩の荷が下りた気分よ」
ギルドマスターとの通信を終えたギルド支部長が、スキップしながらシンデンに駆け寄ってくる。
「そりゃ良かったな。緊急依頼も完了報告を終えたし、俺達はトーサン星域から出て行く。報酬は傭兵ギルドの口座に入れておいてくれ」
「えーっ!シンデンちゃん、トーサン星域から出て行っちゃうの?まだドローンの回収も終わってないのよ」
「それは俺じゃ無くてもできる依頼だ」
「そうだけど…。シンデンちゃんは、それで良いの?」
ギルド支部長がそう聞いてくるが、もちろん良いに決まっている。動画をアップして、トーサン星域軍の威信を地に落としたのはシンデンである。この星域にいれば色々厄介な事になるだろう。戦闘ドローンの売却利益は、傭兵ギルドの口座に入れてしまえば、他の星域でも引き出せる。
「後は任せたぞ、支部長!」
「う、うん。じゃあ任されたわ」
アフロ頭を振って、ギルド支部長が頷いた。
今回の緊急依頼、報酬は雀の涙だったがギルドへの貢献度は大きかった。おかげでシンデンのランクはAA++からAAAとなり、シオンもCランクから一気にCCCランクへと上がった。
そしてカント恒星系は、戦闘ドローンの売買や要塞の残骸の取引で、半年ほど特需に見舞われた。特需は、カントから一旦逃げ出した事で経済的に困窮しかけた人達を救うことになった。
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