新人傭兵の失敗
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
結局、新人傭兵の宇宙船の装備に付いて話をすることもできず、船団は出発してしまった。船の配置は、新人傭兵が先頭で一番後ろが帆船という縦列状態である。
新人傭兵が先頭なのは、「誰も俺の前を進ませないぜ」とか言い出したからであった。俺はその言動に呆れたが、船団の後ろから監視した方がましだろうと、新人傭兵を先頭に配置した。
>『(まあ、問題の無い安全な依頼だ。ボブの装備が駄目でも依頼はこなせるだろう)』
シンデンの記憶から傭兵について学んだ俺は、この依頼は安全と判断した。そして新人傭兵の教育も、後で少し小言を言うぐらいで済ませるつもりであった。
船団は順調に超光速航法に入って、目的地へ向けて進む。もう超光速空間の光景にも見慣れた俺は、周囲の索敵をしつつも少し気を抜いていた。
「シンデン、どうして私は客室なのよ」
『船首像のコクピットは一人乗りだからな。シオンがいたら邪魔だ』
始めは超光速空間の光景にはしゃいでいたシオンだが、それも二時間ほどで飽きてしまったらしく、シンデンに話しかけてきた。
「邪魔って、ひどーい。客室から見える光景にも飽きたし、船を動かしているところ見せてよ。どうせなら私に操縦させて~」
『宇宙船の操縦は今度教えてやる。取りあえず、勉強でもしていろ』
「学習プログラムなら、もう終わったよ。そうじゃなきゃ傭兵になれないでしょ」
シオンは勉強嫌いであったが、頭は優秀である。傭兵ギルドに付くまでに学習プログラムを終了させて、テストに合格(成人と認定)していた。俺も頭は良いと思っていたが、彼女の頭の良さは別格であろう。ヤマト級レリックシップの操縦者として遺伝子を設計された彼女は、記憶力も思考能力も普通の人類を超えている。
『そうだったな。じゃあ「傭兵の基礎」でも読んでおけ。傭兵に登録したときに渡されただろ』
「うん、受付のお姉さんが渡してくれたわ。まあ傭兵ギルドの規則って所は読んだよ」
傭兵登録すると、「傭兵の基礎」というタイトルの本を渡される。シンデンも貰ったので、傭兵ギルドでは登録時にこの本が渡される事になっているのだろう。
『宇宙船の操縦法方も乗っているはずだ。いざという時のために全部読んでおけ』
「傭兵の基礎」という本は、傭兵ギルドの規則や傭兵としての心構えなどの傭兵初心者向けの内容から、未開惑星でのサバイバル術や最新の宇宙船の操縦法など、ベテラン傭兵でも役に立つ事が書かれている。中には海上艦船の操縦方法とか宇宙服のみで大気圏突入する方法とか、誰が使うんだろうという内容もある。まあシオンが暇を潰す程度には内容は充実している。
「傭兵としてシンデンとやっていくなら必要そうね。分かった読んでおくわ」
シオンは俺に言われて「傭兵の基礎」を読み始めた。
★☆★☆
新人傭兵のキャプテン・キッドことボブは、超光速空間を進むことに飽きていた。あくび混じりに超光速航法回路に意識を向けていたが、それもかなり怪しい状況であった。
ボブにとって今回の依頼は傭兵として初の仕事である。ボブは田舎で運送会社の運転手として働いていたが、その退屈な作業に嫌気がさして傭兵となった。
ボブが求めていたのは、ホロビデオに出てくるような傭兵のような、冒険と危険に満ちあふれた生活だった。運送会社の運転手として宇宙船の操縦にも自信があり、宇宙海賊(地元の暴走族)と戦った(対デブリシールドをぶつけ合っただけ)経験もあった。
「これじゃ田舎で運転手しているのと変わんないな~」
そう呟くボブは、周囲の警戒を怠っていた。企業が運搬に使う宇宙船は、高価な電子頭脳を搭載して超光速空間でも光学センサーによって航路や周囲を警戒してくれる。しかしボブが乗っているような新米傭兵の宇宙戦闘機では、その様な高価な電子頭脳は搭載されていない。つまり監視はパイロットの目視頼りなのだ。
今回船団が通る航路には、浅瀬(重力異状空間)があった、もちろんボブもその存在を知っていた。運送会社の運転手時代には簡単に避けて進むことはできた。ボブからしたら浅瀬が近づけば船が警告を出してくれる事だと考えていたのだ。
ガツン
先頭を進むボブの宇宙戦闘機が浅瀬に乗り上げた。更に運の悪いことに、油断していたボブはその衝撃でコンソールに頭を打ち付けて、気絶してしまった。
★☆★☆
>『先頭を進んでいた新米傭兵の船が超光速航法を停止、超光速空間から離脱しました』
>『えっ、何かあったのか。もしかして超光速航法回路の故障か?』
少し気を抜いていた俺は、ボブの船が超光速空間から離脱したことを聞いて慌てた。
>『どうやら浅瀬に乗り上げて、そこで超光速航法を停止したようです。停止の原因は不明です』
>『浅瀬に乗り上げるって…。新米傭兵だけど運送会社の運転手で超光速航法はベテランだって経歴にあったよな。実は嘘の経歴だったとか?』
>『経歴は間違っていません。新米傭兵は運送会社の運転手として五年間勤務しています』
>『それなら浅瀬に乗り上げるとか初歩的なミスだろ。傭兵として初依頼でそんなミスするのかよ?』
>『新米傭兵についてデータ不足のため推測不能です』
>『どうするか…』
俺が判断を迷っている間に船団の責任者(客船の船長)から通信が入る。
『シンデンさん、先頭を進んでいた傭兵の船が超光速航法から離脱してしまったのですが…』
目の前で新米傭兵の船が消えたのだから気づかないわけが無い。
>『このままでは依頼失敗となり、新人傭兵だけでは無くマスターにもペナルティがかかります。マスター大至急対処をお願いします』
>『対処って、ボブの船を追いかけて、帆船まで船団の護衛を離れる事はできないだろ。かといってあの浅瀬で船団を超光速空間から離脱させるとかできないよな』
>『本船にはもう一人傭兵が乗っています。シオンは超光速航行回路を駆動できます。彼女を帆船に乗せて新人傭兵の船を追跡します。船首像の方は超光速航行回路が自動で動きますので、マスターの肉体を操れれば船団の護衛は可能です』
シンデンの肉体に埋め込まれたコントロールデバイスは、霊子力を使った通信方式のため、超光速空間と通常空間の間でも通信可能である。霊子の書き込み機能はまだ実できていないが、船首像を動かす程度なら問題は無い。
>『電子頭脳さんの提案は分かったが、シオンを帆船に乗せるのか。それに帆船の操舵室ってアレだよな。あいつに扱えるのか?』
帆船と船首像は分離可能であり、どちらにも超光速航法回路は搭載されている。通常は船首像から帆船の超光速航法回路を駆動しているが、本来は帆船の操舵室からも超光速航法回路を駆動するのが正しい。しかし帆船の操舵室は特殊な作りであり、気功術士であるシンデンは船首像で操作する方を選んでいた。
>『資金を工面するための依頼で、ペナルティを受けるなど言語道断です。さっさとシオンに命令して下さい』
>『イエス、マム』
帆船の機能維持が脅かされない場合、バックアップ霊子の命令が優先されるし、電子頭脳は提案して許可を求めてきた。それに対して、会計処理プログラムが実行状態の電子頭脳は、話はしやすいが、金が絡むと途端に態度が厳しくなる。
『新人傭兵がミスをしたようだ。護衛は俺が続けるから、慌てないでくれ』
『そ、そうですか。突然船が消えてしまったので、驚いてしまいました。彼が居なくても、AA+ランクのシンデンさんの護衛があれば安心です』
俺は船団の責任者に通信を送ると、安心したような答えが返ってきた。これなら俺が船団護衛を続ければ、護衛の依頼は失敗とは言われないだろう。後はシンデンへの依頼だ。依頼は新人の教育だから、ボブをそのまま放置すると依頼失敗は確定だ。ペナルティは無いが報酬ももらえない。これではただ働きとなってしまう。つまり新人傭兵を連れ戻す必要があるのだ。その為にはシオンに働いて貰うしか無い。
『おい、シオン。お前にして貰いたいことがある』
「えっ、シンデン、急に何?シンデンが私に頼み事って、私に何かできることあったっけ?」
「傭兵の基礎」を読んでいたシオンは、シンデンからの突然のお願いに戸惑っていた。
『お前に依頼するのは、新人傭兵を連れ戻す事だ。理由は不明だが、奴は操船に失敗して浅瀬に乗り上げた挙げ句、超光速航法から離脱してしまった。奴を連れ戻さなければ、今回の俺の依頼は失敗となり、報酬が出ない』
「えーっ、捕縛って、あの傭兵、逃げちゃったの?」
『逃げたのか、宇宙船の故障か理由は今のところ不明だ』
「シンデンが追いかけたら駄目なの?」
『奴を連れ戻すには、一度超光速空間を出る必要がある。そうなるとこの船団の護衛ができない。奴のために船団が超光速航法を止めるなどと言ったら、護衛依頼は失敗となる。つまり俺は動けないのだ。今、俺を助ける事ができるのはシオンだけなんだ』
「私だけ…シンデンの助けになるならやるわ。でも私宇宙船とか動かしたこと無いよ。それに私が乗る宇宙船ってあるの?」
『俺の宇宙船がレリックシップなのはお前も知っているな。この船は一隻に見えるが、実は二隻の船が合体しているのだ。つまり、その合体を解けば、もう一つ宇宙船となる。シオンには、分離した帆船に乗って貰う。傭兵の追跡と回収は電子頭脳がやってくれるから、お前は超光速航行の回路を駆動するだけと思って良い。今から響音が、お前を宇宙船の操舵室に連れて行く。通常空間に出たら俺との通信はできなくなるが、電子頭脳が何をすれば良いか教えてくれる』
「えっ、ちょっと急すぎるよ。もう少し心の準備をさせてよ。それに響音と一緒なんて…」
そこまでシオンが言いかけた所で、客室に響音が入ってきた。そして響音はいきなりシオンのタクティカルスーツを引っぺがし素っ裸にする。
「こ、この、人型ドローン。いきなり何をするのよ!」
シオンがスーツを脱がされて怒るが、響音はサービスシーンのためにスーツを脱がせたわけではない。タクティカルスーツは簡易宇宙服になるが、本物の宇宙服では無い。浅瀬(重力異状)で通常空間に出るとなると、簡易宇宙服では危険だから、帆船が作った宇宙服に着せ替えるために脱がせたのだ。
スーツを脱がされ、胸を揺らして抵抗するシオンだが、響音はかなわない。響音は何処かの下着職人の様に、手早くスキンタイトな宇宙服を彼女に着せていく。響音が宇宙服を着せる度にシオンから何故か色っぽい声が漏れるが、気にしてはいけない。俺もカメラの画像に謎の霧が出ているのをフーフーなどしていない。
「マスター、シオン様の宇宙服着用終了しました。今から操舵室に向かいます」
『…う、うむ。シオンの事を頼む』
「承りました」
ボディラインを強調するレトロなデザインの宇宙服に身を包んだシオンを、響音はお姫様抱っこで抱きかかえると、客室を飛び出した
「どうして人型ドローンにお姫様抱っこされるのよ。納得できないーーーーい」
帆船の廊下にシオンの叫びが響き渡った。
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