新人教育
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
何事も先立つのは金である。シンデンは帆船というチートなレリックシップに乗っていた為、傭兵として稼いだ金の大半を施設に送金していた。これはキャサリン(今はシオン)をキャリフォルニア星域軍人として訓練させないための必要経費であった。残った金をシンデンは特に使うまでもなく貯蓄していた。
しかしシンデンと俺が入れ替わってから、俺はその金を湯水のように使ってしまっていた。多数のドローンの購入やローサンジェルまでコンテナを輸送するための代金など、一般人であればとっくに破産するほどの金額である。
>『電子頭脳さん、今シンデンの口座にどの程度資金は残っているの』
>『ハーウィ星域の入国税を払うとほぼ千二百クレジットになります。なお、宇宙港の滞在費は一日十万クレジットとなります』
この時代の金の単位はクレジット。大体一クレジット=一円と思ってくれれば良い。千二百クレジットではファストフードで食事するだけで無くなってしまう金額である
>『そういう事は先に言ってほしかったな』
>『本船の修理、機能回復に処理を割り振っており、本会計処理タスクを停止しておりました。ステーションに入港し、支払いを終えた際に本会計処理タスクが起動して口座の残高が判明したのですが、資金運用の杜撰さに本タスクがフリーズしておりました』
帆船を作った異星人には貨幣経済がなかったため、資金の運用管理という概念がなかった。そこで普段の片言の会話である電子頭脳に、会計処理タスクとしてこの流ちょうに話す、資金管理を行う特別なプログラムをシンデンがインストールしたのだ。
本来シンデンの口座を管理する会計処理プログラムが今まで動いていなかったのは、シンデンの霊子が吹っ飛んでしまった事による非常事態処置として、電子頭脳が停止させていたためであった。しかし戦艦との戦いも終わり、マスターであるシンデンの復活も無理と判断された為、非常事態処置が解除された結果、ようやくこの会計処理プログラムが動き始め、シンデンの資産がなくなっていた事が緊急事態として判断されたのだった。
>『それで、何か金策のアテはあるのか?』
>『マスタープログラムは、海賊の巣で鹵獲した物品の売買を計画していました』
>『そういえば、色々回収していたな。それを売れば当座の資金ぐらいにはなるのか?』
>『先の戦艦との戦闘にて、全て失われてしまいました』
>『…なってこった』
レリックシップとの戦いで、帆船は損傷してしまった。その中に倉庫区画が含まれており、売り払うつもりであった物がそこにあったのだ。
>『よって、マスターには直ぐに仕事をして貰う必要があります』
>『しかし、ギルドマスターには待機を命じられているんだが』
>『マスターの交渉次第で、受けることが可能な仕事を見繕っておきました』
>『準備の良い事で…』
シンデンはシオンを連れて再び傭兵ギルドに入っていった。再び戻ってきたシンデンを見て、受付嬢が何か問題でもあったのかと引きつった顔をしている。その受付嬢に俺は早足で近寄っていく。
その後ろではシオンが「シンデンが金がないって。アヤモさんは『シンちゃんは凄腕の傭兵で、この施設に寄付をしてくれてるのよ』って聞いてたんだけど。実は嘘だったのかしら」とぶつぶつと呟いていた。
★☆★☆
「ようこそ傭兵ギルドへ。どのような御用件でしょうか」
再び訪れたシンデンに対して、マニュアル通りの対応をする受付嬢に感心する。
「傭兵ギルド所属のシンデンだ、ギルドマスターに大至急取り次いで欲しい」
シンデンの真剣な様子に、受付嬢が慌ててギルドマスターと連絡を取る。
「は、はい。シンデンさんが、ギルドマスターとお会いしたいと。急がれている様子で…。お通ししても宜しいでしょうか。はい、了解しました。…シンデン様、ギルドマスターがお会いになるそうです」
「済まない」
こうして俺は再びギルドマスターと話をすることになった。
★☆★☆
「傭兵ランクAA+のシンデンが金欠とは、情けない話だな。その状態で保証人になろうとか、よく言ったものだ」
正直に金欠であると話をすると、ギルドマスターがお茶を吹き出して笑い出してしまった。ちなみにギルドマスターは元Sランクの傭兵である。シンデンのようにレリックシップを持っていたわけではないが、地道に傭兵活動を続けてランクを上げた人物で、人として実力・実績も彼の方が勝っている。金の管理もできない俺には、彼の言うことにぐうの音も出ない。
「お前の状況は分かった。まあハーウィ星系内で他の傭兵と一緒に行動する依頼であれば許可しよう。そうだな、この船団護衛の依頼だが、新米の傭兵が受け持つことになっている。ちょっとやんちゃが過ぎる奴でな。お前が教育してくれれば助かるんだが」
「…分かった、引き受けよう」
今のシンデンの立場は非常に低い。ギルドマスターの言う通りにその依頼を引き受けることに決まった。
「それで、先ほど登録した女性、シオンさんは連れて行くのか?」
「彼女も無一文だ。俺と一緒に依頼を受けさせよう」
「…まあ、良いだろう。くれぐれも問題を起こしてくれるなよ」
部屋から出る際に、ギルドマスターにそう言われてしまった。
★☆★☆
船団護衛の依頼だが、出発時間まで二時間余りしか残されていなかった。目的地までの航路は二日ほどであり、帆船は補給が不要のため出航の準備は整っている。後は船団の運行責任者に挨拶をして、一緒に依頼を受ける新人傭兵と話をするぐらいである。
まずは船団の運行責任者に会いに行った。
「今回依頼に参加することになったシンデンだ。急に依頼に加わることになったが、依頼料は変わらないので安心して貰いたい」
今回の依頼は、ギルドからの新人教育という名目の依頼で有り、依頼料は船団からでなく傭兵ギルドから出る。シンデンはAA+ランクのため、こういった新人教育をすべき立場であったのだが、今まで受けたことがなかった。
「傭兵ギルドからAA+ランクの凄腕を回していただけると聞いて驚いていたのですが、シンデンさんとは思いませんでした」
船団の運行責任者はまあ普通の人であった。シンデンという高ランクの傭兵が、無料で護衛についてくれると聞いて喜んでいた。船団構成は、客船と二隻の輸送船の三隻で、特に海賊やテロリストなどに狙われる要素も無い。航路も安全であり、新人傭兵一人で護衛が務まる内容だ。
そして教育を頼まれた新人傭兵の方だが。
「あんたがシンデンか。女二人連れとか、噂に聞くほどの奴じゃないな。こんな奴がAA+なら、俺でも直ぐにAランクになれるだろうな。いや俺をCランクから始めさせる傭兵ギルドの連中は見る目が無い」
宇宙港でその新人傭兵を探し当てたのだが、いきなりあってこんな調子だった。一応傭兵らしくタクティカルスーツを来ているが、何を考えているのかマントを羽織り、スパイクの着いた肩パッドが付いている。しかし、顔はジャガイモのようなごつい顔つきなので、全く似合っていなかった。そして彼の乗る宇宙船は二十メートル級の宇宙戦闘機だが、本人と同じく無駄な装飾品(ドクロとかスパイク付き装甲)がてんこ盛りであった。本来機動力を売りにすべき機体なのにその長所が全て殺されている。
>『まあ服装は別として、宇宙船の装備が不味いな。傭兵の先輩として注意すべきなのかな?』
>『教育することが依頼です』
>『そりゃそうか』
「お前が新人傭兵のボブか。お前の教育担当のシンデンだ。出航の前にお前の船について話があるのだが…」
「俺をボブと呼ぶな。俺を呼ぶときはキャプテン・キッドと呼べ」
新人傭兵は突然そのような事を言い出した。
>『キャプテン・キッドって海賊だぞ』
>『田舎から出てきた新人傭兵らしいネーミングセンスですね。バックアップ霊子と気が合うのでは?』
>『電子頭脳さん、俺でもそこまで酷くないよ。少なくともキャプテンは無い』
「いや、お前はボブだろう。そんな事より、まずはお前の宇宙船の装備について問題がある。先輩の話は…」
「俺のボブじゃねーっ!キャプテン・キッドって言っているだろうが。チッ、こんな奴をよこすとか傭兵ギルドは俺をなめてやがるな。文句を言ってやる」
新人傭兵は俺の話を聞く間もなく、自分の宇宙船に乗り込んでしまった。
「あの態度、なによ。シンデンももっと厳しく言うべきだわ」
「マスター、海賊家業はなめられては終わりです」
シオンと響音からそう言われた。
>『マスターなら、威圧ぐらいしてください。今のマスターは不抜けてます』
そして電子頭脳からも駄目ダシを喰らってしまった。
>『俺はシンデンじゃ無いからな。威圧とか無理だって』
>『では、できるように努力してください。マスターの記憶から傭兵としての風格を身につけて貰います』
何故か新人傭兵を教育するはずなのに、俺が教育される羽目になっていた。
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