緊急事態
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
シンデンがギルドマスターに語った内容をまとめると。
「娘を探すために、寝る間も惜しんで超光速航行をすることで、キャリフォルニア星域首都星まで辿り着いた」
「首都星まで辿り着いた途端、キャリフォルニア星域軍の内戦が始まった」
「内戦の状況を見ていると、レリックシップがステーションから出航し、キャリフォルニア星域軍と戦闘を始めた」
「キャリフォルニア星域軍の有人艦艇がレリックシップによって破壊されそうになり、そこで星域軍に加勢に入った」
「帆船の加勢により、レリックシップが超光速航行にて逃亡を図ったため、追いかけた」
「超光速空間でレリックシップが星域軍を攻撃したのを阻止した」
「レリックシップから戦略級魔法を使用したので、多数の魔法使いが搭乗していると判断し、武装を破壊した後、降伏勧告を行った」
「降伏勧告が無視された為、移乗して乗員を捕縛しようとしたが、乗組員のほとんどが、戦略級魔法の生け贄として掠われた人達であった」
「掠われた人達の中にシンデンの娘を発見するが、既に死亡していた。生きて助け出せたのは、シオン・クラークただ一人だった」
「シオン・クラークを救助後、軍拡派の艦隊から、ドローンによる攻撃を受けたので、自衛のために破壊した」
「軍拡派の有人艦艇に囲まれ、自分から手出しをせず静観」
「レリックシップが星域軍を巻き込んで戦略級魔法で攻撃を行ってきたので、それを気功術で防いだら、レリックシップが自爆した」
「気功術を限界まで使用したことで気絶し、通常空間で目を覚ました。そして傭兵ギルドの出頭要請に応じてやって来た」
となる。重要なのは、キャサリンが死んでシオン・クラークを助け出したと言う部分で、これでキャサリンは消えて、シオン・クラークという人が出てくる部分である。何せキャサリンが行方不明のままでは不味いのだ。アヤモにキャサリンが死んだと、嘘の報告をせざるを得ないが、それもシオンを連れて行って説明できれば分かってくれるだろう。そして真実はレリックシップが沈んでしまったのだから俺しか知らない。
「…なるほど、娘さんは亡くなられたのか」
「うむ」
シンデンは力なく頷く。俺の演技はかなり雑だったが、ギルドマスターは俺の話を信じたようだった。
「それで一緒に連れてきた女性だが、レリックシップから救助した人物か。今傭兵登録しているらしいが、お前の船に乗せるつもりなのか?」
「いや、そのつもりは無い。どうやらアールランド星域の田舎の開拓惑星から掠われたらしく、故郷に戻りたいらしい。しかし、旅客船に乗ろうにも身分証も何も持ってない。まあ身分証を手っ取り早く入手するなら、俺が保証人となって傭兵登録するのが妥当かと思ってな」
「まあ、それが手っ取り早いというのは確かだが、お前が保証人になるとはな」
傭兵とは「ならず者の集まり」と言われるぐらい粗暴な連中の集まりだが、一応登録には身分を証明する物が必要である。シオンは、その身分を証明する情報が無い為、本当であれば傭兵に登録することはできない。しかし何事にも例外があり、ランクの高い傭兵(シンデン)が保証人となることで、傭兵として登録することができる。もしシオンが傭兵として問題を起こせば、シンデンが責任を負うことになるが、単なる身分証として使う分には問題は無い。
「養女を助けられなかった…俺ができる事はそれぐらいだ」
「う、うむ。済まなかった。俺の聞きたかった事は聞けた。後は貰ったデータの精査と、キャリフォルニア星域の傭兵ギルドからの情報を待って判断しよう。済まないがしばらくこのステーションに滞在して貰えないだろうか」
ギルドマスターにそう言われては、シンデンはステーションに残らざるを得ない。
「…しかた有るまい」
「うむ。恐らく二三日中には状況が判明すると思う」
「分かった。俺は船にいる。何かあれば呼んでくれ」
そう言ってシンデンはギルドマスターの部屋から出て行った。
★☆★☆
「ねえシンデン見て。あたし傭兵になっちゃったよ。これでシンデンと一緒にいられるね」
ギルドマスターの部屋を出ると、傭兵登録を終えたシオンが嬉しそうにIDタグを見せる。
「はしゃぐな。傭兵にしたのは、ローサンジェルに向かうのに必要だからだ」
シンデンはシオンの手を掴んで傭兵ギルドから出ると、歩きながら小声で話を続けた。
「姉さんには、傭兵ギルド経由でキャサリンが死んでしまったとメッセージが届くだろう。本当は生きていることを伝えたいが、あの施設に送るメッセージは検閲されている。つまりお前の生存をメッセージで伝えることはできない。一番良いのは、お前が直接姉さんに会って説明することだ。しかし俺は二三日はここで待機しろと言われてしまった。お前を客船でローサンジェルへ送り出し、俺は別途隠れて向かうつもりだったのだが、待機しろと言われれば予定を後ろにずらすしかない」
キャサリンの死亡通知を受け取るアヤモさんの心境を考えると、俺は早く真実を伝えたいと思ったが、中々難しい。
「えっ、客船って。ローサンジェルまで、シンデンが連れて行ってくれるんじゃないの?」
「あれだけの騒ぎを起こしたのだ、キャリフォルニア星域では俺はお尋ね者だろう。だから俺は密入国をしてローサンジェルに降りるつもりだ。だがお前は普通にローサンジェルに降りる事ができる。俺のように、違法入国する必要はない」
「じゃあ、私一人でローサンジェルまで行けって言うの?そんなの無理無理」
シオンは首を振るが、俺もそう思っていた。
「当然護衛として人型ドローンを付ける。響音…は嫌か。しかしこの前の戦いで人型ドローンは全て壊されたからな。また調達しなきゃ駄目だな」
俺は響音なら護衛に最適と思ったのだが、シオンの不満そうな顔を見て諦めた。
>『電子頭脳さん。聞いていたと思うけど、二三日はこのステーションに滞在する必要がある。それに人型ドローンも一体購入しないと駄目そうだ』
>『…』
>『電子頭脳さん?』
俺が呼びかけに電子頭脳が答えない。こんな事は初めてだった。
>『どうした、何か緊急事態でも発生したのか?』
>『緊急事態発生!』
>『えっ!』
電子頭脳の鬼気迫る声に、シンデンは驚いて足を止めてしまった。
「シンデン、どうしたの?」
急に立ち止まったシンデンにシオンが戸惑う。
>『このままステーションに数日停泊するとなると、お金が足りません』
>『ちょっ、電子頭脳さん、普通に話せたのかよ。今までの片言のやり取りって…』
俺は、突然流ちょうに喋りだした電子頭脳に驚いて、話している内容を理解できていなかった。
>『バックアップ霊子、突っ込むべきは、私の話し方ではありません。マスターの霊子が失われた後、本船はドローンの購入やコンテナの輸送等、出費を重ねました。その結果、マスターの口座残高が限りなくゼロに近づいています。つまり、緊急にお金を稼ぐ必要があります』
>『えっ、お金って。どうやって稼ぐんだよ。俺はこの世界で働いた事なんてないぞ』
>『マスターは傭兵です。傭兵が稼ぐ方法は、ギルドで依頼を受けることです』
>『いや、それはそうだが。その傭兵ギルドのマスターから待機を命じられたんだ。依頼とか受けられるのか?それに電子頭脳さんなら口座の金額ぐらい簡単に増やせるだろ』
>『マスターにより、その様な犯罪行為は禁じられています。「働かざる者食うべからず」です。バックアップ霊子でもその命令は解除できません』
今までハッキングとかしていたけど、お金に関してはきっちり払っていたのは不思議に感じていたが、シンデンが電子頭脳にそう命じていたからだった。
>『こうなったら、傭兵ギルドに戻ってギルドマスターと相談だな。せめてステーションの外で待機にして貰わないとマジで借金する羽目になる』
>『借金は絶対にしません』
シンデンは駆け出し時代に借金で酷い目に遭ったようで、解除不能の命令として電子頭脳が許してくれなかった。
「シオン、緊急事態だ。傭兵ギルドに戻るぞ」
「ええっ!緊急事態って、まさかまた指名手配でもされたの?」
血相を変えて歩くシンデンにシオンは不安そうな顔をしてついてくる。
「ちがう、金が無いのだ」
本当のシンデンであれば、絶対に言いそうにない台詞を俺は言ってしまった。
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