新しい名前
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
きっかり二十四時間後に帆船は修理を終えて海賊の巣に戻ってきた。
>『直ぐにハーウィ星域に向けて出発するけど…作業ドローンを残して前と同じようなコンテナを製作させることは可能かな?』
>『可能。本船の機能は正常。また失われた作業ドローンも補充完了』
>『じゃあ、傭兵ギルドに向かっている間に作成して欲しい』
>『了解』
以前首都星に向かうために使った運搬船だが、無事海賊の巣に戻ってきていた。もちろん人型ドローンとクローン脳航法装置も無事である。コンテナさえ作れば帆船を隠して移動することができる。キャサリンをキャリフォルニア星域の首都星に連れて行くには帆船で行くことは難しい。未だどうやってキャサリンを連れて行くか方法は検討中だが、彼女の身の安全を考えると、帆船も首都星まで連れて行く必要がある。その為にコンテナを作成しておくことは無駄ではないはずだ。
帆船から作業ドローンが出て作業に取りかかるのを見送り、帆船は海賊の巣から旅立つ。キャリフォルニア星域軍に見つからない様に遠回りの航路で進むので、返ってくる頃にはコンテナの製作は終わっている。
その辺は特に問題は無かったのだが…。
「シンデンの世話は私がするわ」
「マスターのお世話は私の仕事となっております」
「シンデン、この人型ドローンより私に世話をして貰った方が良いよね」
「マスターのお世話に関しては、介護プログラムを持つ私の方が最適と判断します」
船内ではキャサリンと響音がシンデンの世話を巡って争っている。争っていると言っても、キャサリンが響音に対抗しているだけなのだが。
「ハーウィ星域に付くまでの間、俺は医療ポッドに入る。響音は船内の清掃をしてくれ。キャサリンは暇なら学習プログラムで勉強するんだ」
シンデンの体は健康其の物で、医療ポッドに入っても意味は無い。キャサリンと響音の争奪戦を終わらせるための方便である。
「え~勉強するの~」
キャサリンは露骨に嫌な顔をするが、この時代でも最低十五歳までは勉強をすることになっている。まあ規定の学習プログラムを終わらせて、テストで合格してしまえばよいので、十五歳どころか十歳未満で勉強を終わらせる事も可能である。キャサリンは頭は悪くないのだが、魔法以外の勉強はあまり進んでいなかった。このままでは「体は大人、頭はお子様」という状況になってしまう。
「このままだと、大人なのに子供に混じって勉強することになるぞ」
辺境の開拓惑星で満足に勉強できなかった人が、大人になり中央の恒星系に出てきて、基礎学力が無いと子供に交じって勉強させられる。そんな話を聞かせると、
「私頑張る。傭兵ギルドに付くまでに終わらせるわ」
と学習装置に飛び込んでいった。
>『俺も勉強した方が良いのかな…』
>『肯定。バックアップ霊子も学習が必要』
日本で最高峰のT大に入学したが、この世界の教育はもっと高度である。それに世界の常識もいちいちシンデンの記憶を検索しているため、見落としが多い。キャサリンではないが、俺もこの世界について勉強をすることになった。
★☆★☆
ハーウィ星域に到着すると、当然のように星域軍の巡洋艦が待ち構えていた。前に来たときは響音がやらかしたが、今回はそうならないことを祈っていた。
『傭兵ギルド所属、シンデンだ。傭兵ギルドの出頭要請を受けてやって来た』
『こちらハーウィ星域軍、巡洋艦HWーC20214。貴船の件は傭兵ギルドより報告を受けている。臨検は不要である、入国を許可する』
ハーウィ星域軍の巡洋艦はすんなりと帆船を通してくれた。
>『あの巡洋艦、前にこの船を臨検しようとした巡洋艦だよな。えらくすんなり通してくれたが、良かったのかな。まあ時間の節約にはなったな』
>『同意』
超光速航行から離脱してホルルのステーションに入港。医療ポッドから出たシンデンは、傭兵らしい簡易宇宙服を兼ねたタクティカルスーツを着る。このスーツには首の後ろの辺りにシンデンの肉体をコントロールする為の小さなデバイスが埋め込まれている。コントロールデバイスは、これまでの戦いの経緯から、シンデンを直接動かす事が必要だろうと、帆船が修理中に作成した物である。バイオ素材のためスキャンでも検出不能であり、超光速通信を超える霊子力を使った通信方式のため、超光速空間でも使用可能という優れものである。
そしてそのシンデンの後ろに付いてくるのは、おなじタクティカルスーツを纏ったキャサリンであった。ホルルに到着して直ぐに、電子頭脳は星域ネットワークをハッキングし、キャサリンの偽の、いや新しい個人情報を作成してしまった。
「キャサリンって名前、研究施設の人が付けた名前でしょ。だから本当の名前をシンデンに付けて欲しいの」
キャサリンは偽の個人情報を作るに当たって、シンデンに名前を決めて欲しいとお願いしてきた。
「本当の名前って…困ったな」
>『困ったな、俺に女性の名前を考えろとかどんな罰ゲームだよ。電子頭脳は何か良い案はないのか』
>『シンデン、アヤモ…となれば、紫雲…シオンを提案』
>『紫雲って、どこから来たんだよ。…って日本軍の戦闘機の名前か。アヤモも彩雲から来てるのか。シンデンの親は何を考えて子供に旧日本軍の戦闘機の名前を付けてたんだよ。まあシオンなら女性らしいし、良いか』
「…シオン。キャサリン、お前の新しい名前はシオンだ。嫌なら別の名前を考えよう」
「シオン…うん。それで良い。それで家名はどうするの。風魔なの?」
「家名が俺と同じでは怪しまれる。まあ、スミスでもクラークでもお前の好きなのを選んでくれ」
「うーん、スミスはちょっと、クラークの方が良いかな。シオン・クラークで良いわ」
「その二つから選ばなくて良かったんだぞ」
「どうせ後で変わるから今の家名は適当でいいわ」
「ふむ、まあそれで良いならかまわないが」
こうしてキャサリン改め、シオン・クラークというアールランド星域の田舎の開拓惑星出身、二十歳の女性の経歴が作られたのであった。
★☆★☆
シオンを連れて傭兵ギルドを訪れると、直ぐにギルドマスターの部屋に通された。もちろんギルドマスターの部屋に入るのは俺一人で、シオンにはカウンターで傭兵の登録をさせている。
「シンデン、出頭要請に応じてくれて助かった。何しろキャリフォルニア星域内の情報がほとんど集まらなくてな。内戦が起きたとかレリックシップが出現したとか、嘘か本当か分からない話ばかりが聞こえてくるんだ。その中にはシンデンがキャリフォルニア星域軍と戦ったという話もあってな、それでダメ元で呼び出したんだ」
椅子に座ったギルドマスターは、最初にあった威圧感など何処へ行ったのか、酷く困った様子であった。
「ふむ。その話の半分は正解だな。キャリフォルニア星域で内戦は起きたし、俺の船以外のレリックシップも出てきた。そいつと俺は戦ったが、星域軍とは正当防衛以外の戦闘行動は行っていない。証拠となるデータはここに持ってきた」
シンデンはギルドマスターに、USBメモリのようなデータチップを渡した。
「後で確認させて貰おう。だがもう少し詳しく話を聞かせて貰いたい。お前は娘さんを探しに行くと言っていたはずなのに、如何してそんな戦いに巻き込まれたんだ?」
「…あまり話したくないが、他言無用でお願いする」
ギルドマスターに、キャリフォルニア星域軍の内戦とレリックシップとの戦いについて語り始めた。
お読みいただきありがとうございます。面白いと思われたらぜひ評価・ブックマークをお願いします。