決着
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
>『本船から船首像を分離し、包囲の外に移動。戦略級魔法砲撃をマスターの気のフィールドにて防御』
>『…船首像を分離って、そんな事が可能なのか?』
>『船首像は単独で行動可能。本船の正式な装備ではない。拘束具と接続部をパージすることで分離可能』
>『なるほど、分離可能だったのか。…しかし、帆船と離れるって事はバックアップ霊子とシンデンが離れるって事だよな。書き込んだ霊子が狂ってしまったら終わりじゃないか』
>『肯定』
>『失敗すればこの船は消え去るんだぞ。シンデンの娘も乗っているんだ、この船だけ気のフィールドで守った方が良いんじゃないのか?』
>『否定。船首像を切り離し、包囲を抜け出す際に本船に対して沈降方向への力を加算。加えてシールドの魔弾を船上にて使用しながら超光速航法を停止すれば、戦略級魔法砲撃の影響範囲から離脱できる可能性大。本船の安全を取るのであれば、それが最適解』
>『なるほど、其方の方が安全なのか。と言う事は可能性が極小というのは、星域軍の連中の命を守るって事だな』
>『肯定。目標であるシンデンの娘の確保は成功。戦艦による魂の収集を阻止より、本船の機能維持が最重要』
電子頭脳が強引に霊子力兵器を使用しなかったのは、帆船の本体が無事で逃げ出せるという算段が付いていたからであった。
>『船首像にいるシンデンは、どうするんだ』
>『バックアップ霊子を書き込んだ結果、マスターの復活は不可能と判定。肉体だけなら後で再生可能』
>『つまり、書き込まれた霊子ごと見捨てるって事か』
>『本船の機能維持が最重要』
>『電子頭脳さんの考えは分かった。後は俺がどうするか決めるだけか。いややるしかないんだろう』
>『肯定。なお戦略級魔法砲撃発射まで残り五秒と推測』
>『心の準備すらさせてくれないのかよ。五秒程度なら耐えてみせるさ』
>『作戦名「当たって砕けろ」を開始』
>『…電子頭脳さんのネーミングセンスの方が俺より酷いじゃないか』
電子頭脳の開始の号令と友に、船首像を帆船に縛り付けていた拘束具と帆船と接続していた腰の連結部が外れる。この時点でバックアップ霊子とシンデンに書き込まれた霊子は異なった存在となった。
「っっ、バックアップがないとキツいな。まずは甲板に上がらないと」
船首像、いや巨大な人型宇宙船は、帆船の甲板にひらりと飛び乗った。帆船から離れた船首像が超光速空間に存在できているのは、船首像にも超光速航法回路が搭載されているからである。しかしその超光速航法回路は、シンデンが操作しなくても駆動しており、それでいてシンデンが思った通りに船首像を移動させてくれる。
「この船首像には、シンデンの他に超光速航法回路を駆動できる人が乗っている?」
『残り三秒』
「っと。今はそんな事を考えて場合じゃなかった。電子頭脳さん、今から船首に下向きの力を与えて跳躍するぞ。タイミングを間違えるなよ」
『無問題』
「行くぞ!」
トン
たおやか乙女の裸像が素足で帆船の甲板を蹴ると、超光速空間の空に舞い上がる。一見優雅に舞い上がったかのように見えるが、船首像が与えた下方向の加速により、帆船は船首から一気に水面下に沈んでいく。
『作業ドローン、シールドの魔弾起動。超光速空間から緊急離脱!』
一秒ほど空中で様子を見ていたが、この調子なら、帆船は問題無く通常空間に逃げ出せると俺は判断した。
「後は有人戦艦を助けないと…。レリックシップの前に行くぞ!」
超光速空間の空を蹴った乙女が空を舞い、派手な水しぶきを上げてレリックシップの前に降り立った。
「残り二秒か。その時間でどこまで気を高められるか…」
発射シーケンスは止められないのか、それとも船首像が前にいるのが分からないのか、レリックシップは戦略級魔法砲撃を発射しようとしていた。シンデンは練気をギリギリまで行い、気の量と質を高める。
「フィールド展開!」
船首像が両手(左手は砕けているが)を前につき出して気のフィールドを構築する。気のフィールドの形状は、レリックシップに向けて開いた漏斗のような形をイメージする。攻撃を逸らすだけであれば、前回と同じように上に斜めの形状で良いのだろうが、レリックシップが同じ攻撃をするとは思えない。俺は砲撃を全て受け止めるつもりであった。
「砲撃の発射は…、来た!」
戦略級魔法砲撃の巨大な炎の矢が、船首像に向かって来る。気のフィールドにぶつかった戦略級魔法砲撃は、フィールドを貫き、回り込もうとするが、シンデンは必死に気のフィールドを操り、エネルギーを全て受け止めた。
「くぅぅ、これは厳しい。星域軍、早く逃げてくれ」
俺は気が狂いそうな感覚に耐えながら、フィールドを維持する。魔法砲撃の全てを受け止めているが、その圧力が最も集まる漏斗管の先端部が崩壊しそうになっている。気を纏わせた右手で塞ぐが、直ぐに右手が溶け崩れていく。もう耐えるのは限界だと感じて居るが、背後の有人戦艦は、未だ半数が超光速空間に残っていた。
「もう、持たない。どうすりゃ良いんだ。砲撃も押さえきれないが、霊子も限界だぞ」
シンデンの体に書き込まれた霊子は、狂気に陥りかけていた。いやその時の俺は、既に狂っていたのかもしれない。
「右手で押さえているこの部分を、逆にレリックシップに返すことができれば……ん、できるじゃないか」
俺は気のフィールドの形状をとっさに変形させた。漏斗の管を延ばすとUの字に曲げて、漏斗の広がった部分に繋げる。そうすることで、気のフィールドは底の抜けたクラインの壺のような形状となった。
正気であれば思いつかない、相手の攻撃をそのまま相手に返してしまうと言う発想。しかし狂気に陥ったシンデンは、それをやり遂げてしまった。
レリックシップの戦略級魔法砲撃は、その威力を数十倍に圧縮された形で逆流していった。圧縮され逆流したエネルギーは、戦略級魔法砲撃を突き抜けて、巨大な魔石に到達する。
ビシッ
クリスタル状の魔石に亀裂が入ると、光が漏れ出す。一瞬で魔石は砕け散り、残ったエネルギーがレリックシップを船尾まで貫いて、ジェネレータを破壊する。
船首から船尾まで逆流したエネルギーに貫かれたレリックシップは、上下二つに分断されてしまった。魔石もジェネレータも破壊され、船として再起不能となってしまった。
『…キャラック級のマスターは非常識である。だが、次は負けないのである』
上下二つに分かれて超空間の海に沈んでいくレリックシップから、そんな内容の光通信が届く。
「次なんて…あるわけ無いだろ…」
シンデンに書き込まれた霊子が覚えているのは、そこまでだった。
★☆★☆
レリックシップが沈んでから数分後、戦略級魔法砲撃を回避できたと判断した電子頭脳に従い、帆船は超光速空間に戻った。しかし戻った先の超光速空間には何もなかった。
>『軍拡派の艦隊は超光速空間から離脱したんだろうな。それで船首像はどこに行ったんだ?』
>『探知不能』
>『破壊されてなければ、残っていると思ったんだが。しらみつぶしに通常空間を探すしかないのか』
船首像が超光速空間を離脱したと思われる地点を調査して、レリックシップの撃破から一日後に、帆船は通常空間を漂っていた船首像を発見した。
早速船首像を所定の位置に固定して接続したところ、シンデンは気絶状態だった。調査の結果、書き込まれた霊子の狂気度合いも規定値以下だった為、シンデンとバックアップ霊子の霊子同期を行った。これによって帆船が超光速空間を離脱した後、何があったかを知ることができた。
>『なるほど、そんな方法であのレリックシップを倒したのか。俺って実は凄いんじゃないの』
>『否定。あのような方法を考えて実行するのは非常識。その点に関しては戦艦の評価は妥当』
>『いやいや、魔法も気も非常識な力でしょ。シンデンだったら戦略級魔法砲撃ぐらい斬り捨てていたかもね』
>『バックアップ霊子に、あの気の操作の再現を依頼』
>『いや、あんな事は二度とできないよ。それに何で再現確認するんだよ』
>『船首像を分離して、本船の主砲の全力射撃で検証』
>『そんな事やらないよ。それに主砲どころか船も満身創痍だぞ。修理しなくて良いのか?』
>『大至急修理』
戦略級魔法砲撃によって大きく破損した帆船は、当然修理が必要である。普通の宇宙船なら、ステーションのドックに入って修理するが、レリックシップである帆船には自動修復機能がある。
電子頭脳曰く、「船体の修復には膨大なエネルギーが必要」とのことで、誰も寄りつかないような恒星系…つまり海賊の巣のあった赤色巨星に向かった。
>『自動修復まで二十四時間と試算』
>『分かったよ。それで修理の間は、シンデンと響音とキャサリンの三人は、船首像で海賊の巣でゆっくりしていれば良いんだな』
>『肯定。自動修復の為に恒星の表面に接近。その場合、船内環境は人類の生存に適さない状況』
>『恒星の表面って、六千度だっけ。それに耐えられるとか凄いな』
修理の間、帆船と船首像は分かれてしまうことになるが、バックアップ霊子の俺はシンデンと繋がっている。キャサリンはまだ意識が戻っていないが、シンデンの気功術で急成長した体を調整することで、危険な状態から脱している。後は目覚めるのを待つだけだ。
>『アヤモさんは気づいていたが、キャサリンは気づいていない。このまま黙って送り返すべきか、それとも真実を話すべきか。…どうすりゃ良いんだよ』
キャサリンに、シンデンが死んでしまっている事、それを話すべきか俺はまだ迷っていた。
★☆★☆
周囲に恒星系どころか星間物質すら希薄な寂しい宇宙空間。そこに上下に分かれたヤマト級レリックシップの残骸は漂っていた。魔石とジェネレータを破壊された為、自己修復できない残骸の側に、唐突に一隻の船が出現した。
『ヤマト級を発見』
第二次世界大戦の駆逐艦のような小型船は、誰かに向けて通信を送るのだった。
お読みいただきありがとうございます。面白いと思われたらぜひ評価・ブックマークをお願いします。