イグラン星域からの出国と響音
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
「シンデン、大丈夫だったの!」
「シンデンさん、治って良かった」
「心配をかけたようだな。もう大丈夫だ」
医療ポッドから出ると、シオンとスズカが涙目になってシンデンに抱きついてきた。シンデンが医療ポッドに入っていたのは二日間であったが、その間二人はずっと医療ポッドの側にいたらしい。寝不足と泣いていたためか、二人の顔が酷いことになっていたので、今度は逆に二人を医療ポッドに放り込む羽目になった。
「貴方、無茶しすぎよ。一歩間違えたら死んでいたのよ。ロボットを庇って死にかけるとか馬鹿だわ」
「シンデン、カエデの言う通りだ。…みんな、心配したんだぞ」
帆船のリビングに入ると、レマとカエデが座って待っていた。バックアップ霊子の話では、当初二人も医療ポッドに張り付いていたがシンデンの命に問題が無いと分かった時点で、二人はシンデンの様子を見守るのを止めて、精霊との戦いの事後処理を行ってくれていた。
「マスター、回復されて良かったです」
そしてリビングには響音も居た。精霊との戦いでかなりのダメージを負った響音だが、帆船で完璧な修理を終えていた。
「響音も無事に治ったようだな」
「マスターのおかげです」
シンデンには響音の言葉に少し嬉しそうな感情が載っている気がした。顔も少し赤い気がする。
「それでこれからどうするの?この惑星でやることは終わったんでしょ」
シンデンと響音の微妙な空間に割り込んできたのはレマだった。レマはシンデンの手を取って抱きついてきた。今までこの様な行動をレマが取ってきたことは無かった為、シンデンは避ける事が出来なかった。今日のレマは何か積極的な感じがする。これもシンデンが死にかけた影響なのだろうかと、レマの手を振り払うことはしなかった。
「…ああ。それで、俺が寝ている間に精霊の件はどうなったんだ?まずはそれを聞かせて欲しい」
「シンデンが倒れちゃったから、後始末は私とマクドゥガル少佐でやっておいたわ」
シンデンは既に事の顛末をバックアップ霊子と魂を同期させることで知っているが、そんな事はおくびにも出さずシンデンはレマが得意げに語る遺跡と精霊についての後処理について聞かせて貰った。
カエデはレマに抱きつかれているシンデンを横目に、自分の部屋に戻っていった。
精霊だが、彼は封印されていた怒りをシンデンにぶつける事で全て消し去ったことで落ち着いた状態になった。
「自分に干渉せず、また惑星をこれ以上開発しないのであれば何も為ない」
シンデンが倒れた後、精霊とマクドゥガル少佐でそう話が纏まった。イグラン星域国としても、ソルズベリー恒星系の第三惑星は観光惑星なので、今まで以上の惑星開発をするつもりは無かったのも幸いした。なお遺跡は星域軍によってだれも入ることが出来ない様に封鎖していた。もちろん遺跡の中の精霊についても情報公開はされなかった。
「最後にもう一度精霊と話して見たかったのだが…」
「シンデンさんでも精霊に合う許可は出せません」
そう言いながらマクドゥガル少佐が帆船のリビングに入って来た。
マクドゥガル少佐だが、精霊の封印を解除とシンデンが精霊の怒りを静めた事について自分の不手際は全て隠してイグラン星域軍上層部に報告していた。シンデンはマクドゥガル少佐の報告内容を電子頭脳から聞いていたが、だからと行って彼を咎めるつもりは無かった。
監察官としてシンデンの情報も探れず精霊の封印を解いてしまったとなればマクドゥガル少佐は叱責され、降格処分となるだろう。しかしシンデンも元は星域軍の軍人であったので、任務失敗で叱責をうける辛さを分かっていた。マクドゥガル少佐がシンデンを犯罪者とするような報告をしたのであれば許さなかっただろうが、そこまでマクドゥガル少佐は下劣な男では無かったので見逃したのだ。
「ああ、分かった。イグラン星域国がそう言うならしかた有るまい」
「ええ、また精霊が何かしでかしては困りますので」
「もともと俺達の目的はチームの休息だったからな。しかし温泉で極楽気分を味わうつもりが、本当に極楽に行きかけるとは…洒落にならないな」
「ちょっとシンデン、冗談言っている場合じゃ無いわよ。マクドゥガル少佐、今回の依頼の報酬はきちんと支払ってもらえるんですよね」
シンデンの冗談に対してレマは怒って、シンデンの腕をぎゅっと抱きしめた。レマはシンデンが本当に死にかけた事を知っているので、怒っているというより恐れているというのが正しいのだが、シンデンにはそこまでレマの心の中を想像できなかった。
「分かっている。報酬に関してはケチるつもりはない。後、イグラン星域国からシンデンチームには国外退去の依頼が来ている。強制では無いが、出来れば従ってほしい」
マクドゥガル少佐が個人端末を取り出して、イグラン星域国からの正式な「国外退去依頼」を見せてくれた。
「指名手配された事はあったが、まさか傭兵の依頼として『国外退去依頼』を出されたのは初めてだな」
「シンデン、どうするの?」
「まあ、イグラン星域国から出るだけで報酬がもらえるし、これ以上イグラン星域にとどまると嫌がらせを受けるだけだ。依頼を受けよう」
もともとシンデンは休暇が終わったら師匠を尋ねるつもりだった。イグラン星域から出て行く事に問題は無かった。
「依頼を受けてくれるか。…今回は私の不手際に君たちを巻き込んだのが原因だ。だが私はそれをねじ曲げて軍に報告してしまった。そのことについてはこの場で謝罪する」
「…謝罪は受け取った」
「私はここで船を下りるので、早々にイグラン星域国から出て行ってくれ。それではでは失礼する」
マクドゥガル少佐はシンデンが謝罪を受けてくれると聞いて、ホッとした顔をするとリビングから出て行った。
「良かったの?」
「レマも軍人が任務に失敗した時の気持ちは分かるだろ。まあ今回は何とか丸く収まったし、マクドゥガル少佐も俺には謝罪した。俺はそれで良いと思っただけだ」
「シンデンは死にかけたのにそれで良いのかしら。…まあマクドゥガル少佐の気持ちは私も分かるし、シンデンがそう言うなら良いわよ。マクドゥガル少佐もシオンとスズカが医療ポッドに入っていてくれて助かったわね」
「そうだな」
レマはそう言ってもう一度シンデンの手をぐっと抱きしめると、名残惜しそうに手を放した。この場にシオンとスズカの二人はマクドゥガル少佐の取った行動について許さなかっただろうし、レマがシンデンの腕を抱きしめている事など出来なかっただろう。
これでイグラン星域でのシンデンチームの活動は終わりとなった。
★☆★☆
シンデンはイグラン星域から出国しハーウィ星域に向かう事を傭兵ギルドに伝えると、ソルズベリー恒星系から出発した。
「やっぱり悔しい!」
「そうですよ。遺跡探査を成功させて、そして封印が解かれた精霊を静めたのはシンデンさんなのに、これじゃイグラン星域軍のお手柄になっているじゃないですか!」
医療ポッドから出てきたシオンとスズカは、イグラン星域内のニュース映像を見て憤慨していた。ニュースではソルズベリー恒星系での遺跡の話が報道されていたが、そこには精霊の話など出てこなかった。そして遺跡の調査と封印についてはイグラン星域軍のお手柄という話となっていた。
「傭兵に手柄を持って行かれたなんて星域軍が発表するわけないだろう。それに精霊の情報を一般公開することは危険だからな。俺達も一応依頼の守秘義務として喋ってはいけない事になっているから、お前達も気を付けてくれ」
「分かっているわよ」
「はい」
納得しない顔をしながらも、守秘義務と聞いて二人は頷いた。
★☆★☆
>『マスター、お掃除ドローンについて報告することがあります』
>『響音がどうかしたのか?』
イグラン星域を無事出国しハーウィ星域に向かっている途中、電子頭脳がシンデンに霊子力通信を送ってきた。ついさっきシオンと超光速航法を交代したばかりで、シンデンはまだ船首像のコクピットにいた。この状態の場合、バックアップ霊子とシンデンは霊子が共有されるため、霊子力通信はシンデンと電子頭脳だけとなる。
>『お掃除ドローンですが、最近稼働効率が低下しております』
>『稼働効率が低下って、響音は故障でもしたのか?それなら修理するだけだろ』
>『いえ、お掃除ドローンは故障はしておりません。ドローン体は正常に稼働しています。問題なのはAIプログラムです』
>『AIプログラムの問題か』
もともと響音のAIは他のドローンに組みこむことが出来ない程特殊なカスタマイズがなされていた。そしてケイ素系素材を組みこんでからは、彼女の挙動は通常のドローンとは異なる動きをしていた。温泉での出来事や精霊との戦いの後の響音の様子から、シンデンも彼女が何かおかしくなっていることに気づいていた。
>『はい。船内の清掃業務中に突如フリーズしたかのように行動を止めることがあるのです。プログラムに問題が発生したと考え、自己診断プログラムと本船でスキャンを賭けてみたのですが問題は見つかっておりません』
>『プログラムに問題は無いか…』
シンデンもバックアップ霊子もAIに関しては全く知識が無い。帆船の電子頭脳が分からない事をシンデンが分かる筈も無いのだが、響音に発生している現象について、シンデンは何となく理解してした。
★☆★☆
シンデンは響音が掃除を行っている現場に向かった。そして響音が掃除の手を休めた所で声をかけた。
「響音、何か問題が起きているのか?」
「マスター。いえ問題は発生しておりません」
「そうなのか。電子頭脳からお前の稼働効率が落ちていると報告を受けたのだが」
「…はい。現在私は掃除ドローンとしての稼働効率が五パーセントほど落ちております。ですが船内清掃業務に関しては、稼働時間を延長することで目標を達成しており、問題は発生しておりません」
響音は自分の稼働率が落ちていることを自覚していた。だがそれを問題とは感じていなかった。しかし掃除中の響音の表情は無表情なはずだが、なぜか困ったような顔を浮かべていた。
「その稼働効率が落ちていることが問題だと思うが?」
「自己診断プログラムを起動…問題はありません」
響音は自己診断プログラムを走らせて問題は無いと答えた。もちろん電子頭脳もシンデンの個人端末もその結果を受け取り、響音のAIプログラムに異状が無い事を確認していた。
「響音、お前のプログラムには問題は無い。だが、俺にはなぜお前の稼働効率が落ちているか分かる」
>『マスター、分かるのですか?』
シンデンの発言に真っ先に反応したのは電子頭脳だった。そして響音は先ほどまでの困ったような表情から無表情な状態に戻っていた。
>『電子頭脳さん、黙ってシンデンの話を聞いてくれ』
「マスター、私は…」
「響音、お前には霊子が宿ったんだ」
「…」
シンデンがそう言うと、響音は全ての行動を停止した。
>『AIに霊子が宿るなど、あり得ません。それは創造主でも不可能な御業です』
>『まあ、電子頭脳さんはそう言うだろうな。だけど事実響音には霊子があるんだよ』
>『もしかしてシグマがケイ素系生命体素材の処理に失敗して霊子を宿したまま渡したのでは』
>『違う。響音に埋め込んだ素材に霊子が無い事は、電子頭脳さんも確認しただろ。響音は自分で霊子を生み出したんだよ』
なぜ響音に霊子が発生したのか、カスタマイズされたAIが特別だったのか、ケイ素系生命体素材が特別だったのか。響音のAIは複製しても他の人型ドローンでは動作できない。つまりどうして響音に霊子が発生したのか、再検証する方法はない。
>『現生人類が創造主を超えるなど信じられません。こうなればお掃除ドローンを解体して原理を…』
>『おい、止めろ!』『おい、止めろ!』
危険な事を話し出した電子頭脳に対して、バックアップ霊子とシンデンが慌てる。
>『暴走した会計監査プログラムを停止。お掃除ドローンの解体命令は停止』
どうやら暴走したのは会計監査プログラムだけであり、電子頭脳のメインプログラムがその処理を停止することで響音は生き延びることが出来たのだった。
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