温泉旅行(3)
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
翌日、シンデンは当然朝風呂を楽しんだが、他のメンバーはなかなか起きなかった。なんとか朝食の時間には間に合った。それからシンデン達は観光という事で、富士山に似た火山の見学に向かうことになった。
「火山観光に向かうのですか。ウーン、そこまで監査すべきか…」
「さあ。そこは自分で考えてくれ」
シンデンのチームは現地で火山の火口を見学に向かう事になったが、マクドゥガル少佐は当然その中に含めていない。ただの火山観光を監査すべきか悩んでいる彼を置き去りにして、シンデン達はタクシーに乗り込んで火山の火口見学に向かった。
火山の火口を見学するための施設は、地震や突然の噴火も考慮して空中に浮かんでいた。キロメートル級の戦艦が地上から飛び立つ世界なので、観光のための施設が浮かんでいる程度では誰も驚かない。
「少し寒いけど、火口は凄い迫力だわ」
シオンは子供らしく煙を上げる火口に興味津々であった。
「タクティカルスーツに着替えてきて正解でした。他の観光客の方は寒そうです。あっ、お土産がありますね。買っていきましょう」
スズカは火山には興味がないのか、売店のお土産を見て回っていた。
「火山の火口を直接見るのは初めてだ。溶岩は見られないのだろうか」
カエデはシオンと一緒に火口を見ていた。なお溶岩が見える状況ともなれば、噴火の危険性があるので見学は禁止となる。
「シンデン、火口を背景にフォトを撮りましょう」
レマが写真を撮りたいと言い出したので、シンデンチームは全員揃って写真を撮った。観光地にあるあるの顔出しパネルも存在し、シオンとスズカが無邪気に顔を出して写真を撮っていた。
「観光名所だが、そこまで面白い物では無いな。遺跡でもあれば面白いのだが…」
シンデンはそう呟いていたが、俺は初めて見る火口に興味津々であった。そしてシンデンが言ったように、世の中には火山の中に遺跡がある惑星も存在する。その様な遺跡は、地熱エネルギーを使って遺跡を維持したり、惑星の地殻のマントルの動きをコントロールするような遺跡なので一般には公開されていない。
「そろそろ戻るか」
「うん、もう飽きた」
「お土産も買いました」
「フォトも撮ったし、もう良いでしょ」
シンデンも飽きてきたので、そろそろ旅館に戻ることに決めた。結局火口の観光施設にマクドゥガル少佐はやって来なかった。シオン達も戻る事に頷いた。
「あれは一体何だ?」
しかし、未だ一人火口を見ていたカエデが火口を指さして叫んだ。
「カエデ、どうした?火口に何かいるな…」
「んーっと、何か動いているわね」
「火口を調査するドローンでしょうか?」
「ドローンとは違う気がしますね。どちらかと言えば岩の塊のようですが」
煙を吹き出す火口から出てきたのは、岩で出来た動物のような何かだった。全長四十メートルほどのその物体は、観光施設に向かってゆっくりと移動を開始した。
「あれは何だ?」
「観光案内にも載ってないな?」
周囲の観光客もその何かに気づいて騒ぎ始めた。観光客が騒ぎ立てるため、警備員がやって来て火口を見て驚いていた。その様子から、その何かは観光施設の警備員も知らない物だった。
観光施設から数機の小型の調査ドローンが飛び出し、その何かに向かっていった。直径三十センチ程の球形のドローンは、火口の状態をチェックするための物で、武装などは取り付けられていなかった。小型ドローンがその何かを調べようと十メートルほどの距離に近づいた時、その何かは口から炎…いやブラスターを吐き出して、小型ドローンを破壊してしまった。
「おい、あれは何だ」
「ドローンを壊してしまったぞ」
「化け物だ」
「火を噴いたぞ。もしかして宇宙生命体か?」
小型ドローンが破壊されたことで、観光客は危険を感じたのか大きく騒ぎ始めた。
「皆さん落ち着いてください」
警備員が落ち着くように叫ぶが、観光客の騒ぎにかき消されてしまった。観光客は我先にと施設から逃げだそうとするが、タクシーは一度に観光客を乗せるほどの台数はない。
『火口に異状が発生しました。当施設はこれより火口から移動します。当施設は火山の噴火に備えた強度を持っております。お客様は慌てず、施設内の避難所にお向かいください』
タクシーへの搭乗を巡って観光客がパニック状態になりかけたところで、施設が火口からの移動と観光客を避難所へ誘導を始めた。
「シンデン、私達はどうするの?」
「いや、俺達は観光客だ。施設の誘導に従って避難しよう。あれの相手はイグラン星域がすべきだろ」
「そうですね。こんな場合はパニックになるのが怖いです。避難誘導に従いましょう」
「私はあれをもう少し観察したいのだが」
「カエデ、危ないから辞めなさい」
カエデはレマと響音に引きずられて、シンデン達は避難所に向かった。
>『電子頭脳さん、あれは一体何なだ?』
>『宇宙生命体にしてはエネルギー量が少ないです。現住生物と推測します』
>『ブラスターを発射する生物がいたのか?そんな物がいればイグラン星域が対応しているはずだが』
>『データによると、ソルズベリー恒星系の第三惑星は、危険な現住生物がいないために移住が許可されました。あの現住生物は火口から出現しましたが、新種という事になるでしょう』
>『なるほど。この惑星の治安部隊で対応可能か?』
>『戦闘ドローンで対応可能と推測します』
>『しかし新種の現住生物か…、なぜ今になって突然出現したんだろうな』
>『本船にも分かりません』
>『俺達に関係は無い筈だが、マクドゥガル少佐には文句を言われるだろうな』
★☆★☆
火口の観光施設はそのまま火山の麓まで移動していった。その代わりにイグラン星域の治安部隊の戦闘ドローンが火口に向かって行った。施設から地上に降りると、マクドゥガル少佐が待っていた。
「やはり何か起きてしまいましたね」
「俺が何をしたというのだ。これはイグラン星域の不始末だろう。惑星の調査はしっかりすべきだったな」
「イグラン星域はこの惑星をしっかり調査しました。この惑星にあの様な現住生物が生息していたという調査結果はありません。シンデンさんが火山に向かった途端出現したのです。関与を疑われても当然では無いでしょうか」
「馬鹿を言うな。俺があの生物を持ち込んだとでも言うのか?俺の船にも監視は付いているだろう。俺が原因という証拠があるのか?」
「…証拠はありません」
「当たり前だ、俺は無関係だからな」
シンデンはマクドゥガル少佐を睨んで、旅館に戻った。旅館も火口に現れた生命体の話題で持ちきりであった。
「本当に迷惑な話だ」
「シンデンが行くところ、騒動が起きるのは当然…痛っ」
シオンが変な事を言い出したので、デコピンで黙らせた。シンデンになってから確かに厄介毎に巻き込まれているが、それは仕方のない事ばかりである。
★☆★☆
旅館に戻って一時間ほどすると、マクドゥガル少佐がシンデン達の客室に訪れた。
「治安部隊の戦闘ドローンが、あの生物を倒しました」
「それは良かったな。それで俺にそんな事を知らせに来たのか。俺には関係は無い」
「あの生命体ですが、火口からでてきました。それで火口に調査ドローンを送ったのですが、通信が途絶しました」
「通信が途絶した。現住生物に破壊されたのではないのか?」
「破壊されたのであれば、通信にて分かります。ただ通信が繋がらなくなったのです」
「通信が繋がらないか。そういう場所は心当たりが在るな。もしかして火山が遺跡だったのか?」
「その通りです。あの様な場所に遺跡が存在しているとは、惑星を調査でも見落としていました。辺境の観光惑星に遺跡があると分かって、イグラン星域の上層部は大騒ぎです」
マクドゥガル少佐がため息をつく。シンデンとしてもため息をつきたいところだ。火山の遺跡は帆船のスキャンをすり抜けるほどの隠匿性を持っていた。つまり技術レベルは帆船と同等以上の可能性があるのだ。
>『電子頭脳さん、火山の遺跡にヤマト級が封印されている可能性はあるか?』
>『…調査しなければ分かりません』
>『そうか』
「それで、マクドゥガル少佐は、『遺跡が見つかったのでシンデンチームにこの恒星系から出て行け』とでも言うのか?」
「いえ、そうは言っておりません。実はイグラン星域から傭兵ギルドに遺跡調査の依頼が出されます。それをシンデンさん達が受ける気があるか聞きに来たのです」
「俺達に遺跡の調査依頼を受けろというのか」
「星域連合で管理組織を作ることになってから、高ランクの冒険者や傭兵の動きが鈍いのです。イグランの観光惑星の遺跡に来てくれるか難しいのですよ」
「星域軍が調査すれば良いのでは?」
「星域軍も遺跡調査に人員を割り当てるほど余裕が無いのです。それに星域軍は遺跡調査を本業とはしていません」
「…そうだな。しかし、俺達は休暇でここに訪れたのだ、依頼を受けるとしても休暇が終わってからだな。危険が無いのであれば、管理組織が出来てから冒険者や傭兵を派遣して貰えば良いだろう」
「そうなのですが、少しでも早く遺跡について調査したいのです。もし依頼を受ける気になったら、私に伝えてください」
そう言ってマクドゥガル少佐は客室から出て行った。
「シンデン、遺跡の調査依頼を受けるの?」
「火山の中の遺跡とは興味深い」
マクドゥガル少佐が出て行くと、シオンとカエデがシンデンに寄ってきた。二人はどうやら遺跡に興味があるようだった。
「イグラン星域で遺跡調査ですか。シンデンは受けるつもりですか?」
一方レマは遺跡調査には余り乗り気では無い様子だった。
「まあ、依頼内容次第だが、受けても良いと考えているぞ」
遺跡にヤマト級のレリックシップが封印されている可能性もある。イグラン星域が依頼を出すなら、受けるつもりであった。
「傭兵ならそうよね」
そう言いながら、レマはシンデンの手を握って文字を書いていった。
「(『罠』か。確かにその可能性もあるか)」
シンデンはレマにそっと頷くと、罠という可能性も視野に入れるべきと考えた。確かにあの現住生物の出現から遺跡が見つかるという流れは出来すぎている。その考えはシンデンには抜けていた。
「レマ、どうしてシンデンの手を握っているのよ」
レマの気遣いを壊すかのように、シオンが文句を付けて二人を引き離した。
★☆★☆
火山が遺跡という話を聞いたが、シンデンチームは明日まで旅館の予約を取っている。つまりお休みは継続である。火山観光は中断されたが、治安部隊が安全宣言を出したので、旅館は通常営業中である。
「温泉に行くぞ~」
「「「「おー」」」」
午後からシンデン達は温泉を再び堪能した。マクドゥガル少佐は今度は温泉について来なかった。彼が来ればシオンと一緒に「魔石の湯」に入ろうと思ったのだが、火山の遺跡の件でシンデンに話を持ちかけてきて以来、姿が見えなかった。
「露天風呂から見る限り、火山では戦闘が続いているようだな」
「そうみたいね。昨日まで綺麗な景色だったのにね」
レマが見上げた先の火山は、火口の上に星域軍の戦艦が陣取っていた。時々轟音が響くのは、遺跡から出てきた現住生物と星域軍が戦っている音であろう。戦闘が起きているためか、温泉も昨日に比べて人が少なかった。
「イエル星域としては遺跡の存在を隠しておきたかったはずだな。しかしこれだけ観光客に見られてしまっては隠し通せないか」
「なら、さっさとどのような遺跡か調査してしまいたい。管理組織が出来た後だと、どんな内容か公開されてしまう可能性が在りますからね」
「星域軍では遺跡の調査は難しいのは確かだ。傭兵ギルドに問い合わせたが調査依頼はAAランク以上の傭兵に絞っているらしい。冒険者ギルドも同じだろうな。そしてそのランクの傭兵や冒険者は、イグラン星域でも早々いない」
「つまり遺跡調査を私達にやらせたいみたいね。やっぱり…」
レマは今回の遺跡調査が罠では無いかと疑っていた。
「楽しみです」
「見たことの無いレリックがあるかもしれないからな」
シオンとカエデは遺跡調査が楽しみと言わんばかりに、火山を見上げていた。
「いや、カエデは連れて行かないぞ」
「えーーっ。どうしてよ。私も連れて行ってよ」
「いや、遺跡は危険な場所だ。自分の身を守れない奴は連れて行けない。攻めてスズカ並みの個人戦闘技術を持ってから言ってくれ」
カエデはほっぺを膨らませて不満を訴えるが、遺跡調査は危険である。実力の無い者は連れて行けない。シンデンは真面目な顔でカエデにそう告げた。
「マスター、カエデは既にスズカと同等の個人戦闘技術を持っております」
しかし響音が、そのシンデンの判断を覆す事実を告げた。
「はぁ、カエデがスズカと同じレベルだと。響音が嘘を言うわけは無いと思うが…本当か?」
「規定のレベルには達しております」
カエデは普段は実験室に籠もってばかりだと思っていたが、スズカと自分を見比べて何か思うところがあったのか、響音と個人戦等の訓練を行っていたと言うことだった。スズカとカエデは同じクローンであるため、肉体的な特徴はほぼ一緒で有る。つまり、スズカというお手本がいたため、個人戦闘能力については同じぐらいまで鍛え上げるのは簡単だったらしい。
>『電子頭脳さん、そんな話は聞いてないが…』
>『特に伝えるべき事では無いと判断しておりました』
>『確かに。シェイプアップの為に訓練していた様だからな。俺に知らせる必要は無いか。しかし、傭兵でも無いカエデを連れて行って大丈夫なのか?』
>『研究者が傭兵を護衛にして遺跡に入ることがあります。あくまで自己責任となりますが問題は在りません』
>『分かった。カエデのレリックに対する知識は遺跡内では役立ちそうだからな』
「…カエデも連れて行こう」
「本当。やったー」
前言をひっくり返したシンデンに、カエデは喜んで抱きついてきた。
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