温泉旅行(2)
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
「魔石の湯」からでると、シオンとマクドゥガル少佐に浮かび上がった紋章は消えてしまった。どうやらマナが大量に体に浸透すると出現する現象のようだった。三人ともお湯に浸かっている間は精神が高揚してたらしく、シンデン以外は紋章が出ていたことに気づいていなかった。
「魔石の湯」から出た後、シオンとレマに付き合い、サウナと打たせ湯に入ったのだが、その間にシンデンは電子頭脳に魔法使い二人に現れた紋章について尋ねた。
>『魔石の湯で、魔法使いの体に紋章が出現ですか。本船の記録にも紋章が出たという話は聞いたことがありません』
>『シオンは頭で、マクドゥガル少佐は左腕か。シンデン、二人の紋章は同じだったのか?』
>『俺もマナの影響を受けていたのか記憶が曖昧だ。俺には同じように見えたが、本当に同じだったか、正確には思い出せない』
>『シオンについては、本船に戻り次第マナの影響について検証を行います』
>『電子頭脳さん、魔石の湯で紋章が出たが、シオンには悪影響は無いんだよな』
>『魔石の湯で問題が出たという情報はありません。響音のセンサーでも問題は無いと出ております』
>『分かった。また二人が魔石の湯に入る機会があれば、紋章を比べて見よう』
「シンデン、何ぼーっとしているの?」
電子頭脳とバックアップ霊子との会話の間、打たせ湯にシンデンは打たれ続けていた。これが冷水なら滝行だが、温泉だと肩たたきの様なものだ。シオンは肩がこるような年齢では無い為直ぐに飽きたようだ。
「…気持ちが良かったので少し気を抜いていた。シオンは飽きたのか」
「魔石の湯の方が気持ちよかったわ」
「シオンは魔法使いだからマナの方が合っているか」
「うん。レマも言っていたけど、何かこう嫌な物が体から流れ出す感じだったわ」
「魔石の湯には、デトックス的な効能があるのかもしれないな」
そうシオンに言った所で、シンデンは、「昇華した気を使えば、バックアップ霊子の中の悪意を消せるのでは?」と思いついた。
シンデンは気功術の奥義である気を昇華する技術を会得していた。昇華された気は通常の気より更に優れた特性を持っている。帆船のバックアップ霊子は魔力や理力から保護されているが、バックアップ霊子と肉体を直接接続する霊子のルートはガードされていない。そこがガードされていれば、霊子力兵器でシンデンの霊子はバックアップ霊子によって上書きされなかったのだ。そして気は魔力や理力と異なり、昇華させることで霊子力に近い物となっていく。
「昇華した気による霊子の浄化。試してみる価値はあるか」
シンデンは気によって、バックアップ霊子から悪意を消し去る方法が在りそうだと考えた。しかし今のシンデンの気では、昇華させても霊子力とは異なる。
気功術で、「頭頂のチャクラを使った気の質の昇華」を超える方法をシンデンは知らない。そこで思い出したのは、師匠のことだった。彼は頭頂のチャクラの奥義以上の事を教えてくれなかったが、それ以上の「何か」を知っている可能性がある。
「師匠を訪ねてみるか」
シンデンの気功術の師匠は、キャリフォルニア星域軍を引退して施設で気を教えていたが、今はそれすら辞めて所在は不明である。
>『電子頭脳さん、シンデンの気の師匠が今何処にいるか調べてくれ』
>『了解しました。キャリフォルニア星域から離れているので、調査には少々時間がかかります』
>『休暇を終えたらそこに向かうから、それまでに調べておいてくれ』
>『了解しました』
後は電子頭脳が居場所を探り出すのを待つだけだ。シンデンは再び打たせ湯を楽しみ始めた。
★☆★☆
温泉施設を一通り楽しんだ後、シンデン達は温泉街に繰り出した。こちらも浴衣姿で出歩くのだが、観光地だけ在って治安も良く温泉街は賑わっていた。
「シンデン、温泉まんじゅうって美味しいね」
「シンデンさん、温泉卵ってゆで卵と違うの?」
「湯ノ花を入れれば温泉が再現できるのか。成分を分析してみたいから買おう」
「シンデン、あの射撃ゲームで勝負しよう」
女性陣は温泉街を満喫していた。シンデンはそれに引っ張られる形で温泉街をウロウロしていた。
「本当に観光なのですね」
「マクドゥガル少佐、休暇だと言ったはずだが?」
「シンデンさんが訪れたからには、火山の一つも噴火すると思っていたのですが」
「冗談でも笑えないぞ」
マクドゥガル少佐は冗談で言っているのだろうが、日本人である俺には笑えない冗談だった。シンデンはマクドゥガル少佐に向かって殺気を放ってしまった。
「町中で殺気を放たないでください」
シンデンが殺気を放ったお陰で、周囲の人が驚いていた。マクドゥガル少佐に絞って放ったのだが、一般人にも感じ取れるぐらいの殺気を出してしまったようだ。
「俺は平和を愛する傭兵だ。不幸な偶然が重なっただけだ」
「あれだけの殺気を放ってそう言いますか」
「お前が変な事を言い出すからだ」
シンデンが殺気を収めたことで、周囲の人達も歩き始めた。シンデンとマクドゥガル少佐もシオン達を追って歩き始めた。そんな二人だが、実は先ほどから二人を追跡する連中に気づいていた。
「尾行されているが、イグラン星域の手の者か?」
「監察官である私がいるのに、今更尾行を付けるのは無駄ですが…」
「そうだが、イグラン星域も一枚岩とは限らないからな」
「それはシンデンさんの経験でしょうか」
「まあ、そうだな。しかし俺だけなら良いが、チームのメンバーに手を出すようなら始末するぞ」
「始末とは物騒な。治安機構に任せて下さい」
「騒ぎを起こしたくないなら、そっちで対処しろ」
「分かりました。シンデンさん、そう殺気を出さないでください」
マクドゥガル少佐は袂から個人端末を取り出すと、何処かに連絡を入れた。しばらくするとシンデン達を尾行していた連中がいなくなっていた。
「どうやらイグラン星域の諜報部の連中だったようです。シンデンさん達を狙っていた様です」
個人端末に送られてきたメッセージを見て、マクドゥガル少佐は肩をすくめた。
「軍では無く政治絡みか。ベイ星域とは繋がりは無いと言っているのだが」
「本音を聞き出したかったようですね。しかし私がいるのに、そんな事をして貰っては困ります」
「面倒な話だな。マクドゥガル少佐はあっちにも顔が効くのか」
「まあ、監察官ですから」
シンデンは射的や金魚すくい、綿飴等の屋台で楽しむシオン達を見ながら、マクドゥガル少佐とそんな会話をしていた。
★☆★☆
温泉街から戻ると、待っているのは宴会…もとい夕食である。和式の部屋を選んだので出てくる夕飯も和風である。
「この巨大な昆虫が料理?」
「この形、フェイス○ガーじゃないですか。どうして生体兵器が料理に…」
「シオン、レマ。それはこの惑星の海産物でカニとエビという生命体だ。人類が食べても問題の無い食材だ」
お膳には、足の長さが五十センチを超えるタラバガニのようなカニと、伊勢海老と似た海老が焼かれた料理が載っていた。どちらも高級食材であり、シオンやレマは見たことも食べた事も無い海産物の為、巨大な甲殻類が料理とは信じられない様子だった。
本物のシンデンは知らないのが、俺は知っている。そこでシオンにカニの身の取り方を教えることになった。レマは殻ごと脚を食べようとしていたが、俺がシオンに教えている姿を見て、慌てて真似をしていた。俺も途中から面倒になったので、響音に二人の世話を頼んでしまった。スズカとカエデはカニと海老を知っていたので問題は無かった。
「お刺身ですか。私は苦手なんですよね」
「スズカはお子様だね。お刺身とこの熱燗が在れば最高よ」
カエデもスズカと年齢は一緒なのでお酒は駄目だが、ノンアルコールの熱燗片手に刺身を上手そうに食べていた。
>『カニは美味しいか』
>『おお美味しいぞ。タラバガニより濃厚な味わいだ』
>『後でしっかり霊子を同期してくれ~』
バックアップ霊子が悔し涙を流しているが、これはシンデンという肉体に宿っている霊子の特権である。霊子を同期すればその感動をそのまま渡せるのだから、嫌がらせのような霊子力通信を送るのは止めてほしかった。
「ささっ、シンデンさんもどうか飲んでください」
「それで、マクドゥガル少佐はどうして俺達と一緒の席にいるのだ?」
本来ならシンデンチームだけの夕食の筈だが、なぜかマクドゥガル少佐も同席していた。そして俺に高い酒を勧めてきた。
「シンデンチームの監視という名目が無ければ、最上級コースは注文する経費が下りなかったのですよ」
「…世知辛いな」
「私も上手い料理を食べたいのです。少佐と言ってもこの旅館には泊まって美味い料理を食べられるほど給料は貰っていません」
「シンデンチームの休暇という事を忘れるなよ」
「分かっています。だから少しでも良い酒を飲ませて下さい」
二十代で少佐というエリートに見えるマクドゥガル少佐だが、給料はそれほど高くは無い。いや一般企業の部長クラスはもらっているだろうが、AAAクラス傭兵のシンデンの方が金を稼いでいる。この老舗旅館に泊まるのに、会計監査プログラムは「高い」と文句を言ってきたが、ベイ星域で受け取ったレリックの代金の方が高額である。魔石の確認を盾に予算をぶんどったのである。
★☆★☆
老舗旅館の山海の料理を食べ、高級酒を飲んだ後、シンデンは酔っ払って寝てしまったマクドゥガル少佐を部屋に送り届けた。男を部屋に届ける役などやりたくは無かったが、響音にはメイド業務を禁止していたので、シンデンがやることになった。
「みんな寝ているか」
「はい。お疲れのようでしたので」
部屋に戻ってくると、響音以外は皆寝ていた。シオンやスズカ、カエデは仕方ないとして、レマが酔いつぶれて寝ているとは珍しい光景であった。美味しい料理と高級なお酒がよほど嬉しかったのだろう。
「俺は一風呂浴びる」
部屋の露天風呂に日本酒(の様な謎の酒)を持ち込んで、シンデンは月見風呂としゃれ込んでいた。この惑星にも月はあるが、地球の月のように丸くは無く、フォボスのような歪な形をしていた。
「響音か…」
「お背中を流しにきました」
「メイドらしく振る舞うなと命令したはずだが」
「今回の休暇ですが、マスターはAIに酷な命令を出されました。私はマスターに奉仕するように作られた存在です。奉仕活動をするなと言われると、回路が暴走してしまいます」
「昔はそんな事を言わなかったのだが。(やはりケイ素系生命体の回路が悪影響を与えているのか)…仕方ない。背中を流すだけだぞ」
シンデンは裸で何も得物を持っていない。ここで響音に暴れられたら大変なので、背中を流すことだけを許可した。
「Yes Master」
響音に背中を流して貰いながら、シンデンは電子頭脳に霊子力通信を繋げた。
>『シンデンの師匠の居所は掴めたか?』
>『現在検索しておりますが、どうやらマスターの師匠はキャリフォルニア星域から離れた様です。現在はハーウィ星域に滞在しているようです。詳細な住所は未だ判明していません』
>『なるほど、キャリフォルニア星域にいると面倒だったが、隣なら行けるか』
>『そこで何かヒントがもらえると良いのだが』
>『バックアップ霊子のために済まないな』
>『仕方ないだろう。バックアップ霊子が正常で無いとシンデンも困るからな』
「…前は洗わなくて良い。これは命令だ!」
そこまで通信したところで、響音が背中から前に手を伸ばしてきたので、シンデンは辞めさせた。
「残念です」
「そう言うのは辞めてくれ」
響音は残念そうな顔をするが、客室でシオン達がいるのに、そんな事ができるわけが無い。シンデンはストイックな傭兵なのだ。
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