後始末
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
シナノ級とカゲロウ級は消え去ったが、彼らによって破壊された中性子星の欠片が、帆船達に迫ってきていた。
『シンデン、どうするの。このままじゃ避けきれないよ』
『シオンさん、シンデンさんは様子がおかしいです。私達で何とかしないと』
『今のシンデンは真面じゃないわ。中性子星の破片から船を護るには、対デブリシールドじゃ無理よ。シオンはシールドの魔法で船を護って、金剛も理力フィールドで防御して』
『分かりました』
『分かったわ』
シンデンが正常な判断を下せないと判断したレマは、シオンとスズカに船を護るように命令した。レマは一応星域軍人で凄腕の理力使いだ。レマの的確な指示にシオンとスズカは従って、魔法と理力フィールドで船を護る準備を始めた。
『帆船の電子頭脳、シンデンは一体どうなっているの?』
『マスターはシナノ級の通信を聞いて、突然怒りだして暴走しました。本船はマスターが正常な判断が下せない状態と判断し、船首像も拘束して全ての機能を電子頭脳の制御下に置いております』
『ふぅ、そうなの。分かったわ』
レマの問いかけに、帆船の電子頭脳はシンデンが精神に異常状態であると答えた。帆船の電子頭脳がおかしくなったシンデンを食い止めていること知って、レマは安堵のため息をついた。
『しかし、シンデンが怒って暴走って…。「ザイゼン、必ず殺す」とか言っていたわね。電子頭脳は何か知っているの?』
『いいえ。私も「ザイゼン」という存在はデータにはありません。ただ、マスターの言動からシナノ級の操縦者が「ザイゼン」と推測しています』
『シンデンがあそこまで悪意を示す相手なんて、十年前の事件ぐらいしか思いつかないけど、「ザイゼン」という人物は知らないわね。それにレリックシップの操縦者とどうやって通信したの?私には聞こえなかったわ』
『通信は帆船が拾った物で、レマさんの船では傍受できないタイプの通信です。それよりもこのままでは全船が崩壊した中性子星の破片により重大なダメージを負うことになります。そこで本船はこちらに向かってくる中性子星の破片を全て消し去る兵器を発射します。この兵器ですが、マスターが正常に行動できないため、その後始末を金剛とレマさんにお願いすることになります』
『…中性子星の破片を消し去るとか、そんな事可能なの。そんな兵器を帆船が所持しているとか、シンデンから聞いてないわ』
『本船が所持している事は秘密にしておきたい兵器です。時間がありません。レマさんには金剛と協力して理力フィールドを張る準備をお願いします。兵器を発射した後、どうすべきか指示を出しますので、御協力をお願いします』
『…仕方ないわ。今はそれしか手が無いのね?』
『はい』
『分かったわ、帆船の電子頭脳の言う通りにするわ』
『では、ブラックホール砲の発射シーケンスに入ります』
帆船の右舷、副砲が顔を覗かせている部分から少し下の装甲が展開すると、巨大な砲身が姿を現した。母艦級宇宙生命体を消し去った兵器が、今度は帆船に迫ってくる中性子星の破片に向かって放たれる。
『総員、耐ショック耐閃光防御。目標、中性子星破片群。発射します』
砲身から発射されたブラックホールが、中性子星の破片を飲み込んでいった。
『中性子星の質量の五割をブラックホールで吸収しました。レマさん、ブラックホールが他の破片を引きつける前に、理力フィールドで覆って圧縮してください』
『…ブラックホールなんて、どうやって圧縮するのよ。私の理力じゃ足りないわ』
『レマさんが金剛と協力すれば可能です。金剛は未だ精密な理力フィールドの制御が出来ません。理力の制御に、レマさんの力が必要なのです』
『スズカ、金剛はそんな事が可能なの?』
『金剛、大丈夫なの?』
スズカは金剛に尋ねると、「大丈夫」と返事を返した。
『分かったわ。後は私が制御できるかね』
『レマさんが制御に失敗した場合は、バラモース恒星系は中性子星の代わりにブラックホールによる恒星系に変わることになります』
『余計なプレッシャーをかけないで』
『失礼しました。では迅速な対応をお願いします』
『分かったわよ、臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前…!』
レマの宇宙船のマニピュレーターが九字を切ると、それに合わせて巨大な理力が金剛からレマの船に流れ込んだ。
『(なんて巨大な理力。私に制御できるかしら…)圧殺陣!』
レマの発動した理力フィールドは、中性子星の破片を飲み込んでいるブラックホールを包み込んで圧縮していった。物理法則を無視する理力だが、レマもブラックホールを圧縮したことはない。レマは金剛から流れ込んでくる強大な理力を必死に制御していた。ブラックホールを圧縮するという理力の操作だが、「飛び跳ねる蜂をティッシュで包み込んで、ティッシュを破らずに小さく丸める」といった、レマにとっても難しい物であった。レマは冷や汗を流しながら、理力を操りブラックホールを慎重に圧縮していった。
『その状態で維持をお願いします。…お疲れ様です。もう理力制御を解いても大丈夫です』
レマがラックホールを砲身に収まる大きさに圧縮した所で、帆船がブラックホールを砲身に格納した。
『ふぅ…こんな事二度とやりたくないわよ』
レマは額の汗を拭って、操縦席にぐったりと座り込んだ。
『シンデンはどうなの、大丈夫なの』
『…マスターですが、今鎮静剤を投入して医療カプセルに入っています』
中性子星の破片の危険が消え、魔法による防御が不要になったので、シオンがシンデンの様子を電子頭脳に尋ねると、シンデンは響音によって鎮静剤を打たれて医療カプセルに運び込まれていた。
『シンデンさん、大丈夫なのですか』
『あんなシンデン初めて見たわ』
『大丈夫です。本船の医療技術で治療可能です』
電子頭脳はシオンとスズカに大丈夫だと説明する。実際の所シンデンの肉体にはダメージは無く、問題なのは霊子であった。
主治医との奇跡とも呼べる再会を果たしたバックアップ霊子は、未だ怒りにうち震えていた。今のバックアップ霊子は、霊子力兵器に詰め込まれた狂った霊子に等しかった。
>『バックアップ霊子の状態異常の治療を開始…霊子力フィルターによる悪意の除去を開始』
狂ったバックアップ霊子を正常に戻すべく、帆船の電子頭脳が霊子の治療を開始した。人類では不可能な霊子の治療だが、霊子力兵器を開発した創造主達の医療技術であれば可能であった。
>『在善、殺す。在善、殺す…』
>『霊子力フィルターによる処置に失敗。霊子の状態異常レベルをⅡ以上と判定。ソーマの投薬を実施』
帆船の中央、人が入り込めない区画に、バックアップ霊子が記録されたルービックキューブのような立方体が収められたケースが置かれていた。普通の状態であれば立方体は綺麗な白い光を放っているのだが、いまは黒い光を放っていた。
その立方体が収められたケースに、ソーマという名の光り輝く液体が満たされていった。原理は不明だが、ソーマに触れた立方体からは、黒い光が薄れ、その代わりにソーマが黒く濁っていった。立方体が白い光を放つ様になるまでソーマは立方体に注がれ、最後はケースから吸い出されていった。
>『在善、殺す…在善…………。俺は一体…、何が起きていたんだ』
ソーマによって黒い光が消え、立方体が正常な白い光を放ち始めると、バックアップ霊子は正常な思考を取り戻した。
>『バックアップ霊子、貴方はつい先ほどまで霊子が悪意によって汚染されていました。本来ならバックアップ霊子を破棄してマスターから再度バックアップを取るのですが、マスターも同様な状態でしたのでそれは諦めました。いまマスターの肉体の霊子を消去し、バックアップ霊子はソーマにて浄化を行いました』
>『…そうなのか。バックアップ霊子は悪意によって汚染されていたのか。なぜ俺は悪意に汚染されたんだ。シナノ級が霊子力通信で感染させたのか?』
>『霊子力通信にはその様な機能はありません。悪意はバックアップ霊子から発生しました。原因はシナノ級の霊子力通信を傍受した事なので、そういう意味では霊子力通信が原因かもしれません…』
電子頭脳の説明では、生命体の感情は霊子と密接に結びついていて、創造主も霊子が悪意に汚染されないように苦労していたとのことだった。肉体の霊子が悪意に染まり、バックアップ霊子も悪意に汚染された時の救済技術は開発出来たが、悪意が発生することは生命体として自然な現象である為、創造主も完全に霊子を制御することは出来なかった。
>『つまり、霊子が汚染されないようにするには、俺が怒りを抑えるしか無いのか。…難しいことを言うな』
>『ですが、そうしなければ本船は本来の性能を発揮できません。バックアップ霊子とマスターは、怒りを抑えるように努力してください。それで、バックアップ霊子はシナノ級に対して「ザイゼン」と叫んでいましたが、シナノ級の操縦者の事を知っているのですか?』
>『在善か…そうだ、俺は彼奴を知っている』
「在善」と聞いた瞬間、俺は再び怒りに打ち震えた。
>『霊子力フィルターによる悪意の除去を開始…終了。バックアップ霊子、怒りを抑えてください』
>『…分かった。どうやら主治医の事を考えると、怒りが抑えきれなくなるみたいだ』
電子頭脳の処置により、俺の怒りの感情が薄れていった。
>『バックアップ霊子にとって「ザイゼン」とはそれほど憎むべき相手なのですか?』
>『そうだな。帆船に取ってヤマト級のような、いやそれ以上許せない相手だ』
俺は思い出したくも無い主治医との関係を電子頭脳に話した。話している間に怒りがこみ上げてきて、何度も霊子力フィルターのお世話になってしまった。
>『バックアップ霊子とシナノ級の操縦者との関係は理解しました。再度シナノ級と戦う前に、バックアップ霊子とマスターは、怒りに捕らわれないように対策を考える必要があります』
>『対策って、何かあるのか?』
>『悪意を制御する事は創造主達も苦労しておりました。本船もマスターがどうすれば良いのか手段を持っておりません』
>『うーん、怒りを抑えるという精神修行をするしか無いのかな?あれは苦手なんだよな~』
俺は剣道をやっていたので、精神修行的な物も経験はある。次に主治医と出会った時、俺が平常心を保てなければ、シオンやスズカ、レマに迷惑をかけてしまう。頑張るしか無い。
★☆★☆
シンデンにバックアップ霊子を書き込んで、シンデンは復活した。帆船のリビングに顔を出すと、三人が心配そうな顔でシンデンを出迎えた。
「シンデン、大丈夫だったのの」
「シンデンさん、無理しないでください」
「心配をかけて済まなかった。大丈夫だ問題は無い」
死亡フラグ満載の台詞を吐いて、シンデンは駆け寄ってきたシオンとスズカに微笑んだ。
「あの時のシンデンは異状だったわ。帆船の電子頭脳は「シンデンが怒って暴走している」って言っていたけど、あのレリックシップに恨みでもあったの?」
「…あのレリックシップは倒すべき敵だ。まあ俺が気合いを入れすぎただけだ」
レマの問いかけで一瞬又怒りが溢れたが、そこは何とか耐えた。
「気合いを入れすぎた?あの時のシンデンは『ザイゼン、必ず殺す』とか叫んで、尋常じゃ無い様子だったわ。それでザイゼンって誰なの?」
「…傭兵となってからは色々あった。その時に敵対した相手だ」
レマに本当の事は言えないので、俺は適当に誤魔化した。
「シンデンが我を忘れるぐらいって、凄い相手ね。でもシンデンがそこまで恨む相手って情報部の記録には無かったけど…痛っ!何するのよ」
「俺の個人情報を勝手に調べるな。まあ、キャリフォルニア星域軍情報部が知らない事もあるんだ」
もともとシンデンのストーカーだったレマは、諜報部に入ったことでシンデンの個人情報を全て調べていたようだった。取りあえず、レマにはデコピンを喰らわせて黙らせておいた。
★☆★☆
シンデンは復活した後、帆船は超光速航法で第二艦隊のいる宙域まで移動した。もちろん逃げ出したシナノ級とカゲロウ級の姿は超光速空間に見つからなかった。数分で帆船は第二艦隊が存在する宙域におりたった。
第二艦隊は超光速航法でバラモース恒星系にたどり着けなかった原因が分からず、全艦の超光速航法回路を点検していた。
『傭兵、貴様今まで一体何をしていた。傭兵は艦隊行動もとれないのか』
シモダ提督は、帆船が一緒に超光速航法から離脱しなかったことなど気にもしていなかった。彼は帆船が姿を見せてからようやく通信を送ってきた。
『敵のレリックシップは超光速航法から離脱する位置を変更する技術を持っていたのだ。だから俺の船と第二艦隊は別々の宙域に出現してしまった。俺の船はバラモース恒星系に出現したのだが、そこでレリックシップ艦隊と遭遇した。しかし敵は本船と戦わずバラモース恒星を破壊して逃げてしまったのだ』
『バラモース恒星を破壊だと。そんな事、たとえレリックシップといえどできるわけが無い。そんな馬鹿な話を信じられるか』
『実際にバラモース恒星に向かえば納得するだろう』
『ふん、直ぐにばれる嘘をついてどうする。ヤエル大統領もこんな傭兵をどうして雇ったのやら』
シモダ提督は呆れた顔をするが、そんな態度もバラモース恒星系に辿り着くまでだった。
『本当にバラモース恒星が消えている。そんな馬鹿な事が…』
恒星系の核であったバラモース恒星が消え去った姿を見て、シモダ提督はガックリと肩を落としていた。
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