ギルドマスターとの話
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
>『やっぱりそうなるか』
>『想定内案件』
傭兵ギルドに向かって契約の話をするだけで終わりだとは、俺も思ってはいなかった。
「シンデン、来い」
ギルドマスターが手招きをする。
「あの、こちらからどうぞ」
受付嬢がカウンターの横にある扉を開けて入室を促した。
「早くしろ。俺は忙しいんだ」
「チッ!」
俺はギルドマスターに視線(と言ってもマスクに搭載したカメラ)を向けて、舌打ちをすると響音を伴ってギルドマスターの部屋に入っていった。受付嬢が響音を引き留めようとしたが、響音のメイド力に恐れたのか諦めてしまった。
>『あれがギルドマスターか。カメラ越しでも迫力が伝わってきたぜ。それで、俺はシンデンの行動を模倣できているよな』
>『模倣精度、良』
剣道の練習で警察官の猛者と何度も打ち合った俺だが、あのギルドマスターからはそれ以上の威圧を感じていた。生身で前に立っていたら、足がすくんでいただろう。そんな俺が傭兵らしい言動をできているのは、シンデンの記憶から読み取った行動を真似しているからである。
シンデンが部屋に入ると、ギルドマスターは不機嫌そうな顔で豪華な椅子に座った。
「シンデン、そのスーツは一体なんのために着ている。このステーション内は個人の武装は禁止されている。スキャンできないスーツの着用は無用な誤解を招くぞ。それにその人型ドローン。お前が男性用人型ドローンを連れ回すような奴とは聞いてないぞ」
「前の仕事でドジを踏んで怪我をした。それで体が上手く動かなくてな。これはそれを補う為のギプスみたいなもんだ。それにこの人型ドローンは、俺に何かあった時の介護のために連れてきた」
「スキャンができない。スーツに武装が隠されてない事を証明しないのであれば、お前を拘束するしかない。それにその人型ドローンは、軍用ドローン並の戦闘力を持っていると星域軍から聞いているぞ」
指先で目の前の机をとんとんと叩きながら、ギルドマスターはそう告げた。
>『電子頭脳さん、スキャンできないスーツは駄目らしいが、傭兵ギルド施設のスキャンに対して、スーツが無害な様に、そして響音の方もただの人型ドローンに偽装することは可能?』
>『スーツの偽装は対策済。人型ドローンに関しては、カスタムされた機能を停止・隠蔽してあるため問題無』
「ほれ、スーツの方はスキャンできるようにした。人型ドローンの方は、スキャンしたなら、危険性が無い事は分かっているだろ」
「フム、見た目はいかがわしいが、スキャンを通さない技術以外は、傷病兵のギプスと変わらないか。人型ドローンも…確かに人並みの力しか持っていない。(星域軍の船内制圧ドローン相手に無双した物とは違うのか)」
ギルドマスターは、机の上に表示されたシンデンのスキャン結果を見て顔を緩めた。どうやらスーツと響音の偽装は上手くいったようだ。
「話はそれだけか、それなら俺は帰るぞ」
「まて。本題はこれからだ。ハーウィ星域軍に提出したデータから、シンデンの指名手配は無実の罪であったと判明した。しかし傭兵ギルドが指名手配をしてしまった事は確かだ。正式に謝罪をしなければと思ったのだ。シンデン、傭兵ギルドとして指名手配をかけてしまったことに対し謝罪させてくれ」
今まで強面だったギルドマスターだが、急にまじめな顔をすると、俺に頭を下げてきた。
「…」
「最初に少し失礼な態度であったのは、傭兵ギルドの情報と今のシンデンが少々異なるために試したのだ。これは傭兵ギルドではなく、俺が勝手にやったことなのだ。申し訳ない。」
シンデンが黙っていたので、ギルドマスターが最初に横柄な態度で俺に接してきたかを説明して更に謝罪した。荒くれ者を束ねる傭兵ギルドのマスターが、一傭兵に対して下手に出ては、他の傭兵になめられる事になる。つまり最初のやり取りは、そういったことを意味したポーズだったのだろう。
そう俺は判断すると、
「ああ、謝罪は受け取ろう。じゃあそれで終わりなら…」
と部屋から立ち去ろうとしたが、
「まて、もう一つお前に伝えなければならない事がある。…それはお前の娘についてだ」
ギルドマスターから、制止の声ととんでもない話を聞かされた。
「む、娘について…だと?」
いきなりシンデンの子供とギルドマスターに言われ、俺の思考がフリーズした。フリーズした時間は0.1秒ぐらいだが、電子頭脳と同じ速度で思考できる俺にはもの凄い時間であった。
>『…シンデンに娘がいたのか。いや、実の子供ではなく養女…なのか』
>『肯定。十年ほど前、人類の幼生をマスターが保護。施設にて養育中。年齢は十二歳』
>『育成って、最後は王女を目指すのか』
>『理解不能』
電子頭脳には王女育成ゲームとか理解するのは不可能だったようだ。俺は入院中に色々遊んだから、シンデンよりはまともに子供は育てられると思う。
>『ゲーム脳乙』
ゲーム脳という言葉を何故電子頭脳が知っており、俺がディスられたかは、今は置いておく。俺はシンデンの記憶を検索すると、シンデンが傭兵になる切っ掛けとなった事件と、その際に引き取った女児の情報を知った。しかしその情報は、シンデンとその娘に取って良い話ではなかった。
事件の結果、女児を引き取ったシンデンだが、傭兵に成り立てでの彼が子供を育てることなど無理であった。そこで女児は施設に預けられ、シンデンは傭兵で得た報酬を施設に送ることにしたのだ。そしてその施設の関係者からの依頼であった為に、あの資源運搬船の依頼を受けたという事も俺は知ることになった。
>『しかし、娘と言っても施設に預けてお金を送るだけで、シンデンはほとんど娘と会っていないな』
>『肯定。しかし人類の戸籍というルールでは、シンデンが親となっている』
>『親か。バックアップ霊子の俺には全く関係の無い話って…訳にはいかないだろうな。俺がシンデンを名乗るからには、娘の面倒を見る必要はあるだろう。しかし結婚もしたことがないのに、俺は子持ちになるのか』
電子頭脳と話をしている間に、ギルドマスターはシンデンの娘について話を続けた。
「ああ、施設から”シンデンの娘が施設から逃げ出した”と連絡があったのだ。どうやって知ったのか、お前が傭兵ギルドから指名手配された事を聞いて逃げ出したらしい」
「逃げ出した?…理由が俺が指名手配されたからなのか。それは一体どういう事だ」
「シンデンの娘の事を俺が知るわけもがないだろう。シンデンが生きているなら、”娘の脱走の件を伝えてほしい”と施設から傭兵ギルドに連絡があったのだ」
「…そうか。わざわざ娘の事を伝えてくれたのか。ギルドマスターにつまらない連絡役をさせてしまったようだな。済まなかった」
「いや傭兵ギルドがシンデン指名手配にしたした事が原因だ。謝るのはこちらだろう」
シンデンが頭を下げるのを見て、ギルドマスターが慌てて机に頭を打ち付ける勢いで頭を下げてしまった。
「しかし、指名手配は取り消したのだろう。娘…いやキャサリンは、それを聞けば施設に戻るかもしれないな」
「もちろん、取り消し依頼は出したが、娘さんはまだ戻っていないそうだ。もちろん傭兵ギルド経由で捜査依頼は出している」
机に娘の捜査情報を表示したギルドマスターは、娘が戻っていないことを教えてくれた。
>『捜査情報を確認。ギルドマスターの証言は正確』
電子頭脳もステーションのネットワークから、シンデンの娘が家出をしたことが真実だと捜査状況をチェックしてくれた。
>『そうか、本当の事なら親として何とかしないと駄目だろうな。電子頭脳なら監視カメラとかハッキングして居場所を特定できるんじゃないのか』
>『監視カメラのハッキングは可能。しかし現状では不可能』
>『今は不可能ってどういうことだ?』
>『監視カメラのネットワークは惑星単位のローカルネットワーク下に存在。そしてマスターが幼生体を預けた施設は別な場所』
>『施設の場所は…って、おい、どうしてシンデンはそんな施設に娘を預けたんだよ』
>『マスターの知り合いの伝手』
>『…なるほど』
シンデンの娘が預けられた施設。その場所を知って俺は驚いたが、預けた理由を聞いて納得がいった。
「傭兵ギルドから捜索依頼を出して貰ってすまない。だが、娘の事は親である俺に責任はある。悪いが直ぐに現地に向かわせて貰おう」
「シンデン、本気なのか?お前の娘が居るのは…」
「分かっている」
「待てと言っても聞かないだろうな」
「ああ、止めるのは無理だぞ」
ギルドマスターはシンデンを引き留めようとして、それが無理だと悟ったようだった。シンデンは響音を引き連れて傭兵ギルドを後にした。
>『電子頭脳、目的地はキャリフォルニア星域の首都星ローサンジェルだ。出航の準備を急げ』
>『了解』
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