伊号潜水艦隊との戦いと新しい船
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
シンデンは旗艦から来た連絡艇に製造が終わった分のレリックを乗せて送り返した。発生装置の接続方法マニュアル(接続コネクタの規格とフィールドの発生に必要なエネルギー量を記載したもの)も添付してあるので、数時間もあれば全艦隊と有人機動兵器に搭載することは可能だろう。対霊子力フィールドは目には見えないので、フィールドが正常に発生しているか不安だろうが、「対霊子力フィールドに色は付けられません」と電子頭脳が言うのだから仕方ない。後は実戦で試すしか無いのだ。
レリックの装着が終わり次第、艦隊はベイ星域の首都星に向けて出発した。既にベイ星域内なので、問題なく航海は進むはずだった。
>『マスター、航路の先に伊号潜水艦を発見しました』
>『ヤマト級の連中、ベイ星域内に既に入り込んでいたのか。それで数は?』
>『今のところ水中ドローンで探知できたのは一隻です。恐らく艦隊が通るのを味方に知らせる斥候役でしょう』
艦隊から先行させていた水中ドローンが伊号潜水艦を発見した。一隻だけが航路上にいるのは、艦隊の接近を味方に知らせる斥候役と思われた。
>『水中ドローンは探知されていないのか』
>『斥候役の伊号潜水艦に動きは有りません。水中ドローンは発見されていないと推測されます』
>『そうか。このまま進むとベイ星域艦隊は伊号潜水艦から雷撃を受けて大損害。下手をすれば艦隊が壊滅する。しかし伊号潜水艦が待ち構えていると知らせるとなると、水中ドローンの存在をベイ星域に知られてしまうな…』
>『液体金属の量産は人類には不可能なので、水中ドローンは本船の秘匿技術としたいです。相手が潜水艦であるなら、雪風に働いて貰いましょう。本船が改造した雪風なら伊号潜水艦艦隊など撃退してくれるでしょう』
>『敵は艦隊だぞ。雪風とシオンだけで対応可能か?』
>『敵の数にもよりますが、雪風の電子頭脳なら問題ありません』
>『分かった。シオンと雪風に潜水艦退治を頼むか』
雪風の電子頭脳は帆船の電子頭脳の教育を受けている。俺よりレリックシップ同士の戦いは得意だろう。それに伊号潜水艦が水中ドローンの存在に気づいていないのなら、雪風で先制攻撃を仕掛けることで戦いは有利に進められる。
『シオン、前方の水面下に敵がいる。雪風で先手を打って攻撃を仕掛けたい。行けるか?』
『私は超光速空間の水面下の戦いとか良く分からないけど、大丈夫なのかな?雪風はどう思う』
『大丈夫です。伊号潜水艦であれば、本船とマスターの能力があれば楽勝です。敵は雷撃しか出来ませんが、こちらには雷撃の他に魔法が使えます』
『雪風は大丈夫だって』
『そうか。雪風、シオンを頼むぞ。通信できるように有線を接続しておく。敵の位置を発見したら直ぐに知らせる』
『了解。じゃあ、行ってくるね』
『雪風、シオンとスズカを頼むぞ』
『了解しました』
『雪風、マスターは私でしょ』
帆船の下から雪風は外れ、水面下を進み始めた。帆船とは液体金属のケーブルで繋がっているため、超光速空間で普通に通信ができる。元駆逐艦の雪風の速度は伊号潜水艦より早く、索敵も水中ドローンがあるので、伊号潜水艦の索敵範囲外から安全に攻撃可能だ。
ベイ星域艦隊の接近に気づいた斥候役の伊号潜水艦は、航路から外れて左に向かった。雪風にはその斥候役の伊号潜水艦の後をついて行くが、その先には艦隊を狙う伊号潜水艦が十隻、Vの字になって待機していた。斥候役の伊号潜水艦はVの字の左先端に納まった。
>『敵はV字隊形で襲ってくるのか。ベイ星域艦隊が罠にハマるまで三十分程か。流石にあの数だと、雪風だけで倒すのは時間がかかるし、通常空間に逃げられても困る。それに丁度良い感じの船だ、船首像で一隻ぐらい拿捕したい』
伊号潜水艦の艦隊を見て、シンデンは雪風だけでは無理だと判断し、船首像を出す事に決めた。
>『了解しました。雪風のように改造するつもりですね。それなら電子頭脳だけを狙って破壊してください』
>『分かった。何処を狙えば良いか送ってくれ』
電子頭脳から伊号潜水艦の急所を教えて貰うと、シンデンはレマに通信を送った。
『レマ、少しの間、超光速航法を変わってくれ。この先にレリックシップが待ち伏せしている。それを雪風と船首像で撃破する』
『シンデン、レリックシップが待ち伏せって、何処にも見当たらないけど?』
『レリックシップは水面下に隠れている。雪風は既に左の艦隊を攻撃するために向かっている。俺は船首像で右の艦隊を撃破するつもりだ。そうなると帆船を超光速航法させる人がいなくなる。今それが出来るのはレマだけだ』
本当はバックアップ霊子がいるのでレマの補助は要らないが、ベイ星域軍の目もあるため、彼女にわざわざ頼む必要がある。
『…そう、分かったわ。それで、シンデンはベイ星域軍にレリックシップが待ち伏せしていることを伝えないの?』
『水面下の敵を探知する方法は特殊だからな。星域軍の戦艦じゃそもそも発見も攻撃も出来ない。ベイ星域軍が敵の存在に気づくのは、俺達が敵を殲滅した後だ』
『分かったわ。シンデンがそう言うなら大丈夫なのでしょうね。私も雪風が帆船から離れたのに気づかなかったんだから、星域軍も雪風には気づかないでしょうね』
『じゃあ、後は頼む』
後十分も進めばベイ星域軍艦隊が群狼作戦の罠にハマるという所で、船首像は帆船から分離して移動を開始した。気功術により水面に降り立った船首像は水面を蹴って一気に右の艦隊に向かっていった。
『シオンと雪風は左から艦隊を攻撃しろ。右は俺が叩く。ベイ星域軍に潜水艦がいる事を知られる前に戦いを終わらせるぞ』
雪風に左の艦隊を攻撃する様に命じて、右側の艦隊は船首像を使って叩くことに決めた。伊号艦隊を確実に仕留めたいのでベイ星域軍には囮となってこのまま進んで貰う。
『分かったわ。雪風、ミサイルを発射して!』
『了解』
雪風の後部側面が左右に開くと、計六発のミサイルが発射された。もちろんただのミサイルならあっという間に超光速空間より離脱してしまうが、このミサイルにはケイ素系生命体の素材を使った超光速光航法回路が組みこまれている超光速空間対応型ミサイルである。
このそしてこのミサイルだが、液体エーテル内をスーパーキャビテーションを発生させて進む方式を採用しており、伊号潜水艦が使う魚雷より三倍程速い二百ノット(時速にすると三百七十キロ)という速度で敵に向かって行った。俺の時代ではまだまだ研究中だったスーパーキャビテーション方式のミサイルだが、クローン脳ユニットを搭載していないため、目標への誘導は液体金属のワイヤーを介して雪風が行う方式となっている。
ベイ星域軍への攻撃に集中していた伊号潜水艦達は、突然左側に出現したミサイルの存在に驚き、陣形を崩して回避行動を取り始めた。しかし伊号潜水艦の最高速度は四十四ノットとミサイルを回避できる速度ではない。ミサイルは回避行動で側面を晒した潜水艦に次々と命中していった。
伊号潜水艦もレリックであるため装甲も星域軍の戦艦より頑丈で対消滅爆発に耐えられる程度の強度を持っている。そこで雪風が発射したミサイルは命中したら爆発するといった簡単な物ではなく、潜水艦の装甲を突き破るエネルギー噴射の後、内部に対消滅弾を送り込んで爆発するという仕掛けになっている。そんな凶悪なミサイルが命中した伊号潜水艦は、粉々に吹き飛び超光速空間から消え去っていった。
一方右側に向かった船首像は、気の力で水面を蹴って進むため伊号達にはその動きを察知されなかった。船首像が水面を蹴る音で何かが自分達に向かって来ることには気づいただろうが、伊号潜水艦と船首像では速度の桁が違った。
「一つ」
伊号潜水艦の一隻の真上に降り立った船首像は、その手に握った液体金属製のトライデントを海中に突き刺した。トライデントは魚雷発射位置まで浮上していた伊号潜水艦の電子頭脳を正確に貫いて行動不能にした。
「二つ」
二隻目の伊号潜水艦は動力炉を貫かれ水中で爆発する。
「三つ、四つ、五つ!」
船首像は水面を跳んではトライデントで伊号潜水艦の動力炉を貫き、次々と撃破していった。
V字隊形の一番奥に陣取っていた最後の一隻だが、雪風の放ったミサイルを回避しようともがいたが、結局回避しきれずに超光速空間の藻屑と消えた。
「クソッ、魚雷を発射しやがった」
最後の一隻はミサイルを回避できないと分かると、ベイ星域軍に向かって魚雷を発射した。発射された魚雷は六本で、命中すればキロメートル級の戦艦でも撃沈する程の威力を持っている。そして六本の魚雷は一つの目標を狙わず、別々な目標に向かって放たれていた。
「厄介な置き土産だ。雪風、迎撃するんだ」
『了解しました』『ちょっと雪風、私がマスターでしょ』
シオンが文句を言うが、雪風はミサイルを発射して魚雷を始末していった。もちろんシンデンも魚雷を迎撃しており、魚雷は星域軍の戦艦に命中する前に破壊可能だった。
しかし最後の一発は戦艦のかなり手前で自爆してしまった。もちろん魚雷がただ自爆する訳も無く、それは自爆では無く霊子力兵器の爆発だった。爆発した魚雷を中心に、霊子力兵器の光がベイ星域軍の有人艦の一隻を包んでいった。
>『いきなり霊子力兵器搭載の魚雷を撃ってくとか、油断した。電子頭脳さん、メアリーは発生装置を全艦に装備したはずだよな』
>『その筈です。…現在、有人戦艦に搭載された発生装置は正常に稼働しています』
俺は伊号潜水艦がいきなり霊子力兵器を使ってくるとは思っていなかった。しかし運が味方したのか、ベイ星域軍には既に対霊子力フィールド発生装置を配布済みだった。メアリーはシンデンから受け取った装置を直ぐに戦艦や有人機動兵器に装備してくれた。
「転ばぬ先の何とやらだな。さっさと配っておいて良かった」
ベイ星域軍は、突然発生した光が何かも分からず戸惑っていたが、対霊子力フィールドのお陰で有人艦に被害は出なかった。いつかは試すことになった対霊子力フィールド発生装置の機能だが、この戦いでヤマト級の霊子力兵器にも耐えることが証明出来た。
『シンデンさん、今の光は一体何だったのですか。それに船首像が動き回っていたみたいですが、何と戦っておられたのですか?』
星域軍旗艦から帆船に光通信が届いた。霊子力兵器の攻撃を受けたことで、メアリーは船首像が何かと戦っている事に気づいた様だった。
『光通信では説明が難しい。超光速航法を終えた後に説明させて欲しい』
『分かりました』
メアリーとの通信を終えて、船首像は電子頭脳だけを破壊した伊号潜水艦を回収して帆船に戻った。電子頭脳を破壊されただけの伊号潜水艦は、目論見通り超光速航法を解除せずそのまま漂っていた。
『何とか被害を出さずに終わったな。シオン、スズカ、雪風良くやった』
『最後に光った奴にはびっくりしたけど、星域軍は大丈夫だったのよね』
『ああ、被害はないはずだ』
『シンデンさん、レリックシップを捕まえたんですか?』
『一隻だけ電子頭脳だけを壊したんだ。これでも貴重なレリックシップだからな。改造して使おうと思っている』
スズカは目聡く船首像が曳航している伊号潜水艦に気づいていた。ちなみに伊号潜水艦は水面下に沈んだ状態で曳航している為、ベイ星域軍には気づかれていない。
『修理して使うって使うって、誰が…』
『この船はスズカに乗って貰うつもりだぞ』
『私がその船に乗るのですか?』
スズカはシンデンが言った事を理解できていないのか、きょとんとした顔をしていた。
『スズカ良かったじゃない。貴方、前々から自分の船が欲しいって言っていたでしょ』
『シオンさん、あれはその…』
カエデは研究職なので除くとして、シンデンのチームで船を持っていなかったのはスズカだけであった。スズカは雪風に乗ってシオンの操作のサポートや帆船の操作等をしていたが、やはり一人前の傭兵として自分の船が欲しいと思っていた。スズカが自分の船を欲しがっていることは、雪風経由で俺は知っていた。
一方シンデンもチームの戦力を強化するため、スズカにも船に乗って戦って貰おうと考えていた。この戦いで伊号潜水艦を鹵獲するまでは、以前見つけた封印された船を使おうとも考えていた。しかし今回の戦いでレリックシップが入手できた為、雪風と同じように改造して、スズカに乗って貰う事に決めた。
★☆★☆
電子頭脳を破壊して無力化された伊号潜水艦は、帆船の側面に牽引され響音達ドローンによって入念な調査が成された。帆船の情報からシンデンは船の電子頭脳のみを破壊したが、その状態で何も能動的な行動を出来なかった伊号潜水艦の操縦者は、予想した通りクローン脳ユニットだった。そして霊子力兵器を搭載した魚雷も無かった。
>『最後に魚雷を放った伊号潜水艦には人が乗っていたのかな』
>『不明です。もし乗っていたとしても伊号潜水艦に操られていたはずです。あの状況では撃破するしか有りませんでした』
>『そうだな。しかし回収した伊号潜水艦だが、代替の電子頭脳ユニットをどうするかだな』
雪風の時は丁度利用可能な九十二式偵察機のクローン脳ユニットが二つあったが、今回はクローン脳ユニットは一つしか無い。雪風と同じ程度の船にするにはパーツが足りない状況である。
>『その電子頭脳だが、シグマから良い提案を受けたんだ』
シンデンの疑問に答えたのはバックアップ霊子だった。
>『シグマが?ケイ素系生命体の力を借りて大丈夫なのか?』
>『ああ、シグマもエネルギーや素材を吸収して、そろそろ枝分かれしたいという事なのだ。それでその枝分かれした片割れを船の電子頭脳として使っても良いと聞いている』
シグマの言う枝分かれとは、単細胞生命体の様に分裂して自分の複製を作る行為である。惑星上で発生したケイ素系生命体だが、最初はただ巨大になることしか考えていなかった。しかし帆船の素材やエネルギーを吸収したシグマは、自身を巨大化することを選ばず、自分の複製を残すという手段を選んだ。枝分かれしたシグマは最初は同一な自我を持つが、その後は個々の学習結果によって自我は変わっていく。しかし元はシグマなので、人類を支配する欲求を持つような自我には育たないと電子頭脳は推測していた。
バックアップ霊子はシグマから素材を得るために彼と良く話し合っていた。シグマに取って肉体を持たないバックアップ霊子は、ケイ素系生命体の親戚みたいな者だと思われていた。だからシグマは自分の片割れをバックアップ霊子に預ける気になったのだ。
>『ケイ素系生命体をベースに電子頭脳を作成します。バックアップ霊子やカエデの発想が元となっていますが、この様な事は本船の創造主もやってみたことのない偉業です。本船もシグマの提案に乗るつもりです』
>『なるほどカエデも絡んでいるのか。それにシグマの片割れなら理力も使えるんだな。スズカの身の安全を考えると良い考えだ』
こうしてシンデンのチームに新しい船が加わることになった。
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