星域連合緊急総会(16)説明会と襲撃
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
ジョーンズとミスター・ビッグと響音は迎賓館に向かったのだが、迎賓館はスス星域軍によって護衛がなされており、蟻の這い出る隙もない状況だった。
「仰々しい警備だな」
「スス星域としては、私達に何かあっては大問題ですからね。ですが警備が厳重すぎる気はしますね」
ミスター・ビッグの感想に、ジョーンズが肩をすくめて答えた。
迎賓館に二人が入ると、そこでは中小星域の代表が大勢集まっていた。シモネン大統領の言った通り、彼らは二人の意見を聞きたいという感じであった。ジョーンズとミスター・ビッグは逃げ出したくなったが、メアリー大統領の草案を通すためには避けて通れない道と諦めた。
「シモネン大統領、私達がここにいる全員と個別に話をすることは不可能です。全員が入ることが可能な会場を準備していただけないだろうか」
「では、こちらの会場を使ってください」
ジョーンズが二人を出迎えたシモネン大統領に会場の準備を依頼すると、彼女は既に会場を準備していた。
「用意の良いことで」
「ジョーンズ、さっさと終わらせるぞ」
二人と星域代表は会場に入ると、直ぐに会談が始まった。
「お集まりの各星域代表の方々には申し訳ないが、私達はメアリー大統領の草案に賛成している」
「おう。俺も一緒だ。誰に言われようが、今更意見を変えるつもりは無いぞ」
壇上に上がったジョーンズとミスター・ビッグの二人は、真っ先に「メアリーの草案に賛成して意見を変えるつもりは無い」と宣言して、そのまま壇上に準備された席に腰を下ろしてしまった。
二人のその態度に中小星域の代表達はザワザワと騒ぎ出した。シモネン大統領は特に慌てることもなく、その騒ぎを見守っていた。
「傭兵ギルドと冒険者ギルドのトップだけの判断で、各ギルドの支部は従うのでしょうか?」
ざわめく聖域代表の中から、一人が立ち上がって質問を投げかけた。彼はオルゴン星域の外務大臣だった。キャリフォルニア聖域に近いオルゴン星域は、キャリフォルニア星域に従うだろうと思われている聖域である。
「そこは冒険者ギルドの特例規則を使わせてもらいます。つまり支部長が反対と言ってもギルドの規則では私の判断が優先されます」
「傭兵ギルドも一緒だ。俺達は決定しているんだ。誰もその意見は変えられない。従わない傭兵ギルドの支部はギルドから除名する事になるだろうな」
オルゴン星域の外務大臣に二人はそう答えると、席を立って壇上から降りた。
「特例規則とは…そんな古い規則が未だ残っていたのか」
「二人をこのまま生かせて良いのか?」
「シモネン大統領、二人を止めてください」
各星域の代表がシモネン大統領に二人を引き留めて欲しいと願うが、彼女は首を横に振るだけだった。
「ら、乱暴すぎる」
「二人は本当に、各支部の意見を聞かないと言うのか?」
「あの草案に従うということは、傭兵ギルドも冒険者ギルドも星域に縛られないという規則に違反するのではないのか?」
そして、各聖域の代表が壇上を降りた二人に非難の声を上げるが、それを無視して二人は会場の出口に向かった。行く手を阻もうとした星域の代表もいたが、Sランクの二人に威圧されてヘナヘナと座り込む有様だった。迎賓館の会場には各星域のSPはおらず、二人を止められる者はいなかった。
「お二方、もし全ての支部が反対した場合は、どうするつもりなのだ。本部だけで傭兵ギルドや冒険者ギルドは成り立つのか?」
最後にイーリア星域の外務大臣が、会場から出ようとしている二人に問いかけた。今回の草案が可決されれば傭兵や冒険者の動向が星域連合によって左右されてしまう。初心者向けダンジョンで経済が成り立っているイーリア星域にとって、傭兵や冒険者が星域連合によって管理されることは死活問題である。
会場の出口で振り返ると、二人は代表全員に向かって答えた。
「まっとうな支部のギルドマスターなら、今の状況に問題を感じているでしょう。全ての支部が反対するとは思いませんね」
「ああ。イーリア星域は傭兵や冒険者が星域から出ていくと心配しているようだが、その考えは間違っている。メアリーちゃんの草案が通れば、傭兵や冒険者はもっと自由に活動の場を広げられるだろう。そうなれば、初心者向けダンジョンは今以上に繁盛するだろうさ」
「今のギルド支部は優秀な人材を自分の星域に囲い込むことしか考えていませんからね。私達はそれを何とかしたいと思って、メアリー大統領の草案に賛成したのです」
「中小星域は大星域に優秀な傭兵を取られ、自国の流通を何とかするために星域軍を使うか、大星域のギルド支部に頼んで傭兵を派遣してもらっているだろ。その状況はおかしいと思わないのか?メアリーちゃんの草案が通れば、傭兵はもっと自由に星域間を移動して活動出来るようになる。いやそうさせるつもりだ」
ジョーンズとミスター・ビッグはそう言って会場を出て行った。
「二人の言っている事は本当でしょうか。本当にそうなるのでしょうか?」
「今まで大星域を通して傭兵ギルド支部のギルドマスターに傭兵の融通をして貰っていたが、それが無くなるのか」
「メアリー大統領の草案について、本国と再検討すべきだ」
二人が出て行った後各星域の代表は一頻り騒いだ後、草案について自星域と再検討をするために会場を飛び出していった。
★☆★☆
二人は迎賓館で宿泊のために準備された部屋に入ると、やれやれという感じでソファーに座り込んだ。もちろん響音は二人に付き従い、部屋に入ってメイドらしく二人にお茶の準備をした。
「面倒な連中だ。メアリーちゃんの草案の内容を理解していれば、あの様な質問をする必要はないだろうに」
「星域間のしがらみがあるのは分かりますが、それを無くしたいというメアリー大統領の真意を理解して貰いたいですね」
「中小星域の外務大臣とか、自星域より大星域の利益を考えている連中が多いのだよ」
「流石に全ての星域とは言いませんが、五大星域と経済的に繋がりの大きい星域の外交官や外務大臣は、おおむね懐柔されているでしょうね」
「失礼します。シモネンですが、今入っても大丈夫でしょうか?」
響音の煎れたお茶を飲みながら、二人が中小星域の代表の情けなさを愚痴っている場に訪れたのはシモネン大統領だった。
「シモネンさん、大丈夫ですよ」
「ああ、入って大丈夫だ」
他の星域の代表であれば二人は入室を断っただろうが、シモネン大統領であれば断ることはできない。シモネンは二人の了解を得ると、一人で部屋に入ってきた。SPや星域軍の護衛は部屋の外で待機していた。
「シモネン大統領、各星域の代表に俺達を説得するように言われたのか?」
「議長国だからと言って、全ての責任を持つ必要はありませんよ」
「私は各星域の代表にお二人の考えを聞かせる場を設けたという事で、議長国として責任は果たしたと思っております。各星域の代表には『お二人が考えを変えるおつもりが無いようです。私でも説得は不可能です』と言っておきました。それに私はメアリー大統領の草案には賛成しております。二人に翻意を促すようなことは言いません」
ジョーンズとミスター・ビッグはシモネン大統領が二人を説得するために来たと思ったが、彼女はそのつもりは無いと首を横に振った。
「では一体何用で?」
「はい。明日の予定に付いて御相談があります。本来の予定では、メアリー大統領がお二人を迎賓館から会場まで送る事になっていましたが、その役目をスス星域にさせて頂けないかとお願いに参りました」
「スス星域が私達を会場に送り届けるのですか。それに一体どんな意味があるのでしょうか?」
「下らない話だな。恐らくスス星域の与党の差し金だろう」
「お恥ずかしい話ですが、その通りです」
スス星域はルフラン星域に隣接する星域である。つまり経済界はルフラン星域と密接な繋がりがあった。よってスス星域の議会の与党は親ルフラン星域派で占められていた。ルフラン星域としては今回のメアリーの草案に表だって反対はしていないが、経済界は草案に反対している。そしてルフラン星域と経済界を通じて繋がりのあるスス星域の与党は、彼らの意を汲んで草案に反対していた。
しかし議長国は投票には参加出来ず、議長であるシモネン大統領はメアリーの草案に賛成している。その状況で会場までの移動にスス星域が介入してくるのは、二人を総会に参加させないと言っているような物である。
「大統領には悪いが、そんな見え見えの罠に乗る気は無い」
「申し訳ないですが、お断りします」
「お二方が私に謝る必要はございません。この様な依頼をしなければならない私の方が悪いのです。ではお二人は「メアリー大統領と共に総会に参加する」と与党の方々に説明します。…それでは、失礼します」
シモネン大統領は、二人に頭を下げるとそのまま部屋から出て行った。
「シモネン大統領も大変だな」
「その原因は俺達だがな!」
「しかたあるまい。しかしスス星域がここまで露骨な罠を仕掛けてくると言うことは、迎賓館も危ないかもしれないな」
ジョーンズは部屋を見回すと、小さな声で呪文を唱えた。
「ジョーンズさん、何をされたのでしょうか?」
「部屋に仕掛けられている監視カメラを含め、科学的なセンサーを誤魔化す魔法を使った。私達を監視している連中には、一時間後には私達がベッドで寝ているように見えるはずだ。しかし君には魔法は効いていないようだね。本当に不思議な人型ドローンだ」
ジョーンズが唱えた魔法は、帆船が使う魅了の魔弾と同様な効果で、電子機器に彼が望むような情報を与えるという魔法であった。もちろん一般の魔法使いは知らない魔法で、ジョーンズが遺跡調査で発見した魔法である。本来なら響音も魔法にかかってしまうのだが、響音の服には液体金属が仕込まれているため、ジョーンズの魔法も無効化されていた。
「一時間後に眠った様に見えるとして、仕掛けてくるのはそれから二~三時間後ぐらいか?」
「恐らくその辺りだろう。響音さん、貴方のセンサーで睡眠ガスや致死性のガスは検出可能ですか?」
「はい。ガスだけでは無く、ウィルス、マイクロマシンなど人類に危険が及ぶ恐れのある物を検出することは可能です」
「それは助かる。何か検出したら直ぐに教えて欲しい」
ジョーンズもミスター・ビッグも遺跡調査には装備を調えているが、総会に参加する時までその様な装備が必要とは思っていなかった。帆船が響音に装備させた、通常の人型ドローンとは思えない程の充実したセンサーが役に立つ事になった。
「分かりました」
響音はジョーンズの要請に応えると、センサーで部屋に異物が侵入しないかをスキャンし始めた。
「ビッグは、彼女が何かを検出したら直ぐにフィールドを張ってくれ」
「分かっている」
こうして三人は眠ることも出来ない、長い夜を過ごすことになった。
★☆★☆
ステーション内部では昼夜の区別は無く、そこで過ごす人達は三交代制、二十四時間活動するのが当たり前であった。つまり、迎賓館も二十四時間体勢で職員は働いていた。今回は傭兵ギルドと冒険者ギルドのトップや幾つかの中小星域の代表が宿泊しているため、警備は特に厳重に成されていた。よって迎賓館に侵入者が入ることは不可能なはずだった。
「催眠ガスを検出しました」
「ようやく来たか」
「待たせすぎだ」
響音から「催眠ガス検出」の警告を受けたのは、二人が眠ったと監視者に思わせてから四時間後だった。ミスター・ビッグは九字を切って理力フィールドを張ると、催眠ガスからジョーンズと自分を護った。
部屋に催眠ガスが充満して数分ほどすると、部屋のドアが開いて特殊部隊と思われる十名の兵士達が侵入してきた。部屋の前で警戒していたスス星域軍兵士の姿は見えず、侵入してきた兵士達は、イグラン星域軍の特殊部隊が着る簡易宇宙服と正式レーザー銃を装備していた。
「撃て!」
リーダーと思われる男の合図で、特殊部隊の兵士は、ベッドに寝ている二人と壁際に立っている響音に向けてレーザー銃を発射した。
レーザー銃は二人と響音を蜂の巣にすると、そこで発射が止まった。響音は火花を散らして床に倒れ、ベッドの上の二人はピクリとも動かなかった。
「確認」
「はっ!」
特殊部隊のリーダーの命令で、兵士が二人の生死を確認するためにベッドに近づいた。レーザー銃の先端で布団持ち上げ、二人の生死を確認しようとした時、天井から響音が特殊部隊のリーダーに襲いかかった。
「人型ドローンが二体いたのか」
「いや、どうやら幻覚魔法だ」
「糞、この人型ドローン、強いぞ。うぁっ!」
「気功術がきかねー」
「」
リーダーを一撃で失神させた響音は、竹箒とちりとりで特殊部隊を蹂躙し始めた。もちろんベッドの中で理力フィールドで体を護っていたギルドトップの二人もベッドから飛び起きて響音に加勢した。
響音は飛び交うレーザーや魔法をちりとりで受け止め、竹箒を振るって特殊部隊のレーザー銃を切り裂き、兵士達を蹴り飛ばして壁に吹き飛ばした。響音に襲いかかってきた兵士は気功術士だったが、シンデンでも衝撃を食い止めるのが精々という彼女の蹴りを貰って壁に激突すれば、蹴りの衝撃に耐えられたとしても壁との衝突の衝撃まで耐えることは出来なかった。
なお響音が兵士を倒すのに竹箒を使わなかったのは、シンデンから「対人戦では竹箒を使うな」と命令されていたからである。帆船によって改良された高周波ブレードの竹箒を使えば、気功術士でも切り裂かれミンチとなっていただろう。
一方ジョーンズはファイア・ボルトで兵士の仮面を吹き飛ばすと、催眠ガスで眠らせていった。ミスター・ビッグは自分とジョーンズに理力フィールドを張り、二人に近づいて来た兵士をその拳でたたき伏せていった。
特殊部隊が部屋に突入してから三分と立たない間に、十名の兵士は気絶するか催眠ガスを吸って昏倒していた。
「此奴らの装備はイグラン星域の物だな」
「本当にイグラン星域の特殊部隊なら、私達に分かるような装備で襲いかかってこないでしょう。恐らくスス星域軍の特殊部隊が偽装しているのでしょうね」
ミスター・ビッグが兵士を調べてイグランの特殊部隊の装備であることを確認したが、ジョーンズは偽装だと断定した。
「ジョーンズ様、ミスター・ビッグ様、部屋の外に更に兵士が近づいております。どうされますか?」
二人が特殊部隊の兵士を調べている間に、部屋に複数の人間が駆け寄ってくることを響音は報告する。
「やって来るのはスス星域軍だと思うが、この状況でスス星域軍が信頼できるか?」
「信用できないな」
「そうなれば」
「逃げ出すしかない」
ジョーンズとミスター・ビッグは迎賓館から逃げ出す事を決めると窓に向かった。迎賓館の窓は要人保護の観点から耐爆・防弾仕様の強化ガラスである。スス星域軍の正式装備の対戦車ミサイルの直撃でも、一発は防げるという強化ガラスをミスター・ビッグは気を纏った拳の一撃で粉砕した。
壊れた窓から外を見ると、彼らがいる部屋は三階であり、地上まで十メートル程の高さであった。そして迎賓館の周囲にはスス星域軍の兵士が取り囲んでいた。
「地上に降りても囲まれるだけだ。ジョーンズ、あの建物の屋上まで跳ぶぞ」
地上にいるスス星域軍は敵だと認識したミスター・ビッグが、隣のビルの屋上を指さした。
「分かった。私が魔法をかける。響音さんには魔法が効かない様だが、貴方は自力であそこまで飛べますか?」
「はい、大丈夫です」
響音はちりとりと竹箒をスカートにしまうと、大丈夫とジョーンズに頷いた。
「分かった。マナよ我らを包み、大地の軛から解放したまえ…レビテーション!」
ジョーンズは空中浮遊の魔法を唱えてミスター・ビッグと共に隣のビルに向かって飛び出した。それを見届けた響音は、体内に内蔵された慣性制御と重力制御機能を使って二人の後を追って空を駆けた。
三人が部屋を飛び出すと同時に、部屋にスス星域軍の兵士が押し寄せた。兵士は破壊された窓を見て駆け寄ったが、地上に三人を発見できなかったため、兵士は周囲を見渡す。すると隣のビルの屋上に今まさに飛び移ろうとしている三人の姿を見つけた。
「追え。必ず始末するんだ」
「はっ!」
兵士は端末を取り出すと、スス星域軍に命令を出し始めた。
こうして明日の総会開始までの期限付きで、三人とスス星域軍の鬼ごっこが始まった。
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