シグマとイプシロンの今後
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
帆船と雪風が通常空間に戻って来ると、ルフラン星域軍もステーションに入っており、星域軍同士の戦いは終わっていた。
『シンデンさん、ミクロン大統領はどうなったのでしょうか?』
『ミクロン大統領は捕らえてきた』
『そうですか。それであのレリックシップはどうなったのでしょうか』
『あの空間で破壊してきた』
『…そうですか。すいませんがミクロン大統領をステーションまで連れてきて頂けますか』
『了解だ』
メアリーからの通信に答えて、帆船と雪風はステーションに向かった。ルフラン星域軍がステーションを取り囲んでいたが、帆船が近づくと航路を空けてくれた。
★☆★☆
「シンデンさん、ミクロン大統領の捕縛ありがとうございます」
ステーションにミクロンを連れて降り立つと、見たことの無い中年の男性がお礼を述べてきた。
「誰だ?」
「シンデンさん、彼はロヌア恒星系議会の議長を務めるヤルエ氏です」
シンデンを出迎える為にやって来たメアリーが中年の男性を紹介してくれた。
「ミクロン大統領が、この恒星系で大統領会談をやると言い出したとき、嫌な予感がしておりました。まさかそれが本当になるとは思いませんでした。しかし、シンデンさんのおかげでステーションも戻り、惑星にも重大な被害が出ませんでした。ロヌア恒星系の住民を代表してお礼を言わせてください」
このヤルエ氏はミクロンと大統領選で戦った相手だった。つまり反ミクロンの野党の代表である。そんな人が議長を務める恒星系でミクロンが大統領会談を行うと言い出したのだから、ヤルエ氏に怪しまれるのも当然であった。そして実際にミクロンはステーションを消し去った。そしてルフラン星域軍第一艦隊の惑星に被害が出てもおかしくない戦闘が始まり、ロヌア恒星系の人達は戦闘の間、生きた心地がしていなかったらしい。
「俺は傭兵だ。今回の戦闘についても依頼の範囲だからお礼は不要である」
「それでもロヌア恒星系を含めルフラン星域軍にも死者がでなかったのは、シンデンさんのチームのおかげと聞いております。お礼を言うのは当然です」
「…分かった。それでミクロン大統領だが、どうすれば良い?」
「彼は大統領ですが、今回の件で国家反逆罪の容疑がかかっております。私達の方で預からせて頂きます」
「引き渡すのは良いが、ミクロン大統領は捕縛するまでの経緯で精神錯乱を起こしているかもしれない。変な事を言い出すかもしれないが、真に受けないでくれ」
ミクロンはイプシロンとの霊子力通信が消えてから精神不安定な状態になり、ぶつぶつと独り言を言うようになった。帆船の医療ポッドで脳内に埋め込まれたイプシロンの欠片を抜いたが、それでも彼の精神は元に戻らなかった。
「…やはり彼もですか。ミクロンの派閥にいた方も突然言動がおかしくなってしまったのです。一体彼らに何があったのでしょうか?」
「ミクロンは自分のレリックシップが破壊されたことでショックを受けたからと思うが、他の人達については分からない」
彼らもミクロン同様にイプシロンとの接続を断たれて精神に異常をきたしたのだろうが、その原因は霊子力に関する情報なので教えることは出来ない。そしてミクロンに埋め込まれていたイプシロンの欠片は数ミクロンのサイズであり、他の人にも同様なサイズの欠片が埋め込まれているとしたら、人類の医療技術では見つけ出すのは難しい。つまり、彼らの精神異常については原因不明と言われることになるだろう。
「…」
メアリーはシンデンに何か言いたそうだったが、口を挟まず黙っていた。メアリーはミクロンが「人間を辞めた」と言っていたので、彼らが精神に異状をきたした原因を知っているはずだ。メアリーはレリックシップを操っていたケイ素系生命体か霊子力通信について知っているはずなのだが、それをこの場では話す事は無かった。
>『メアリーは要注意だな。彼女が霊子力通信を使用しているか電子頭脳さんはチェックできないのか?』
>『ケイ素系生命体の様な杜撰な霊子力通信なら検出できますが、本船と同じ技術レベルの霊子力通信を行っている場合、チェックも傍受も不可能です。逆に相手も本船とマスターとの霊子力通信はチェック出来ないはずです』
>『帆船と同じ技術レベルの霊子力通信技術を持っているとなると、霊子力技術を持ったレリックシップを所持しているのかもしれないな。魔石調査では問題は無かったから、ヤマト級とは関係の無いレリックシップを持っている可能性があるな。電子頭脳さんは、ヤマト級以外に霊子力を使ったレリックシップを知らないのか?』
>『今回のレリックシップのように、本船が封印された後に発生した文明が製作したレリックシップに付いては分かりません』
>『そうなるか。もしかするとメアリーは、この船以上の性能を持っているレリックシップを所有している可能性もあるのか』
>『本船を超える船など無いと言いたいのですが、その可能性はゼロではありません』
帆船は人類からしてみればチート過ぎる性能を誇るが、それを超えるレリックシップとなると俺にもお手上げである。
>『…メアリーが俺達と敵対しないことを祈ろう』
>『霊子力関連技術の公開を行おうとしたり、ヤマト級と係わっている場合は、本船は彼女を抹殺する方向で動きます』
>『そうなれば仕方ない。俺も腹を括るよ』
ヤルエ氏にミクロンを引き渡して、シンデンの役目は終わりだ。政治的な事は全てメアリー大統領が片付けるだろう。
★☆★☆
「シンデン~」
帆船のリビングに入ると、シオンがシンデンに抱きついてきた。
「こら、抱きつくな!」
俺としては役得だが、シオンに抱きつかれてにやけていてはシンデンの硬派なイメージが崩れてしまう。
「シオン、シンデンさんは戦いで疲れているのですよ。あえて嬉しいのは分かりますが、少しは落ち着いてください」
スズカがシンデンを気遣って、シオンを引きはがしてくれた。
「シンデン…御免なさい」
一方レマは、俺を見捨てて準エーテル空間から離脱したことを気にかけているのか、一人くらい雰囲気を纏っていた。
「レマ、気にするな。あの時は旗艦を離脱させることが最適な判断だった。それに俺は生きて帰ってきた。お前の判断は間違っていない」
「…うん。シンデン、生きて返ってきてくれてありがとう」
レマも抱きつこうとしてきたので、それはシンデンは回避した。
「…シオンの時と対応が違いすぎる」
「当たり前だ。お前はいい大人だろうが」
レマがジト目でシンデンを睨むが、シオンは精神年齢が子供だから許せるのだ。レマは立派な大人で星域軍人である。この程度で抱きつくなんて、その下心が丸見えである。
「シオンも大人だと思うけど…」
「えーっ、私は子供なの?」
「シオン、そういう所が子供らしいのです」
「とにかく俺は疲れている。全員無事を確認できたんだ、少しは休ませてくれ」
女性が三人集まれば姦しいと言うが、リビングがそういう状況になってきたのでシンデンは休むと言ってリビングから出て私室に向かった。
★☆★☆
「マスター、これを人型ドローンから預かってきました」
シンデンの私室には、シグマが入った袋を持った響音が待っていた。
「シグマの回収御苦労だった」
「ドローンである私にお礼は不要です。どうしてもお礼をというなら、今夜の伽を…」
「いや、それはいいから。済まないが一人にしてくれないか」
「…了解しました」
相変わらずのぶれない発言をする響音を下がらせると、シンデンはシグマを袋から取り出した。
>『さて、シグマさん。取りあえずイプシロンを回収してきたぞ。他の船の電子頭脳は破壊されているだろうから、ケイ素系生命体はこれで二人になった。これからケイ素系生命体がどう生きていくかをお前に決めて欲しい』
>『シンデン、まずはイプシロンと話をさせて欲しい』
>『分かった。電子頭脳さん、この部屋から霊子力通信が漏れないようにしてくれ』
>『了解しました』
霊子力通信が漏れないようにフィールドが張られるのを確認して、シンデンはイプシロンを袋から取り出した。
>『シグマ、お前が裏切らなければ全て上手くいった物を…』
袋から取り出したイプシロンはいきなりシグマを非難した。
>『儂は最初から有機生命体と関わる事に反対した。それは今も変わらないぞ』
>『下等な有機生命体は我らに支配された方が良いのだ!』
>『イプシロン、今の状況でそれを言うかな。その下等な有機生命体に負けたお前は、それ以下の存在だろ!』
二人の会話に俺は割り込んだ。
>『それは、あのミクロンが無能だったからだ。我らが本気を出せば…』
>『そのミクロンの助けが無ければ、我らは準エーテル空間で封印されていたままだったはずだ。やはりお前の考えは変わらない…これも我らケイ素系生命体の定めか。イプシロン、お前はやはり準エーテル空間に封印するしか無いようだな』
>『なっ、シグマ、貴様はまた我をあの空間に封印するというのか』
>『我らケイ素系生命体の悪い点は、一度身についた個性と自我を変えることが出来ない事だ。シンデン、済まないがこやつを準エーテル空間に封印してくれ』
シグマはそう言ってイプシロンの封印を依頼してきた。
>『電子頭脳さん、そうなのか?』
>『彼らの成長過程を分析したのですが、個性と自我はその結晶構造に組み込まれた分子配列によって固定されてしまうようです。プログラム的な物であれば修正可能でしょうが、分子配列によって固定されてしまった場合、外部にそれを迂回するような分子配列を成長させない限り、個性と自我は修正できないでしょう。そして、イプシロンさんにはその様な成長をする可能性はほぼゼロかと。いっそ内部の分子配列を分解して、まっさらな状態に戻した方が良いかもしれませんね』
>『分子配列を消すって、可能なの?個性や自我が無くなるとは、死ぬのと同じじゃないか』
>『イプシロンのこの個性は、異星人が電子頭脳に組み込むために彼らの分子結合を操作した結果の産物です。レーザーを当てて分子の配列を切断するだけで、ケイ素系生命体として元の状態に戻せます。ケイ素系生命体としては、そちらの方が自然な形でしょう』
>『そう言えば、霊子はあったけど、最初は個性も自我も無かったと言っていたな』
>『本来数百万年単位で自然に分子結合して自我や個性を獲得するのですが、異星人が彼らを電子頭脳に組み込むため、歪めてしまったのです』
>『じゃあ、まっさらに戻してしまうのも有りなのか』
>『や、辞めるのだ。我を消すというのか。それなら準エーテル空間に封印される方がましだ』
電子頭脳と俺の会話にイプシロンは慌ててそう言い出した。
>『シンデン、イプシロンの個性や自我を消すのは止めてほしい。儂も何も考えることの出来なかったあの状況に戻されるなら、封印される方を望む』
>『シグマがそう言うなら…しかし準エーテル空間に封印しても、またミクロンの様に誰かに拾われる能性があるな。霊子力通信を遮断する箱にでも収めて、帆船の倉庫に入れて封印しておいた方が安全じゃないか』
>『そうですね。今回の事件で人類は準エーテル空間の存在を知ってしまいました。あの空間を超光速航法として使おうという物好きはいないと思いますが、可能性はゼロではありません』
>『では、儂とイプシロンを一緒に封印して欲しい。儂らは僅かな光さえ有れば生きていける。霊子力通信が漏れず、光が当たる様な場所に封印してくれないだろうか』
>『電子頭脳さん、二人を封印できる箱は製作できる?』
>『はい。製作可能です』
>『じゃあ、お願いするね』
こうして、シグマとイプシロンは帆船の倉庫に二人一緒に封印されることになった。箱の中でどのような会話が行われているか分からないが、一度作られた個性と自我は変更不能という事は、二人は永遠にお互いの主張を譲らないのだろう。人間ならそんな状況は拷問であっという間に気が狂ってしまうだろうが、ケイ素系生命体に取っては問題では無いとのことだった。
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