星域連合緊急総会(2)
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
傭兵ギルドから、シンデンに指名依頼が来たと連絡が有った。もちろんベイ星域大統領メアリーからの「護衛依頼」である。シオンやスズカには、レマに先駆けて「レリックシップの襲撃の可能性が有るため、俺からベイ星域大統領に護衛に加えて欲しいとお願いした」ことを説明した。その後でレマを呼び出して、シンデンがベイ星域大統領の指名依頼を受けることを話した。
「シンデン、まさかベイ星域軍に入るつもりなの」
「俺はベイ星域軍に入るつもりなど無い。いや、どの星域軍にも入るつもりは無いと、いつもいっているだろう。今回はベイ星域大統領と俺が顔見知りだったから、受けることにした。それだけだ」
レマは当然、シンデンがベイ星域大統領からの指名依頼を受けることに反対した。シンデンはベイ星域軍に入るつもりは無いと言ったが、レマはシンデンの言うことを信じてはいない状況だった。
「ベイ星域の大統領と会談したんですよね。そしてこの指名依頼を受けるとなれば、疑われます。私の立場は分かってますよね。この依頼を受けるのは止めて下さい」
レマはシンデンが他の星域に取り込まれないように監視していたのだ。この使命依頼を受けるという事は、レマがシンデンの監視に失敗したと見なされるだろう。だからレマとしては、シンデンがベイ星域に取り込まれる事を絶対に認められない。
「確かにベイ星域大統領とは直接会って話をした。それは、あの大統領が今までの大統領とは違い、俺を勧誘するとは思わなかったからだ。そしてそれは実際に会って話して分かって貰った。それを踏まえて、彼女は俺を指名して護衛依頼を出してくれた。だから俺はこの依頼を受けるつもりだ」
実際は、メアリーは俺を勧誘したいと思っているし、依頼は俺が頼んで出して貰った者だが、そんな事はレマには話せない。だからシンデンは、こう言わざるを得なかった。
「昔のシンデンなら、絶対に断っているわ」
「ああ、昔の俺なら断っていただろう。だが、俺も昔とは違うんだ。シオンやスズカ、そしてレマも仲間に入れた。俺は昔の俺とは違う!」
「ええ、私の知っているシンデンは孤独を好んでいたわ。決して他人に気を許さなかった。今のシンデンは私の知っているシンデンじゃ無いわ!」
>『(それは俺も分かっている。だがそれが今のシンデンなんだよ)』
レマにシンデンの本心は聞かせられない。それがもどかしいが、どうしようもない。
「ああ、今の俺は、お前の知っているシンデンじゃ無い。そう思ってくれ」
「シンデン…貴方、それじゃ駄目なのよ。昔のシンデンに戻ってよ」
「それは無理だ。俺はもう昔の俺には戻れない」
「シンデンの馬鹿!」
レマは涙を浮かべて、部屋から飛び出していった。
「シンデン、本当にこの依頼を受けて良かったの?レマさんにもレリックシップの事を話してしまえば良いと思うんだけど。レマさんなら秘密を守ってくれるんじゃないの?」
「そうです。レマさん、泣いてましたよ」
シオンとスズカは、レマに同情していた。そして二人は、俺がレマを仲間外れにしている事を「シンデンらしくない」と思っていた。
「レマにレリックシップの話をすれば、あいつは諜報部員としてキャリフォルニア星域軍にそのことを報告する。レマはそういう人なのだ」
「えっ、レマさんは確かに諜報部員だけど、シンデンが真剣に説得すれば、秘密は守ってくれると思うけど。どうしてシンデンは、レマさんの事を信頼してないの?」
「そうです。シンデンさん、レマさんを信頼して話しましょう」
シオンとスズカがシンデンに詰め寄ってくる。この二人の信頼を失うことは不味い。だから俺は、二人に施設の真実を話す事にした。
「…仕方ない。おまえ達には話したくなかったが、俺がレマを信用できない理由を話そう。俺やレマが育てられたあの施設は、才能を持つ子供達をキャリフォルニア星域軍の忠実な兵士に育てるための施設なのだ。あの施設では、子供達がキャリフォルニア星域軍に忠誠を誓うようにマインドコントロールを行っている。だからレマは絶対に星域軍を、キャリフォルニア星域を裏切れない。俺がどれだけ秘密だと言い聞かせても、上から命令されれば、いや命令されなくても報告してしまうだろう。だからレマには、レリックシップの話をすることは出来ないのだ」
「ええっ、あの施設ってそんなことしていたの?だって私…キャサリンはマインドコントロールなんてされてなかったよ」
「そんな、子供に愛国心を持つように、星域軍に入隊するようにマインドコントロールするなんて、酷い。アヤモさんは、それを知っていてあの施設で働いているのですか?それにシンデンさんもあの施設の出身じゃないですか。どうしてシンデンさんは、マインドコントロールされてないのですか?」
「キャサリンがマインドコントロールされていなかったのは、俺が星域軍、いや諜報部長官と取り引きしたからだ。だからキャサリンは、才能が無い子供として普通に育てられたんだ。そして姉さんは、才能を持つ子供がマインドコントロールされている事を知っている。何しろ俺がそうだったからな。それに姉さんも施設で育てられたんだ。星域に愛国心を持つように教育されることを当たり前と思っていたんだ。そして、俺がマインドコントロールされていないのは、有る作戦行動の事故で俺のマインドコントロールが解けてしまったからだ。だから俺は星域軍を退役して傭兵になることが出来たんだ」
「シンデンが私の為にそんな取引をしていたなんて。アヤモは教えてくれなかったわ」
「シオン、キャサリンはまだ子供だったのだ。そんな話をしても理解できないと姉さんは思ったのだ」
「私はもう子供じゃ無いわ」
「そういう事を言うから子供だというのだ」
「うーっ」
シオンはふくれっ面でむくれるが、シンデンが頭をぐりぐりと撫でると、結局機嫌を直してしまう。シオンはやはり子供である。だが、シオンの中では施設の事は納得できたようだ。
「あの優しいアヤモさんも、キャリフォルニア星域の命令で子供達を教育しているのですか。そんな事、アヤモさんはどうして平気な顔でやっているのですか?」
スズカは施設が恐ろしい場所であり、アヤモもそれを受け入れていることに恐れを懐いていた。
「スズカ、姉さんも本当はそんな事はやりたくないのだ。だが、姉さん一人でどうして大勢の孤児の面倒を見られるというのだ。戦争や事故で両親を亡くした孤児が生きていくためには、あの施設が必要だと姉さんは、いや俺もそう思っている。そして孤児達が星域軍に入るという見込みが無ければ、星域が施設を運営する価値は無い。これはキャリフォルニア星域だけの話ではない。他の星域も同じような施設を作り、同じ事をしているんだ」
「アヤモさんは本当はやりたくないのに、孤児達を助けるために仕方なくやっているのですね」
スズカは、アヤモが施設で行われている事を本当は嫌っていると聞いて、ホッとしていた。
スズカ…いやサクラのクローン達は、オルワ氏の聖なる力でマインドコントロールされていた。オルワ氏が亡くなった事で、サクラのクローン達は聖なる力のマインドコントールから解放されている。彼女達はそれぞれの境遇に応じた記憶によって、オルワ氏に対して複雑な感情を持っていた。その中でも、スズカはその境遇が過酷だったので、俺と電子頭脳は記憶を消してしまった。だからスズカには、優しいオルワ氏の記憶しか残っていない。スズカには、アヤモとオルワ氏が被って見えていたのだろう。
>『レマも記憶を編集しますか?そうすればマインドコントロールも解除されます』
>『電子頭脳さん、レマには手を出さないでって言ったよね』
>『バックアップ霊子の言いたい事は承知しています。ですが、このままではレマは、マスターの足枷にしかなりません。早急に対応をお願いします』
>『分かったよ。ちょっとレマと話をしてくる』
>『彼女が諜報部に今回の件を報告する前に対応をお願いします』
>『急がないと不味いな』
シンデンはレマの宇宙船に急いで向かった。
★☆★☆
-レマ(フランシス大尉)視線-
帆船を飛び出したレマは、自分の船に戻ると「シンデンがベイ星域と通じている可能性有り」と諜報部に報告を送ろうとした。しかし、その報告を送ろうと諜報部専用超光速通信機の前に座ったところで、彼女は動きを止めてしまった。
「もしこの報告を送れば、諜報部はシンデンをどう扱うでしょう…」
レマは、もしシンデンがベイ星域に取り込まれてしまった場合、キャリフォルニア星域がどういう行動を取るか想像した。
「(シンデンが他の星域に加担するとなると、キャリフォルニア星域に害をなす者と判断されるでしょう。そうなればシンデンを排除するために、星域軍は行動するでしょう。シンデンが乗っているレリックシップは、あの内戦でもの凄い力を持っていることが知られています。私もあの船でシンデンがしでかした事を報告しました。それにシンデンは、星域軍でも凄腕の気功術士だったテッドを返り討ちにしました。つまり正攻法ではシンデンを排除できないと考えるでしょう。そうなったら星域軍が、いや諜報部が選ぶ手段は、シンデンの暗殺ですね。でも普通の暗殺者では、早々気功術士であるシンデンは殺せません。つまりシンデンを殺せと命令されるのは、隙を見せる相手…つまり私がシンデンを暗殺することになる?)」
レマ…いやフランシス大尉は、自分が作った報告書を送ることで、どういう未来が訪れるか想像してしまった。シンデンに脳筋と言われるフランシスでも、それぐらい想像できる頭脳は持っていた。いや、シンデンがレマの頭を過小評価しすぎているだけで、レマは優秀な兵士であった。単にシンデンの前では、フランシスは彼への感情から、優秀さとは無縁な脳筋らしい会話しか出来なかったのだ。だからシンデンは、フランシスを脳筋と評価していたのだ。
「いやいや、シンデンを暗殺って…そんなこと私には絶対出来ない。だって、私はシンデンの事を…。でも私はキャリフォルニア星域軍人として、軍の命令を拒否できない。もしシンデンがベイ星域に加担するなら、彼は倒すべき敵よ。でもシンデンは…、敵なのに、シンデンは…」
今のレマの頭の中は、シンデンに懐いている感情と施設で施されたマインドコントールがせめぎ合っている状態だった。もしレマが、シンデンに特別な感情を強く懐いていなければ、とっくに報告書を送信して、シンデンの暗殺を計画していただろう。それほどレマへのマインドコントロールは強い物だった。
「後は送信ボタンを押すだけで報告は完了する。そう、シンデンはもうキャリフォルニア星域の敵なのよ…でも本当にシンデンが敵になるの?施設には、アヤモさんもいるのに…」
レマは通信機のパネルに表示された送信アイコンに指を伸ばし、タッチしそうになり、その直前で指を止めるという行動を繰り返していた。そんな状態のレマに、個人端末がブルルと振動して通信の着信を知らせた。
「シンデンから…」
レマは、震える手で個人端末を操作して、シンデンの着信に応答することにした。
『おーい、レマ。今船にいるか?』
『ええ船にいるわよ。それで私に連絡をしてきたって事は、あの依頼は断る気になったの?そうじゃないなら、通信を切るわよ』
レマは個人端末に映ったシンデンの顔を見て、先ほどの会話を思い出して、素っ気ない態度を取ってしまった。しかしその態度と裏腹に、レマは心の中で「シンデンはあの依頼を受けるのを諦めたのでは?」と期待していた。
『その件で話がある。船に入って良いか』
『わかりました。ドアのロックを外しますので、前と同じく、通路を進んで最初のドアの部屋で待っていてください。前に来たときと同じ部屋だから分かりますよね』
『ああ、知っているぞ。じゃあそっちに行くからな』
レマは宇宙船のドアのロックを解除すると、シンデンにリビングで待っているように伝えた。そして諜報部専用超光速通信機を一旦停止させると、部屋の壁のパネルに偽装した状態に戻した。諜報部専用超光速通信機は、イエル星域事件で偶然にも破壊された事から、修理する際に隠蔽場所を操縦席の壁から倉庫の壁に変更されていた。
レマは倉庫から出て、シンデンの待つリビングに向かおうとした。
「えっ、シンデン、どうしてここに居るの?」
倉庫の扉を開けると、そこにシンデンが立っていた。予想外の事で、レマの心臓はドクンと大きく震えた。
「俺がここにいるのは、この倉庫に用事が有るからだ」
しかし、シンデンはそんなレマの心情などお構いなしに、ずかずかと倉庫の中に入っていった。
「ちょっと!シンデン、勝手にこの部屋に入らないでよ!!」
レマはシンデンを引き留めようと腕に縋り付くが、彼女の力ではシンデンを引き留めることはできなかった。
「なるほど、今度はここに隠したのか」
シンデンは、先ほどまでレマが操作していた通信機が隠されている壁を触っていた。
「えっ、隠したって何を言っているの。そこには何も無いわよ。シンデン一体何をするつもりなの」
「そりゃ、こうするつもりだ」
シンデンは、気功術を使うと気を拳に纏い、通信機が隠されている壁を殴りつけた。
「えーーーっ」
シンデンの拳によって、ドゴンと音を立てて壁が破壊され、そしてその奥に隠されていた諜報部専用超光速通信機は、火花を散らして壊れてしまった。
「どうしてこんな酷い事を…」
レマは、シンデンがなぜ諜報部専用超光速通信機を破壊したのか分からなかった。シンデンの暴挙に唖然としてしまった。隠してあった通信機を目の前で壊されたのだ、その衝撃は大きかった。
「レマが俺と話をする前に諜報部に通信を送られたら困る。レマ、お前は「シンデンがベイ星域に鞍替えした」と報告を送ろうとしていたな。だからそれを阻止したのだ」
「そんな、シンデン、貴方はやはりベイ星域に取り込まれてしまったの?」
「違う。俺はベイ星域に取り込まれてなどいない。お前が誤解しているようだから、それを話しに来た。とにかく俺の話を聞け!!」
レマは、シンデンが通信機を破壊したことで、彼がキャリフォルニア星域を裏切ったと思った。しかし、シンデンは、そうでは無いと彼女に告げた。そう言った時のシンデンは、レマが…フランシスが知るシンデンだった。
「…分かったわ。でも通信機をこのままにしておくのは不味いわ」
レマは、昔のシンデンを見て、もう一度だけ彼の話を聞くことにした。そして、シンデンが壊した通信機を完全に破壊するため、理力を行使した。理力フィールドに包まれた通信機の残骸は、小さく圧縮されて十センチほどの金属の球体に圧縮されてしまった。ここまで破壊すれば、調査されても何も情報は取れない。
「お…おう。レマの理力は凄いな」
レマの理力使いとしての実力を目にしたシンデンは、目を丸くして驚いていた。そのシンデンは、先ほどまでのレマの知るシンデンでは無かった。レマはもう訳が分からない状況だった。
「シンデン、全部話して貰うわよ」
レマは、全てを話してくれるまで、シンデンを逃がさないと言わんばかりに、彼の手をしっかりと握りしめた。
お読みいただきありがとうございます。面白いと思われたら評価・ブックマークをお願いします。