オルゴン星域での調査と狼の罠
誤字脱字のご報告ありがとうございます
電子頭脳と主人公との会話ですが通信会話と区別できるように、『の前に>を付けるようにしました。
ベイ星域で、やるべき事を終えたシンデンと電子頭脳は、次の目的地を何処にするかで揉めていた。
>『シオンがアヤモに会いたいって言ってるんだよ。それで、次はオルゴン星域に行って見ようと思うんだけど』
>『本船としては、未調査の魔石の数から、エドモン星域が最適と提案します』
>『魔石の調査も重要だが、シオンやスズカの休養も必要だ。オルゴン星域ならキャリフォルニア星域も近い』
>『エドモン星域からでもキャリフォルニア星域までそう遠くはありません。二人を魔石調査に加わらせたく無いのであれば、そちらの方が良いのでは?』
>『いや、二人が居ないとレマと二人きりになってしまう。それがシンデンとしては嫌なんだよ』
魔石調査にシオンとスズカの二人を係わらせたくないなら、電子頭脳の言う通りエドモン星域に行くのが良い。しかし、最近レマがシンデンに絡んでくるので、シンデンとレマ、二人だけの時間を余り作りたくない。シオンが居れば、レマとシンデンの間に割って入ってくれるので助かるのだ。
>『レマの扱いを考えるのはバックアップ霊子とマスターの役目です』
>『『面倒なんだよ』』
思わずバックアップ霊子とシンデンが同時に叫んでしまった。以前からシンデンストーカーだったレマは、最近シンデンの言動が依然と異なる事に気付いてしまった。だからシンデンに、昔話を持ち出し、俺を試すような発言が多い。昔の話に付いては、シンデンの記憶が在るので、対応することは可能だ。しかし俺というシンデンを裏で操っている存在を、確かめているような態度が見えるのだ。
レマの背後にはキャリフォルニア星域の諜報部、そしてその長官が存在する。レマがどのような報告を提出しているか不明だが、「俺」という存在を知られるのは不味いと思っている。「俺」の存在は、霊子力兵器によって発生したイレギュラーな存在だ。「俺」という存在をレマが知ることで、キャリフォルニア星域軍が霊子力兵器について関心を持つようになっては困るのだ。
>『そう言えば、霊子力兵器を研究しているあの企業は、今どうなっているんだ?内戦以降もレリックを研究している可能性があるんだろ』
>『あの企業の調査は継続しています。現状、マスターに使用されたレリック以外の霊子力兵器を、あの企業が所持している情報は見つかっていません』
シンデンを殺してしまった霊子力兵器だが、人類の誰かが偶然作り出してしまった物である。その製作勢力と製作者は、何度かの宇宙大戦中に消えてしまい、「彼らが作った霊子力兵器が人類作成のレリックとして残っている」と帆船の電子頭脳は分析していた。シンデンの記憶では、キャリフォルニア星域のその企業は、最低でも二つのレリックを所持していた。一つは誤って作動させて、ステーションを丸ごと一つ壊滅させてしまった。もう一つは、帆船に対して使用された。その結果、シンデンは霊子が消え去り、「俺」という存在が帆船に残された。
>『魔石もだが、人類が作り出した霊子力兵器の調査もした方が良いと思うぞ。あの企業はまだ隠し持っている可能性もある』
>『あの企業の調査は、ネットだけでは難しいのです。その為、マスターが囮捜査の様な形で依頼を受けて、情報収集を行っていました。本船やマスターでは、そうのような方法しか思いつかなかったのです。バックアップ霊子は、他に何か良い考えがあるのでしょうか?』
>『レマを、いや「キャリフォルニア星域の諜報部を利用できないかな」と考えている。危険な手段ではあるが、諜報部の長官は切れ者だ。霊子力兵器の危険性を知れば、調査をしてくれると思うんだ』
シンデンの記憶から、俺はキャリフォルニア星域軍諜報部の現長官なら「霊子力兵器を使わない、いや他の星域が所持していたなら確実に処分する」と思っていた。
>『キャリフォルニア星域軍諜報部の長官ですか。マスターは、彼にかなりの警戒心を懐いていたようです。そんな人物を信じて、大丈夫なのでしょうか?』
>『シンデンは、確かに長官を警戒していた。そして彼のおかげで酷い目に遭っている。しかし、彼はキャサリンの命を助けた。シンデンは長官を冷徹だと思っていたようだが、俺は、あの長官は霊子力兵器を決して使う事は無い人物だと思っているんだ』
十年前にシンデンが係わった事件、そしてキャサリン…今はシオンだが、その命を救ったのは諜報部の長官だった。だから、シンデンは彼に苦手意識と恩義を感じていた。だが、それはシンデンの記憶である、俺はもっと客観的な視点で、長官を評価していた。
>『レマに…フランシス大尉に、霊子力兵器の存在について話すんだ。そうすれば彼女は、諜報部に、いや長官にそのレリックの調査を依頼するだろう。レマから話を聞けば、長官は必ず動く。そしてもし長官が、レマから話を聞いても動かない場合は、キャリフォルニア星域に霊子力兵器が残っていると判断する。俺はそう考えているが、電子頭脳さんはどう思う?』
>『なるほど、バックアップ霊子は、彼の有能さを逆に利用しようと言うのですね。…しかし、レマに霊子力兵器の情報を公開するのは危険だと判断します』
>『レマには、霊子力兵器と直接は話さない。高次元生物を呼び出すレリックと同じぐらい危険なレリックだと話すんだ。高次元生命体の件もあるし、「シンデンがそれで殺されかけた」と伝えれば、あの長官なら俺達が何を恐れているか分かってくれるだろう』
>『本船としては、霊子力兵器の情報が必要以上に拡散しなければ、良いのです。バックアップ霊子の言う方法なら、確かに必要以上に情報は拡散せず、他の星域の情報がキャリフォルニア星域に集まるでしょう』
>『じゃあ、その方向でレマに報告するように話すぞ』
>『了解しました』
>『そして、そうなると次の行き先は、オルゴン星域で良いな。レマには報告書では無く、直接長官に報告して貰いたい。それなら、キャリフォルニア星域に近い方が良いと思わないか』
>『レマも当面居なくなるのであれば、魔石の多いエドモン星域の方が良いのでは?』
>『オルゴン星域を選ぶには、もう一つ理由があるんだ。エドモン星域にはTOYO社の支店が無い。そしてオルゴン星域にはTOYO社の支社がある。俺はTOYO社の人型ドローンを購入したいんだ』
シンデンの姿をした人型ドローンは、サクラの元に残してきた。そしてもう一体のTOYO社のドローンは、運搬船に乗せたままだ。響音はシオン達の護衛兼監視として、彼女達について行く。そうなると、帆船には通常の人型ドローンしかいなくなる。
シンデンにはもう介護は不要だが、いざという時シンデンの身代わりに使えるTOYO社製の人型ドローンが欲しい。またTOYO社製の人型ドローンは、情報収集にも使える。だから購入の機会を探っていた。しかしTOYO社の支社があっても、レマが居る前で、俺が欲しい人型ドローンを購入する事は不可能だ。レマが居ない今は、千載一遇のチャンスであった。
>『そういう理由ですか。了解しました。…それで、カエデの方はどうしますか?』
>『ああ、カエデもそう言えば施設出身にしていたな。…まあ、彼女は研究馬鹿だ。わざわざ関係の無い施設に「行く」とは言わないだろう』
カエデは相変わらず帆船でレリックの研究に勤しんでいた。シンデンが高次元生命体を倒したとき、「どうしてそんな面白そうなレリックが在ることを教えてくれなかったんですか」と怒った。実は帆船には、帆船の創造主が破壊して壊した「高次元生命体を呼び出して捕らえるレリック」が存在している。しかし、帆船は万が一の危険性を考慮して、そのレリックの残骸をカエデに渡さなかった。俺はその判断は正解だと思っている。
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オルゴン星域に向かうことを三人に告げると、シオンが喜んだ。オルゴン星域に向かう理由が、「シオンがアヤモに会うこと」ことだったからだ。シオンの個人戦闘技術は、まだまだだが、この前の依頼で彼女も傭兵として成長した。スズカと共にキャリフォルニア星域の首都に向かう程度は大丈夫と判断したのだ。もちろん雪風の電子頭脳もシオン達をサポートする。雪風も帆船の電子頭脳により、随時ハード・ソフトウェアのアップデートと教育を施されていた。
そして、シンデンは「帆船に残るだろうな」と想像していたカエデだが、何故か彼女は、「シオン達と共に施設に行って見たい」と言いだした。どうやらカエデは、シンデンが育った施設に興味があるようだった。
三人が出発の準備をしている間に、シンデンはレマを呼び出して、霊子力兵器について話した。電子頭脳と話していた通り、霊子力兵器とは言わず、「レリック由来の危険な兵器」について話して聞かせた。俺が初めてレマ(同時はフランシス大尉)と出会った時、響音が帆船に居る理由を「依頼で失敗して大怪我をした。その時体が動かせなかったので使っている」と説明した。その時レマには、大怪我の理由を話さなかった。そこでベイ星域でのレリックによる高次元生命体の出現という話から、「俺が大怪我をしたのは、ベイ星域での高次元生命体を呼び出す様な危険なレリックを使った兵器による物だった事、そして兵器を作ったのがキャリフォルニア星域の大企業である」と嘘の情報を教えた。
「そうですか。あの企業は禁忌技術に手を出すだけではなく、レリックを使った兵器も作っていたのですね。もしかすると、他にも危険なレリックを隠しているかもしれません」
「もし、キャリフォルニア星域で高次元生命体が発生しても、俺は助けに向かうことは不可能だ。だから、諜報部員であるレマから「星域内に危険なレリックが無いか、至急調査が必要」と諜報部に言ってほしいのだ」
「分かりました。ベイ星域での高次元生命体の件について報告したところ、長官から『会って直接話を聞きたい』と言われています。丁度良い機会です。直接長官に話してみます」
レマはシンデンの話を信じてくれた。そして長官とも直接会う機会があることを話してくれた。諜報部員としては失格だが、俺にとっては都合の良い話であった。
「レマ、出来れば、危険なレリックの調査結果が出たら、俺にも教えて欲しい」
「…私はキャリフォルニア星域軍を裏切りません」
シンデンの期待通り、レマはキャリフォルニア星域軍裏切る気は無かった。
>『適当な頃に、レマに話を振れば、調査結果を話しそうだからな』
>『レマみたいな人をチョロインと言うんですね』
>『電子頭脳さん、その知識は間違ってるからね』
レマもキャリフォルニア星域の首都星に向かう事になった。そこで「スズカとカエデが、施設出身者というカバーストーリーを成り立たせるため」と言って、レマは三人と同行して首都星に向かうことにした。護衛として響音も加わるので、五人の女性が一気に帆船から居なくなる事になってしまった。
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女性陣がキャリフォルニア星域に向かって出発した後、帆船は魔石の行方調査を開始した。彼女達が戻ってくるまで三週間程の予定である。三週間もあれば、余裕で魔石の調査は終わっているだろう。
>『しかし、帆船にシンデン一人だけか。最初の頃に戻ったようで、寂しいな』
>『本船は、マスターが居るだけで十分です』
今までは、カエデやレマが残っていたので、シオンとスズカが居なくてもそれなりに賑やかだった。しかし、カエデもレマも居ないことで、俺は寂しさを感じていた。電子頭脳が話し相手として存在するので、孤独とは違うが、やはり人は誰かと無駄話をしたくなる生き物なのだ。電子頭脳は、人と無駄話をするようなプログラムでは無かった。
>『無駄話というなら、購入したTOYO社の人型ドローンと話してみては?』
>『いや、今回購入した人型ドローンのAIは、マスターの言うことには「はい」しか言わないタイプだった。見た目やしゃべり方が違うが、根底は通常の人型ドローンのAIと一緒だ。だから、彼奴らと無駄話をしても面白くないんだ』
女性陣が抜けた後、シンデンはTOYO社の支店で、女性タイプ二人と男性タイプ二体、計四体の人型ドローンを購入した。男性タイプはシンデンに似せた物とモブキャラのような顔のドローンを購入した。一方女性タイプは、響音がメイドタイプだったので、それと異なるタイプとして幼女と熟女タイプを購入した。もちろん俺にロリータや熟女趣味は無い。これは完全に実用面を重視して選んだのだ。
最初は女性タイプは響音と同じ成人女性タイプを購入しようと思っていた。しかし、今後は人に紛れて情報収集といった事をさせるつもりなので、成人女性とは異なったタイプが良いと思ったのだ。そして成人女性タイプ以外だと、オルゴン星域のTOYO社の支店には幼女か熟女タイプしか在庫が無かった。
ちなみに、カタログには、JS、JC、JK、JDと細かなタイプが存在し、上を見れば何処に需要があるのか、お婆さんタイプまであった。そして当然獣耳もオプションで搭載可能だった。
熟女タイプは、響音とは違った意味で目立つタイプにした。まあお世話好きの四十代の美魔女タイプだ。幼女は十歳ぐらいの目立たない地味可愛いタイプにした。
シンデンは、帆船が魔改造する前に、その四体と話をしてみた。しかし四体のAIは、通常の人型ドローンのAIと大本のプログラムは一緒であった。本来の用途となれば、また違った反応を返すのだろうが、通常の会話では響音のような個性的な会話をする程のAIは搭載されていなかった。
電子頭脳も標準AIから改造を試みたが、響音のような応対をするAIに育て上げることは出来なかった。もちろん俺も響音のような反応を返すAIに育てられなかった。育成ゲームとAI教育は違うのだ。
響音のAIを他のドローンにコピーすることは可能だ。しかし響音のAIコピーを、男性タイプのドローンや性別が一緒でも、設定年齢が異なる人型ドローンに書き込んでも、響音のクローンAIは直ぐに発狂してしまった。その時のAIの反応は、霊子を異なる体に書き込んだ時と同じような現象だった。
>『響音をカスタマイズした奴らって、AI育成者として天才だったんだな。しかし、あの狂い方を見ていると、響音のAIに霊子が宿っている様に思うんだが、そんな事はあり得るのかな?』
>『バックアップ霊子、馬鹿な事を言わないでください。AIに霊子が宿る事はありえません。本船の創造主は、AIに霊子が宿るか検証を行ってっています。そして、AIが魂を持つことは無いと結論を出しました。だから本船も霊子は持っていません。しかし、人類があれほど特殊なAIを作り上げたことには、本船も驚かざるを得ません』
AIが霊子を持つという、日本人らしい俺の発想に対して、電子頭脳は「絶対に無い」と言い切った。しかし俺は「響音にも霊子があるのでは?」とまだ疑っていた。何せ、霊子を記録し、兵器に使うような帆船の創造主達でも、霊子の全てを理解していなかったからだ。彼らが霊子を完全に理解していれば、バックアップ霊子が俺に書き換わることは無かっただろう。
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オルゴン星域での魔石の調査は一週間で終わった。TOYO社で人型ドローンを購入する以外、他の予定が無かったので、帆船は超光速航法で、シオン達と合流予定のアシュラド恒星系への航路を進んでいた。
>『電子頭脳さん、約束の日まで結構有るし、少し寄り道しても良いだろうか。今帆船には俺しかいない。つまり帆船や船首像の秘密を隠す必要が無いだろ。実は船首像のブラックボックスの機能について、誰もいない宇宙空間で調査してみたいんだ』
シンデンは高次元生命体との戦いで、船首像のブラックボックスが、彼の制御を離れて勝手に動き出したことについて、少々危機感を持っていた。確かに船首像のブラックボックスは、危機的状況でシンデンを助けてくれた。しかしブラックボックスの行動は、電子頭脳が帆船を守るときのような、自衛行動だと俺には思えた。その考えが当たっていれば、もし帆船と船首像が対立したら、電子頭脳とブラックボックスは全ての力を出し合って戦う事になる。そうなれば、シオンやレマ、スズカやカエデは死んでしまう可能性がある。だから今のうちにブラックボックスの機能を知っておきたかった。
>『船首像のブラックボックスを調べるのですか?…あれは、創造主でも解析不能な者です。バックアップ霊子が解析できるとは思え無いのですが…』
>『電子頭脳さんがそう思うのも当然だ。しかし、あのブラックボックスは、シンデンの昇華した気に反応した。つまり、気功術を使って調査してみるつもりだ。その為に、誰もいない宇宙空間で調査をしたいんだ』
>『…分かりました。進路を左にずれて、誰もいない宇宙空間に降りましょう』
帆船は、アシュラド恒星系への航路を外れていった。幸いなことに、最後の魔石調査を行った恒星系から、アシュラド恒星系へ向かう航路は人気が無かった、帆船の視界には他の宇宙船は一隻も見当たらなかった。つまり、帆船が航路を外れても誰にも知られないのだ。帆船は一般船が使う航路が水平線に消えるほど進んでいった。これなら、兆候右側空間でも人目には付かないだろう。
>『あのポイントで超光速航法を解除すれば、周囲百光年は何も無い空間に出現できます』
電子頭脳が、モニターに超光速空間からの離脱ポイントを表示してくれた。シンデンはそこに向かって帆船の向きを変えた、その瞬間、帆船は船底に巨大な衝撃を受けた。それは帆船が巨大な岩礁にでも衝突したかのような衝撃だった。
>『で、電子頭脳さん、一体何が起きた?』
>『本船は、雷撃を受けました』
電子頭脳は油断しない。超光速空間でも周囲の索敵は怠らなかった。しかし、水中までは監視することは不可能であった。雪風が水中の監視は出来たが、今は居なかった。そして、雷撃を受けるまで、帆船は巨大な狼の顎門に捕らわれていた事に気付かなかった。
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