コロモダコ・その3
「ひぃッ!? な、なんやこの声!? 頭の中にガンガン響きよるで、気持ち悪ッ!?」
「素晴らしい……!! これは、いわゆるテレパシーなのでは!!」
「ぎにゃぁぁ!! コイツにゃ! マダコを襲ったやつにゃす!!」
「ぴぴぴるぴぃ!!」
ずっと言葉を失っていた縁起物トリオがついに口を開く。
かと思えば、目の前の『眼玉のバケモノ』を見知った様子で騒ぎ出した。
「まぁ! では、やはり私の目に狂いはなかったのですね! これが、真相の怪異だったんですよ!」
「狂いまくっとるわアホ! どう見ても、アカンやつやろコレ!! 喜んでないで逃げるで!! お前らもそれだけ元気なら、自分で歩けや!!」
目を輝かせるクラヤミをどつくと、ガオルは騒ぎ出したお荷物二人のケツも跳ね上がるくらい強烈に叩く。
すると、火をつけたロケット花火のようにガッポリとタイコは廊下の奥へと駆けだしていった。
進行方向は、奇しくもあのべとべとさんが消えた方向。
カメラを追いかける都合も考えて尻を叩いたのだろう。
「おっしゃ、これで軽くなったでぇ!」
「ガオルさん、待ってください! アレを……!!」
クラヤミの横を駆け抜けようとすれ違う刹那、彼の首元だけがその場に留まり、少年の喉と正面衝突する。
布であるから良かったものの、これが鉄ならギロチンである。
苦しそうに呻くガオルの青い顔に気が付くと、クラヤミはパッと手を離し開放した。
「ぐえっ、なんやねん!! ゲホッ、襟は掴むなて、死ぬやろマジで!!」
「床です、あの目玉の下にまたナニカが……!!」
彼女の指差す先には、べた、べた、とペンキ触ったような手形が付着していた。
よく見れば、複数人の手が混じりあっているようであり、眼玉同様に歪で不揃いな大きさ。
それでいて赤ん坊のようなたどたどしい手取りで少年達へ迫っていた。
それはまるで、まだ立ち上がれない乳飲み子がハイハイしているよう。
『ミィツケタ、ミィツケタ……キャッ、キャッ』
「脚の次は手かいな!! べとべと、べとべと、しつっこい奴やなぁ!! その内、眼玉までべとべとすんやないやろな?」
「子供の声……? いえ、これはもっと幼い……」
「観察しとる場合か! 今度はカメラやのうて、お前の命持ってかれんで!!」
「うぅん、そうですね……ネクロさんもいませんし、行きましょうか」
「何っ!? かぁ~、あの女! 相変わらず協調性っちゅうもんを知らんのか!!」
走り出しながらも周囲を見渡すが、ネクロの姿はどこにも見当たらない。
気が付かない内に、縁起物トリオの二人を追ったのだろう。
一方、いなくなった仲間を探すガオルとは反対に、クラヤミはしきりに振り返っては怪異の様子を確認していた。
「ガオルさん……はぁ、ふぅ、あの『手形』、脚はあまり早くないみたいですよ!」
「そりゃよかったやんけ!」
「いえ、そうではなく……はひ、はふ……おかしくないですか……?」
「どうでもええわ! 逃げれるなら、なんでもええて!!」
遠ざかっていく眼玉の写った窓。
聞こえなくなっていく赤子の声。
どこまでも同じ廊下を進み続けると、完全にバケモノの気配は途絶えた。
ここまで来ればと、ガオルが足を緩めてクラヤミもそれにならう。
「ハァッ……ハァッ……あいつら、どこまで行ったんや……」
「ケホ、ふぅ……あら? あそこ……ネクロ、さん……?」
怪異から全力で距離を稼ぐために、息も絶え絶え。
肩で息する二人が、ふと目を上げると、廊下の一画に佇む見覚えのある少女の姿があった。
他に生徒の姿は無く、一人ポツンと足元を見つめている。
怪しく笑みを浮かべるその表情は、どこか陰を感じさせて心をザワつかせた。
「おう、ネクロ。 先に来とったはずのガッポリ達のこと知らんか?」
「フム? ククク、見れば分かるだろう?」
「ここにはいない、ということですか……」
いつも多くを語ろうとしない彼女。
しかし、ネクロの瞳は何かを訴えていた。
確かに彼女をよく観察すれば分かることである。
それに気が付くと、クラヤミは彼女が見つめていた床を注視する。
「脚跡……あの、これって……!?」
じっとりと、まるで雨漏りでもしたのに見えるほど水溜りが出来ている。
その中心には、裸足で立ち尽くす何者かの痕跡がべたっと主張していた。
「まさか、カメラ盗った方のバケモノがココにおるんか!?」
「か、返してくださいッ!!」
犯人がいると分かった途端、ネクロを押しのけて手を伸ばす。
たとえ見えなくとも、脚の上には身体があると決まっているのだ。
迷うことなく、そのナニカへ掴みかかった。
ところが、むしろ掴まれたのはクラヤミの腕の方。
グニュリ、と粘液のようなものが素肌にまとわりついて糸を引く。
「こ、これは……!?」
「どないした、クラヤミ!?」
「う、腕が動かないんです……!! 掴まれて、あぅ、引っ張られてます!!」
「クソッ、マズイでこれ!? ネクロ、お前も手伝え! こいつを引っ張り返すで!!」
大柄ゆえにそれなりの体重があるクラヤミだが、それすら物ともせずに身体が引きずられていく。
それだけで尋常ではない怪異の力なのだと分かった。
慌ててガオルが彼女の腰に手を回すと、グッと踏ん張ってギリギリ均衡を保つ。
それでもいつまで耐えられるかは分からない。
この均衡を崩すため、すがるようにネクロのほうへと視線を送った。
「ほう? なぜ我が手を貸さねばならぬのだ」
「なぜもクソもあるかい! このままやと、こいつまで連れてかれてまうやろ!」
「あの二人のようにか? クックック……」
「なっ!? お前、まさか……!! 三馬鹿をやったんは、お前なんか……!?」
続きます。




