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テケテケ・その3

 午後の授業中、その間も生徒達はコソコソと、先生の目を盗んでは内緒話を繰り広げる。

 話題の中心はもっぱら、伊勢海(いせかい)通信の『逢魔時計(オウマガドケイ)』についてだ。


 興奮冷めやらぬ少年少女達は、その噂の真偽はともかく、『本当に怪異がいるかもしれない』という期待感で胸がいっぱいになっている。

 それは先程探し回っていたター坊も同様であり、先生の話など右から左へ聞き流し、頭の中では放課後どこへ探索するかの算段中。


 ぽやぽやと想い馳せる気持ちと同じくらい口元も浮ついており、ついつい心根が漏れ出していた。


「あ~ぁ、昼休みだけじゃ見つかんなかったなぁ。 そういやぁ、あの記事は夕方の出来事だったよな……ってことは、その時間ならオレも……ぐふふ。 痛ぇっ、何すんだよ!」


「あんたねぇ、だらしない顔してないで授業に集中しなさいよ」


 ター坊が赤くなった耳たぶを押えて横を向くと、隣の席にいる口煩いあの女子生徒が、眉を吊り上げ睨み付けていた。

 ぶつくさとター坊の口から漏れていた独り言に気が散り、かなりご立腹の様子。


 しかし、ター坊からしてみれば自分の楽しい時間を邪魔されたのだから、こちらだってカチンと頭に来るというもの。


「んだよ、いちいち噛みつくなっての、このガミガミヤガミン!」


「あんたの方が悪いんだから、ガミガミは余計でしょ! 今度はその減らず口をツネるわよ!」


 今日だけでも、ター坊と何度となくぶつかり合うこの黒髪少女は八神月乃(ヤガミ ツキノ)、通称ヤガミン。

 このクラスの委員長として、問題児であるター坊を人一倍注意しているのだ。


 もっとも、二人共それが日常となり、このような些細なことで言い合いに発展してしまうのも珍しくはなかった。

 そんな周りが見えなくなった二人の世界に、ぬっと黒い影が覆いかぶさる。


「ンもう、ちょぉっと声が大きいんじゃないかしら、アナタ達……」


「ゲ……オカマ先生……」


「あっ、大釜(オオカマ)先生すみません……」


 二人が一斉に見上げると、そこには筋骨隆々ではち切れそうなタンクトップを身に纏う大男の姿。

 しかし、聖母のように優しい笑顔で子供たちを見下ろしており、不思議と恐ろしさは感じない。


 そんな大男が口を少し尖らせ、困ったように眉を山なりに寄せて言葉を続ける。


「分かったならいいのよ。 で~も、罰として、二人には追加宿題のプレゼントしてあげるわねン」


「うげぇぇ、オレ放課後は用事あるのに~……」


「なんで私まで巻き込まれるのよ……」


 優しいけれど甘やかしはしない先生に目を付けられ、ター坊の気持ちは一気に意気消沈。

 隣の席から恨みの籠った視線を感じるが、むしろ泣き言を言いたいのはコチラだとばかりに不貞寝を決め込み、午後の授業をやり過ごすことにした。


「う……くわぁ、はぁ、良く寝たぜぇ。 オカマ先生の声ってスゲェ眠くなるんだよなぁ」


 目を開けて居眠りなんて朝飯前。

 小煩い委員長のヤッカミを受けることなく授業を寝て過ごしたター坊は、パンと両頬を叩いて気付けの目覚ましで脳を覚醒させる。


 これから待ちに待った放課後だ、噂の怪異とやらを探しに行く重要ミッションが彼を手招いているのである。

 悠長(ゆうちょう)に帰り支度をしている場合じゃない。


 チラと横目で隣を盗み見ると、ヤガミンがノートを見直しており、コチラに注意が向いていないようである。

 これは好機と、ター坊は小柄な身体を活かして机の下へ音も無く潜り込み、そのままゴキブリのように地面を這って出入り口へと向かう。


「よし、と。 それじゃター坊、一緒に……って、ちょっと、どこ行く気!? どうせ帰っても宿題やらないんだから、ココでやっていきなさいよ!!」


「あとで見せてくれよな~! オレには行かなきゃいけないところがあるんだよ!」


「この、おばかー!! 絶ぇッッッ対、見せてやらないんだから!!」


 ヤガミンが隣の空席に気が付いた頃には手遅れで、ニヤケ面のター坊が教室からまんまと出ていく後ろ姿が目に映る。

 彼女の渾身の叫びも虚しく響き、ぶつけどころのない怒りで顔を真っ赤に染めるのであった。






 教室を後にし廊下を掛けるター坊だったが、ふと、昼休みにジョウロを片付けていないことを思い出す。


「いっけね、風に吹かれて失くしたら、流石にあのオカマ先生でも怒るよなぁ……うへぇ、まだありますように……!!」


 神頼みでもするように掌を擦り合わせて裏庭へ来てみると、頼みが通じたのかジョウロはまだそこにあった。


「よっしゃラッキー! あれ……? 水、まだあるな」


 手にしたプラスチック容器から、たぷたぷと水音が弾けている。

 たしか空っぽだったと思っていたが、どうやら中身がまだ残っていたらしく、そのおかげで飛ばされない重さになったのだろう。


「まいっか、ほ~れほれ、オカワリやるぞ~!」


 実際は足りなかった分を足してるだけだが、そんな欺瞞(ぎまん)も気にせず草木へ水やりを手早く済ませてしまう。

 とっととこの場を片付けて、逸早く探索に行きたいのだ。


「そうだ、あのチビにもっと……お? おぉぉ!?」


 自分の姿を重ねたあのカイワレはどうなっただろうかと目をやると、思わず目を疑って二度見する。


 いくら自分の頭が悪いと自負しているター坊であっても、流石に昼間のことを忘れるわけが無い。

 それだというのに、記憶にあったカイワレはそこに見当たらず、代わりにでっぷりと大きく実った大根が生えていたのだ。


「なんだこりゃ!? 大根ってこんな短時間で成長するっけ……? いやいやいや、そんなわけないじゃん!! なんかオカシイぞコイツ!!」


 奇妙奇天烈、何かの間違いで無ければ魔法のように急成長を遂げた大根を不思議がり、ター坊は興味津々で顔を近づけ観察する。


 湿った土と青々とした緑の香り、スーパーで見掛けるのと変わりない白い頭が地面から突き出た見た目。

 目を皿のように、舐め回すように、葉の一枚まで、じっくり全部見たのだがやはり普通に大根だ。


 期待通りというか、期待未満というか、なぁんだと肩を落とした瞬間、ター坊は息を呑むことになる。


 なんと大根が土から腕を突き出し、ター坊の持っていたジョウロを奪ったのだ。

 そしてあろうことか、その大根はシャワーのように自身へ水を浴びせかけている。


「うぉぉぉ!! こいつ、動いてるぅぅぅ!?」

続きます。

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