ガッタイコツ・その3
部室棟の奥、裏庭へと続く方面への道が断たれた今、逃げ道は教室棟のみ。
指一本となっても這い寄る骸骨を蹴飛ばすと、ガオルはクラヤミの手を引き、出来る限り全力で駆け抜ける。
「ハァッ……ハヒ……あの、骸骨が来た方角……なんですけど……」
「なんや、やぶからぼうに! 体力ゴミなんやから、無理して喋らんでええて!」
「う、裏の墓場に近い……ですよね……?」
「せやったら、なんやねん!?」
彼女の言葉を話半分に聞き流し、ガオルはチラリと後ろを振り返る。
廊下の奥は霧で見通しが悪いが、それでも何かが蠢く影が浮かんでいる。
それは恐らく先程目にした骸骨達に違いない。
明らかに人では無いカラカラという堅く軽い音が幾重にも響いており、下手をすれば数が増えている可能性すらあるだろう。
その可能性が頭に浮かんだガオルは、なおさらモタモタしている場合では無いとスピードを上げていく。
「でしたら、ぜひゅ、きっと……骸骨はそこから来てる、と思うんです……」
「アイツら、墓場から甦ったちゅうんか!? て、んなわけあるかい!! 骨壺入れんのに、ほとんど粉なっとるやろ!! ジジイの葬式ん時に見たことあんで、ワイ!!」
「いえ……ハッ、ハヒ……ガオルさんも、さっき見ましたよね? あの骸骨が、元に戻るのを……」
「グゥッ!? せやったわ……!? つまり、あれか! あの骨は粉にしても足りひんのかいな!?」
「そういうことに、なりますね……ゴホッ、ヒャィ……」
もはや体力の限界なのか、クラヤミは苦しそうに胸を押さえていた。
そんな彼女の様子に気が付き、これ以上は無理かとガオルが脚を緩める。
そして、警戒するように鼻をヒクつけせ、周囲へと目を配らせた。
「ふぅ……大丈夫かいな、クラヤミ? なんや、ここらは空気が澄んどるし、ちょい息入れとき」
「ハヒ、ぜひゅ……はいぃ……」
ガオルの言う通り、彼らを包む灰色の霧が見当たらない。
教室棟へ入りしばらくすると、少しばかり薄くなり始めていたらしい。
こうして見通しが効くならば、不意打ちを受ける程の距離を詰められることもない。
だからこそ、息を切らしたクラヤミが落ち着くのを待ってあげられるのだろう。
「その……ずっと、言おうと思っていたのですが……」
「あん? どないしたん?」
汗で張り付く髪を掻き上げながら、クラヤミは辛うじて絞り出せた言葉を零す。
そして少しだけ息を整えると、スッと指を伸ばしてガオルに向けた。
だが、ガオルの方は周りを見渡すのに忙しく、彼女の所作に気が付かないで生返事。
「さっき、『ベロ』ちゃんが、食べましたよね……骨……」
「そうやなぁ、おかげで助かったやろお前。 もっとお礼言っとき」
「そうではなくて、ですね……そろそろ、元に戻るのではないかと……」
「なん、やと……!?」
彼女の最後の一言、それがガオルの耳に届くと、彼はビクンと肩を跳ね上げる。
そこでようやく、あの下手くそな鳴き声をしばらく聴いていないことに気が付いてしまったのだ。
「と、トラ公……?」
恐る恐ると、ガオルは視線を下げていく。
彼のお腹に引っ付いた虎の剥製、それを視界に捉えるために。
だが、それよりも先に、ズリ、ズリ、と不気味に擦れる音が真下に響く。
まるで何かを掻き分けるような、不穏な異音。
その何かは考えるまでもないだろう。
虎の厚ぼったい唇の端、そこから白いモノが顔を覗かせていたのだから。
「ウソやろっ!? ホンマにおるやんけ!? トラ公! ほら、ペッしとき! 腹壊すでお前、もう身体無いなっとるけども!!」
「グルル……!!」
再生した骸骨の一部を発見すると、ガオルは慌てて虎の口に指を突っ込み、取り出そうとグイグイ引っ張る。
しかし、当の『ベロ』ちゃんはオシャブリのように舐めていたそれを離す気がないらしく、野性を取り戻したように唸り声で反抗していた。
その必死の攻防のせいか、ボタボタとヨダレが床に滴っていく。
「どうしましょう……あの再生の様子から、骨の身体同士は互いに引き合うかもしれません。 だとすれば、私達の位置もバレているかも……」
「せやかて、コイツが離さへんねん!! ええい、駄々こねんなや!!」
「グゥゥゥ!!」
子供の力と、成熟した虎の顎、比べるまでもなく後者の方が遥かに強く、どう工夫しても骨を引き出すことは叶わない。
しばらくの奮闘の末、ヨダレでベチャベチャになった指を振って、ガオルが諦めたような顔で振り返る。
「アカンわ……お手上げやな……うへぇ」
「うぅん、仕方がないですね……ともかく墓場とは反対方向へ逃げましょう。 きっとター坊さん達も霧の薄い方へ行ったはずです」
「ワイらが行ってええんかぁ……? この骨、追って来るんやろ?」
「そうですが……孤立するよりはずっとマシだと思います。 皆さんで協力すれば、きっと打開策も見つかりますよ」
「まぁ……せやな。 にしてもや、なんで学校がこない静かやねん?」
気を取り直したガオルが、遠くの音を拾うために手で耳を覆う。
だが、何も聞こえないと無言で首を振っていた。
「もしかしたら、ですが……この学校中がマヨイガッコウになっているのかもしれません……」
「それって、アレやったか? 体育館の時の……」
「はい……この世界に捻じ込まれた小さな異世界、怪異の巣食う根城です。 小さいと言っても、ここまで大きいのは初めてですが……」
続きます。




