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カミオロシ・その1

 食堂のおばちゃんが丹精(たんせい)込めてこしらえたお弁当をひとしきり食べ終えると、各々満足気な表情で立ち上がる。

 用意したのは2人分のお弁当だが、小食のクラヤミと密かにダイエット中のヤガミンがいたので丁度良い量だったらしい。


「ん~、ふぅ。 それじゃ、朝のホームルームまでに掃除しないとね」


「掃除? この辺って、掃除するところなんてあったのかヤガミン?」


「あ、もしかして……私の座っていた、このお(やしろ)のことでしょうか」


 ご飯を口にしたことで、ようやく人らしい血の通った色に戻ったクラヤミが、まだ自分の温もりを残す社の基礎を見下ろした。


 社を囲むように雑草が生い茂っているというのに、何故かこの社の目の前だけは草木の無い平地となっている。

 だからこそ、誰かが決めるでもなく自然とこの社の前でお弁当を広げたのだ。


 なので、ゴミが落ちているでもないこんな場所では、掃除すると言えばこの社ぐらいしか思い当たらないだろう。


「ええ、そうよ。 このお社って、小学校の敷地内にあるのに誰も掃除しないじゃない? だから私が一肌脱ごうと思ったの」


「うへぇ、宿題忘れた罰として先生にやらされるなら分かるけどよ、自分から進んでやろうとするかぁ、普通?」


「あのねぇ……善行(ぜんこう)はいくらしたって罰が当たらないものなのよ。 それに、お社って神様が宿ってるんでしょ? 何か良いことが起こるかもしれないじゃない」


 そう言いながらも、ヤガミンは腕を(まく)ってバケツの水とタワシで苔をこそげ落としていく。

 すると放置されていたにしては痛みの少なく真新しい建材が、ゴシゴシと音を上げる度に顔を出した。


 苔が覆って日焼けしていない分、磨く度に鮮明な色が水で光るものだから、掃除のやりがいもあるというもの。


「そういえば……ここは何を(まつ)っているのでしょうね?」


「何って、神様だろ? さっきヤガミンがそう言ってたじゃん」


 ふと、何か思い(ふけ)るように虚空(こくう)を見つめ、クラヤミがポツリと疑問を呟いた。

 そんな寝ぼけたことを言う彼女に対し、ター坊が(あき)れたように口を挟む。


 だが、そうではないと首を振って否定したクラヤミが、今度はしっかりとした眼差しをター坊へと返す。


「ター坊さんが考える神様……とは、どのようなものでしょう? おそらく最初に思いつくようなものは、こんな小さな社には祀りません」


「な、なんだ? なぞなぞか?」


 突然オカルトスイッチの入ったクラヤミに面食らい困惑するター坊だが、彼女はそんな些細(ささい)なことには気もくれず、矢継ぎ早に言葉を続ける。


「神様と言っても色々いるんですよ。 そうですね……こういうタイプの社は、例えば一族の神様の氏神(うじがみ)、あるいは土地神(とちがみ)……特にこの土地神には(たた)りを(しず)めるためのものがありますね」


「祟り……って、やべぇ奴じゃなかったか!? なんか罰当たりな感じの!」


「はい。 昔は河の氾濫(はんらん)、地震や地崩れ、飢饉(ききん)など、人の生活を脅かす自然の驚異が深刻でしたから。 それら災いを抑えるか、あるいはその元凶となる()()()を封じ込める目的があったのだと思います」


「つまり、悪いヤツが入ってることもあるってわけか……」


 表情に暗い影を落とし、まるで当時の惨状を見て来たかのような真に迫る語り口。

 そのクラヤミの重たいトーンに感化され、ター坊もううんと唸りながら、腕を組んで(うつむ)いてしまう。


 彼の(まぶた)の裏には、きっと彼女の話から連想される昔の厳しい情景が広がっていることだろう。


「ちょっと、ふたりとも!! 人がそのお社を掃除してるって忘れてるんじゃないの!? 不吉なことで盛り上がらないでよ!!」


 ところが、話題の輪から外れていたヤガミンからすれば、たまったものではない。

 我慢できずに、会話をぶった切ってでも中断させる。


「あっ、すみません……おどかすつもりは無かったんです。 私、この手の話になると周りが見えなくなってしまって……」


「にしし、そうだよな。 本当に悪いヤツが入ってるんだったら、社に触ってるヤガミンが呪われちまうもんな!」


「ター坊!!」


 キッとヤガミンの鋭い視線が奔り、これ以上言えば分かっているなと釘を刺す。


 すると、触らぬ神に祟りなしと、ター坊が下手くそな口笛で誤魔化しながら少しづつ距離を離した。

 さり気なくヤガミンの手の届かない間合いを取っており、反省していないのは丸分かりである。


「まったくもう……さてと、結構綺麗になって来たんじゃないかしら」


 建材が腐っていないおかげで掃除は難なく進み、子供の手の届く範囲は見違えるようにさっぱりしていた。


 今度は落ちていた木の枝を拾うと、まだ葉が付いていることもあり、(ほうき)代わりに屋根の袖を払う。

 もっと上に堆積(たいせき)した枯れ葉はそのままだが、それでも目の届く分には充分だろう。


 ヤガミンは満足気に額の汗を拭うと、タワシの苔をバケツで洗って、水を雑草地へと捲き捨てる。

 そのままクルリと振り返り、空のバケツをター坊へと突き出した。


「はい、水汲んできて。 最後にかけ流して汚れ取るから」


「えぇ~、なんでオレが……」


「あら、誰のおかげで朝ご飯が食べられたんだっけ?」


「ぐぬぬ、分かったよ! 待ってろ! 超特急で持って来てやるからな! 行くぞ大根!」


 ヤガミンが手放したタワシで身体を洗っていたダイコンランを足先で小突くと、ター坊は影も踏まさない勢いで散水栓へとすっ飛んで行った。

 出遅れたダイコンランもタワシを放り出し、一目散に駆けていく。

続きます。

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