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星の影放浪記「海と炎のアマーリロ」  作者: ウシュクベ
海と炎のアマーリロ
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それから③

 その後ほどなく、アマーリロにとって思わぬ来訪者が来た。


 チエロニア王国第九艦隊だ。


「艦隊って言っても、来たのは三隻だろ? それしかないのかい?」

 酒場で、元海兵の漁師に質問が飛んだ。

「俺が海軍にいたとき、第九艦隊は八隻だった。三隻ってことは、提督のベルトラン・ビジャール卿の船だろ」


 なんでも第九艦隊は、そのビジャール提督とやらの家が世襲的に受け持ってきた艦隊らしく、そのうち三隻の軍船は、個人所有に等しいのだという。


「艦隊の世襲に軍船の個人所有とか、我が国じゃちょっと考えられんなあ」

 別のテーブルで聞いていたマウロ・ボレアが呆れたように言い、同じ席に座る総督の次男坊・エドゥがそれに答える。

「チエロニアは元々小国の寄り合い所帯みたいな国でな。まあこれは連合王国やリュテスもそうなんだろうが……、そのの流れが最近まで続いていて、中央の統制がそれほど強くなかったんだ。伝統的に、なんつうか、『なあなあ』なところがあってな」

「チエロニアらしいや」

 ホーレスのつぶやきに、エドゥはひと睨みを向けてからマウロに視線を直し、

「譜代の諸領主だけでなく、冒険者から成りあがった家に対しても何というか、放任的だった。実際どうだったかはさておき、チエロニアのかつての黄金時代は、冒険者によってもたらされたとも言われてるしな。その時与えられた権益は、子孫に至るまで引き継がれていったわけだ」


 ビジャール家も、元は私掠船で他国の船を襲って名を挙げた海賊だ。やがてチエロニア海軍が創設され、私掠船が正規の艦隊として編入されるようになると、それまでの功績から提督を任されるようになったのだとか。艦隊の旗艦は今なお、私掠船につけられていた名前を引き継いでいるという。


「ま、かく言うわがアマーリロも、初代様は冒険者からの成りあがり。その後『領主』から『総督』に変わっても、世襲同然だがね」

 そして表情を引き締め声を落とし、

「はっきり言って、有力者の中でも特に冒険者や海賊あがりの家は、そのほとんどが王家への忠誠心に欠いていた。中央などおかまいなしに、自分の領地や権益を守ることを優先する傾向があった。本国から遠く離れたこのアマーリロですら果たしている王国に対する責務を、そうした貴族の多くが怠っていたとも聞く」

 黙認された悪例は広がっていく。一昔前のチエロニアは、弛緩と退廃で淀んだ空気に汚染されていたそうだ。


 マウロも笑みを消し、目を細めた。

「たしか、チエロニアでは一昨年、新しい国王が即位されましたな」

「ああ。今度の国王陛下は、そうした現状を改革し、中央主導の国政を目指しておられるそうだ。しかも……。こう言っては不敬だが、相当に『切れる』方のようだ」


 王位継承をめぐる争いで、敵対者の汚濁を明らかにし情け容赦なく粛清した。王冠を戴いてからも、有力者の持つ既得権益をことごとく没収し、自身の後援者ですら、その領地を取り上げている。

 チエロニアは国王の下に議会があるが、その議員の多く……、特に貴族による貴族院議員は、その3分の1ほどが入れ替わったという。

 ただし、王が中心に動いたこれらの処置は、あくまで厳格かつ平等にチエロニアの法を執行した結果である、と、王の賛同者は主張しているそうだ。


「なんだかんだでチエロニアも他の列強みたいに、都市に富や人口が集まって、地方貴族に昔のような力は無くなっていたそうだがな。しかも当の貴族たちの多くがその現状に気づいていなかったとも聞く。『なあなあ』で時代遅れの現状維持を続けていたのを、本来とるべきだった形に矯正したってところかな」

「王の主だった支援者も、台頭してきた富裕層とか……」

 つぶやくようなマウロの言葉に、エドゥはうなずいた。


「まあ当然、恨む者も多い。復讐の魔の手も伸びたというが、それを逆手に、影に潜んでいた者どもを暴き、容赦ない報復を行ったとか」

「それで話は戻るが、チエロニアの第九艦隊は、何しに来たってんだ?」

 ホーレスが尋ねると、エドゥはため息のように答えた。

「義勇により『海の悪魔』退治のために来たとか言っている。本国にある我が家の本家筋も絡んでいるようでね」

「義勇によりって、どういうことだ?」

 ホーレスが首をかしげると、

「つまり、国の指示を待たず、独断で来たってことだ」

「はあっ? チエロニアの軍紀はどうなってんだ! いや、それより、そいつは見ようによっちゃ反逆……」

「言うな、父上も頭を抱えている」

 思わずホーレスは声を上げ、エドゥもこめかみに拳を当てた。


「そいつら、総督府に我が物顔で居座ろうとしたんだが、正直こっちとしては面倒事の予感しかしないし、関わりたくない。幸いと言うか、しばらくしたら、自分の船のほうが居心地いいとか言い出して、文句垂れながら出て行ってくれた」

「そいつはよかった」

「すると今度は、新町の商人どもから接待されて、そっちに出入りし始めたんだが、その艦隊の水兵どものガラの悪いこと……。歓楽街を中心に、千人以上のならず者どもがたむろする格好になった。『島船』目当ての探検家なんかともトラブルを起こして、衛兵隊は寝る間もない」


 つい先日まで新町の宿にいた学者先生は、横のテーブルでその話を耳に入れ、「くわばらくわばら」と、臭いものでも見たかのように顔を歪めた。

「で、その第九艦隊のご活躍のほどは?」

「実際に、何匹か討伐はしたようだが……」

「俺には、手を抜いてるか、遊んでいるように見えたけどな」

 海兵上がりの漁師が、離れたテーブルから口をはさんできた。

「……だそうだ。一応形ばかりの『討伐』はやっている。それと、自慢の軍船で、港に出入りする船の護衛もやっている」

「法外な護衛料で、か」

 マウロが憮然と言った。

 少しの沈黙の後、その息子ホーレスは口の端を釣り上げた。

「……逃げてきたんじゃないのか? 怖い王様から、稼げそうな遠い海へ」

 ぼそりと言った言葉には誰も答えず、エドゥも小さく酒に口をつけた。

 ホーレスはさらにつぶやく。

「色々きな臭いな、そのビジャール提督ってのは」

「みんな分かってるさ。分かってる。今のところ何もできないがね。あんたらも余計なことに首を突っ込むなよ」



「…………」

 耳に入る話は、漠然とした恐ろしさこそあるが、カミロ少年にとって遠い雲の上の話にしか聞こえない。

 それよりも身近で大事な心配が、カミロ少年にはある。


 島船が現れたあの日から、ひと月が経とうとした。雨なき乾季も、もうすぐ終わりを迎える。

 アマーリロにも学校がある。カミロも家業を手伝いつつ、それに欠かさず出ている。

 半日で終わる授業の後、教師に聞いてみた。

「あの、イェハチはどうしてます?」

 この初老の教師は5日に1度ほど、マー族の部落にも出向く。そこにはイェハチの姿もあるはずだった。

「ああ、ちゃんと授業には顔を出しておるよ」

 カミロは安堵した。マー族の友人は、あれから町に姿を見せてない。

「だけどやはり、以前のような笑顔は見せなくなったね。思い詰めているというか……。授業が終わるとすぐに槍の稽古を始めているみたいだし……」

 君も、何かの機会に様子を見に行ってほしい。そう、先生はカミロに告げた。


 カミロと同い年、十の齢とはいえ、イェハチはマー族の男子だ。長子でもある。家族の為にも、一刻も早く一人前の戦士と認められたいのだろう。

(いや、それより……)

 何よりも、「海の悪魔」を討ち取って、父の仇を取りたいのかもしれない。

 明日の朝、カミロはマー族の集落へ、牛乳を買いに行く予定だ。その時、イェハチの様子を見てみよう。そう決めた。



 そしてカミロは、運命の織物が定めるままに、ひとつの出会いをすることになる。


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