王の意思
崖の上でかがり火が焚かれた。船はそれを目指す。
騎士の供述からほどなくアマーリロの警備艇が次々到着し、罪人たちは残らず詰め込まれた。
別の船には捕らえられていた人々が乗せられ、一度アマーリロで健康状態の確認や事情聴取を受けてもらい、元居た場所に戻す手立てを考えることになった。
それらが帰還していく一方、基地に残されていたあらゆるものが改められ、証拠になりそうなものは全て運び出された。
魔法灯で昼のように明るい船着き場に、物品や書類を詰めた箱などが山と積まれる。
ショールらも後続の船に乗り、アマーリロに向かうことになっている。
「おい、こいつを見てくれ」
そんな中、ホーレスが一匹の猿を抱いて船着き場に降りてきた。
「なんだその猿……。いやちょっと待て、こいつはゴリラか?」
海兵のひとりが声を上げた。物珍しさに衛兵の面々も集まる。
その幼いゴリラは、ホーレスの腕の中で、怯えたように視線を泳がせていた。
「珍しい動物の皮なんかが並んでいる部屋があってな、その中を覗いていた」
それから少し痛ましげな目をそのゴリラに向け、
「ゴリラの剝製もあった。多分、この子の親だったんだろう」
ホーレスはその子を従者たちに預けると、砂浜に佇む父とイェハチの叔父、それにショールの背中を見て、彼らの元に歩み寄る。
そして、父の横に立つ。
「チエロニア王の意図が気になります。なぜ、アマーリロの商人とビジャールを繋いだのか。その上で、監視を命じたのはなぜか」
するとマウロは、
「私は海兵の人たちの話も聞いて、ベルトラン・ビジャールという人物について考えてみた」
享楽的で自己顕示欲が強く、短絡的。偉丈夫という噂だが、実際はただの肥満児らしく、贅沢好き。小心でもある。
「ひどい評価だ」
イェハチの叔父は片眉と口角を上げた。
「まあ、そういう人物だから、チエロニアでは政争や権力闘争に積極的に加わるよりも、自分の権益や贅沢な生活が守られればそれでいい、という考えだったのではないかな」
人畜無害と見えなくもないが、艦隊を私物化している。素直にそれを手放せばよいが、圧力をかけてなおしがみ付くとなれば、放っておくわけにはいかない。
「艦隊を取り上げるのにそれなりの事由がいるなら、作ってしまえばいい」
その舞台に選ばれたのがアマーリロ。
「アマーリロの商人たちが麻薬を栽培していたり、奴隷を売買していたことも、王は知っていたかもな。そうでなくとも、今回しでかしたのは、叩けば埃が出るような商人たちなのだろう。そんな商人と組めば……、ビジャールも死霊術士を囲っていたような男だ。取り繕うことのできない大きな罪を犯すだろうと予測した。国の目が届きづらい海外領土ならその可能性も高くなるだろうとも」
実際にビジャールは商人たちの悪行に加担した。そしてそれは、筒抜けになっていた。
「ただし、せこい小物というのは、追いつめられると突拍子もないことをしでかしたりするものだ。糾弾によって暴発されるのは政情が不安定な本国では避けたいところだが、海外領土のアマーリロは逃げ道にもなる。そして実際に彼らはこの地に逃れた。今こうして悪事が暴かれ、それによって荒事が起きるかも知れないが……、本国でそれが起きるよりは、浅い傷で済むだろう」
それからマウロは憮然と腰に手を当てた。
「いや、それだけではないかもな。このアマーリロも、本国から見れば、総督を代々務めるグレンコ家の力が強すぎるように感じるかもしれない。成り行きによってはこの地を統治してきた一族の影響力を減らし、そこに中央の権威を差し込むつもりだったのかもしれん」
「馬鹿な……」
イェハチの叔父は、その推測に唖然とした。
「これはあくまで私の仮説だよ」
しばし、沈黙が流れる。
「いや、王の意志は関係ない」
イェハチの叔父の目に、強い光が宿る。
「奴らが持ち込んだものはすべて焼き尽くす。奴らの仲間たちもすべて排除する」
打ち付ける波の音が入り江に届く。
「王の使者は……、カンタルイ伯はどうなんでしょう?」
ホーレスが父に問う。
「おそらく彼は何も知らなかっただろう。王命に従い、ビジャールに王の言葉を届け、問い詰め、今度のことを調査する。それだけだろう。何かしら思うことはあるかもしれないが」
マウロに続き、ショールが静かに口を開く。
「彼は紛れもなく公平で誠実な人物だ。主君の意志に関わらず、自分の見たこと、感じたことを率直に述べ、自らの正義に従う、そういう剛毅さも感じた」
恐らく、その発言に対する信頼と、世論への影響力は非常に強い。
「だからこそ、使者に選ばれたんだろう」
しかしそれは、その報告次第で、アマーリロの命運が左右されることにもなる。
「つまり、チエロニアの王に試されているのか」
イェハチの叔父は嘆息する。
「幸いあの特使は、この地の人々に悪い印象は抱いていないようだ。あなたの甥も、どうやら気に入られている」
「イェハチ……」
甥の名に、ほのかに笑みが浮かんだ。
マウロは、解放されたツァンの人々のことをつぶやく。
「こんな所で捕らえられ、汚泥にまみれた人々が、元の暮らしに戻れるのか心配だ」
「それについては大丈夫だろう」
ショールが応えて言う。
「彼らは庇護が必要な弱い民などではない。あなたが思う以上に、たくましく、したたかに、この地に生きてきた人々だ」
マウロはしばし思案してのち、
「そうか。君が言うならそうなんだろう」
軽く笑みを浮かべ、あごをさすった。
「むしろ、戻ることができないのは……」
ショールの視線は、左右を衛兵にはさまれ、うなだれて岩に腰かける、あの騎士の横顔に向けられた。
マウロは嘆息する。
「私は彼と剣を合わせた。ここでいささか鈍ったようでもあるが、鍛錬を積み重ねた、癖のない正道の技の持ち主だった。本来は勤勉で実直な人物だったのだろう。こんなことに巻き込まれなければ、ひとかどの剣士、立派な騎士として尊敬を集められたかもしれないのに」
そして痛ましげに首を振る。
「こんな所で、腐った連中に交わって暮らせば、どんな清廉な心も穢れていく。人間の心は、そんなに強くない。神々が示した正義と倫理の道に従うべく務めても、人の本質はどうしても悪神がささやく誘惑に惹かれやすい」
波の音に混じり、かすかに船の音が聞こえてきた。
「さて、アマーリロに戻ろうか」
マウロが言い、ショールは背後を振り返る。
バルカ族の者たちがそこにいた。
「世話になった」
ショールの言葉に、まじない師は口元を緩める。
「別れだ、フ・クェーンの遣い。おそらく船で向かう先、戦いが待っている。私たちは加われないが、荒野の戦士達、集まってる」
ショールはかすかなうなずきで返した。
まじない師は続ける。
「伝える言葉がある。あなたには強い星の護りがある。その星、海の呪いを清める。導きに従い、時が来たら、フ・クェーンの石の力を使え。その炎を勇者に託せ。これは精霊の言葉、死んで時を待つ者たちの言葉。私からの最後の贈り物」
ショールはその言葉を咀嚼するように沈黙する。
入り江に、船が入ってくる。
そしてショールは、バルカの者たちに軽く頭を下げる。
「助言をありがとう。さらばだ、森の人々」
「さらばだ、フ・クェーンの遣い。海と炎の導きのままに」
ショールらは船に乗る。
そして再びアマーリロへ。




