表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の影放浪記「海と炎のアマーリロ」  作者: ウシュクベ
海と炎のアマーリロ
46/66

掃き溜め

 ショールに同行した衛兵隊は、捕らえた者たちを広場に集め、本隊からの応援を待っていた。

 一方、さらわれていたツァンの人々も、広場の離れた場所に集められた。そして衛兵隊と、それを手伝うマーやバルカの戦士達から、基地の食料を配られつつ、それぞれの出自やさらわれた経緯について聴取を受けていた。


 そんな中、突然ひとりの男が立ち上がり、人さらいどもを睨み、叫んだ。

「武器をくれ! そいつらに復讐させろ! 俺は弟を殺されたんだ!」

 それを皮切りに、同じように怒りに燃える人々が、次々に復讐を叫び出した。


「おい、落ち着け!」

 とても少人数で抑えきれずにいたところで、視界に数匹の蜂が粉を引きつつ飛ぶ。

 すると、叫んでいた者たちの顔は、憑き物が落ちたように安らいで、そしてそのまま崩れるように眠りについた。

「クラン氏か。あのお人は……」


 それ以後、誰も何も言わなかった。フ・クェーンの客人、東から来た魔法使い。バルカの呪術師からそれを聞いた人々は畏怖によって口を閉ざし、一方で、ここで無法を働いていた者ども、特にツァン諸族で人さらいに加担していた者は、恐怖で震えていた。


 

 そのショールは、ここで本部となっていた建物の中にいる。

 イァン族の火打石は、この建物の屋根に置かれた草だけを派手に燃やし、中にあるものは焦げひとつつけていなかった。


 何本かの蠟燭が照らす最も大きな部屋で、王の密偵を名乗った剣士は椅子に座らされ、目の前のテーブルには通信機と、複数の録音機が置かれていた。

 衛兵隊の隊長がその男の前に座り、男の横に海兵の長が立つ。少し離れた場所に、ショール、イェハチの叔父、ボレア親子が、壁に背を預けていた。


 そして、捕らえた人さらいの中で主だった者……、仕切り役の老人や現場を取り仕切った班長格の男数名、死霊術士などが縛り上げられ、ふたりの海兵に睨まれながら、暗い部屋の隅にまとめ置かれていた。

 バトルメイジの男らは、ほかの怪我人とともに、別室でボレア家の従者たちの監視と治療を受けている。


 王の密偵を名乗った剣士は、チエロニア本国のラガズール子爵家……、アマーリロ総督の本家筋に当たる家に仕える者と自称した。

 鮫を討伐した時、そして、その後総督府にショールらが招かれたとき、ビジャールの副官や商人たちに混じって、その子爵家の者がいたはずだ。

「妙に飄々とした男だったな」

 港でその姿を見ていたマウロも覚えていた。

「確か、ビジャール艦隊がアマーリロに来たのにも、その子爵家が一枚噛んでいたとエドゥ氏が言っていたが」

 マウロはもうひとつつぶやき、その尋問を見守ることにした。



『本物だな。ラガズールに仕える騎士だ』

 通信機の向こうから、総督の声が聞こえた。

 剣士は確かに、ラガズール子爵家の騎士だった。氏名、身分などを総督自ら照会した。

 部屋の隅、捕らえた者たちの剥いた眼が、剣士を睨み、暗がりの中で不気味に光っている。


 衛兵隊長がショールに尋ねる。

「クラン氏、彼が嘘を言えば、あなたには分かるか」

「ああ」

 通信機の向こうには、王の遣いであるカンタルイ伯や、フ・クェーンもいるそうだ。騎士は知る限り全てを話すことを了承していた。

「こうして捕らえられたとき、全てを話すことは、あらかじめ許されている」

 そう、男は言っていた。


「私は王の命により、ビジャールの監視をしていたのだ」

「つまり奴らは、ビジャール提督の手下だと?」

 尋問は主に、衛兵隊長が務める。

「ビジャール提督の私兵のほか、アマーリロの商家の者、それと、商家が雇った流れ者もいる」

『ちょっといいか』

 通信機から総督の声が割って入る。


『そちらの家は、昔からビジャール家に近かったはずだが……。親しくしていたのは、演技だったのか?』

「いえ、そうではありません」

 騎士は、眉根を寄せつつ目に怯えを浮かべ、頭を振った。

「本国から遠く離れたあなた方には分からないだろうが、王は本当に恐ろしいお方なのです。たとえ家族や親友を裏切るとも、とても逆らえるものではない」

 見ると、騎士の目は、震え始めていた。


『言っては何だが、君は陛下から見れば陪臣だ。なぜ、そんな風に言い切れる?』

 騎士はテーブルの上で手を組んだ。その手も震えている。そして、同じように唇も震わせながら、ようやくといった風で、うわごとのように言葉を漏らし始めた。

「あの王が玉座を争っていたころ、私の主は別の王子についていた。私に下された命令は、わが主か、さらにその上によるものかは分からないが、私はあの王に……」

「待て」

 鋭く制したのは、ショールだった。

「総督閣下、これ以上は聞かないほうがいい」

 部屋にいた者たちは、そこで初めて、危険な話題に踏み込もうとしていたことに気づく。

『あ、ああ……。分かった。その話はもういい』

 騎士の男は、震えながら、水か酒をと求めた。


 ボレア家の従者が持ってきた水筒の水を、口の端からこぼしながらも一気に飲み干した所で、衛兵隊長が問う。

「監視と言ったが、そもそもこの地にビジャール提督の艦隊を招いたのは、あなた方だとも耳にしている」

「我々が招いた、ということにしたのだ。わが主はビジャールに近く、かつアマーリロ総督の本家筋にあたる。自然な話だろう?」

「実際は違ったと?」

「知っていると思うが、ビジャールは本国で強い圧力を受けていた。世襲で艦隊を持ち、いくつかの船を私物同然に扱うことなど、あの王が許すはずがない。そこで奴は、かねてより付き合いが深い、アマーリロの豪商の招きに応じた」


 そこで総督が口をはさむ。

『かねてより付き合いが深い、か。妙にベタベタしていると思っていたが、ここに来る以前から付き合いがあったのだな』

 ここまでは総督らの予想の内らしく、特に驚くことはなかったが、

「はい。一年以上前になりますか。我々がビジャールと豪商たちを仲介したのです」

『……仲介だって? 君たちが?』

「はい。王命によって」

「王命だと」

 衛兵隊長の細い目が見開かれた。通信機の向こうでもざわめきが聞こえる。


 衛兵隊長が言葉に迷う中、総督の声が騎士に尋ねる。

『なぜだ。なぜ王はそんなことを……』

「ちょっと待った」

 マウロが口をはさむ。

「それを聞いたら、チエロニア王から刺客が送られるとかはないだろうね」

 部屋の隅で縛られている者たちも、ギョッと目に恐怖を浮かべた。


 騎士は憔悴した様子で言った。

「王がいかなる意図でそのような命を下したのかは、私もわが主も聞かされていない。我々はただ、言われるままに、アマーリロの豪商たちとビジャール提督とを仲介し、その後の成り行きを監視しただけだ」

 騎士は首を振る。

「重ねて言うが、あの恐ろしい王に否はない。理由を聞くこともない。余計なことは知りたくもないし、逆らって恐ろしい目に合いたくもない」

 不敬とも取れそうな、投げやりな言葉を言った後、騎士はふっと、鼻で笑った。

「それに、あえて逆らいたくなるような難しい仕事ではなかったしな。ビジャールは見栄っ張りで贅沢好きで隙だらけ。側近どもも似たり寄ったりだ」


 部屋の隅で眼光を強める者がいたが、彼はかまわず、

「仲介は簡単だった。ビジャールはおだてに弱く、商人どもの贈り物にも何の疑いもなく気をよくした。片や商人どもにしてみても、後ろ暗いことをしている以上、武力の後ろ盾は喉から手が出るほど欲しかったようだしな」


 衛兵隊長の目が鋭くなる。

「つまり、あなたの知る商人たちは、ビジャール提督と知り合うよりさらに以前から、人身売買や違法薬物の取り扱いに手を出していたのか」

「裏で細々と、目立たないように。だから我々も最初は気づかず、普通の商家だと思っていた。だが、ビジャール提督と繋がりをもってからは、大胆になり、規模も急激に大きくした。王への報告事項は、日を追うごとに増えていったものだよ」

『まさか、陛下の意図は……』

 総督の、うめくような声が漏れてきた。

「なんとなく想像はできるが、胸に閉まっておいた方がいいでしょうな」

 疲れ切ったように目を伏せ、騎士は言った。


 彼は証言を続ける。

 血涙草の栽培とレッド・ベラの精製も、ビジャール提督お抱えの死霊術士がいればこそで、この基地もビジャール提督の私兵が中心になり、半年以上かけてここまで造ったものだそうだ。


 そしてこの森の基地は、奴隷と麻薬の管理場所と言うよりは、もしもの時のための潜伏場所として考えていたという。

「潜伏場所?」

「先ほど言ったように、ビジャール提督は、改革を進める王からは睨まれる立場にあった」


 王の圧力で本国にいられなくなったら、ここを仮の隠れ家にする。あの無慈悲な王ではいずれ政変でも起きるだろう。それで王が失脚するなり情勢も変わるだろうから、それまで隠れればいい。

「甘い観測だな」

 マウロがつぶやいた。


「では、あの鮫はどうだ? あれも、その商人たちとビジャール提督の仕業か」

「そうだ」

 衛兵隊長だけでなく、イェハチの叔父やマウロらの目も鋭く細められる。

「つまり、全てビジャール提督と、アマーリロの一部の商人たちの仕業であると、あなたは証言するのだな」

「ああ」

「でたらめだ!」

 老人が叫んだ。


「そいつは嘘つきだ! 自分だけ助かりたくて、王の密偵だなどとでたらめを並べているんだ!」

 すると、横にいた者も、

「そもそもそいつだって、ここでガキの股をこじ開けて……」

「黙れ!」

 騎士が激高して立ち上がろうとし、海兵の長に抑えられた。

 肩を抑えられながら、それでも騎士は叫ぶ。

「俺は誇り高きマルカの騎士だった! それがこんな所で、魂が腐るのを感じながら過ごす苦しみが、下賤な貴様らに分かるか!」

「何が騎士だ、裏切り者が!」

 縛られていた男たちが次々に喚きたてる。


「黙れ!」

 男たちの横にいた海兵が靴を鳴らして黙らせたが、にわかの沈黙ののち、くっくと笑う声が漏れる。

 第九艦隊の兵士らしき男のひとりだった。

「騎士様よ。確かにあんたは最初、いかにも騎士って感じのすまし面で、俺らを汚物みてえに見てやがった。だがなあ、それもひと月だってもったか? この掃き溜めに少しずつ染まって、最初は俺らの目を盗みながらよう……」

 絵画に描かれる悪魔のような顔で、男は汚泥じみた悪意を向けていた。

「少しずつ自分の欲望に正直になって、今じゃどうだ、立派に悪党の一員よ。いやあ、あんたが堕ちていく様は、なかなか見物だったぜ」


 男の漏らす笑い声が、徐々に大きくなる。そして、もはや耐えきれぬといったように、声を上げて笑った。そして、笑ったまま、剥いた眼で吠えた。

「おい騎士様よ! てめえももう俺たちと同じだ! マガファに魂を売っちまったのさ! 裁判になったら、てめえがここでやったことも洗いざらいぶちまけてやるからな!」

「貴様ぁ!」

 今度こそ椅子を蹴って立ち上がる騎士を、海兵の長は止め、なおも哄笑する男を、海兵はとうとう銃で殴り飛ばした。


 ショールの横で、イェハチの叔父が拳を握りしめ、苦く言葉を漏らす。

「こんな奴らに、俺の兄は……、あの子らの父は!」

 怪物鮫を相手に命尽きるまで戦い、漁師たちをかばった、イェハチの父。


「蛮人がお高く止まるんじゃねえ!」

 海兵に殴られてなお、その男は血まみれの口で、今度はイェハチの叔父を罵った。

「裸足で歩く連中が、何が誇り高き戦士だ。その上被害者ヅラかよ。そもそも誰が奴隷狩りを始めたか知らねえのか」

「何だと」

 イェハチの叔父はすさまじい眼光で男を睨む。

 それに対し男は、またも底知れぬ悪意を込めた笑みを浮かべた。

「あの商人どもが最初じゃないぞ? それに、襲撃先の情報や、この隠し場所のことも、誰が教えてくれたと思っている?」

「やめろ!」

 叫んだのは、その場に縛られる者たちの中で唯一の、ツァンの男だった。


 イェハチの叔父はその男に剥いた眼を向ける。男は逃げるように目をそらした。

「貴様たちは同胞を……!」

 海兵に殴られた男は、血のついた唇を、さらに邪悪に歪めた。

「文明の便利さ、快適さ、富の魔力……。一度知れば、もっともっとと欲しくなるのは当然だろうさ」


 ツァンの男は、震えながら床に顔を埋め、声を漏らす。

「お、俺は、俺たちは、首長に言われて仕方なく……」

「けっ、何が仕方なくだ。お前、何人の女を慰み者にしたよ」

 ツァンの男は、跳ねるように顔を上げた。

「お前らがやらせたんだろうが!」

 すると笑い声が起きた。海兵に殴られた男ではない。別の男だ。

「最初はな! 後はてめえが進んでやったことだろうが!」

 罵り合いが始まった。縄で縛られたままでも殺し合いになるかと思うほど、互いに憎悪をむき出しにしていた。


 ショールは衛兵隊長に目を向ける。彼はそれに気づき、うなずいた。

 ショールのベストの色が変わり、蜂が飛んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ