海と炎の戦士たち①
鮫たち目がけて突撃する船の舳先には、いずれもマーの戦士たちがいた。
その槍が炎を噴きあげる。船ごと飲み込まんとする鮫の大あごも恐れず、戦士の怒りもあらわに火の玉と化し、敵の胃に飛び込むがごとく身を乗り出す。
炎と槍を叩きつけ、あるいは上あごに突き刺した。槍の魔力はさらなる猛火となって吹き上がり、戦士の膂力と船の勢いともに鮫の巨体を押し返し、投げ飛ばした。
衛兵たちも船べりから銃を撃つ。銃身と弾丸に雷と、水を貫く付呪を施した、この時のために備えたものだ。それでも接近し、牙をむく鮫がいれば、控えていた短槍の遣い手たちが、怯むことなく槍を突き立て、その一撃のたびに、鋭い音と電光が走る。
後に続く荒くれ漁師たちやリク族はさらに凄まじかった。
彼らは付呪されたものはおろか、まともな武器の携帯もできず、乗っている船もただの漁船。一応は帆船でなくプロペラ船を選んだようだが、それでも速度は遅く装甲もない木造船であるのに、漁師の勘を頼りに、果敢に鮫の魚影に向け突撃した。
そして命綱一本に身を託し海に飛び込むや、鮫の背中に取り付いて、銛やナイフを振るって憎き相手を突き刺し、切り裂いた。
(この時を待っていた)
アマーリロの人々の怒りを代弁し、彼らは海を駆け戦った。
「おお……、なんと勇敢な!」
軍艦の上で老提督が感嘆の声を上げた。
その戦いは原始的で、洗練さなどというものはない。しかし、戦士というものの本来の姿、その本質を示すような、魂を揺り動かす荒々しさと美しさがあった。
「イェハチ」
その横で仲間たちの戦いを眺めるイェハチに、眼下の海上からショールが声をかけた。
「そこにいろ。あっちを手伝ってくる」
「僕も行く!」
イェハチは身を乗り出したが、
「君はすでに父の仇に一太刀浴びせた。あの怪物との戦いに、一番乗りで一撃を食らわせた。充分に誇るべきことだ。後の手柄は彼らに譲ってやれ」
「でもあんたは行くんだろ!」
「手伝うだけだ。このままでは死人が出る。この町に来て見知った顔も多いから、できるだけのことはしたい」
その言葉に、あの日、父が最後の戦いに赴く姿が浮かんだ。
ショールは腕に巻き付いた杖を、エドゥらの船に伸ばした。杖は船べりの手すりに巻き付き、ショールの体は瞬く間に杖に絡みつかれ、飛んでいった。
「……!」
イェハチはたまらなくなり、槍を手に再び手すりを乗り越えようとしたが、また水兵たちがしがみついて止めた。
「離して!」
「無茶だ、よせ!」
「僕だってマーの戦士だ! 仲間が命がけで戦っているのに黙って見ていられるか! それに奴らは僕の父さまの仇だ!」
すると横で見ていた老提督から、雷のような声が飛んだ。
「死ぬ気か、馬鹿め!」
水兵たちの方が飛び上がりそうになる中、イェハチは怯まず言い返した。
「死ぬのが怖くて槍は持たない!」
そう言って向けられたまっすぐな目を、老提督は睨むように見ていたが、ややあって、その岩のような顔がわずかにほころんだ。
そして吠えるように言った。
「気に入ったぞ、小僧! いや、マーの戦士よ! ますます死なせるわけにはいかんな」
「提督が陸の戦士を気に入るとは珍しい」
低く、よく通る、威厳のある声が響いた。
イェハチが振り向くと、赤い飾り布をかけた男が、何人もの護衛に囲まれ、しかしこの状況にあっても泰然として立っている。
水兵たちはイェハチの体を離し、提督も居住まいを正した。
(王の使者の人だ)
港から見た時よりも、その表情は柔らかく見えた。その細身の体も戦士のそれとは違う。
だが、近くに立って改めて分かることもある。この男には威容がある。偉ぶったチエロニア人は何度も見たことがあるが、この男は本物の貴人だ。体は大きくないのに、巨象を前にしたような感覚がある。
老提督は、口の端を釣り上げながら、
「閣下、わたくしは勇者であれば分け隔てなく敬いますぞ。ただ残念なことに、我が国の陸軍には真の戦士がおりませんでな」
「これは手厳しい」
「それよりも閣下、ここは危険ですので艦橋に……」
側仕えの者が王の使者に言い、彼はうなずき、それからイェハチに視線を移した。その口元は、わずかにほころんでいる。
「マーの戦士。私も君と同じように、人が命をかけるいくさ場を、ただ見ているだけ、というのは性に合わん。だがそれで私が先頭に立てば、迷惑を被る者も出てしまう。分かるかね」
太い声だが、穏やかに言い聞かせた。
「だから私は我慢して奥に引っ込んでいる。君にも付き合ってもらおう」
そしてイェハチは再び水兵たちに脇を押さえられ、艦橋へ連れていかれた。
その一方、
「でかい借りができたな、旦那!」
船べりをよじ登り、船に乗り込むショールに、エドゥが声を投げた。
ショールの背後で爆音が起きる。振り返ると、水面に水柱が起き、遅れて鮫がもがくように浮いて、銃弾の雨を浴びた。
「爆雷か」
「そうだ、奴ら海の中に引っ込みやがったからな。魔術師に場所を割り出してもらって、爆雷を食らわせてる」
「それなら……」
ショールは海を指さした。
蜂が海のあちこちに集まり、蚊柱のように群れる。そしてそれらの群れが、水上を移動する。
「鮫は蜂の群れの下。深さは群れの高さと同じ」
「拡声器を!」
エドゥは魔術師から差し出された、線の付いた筒状のものを受け取ると、
『野郎ども、鮫は蜂の群れの下だ! 深さは高さと同じ!』
早速、迫る蜂の群れに気づいた漁船が急速で回頭し、直下からの攻撃を避けた。
衛兵を乗せた船は蜂の群れを追い、爆雷を投下し、銃を放つ。
漁船も蜂の群れを頼りに数隻がかりで網を張り、鮫を海面近くまで引き上げるや、ナイフや銛を振るいながら、躍りかかった。
軍艦のほうも動いた。
「野郎ども、今のが聞こえただろうな!」
この時には、随行の軍船から対潜の付呪が施された武器が運び込まれ、甲板の水兵たちに行き渡っていた。
提督の指示で、甲板から兵たちが狙いを定め、一斉に銃や魔法を放つ。
今や鮫は、一方的に狩られる側に回っていた。
それらを見まわして、ショールがエドゥに振りむく。
「エドゥさん。最初にイェハチが刺した鮫を狙うんだ。あれが群れを率いている」
『何だって?』
拡声器を付けたままで、エドゥが答えた。
「目の上に三日月の傷があるやつだ。奴さえ倒せば、他の鮫は混乱するなり、動きが鈍くなるなりするはずだ」
『場所は!?』
「あの動かない群れの下。私が痺れさせた仲間を食っている」
ショールの指さす先は、大きな蜂の柱があり、その海面は、大きな穴が開いているかのように、海面が赤く曇っていた。
『爆雷用意! あのぶっとい蜂の群れのとこまで行くぞ!』
高速船が回頭した。
しかしそれと同時に、蜂の群れが動き出した。
真っすぐ、エドゥらの高速船に向けて。
「やる気か、上等だ!」
しかしそう言った直後、その鮫は轟音とともに波を巻き起こし海面に飛び上がった。
その姿を見たものは皆絶句した。目の上に傷があるのは間違いないが、その体は明らかに巨きくなっていた。この警備艇よりもはるかに。
そしておぞましいことに、その口からは、仲間である他の鮫の頭が出ていた。エドゥらは聞き流してしまっていたが、ショールの言葉通り、その鮫は仲間を食っていたのだ。
大鮫は赤く染まった飛沫ととともに海面に飛び込み、その背びれを見せつけながら迫ってきた。
ショールの蜂は、すでに四散している。




