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草の護り、蜂の護り、精神の洞察②

 アマーリロ湾を地図で見ると、牙のある獣が大きく口を開いた形、という人がいる。

 湾奥は扇を広げたようで、南北に分かれた港湾地域はそれぞれ3キロほど続くが、それより先は岸から伸びた牙のような岩礁が連なり、船を着けるのが難しくなる。そして湾の出口は、細長い陸地が牙のように南北から伸びているそうだ。


 この古い石積みの港は、備え付けの設備も年季が入っていて、それが雑多に配置されている。今では時代遅れと言われている、蒸気機関のクレーンも高々とそびえていた。

 大型船の停泊を前提とした区画もあるが、基本的にこの港は漁港として用いられている。



 一方、ここから遠く見える南の新しい町と港だが、建物からして白く輝くようで、設備も大型の貨物船や旅客船の入港を前提としているようだ。防波堤も灯台もコンクリート造りで、それが翼のように港を覆っている。


 そしてその港に並ぶ中でひときわ大きな船。その左右には、一回り程小さな、帆のない船を従えていた。

「あれは……軍船か? かなり大きい」

「第九艦隊の船です」


 高々とそびえる帆柱に、大きな外輪。船尾楼もある巨大な船体にはレリーフが施され、海に浮かぶ宮殿のようだった。


「優美に装飾しているが、それだけに前時代的に見えるな。今時、帆がある軍艦自体珍しい」

「そうなんですか?」

「帆船は見た目が優雅だから貴族や金持ちに好まれるが、軍船としてはな……」

「へえ……」

「外輪も時代遅れになりつつある。今の軍船は、プロペラの力で動くものがほとんどだ。そして必要なくなった帆の代わりに、砦や塔のような艦橋が立っている」

「へえ……。漁船なんかと一緒なんですね。プロペラって、小さい船がつけるもんだと思ってた」


 年頃の少年には中々興味をそそられる話だが、ショールはすぐに船から顔をそらした。

「昨日も思ったが、この町ではセムカ系の人々が溶け込んでいるね」

 彼の興味は、別に移ったようだ。「セムカ系」の人々とは、ツァン諸族のことだろう。

 港にも多くのツァン諸族の人々がいる。彼らは服装もチエロニアの人々と同じく、シャツにズボンといった格好で、買い物をするもの、市場の手伝いをするものなど、まさに町に溶け込んでいた。


「港にいるのはリク族の人が多いですよ。元々海沿いに暮らす人たちだから、漁の手伝いなんかもしてます。あとはウタ族とかかな。農耕をして暮らしてる人達です」

 ツァン諸族に分類される人々の中でも、海沿いの部族や、荒野で厳しい自然を相手にしていた部族の一部は、アマーリロの町に移住するようになった。


「だけど、南の密林に住んでるバルカ族の人たちなんかは、ほとんど町に寄り付かないですね。使う言葉も他と違うし、とても警戒心が強いんです」

「だがそれにしても、異なる人種の人々が、ここまで自然に混ざり合う町は、私もほとんど知らない」

 ショールは港の風景を見る。同じ人種同士で固まることもなく、異なる出自を持つ人々同士、気軽に声を掛け合っている。

「そう見えます?」

「ああ」

 最近ツァンの人々との間に、見えない亀裂が生じていることを感じざるを得ないカミロとしては、その言葉に心が軽くなるのを感じる。



 ややあって、目当ての店の前に来た。例によって、足の悪い強面親爺の店だ。

「ようカミロ。『東から来た人』も一緒か」

「妙な呼び名が定着したな」

 ショールが言うと、親爺はパイプの煙をひと吹きして、からかうように片眉を上げた。

「そう言いなさんな。マー族があんたをそう呼んでんだからよ。マー族も昔、モンゴ山と東の荒野を抜けてこの地にたどり着いた、って言われてる。彼らにとって東から来る人間、っていうのは、自分たちと同じ、荒野を抜けたつわものってことだ。あんたを称えた呼び名だと思ってくれ」


 親爺と話していると、港がにわかにざわついた。漁船が戻ってきたようだ。

 ひと月前のあの日以来、カミロ少年は漁船の帰還に心がざわめくようになった。

 その日も何も起きなかった。漁船はプロペラ式のものから次々に港につき、護衛の船には、衣をまとい槍を持つ、マー族の戦士たちも乗っていた。


 護衛が乗る船は、船底が水の上を滑るようで、船尾から水を吹き出しながら進んでいる。

「警備艇は水流船か」

「おう、ケツから水を噴き上げる。船底も、水の上で浮き上がる魔法をかけてあるんだそうだ。扱いが難しくて魔法使いがいないと動かないのが玉に瑕だけどな」

 ショールのつぶやきに、親爺が答えた。


 親爺のせがれ達が魚を運び込んで来る。大勢の漁師が市場を歩く中、

「イェハチ!」

カミロはマー族の友人の姿を認めた。

「今日から早速警備に入ったの?」

「うん、今朝は叔父さんと一緒に来た」


 カミロの後ろに、マー族の戦士がひとりいた。マーの戦士の多くは長身かつ細身で、黒豹を思わせる者が多いが、彼は背が高いだけでなく太くたくましい肉体の持ち主で、獅子を思わせた。それでいて表情は厳しいものでなく、目元や口元に緩く笑みが浮かんでいる。

「今日からはフ・クェーンの言いつけ通り、カミロの宿に泊まるよ」

「イェハチをよろしく頼む」

 イェハチは、凛々しい顔で笑い、その叔父は、甥の肩に手を置いた。



 その時、それは唐突に起きた。


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