アマーリロへ①
アマーリロの門に向かう道すがら、ショールは所有する「魔法の道具」について、その一部を見せた。
「ああ、確かに伸び縮みするな」
彼の持つ杖が、伸びたり縮んだりした。
「まあ、確かに珍しいかもな」
見せろと言ったエドゥだが、どう反応したものか、困ったように言った。カミロも、魔法というより手品のようだというのが正直な感想だった。
他にも、腰に下げていた琥珀の輪から、蜂が飛び出した。ミツバチのような、小さく丸こい蜂だった。それはショールの周りを一周し、琥珀に戻った。
「それ、中で蜂が死んでる?」
イェハチは琥珀を見て言った。カミロも近づいてよく見せてもらうと、確かに琥珀の中で蜂が丸くなっている。たまに虫が封じられた琥珀があるというのは聞いたことがある。
外套の色が変わるのも見せてもらった。深い灰色の外套が、アマーリロの土のような黄色に変わり、また戻る。
それに、彼が外套の中で身にまとっている麻のような衣。見る見る色が変わったかと思ってよく見たら、砂粒ほどの小さな花が、ミニチュアの花畑のように咲いてはしぼんでいる。
「いや、分かった。とりあえずもういい」
エドゥが止めた。丘陵の畑の中を道は続き、アマーリロの門が見えた。
左右に広がる耕作地は起伏が激しいが、大地から突き出る岩や石は排除され、作物は陽光の中に規則正しく並んでいた。
見えるのはイモと思われるものや豆類、低い場所には水田として用いられたという黒い土の区画もあり、遠くには果樹林も見える。
「あっちの丘は、綿花か」
ショールの言葉に、エドゥが応じた。
「質も悪くないぞ。まあ、衣料に使える素材は貴重だから、外に出す余裕はないけどな。輸出品なら、カカオやバナナがある」
アマーリロの門は、無骨で堅牢な石造りのものだった。城壁は、起伏の激しい地形を生かしながら、町全体を覆っている。
町を守るのは衛兵隊だ。治安維持を主任務にした組織で、正規の軍には劣るが、海賊くらいならものともしない装備と練度があるとか。
衛兵たちの多くは黄色を基調にした軍服に三角帽子をかぶり、武器は元込め式の銃を手に、サーベルと短剣を腰に差す。
これらの装備はいずれも魔法により付呪が施されている。銃には威力や飛距離の向上、弾にも様々な付呪がある。また制服も、ただの鉄製の防具よりはよほど強固になるよう、強化されている。
今の世は、魔法の加護のある武具ですら大量生産され、質さえ問わなければ一兵卒にも行き渡っている。
衛兵の中には、胸甲と鉄兜によろわれ、槍を手にした重装備の兵もいる。門や物見櫓の上には、荒野を見張る魔術士らしき者も見受けられた。
こちらの姿を認めた門兵が、あっと声を上げた。
「エドゥ様! またお供も連れず、どこに行ってたんですか! お館様やプリニオ様がお冠ですよ」
エドゥは取り繕う笑みで、片手を挙げた。
「ああ、ちょっと帝国の友人を案内に……」
そこでフ・クェーンとその客人、つまりショールに会ったと話したら、門兵は目を丸くした。
「あとでカミロの宿に役人を送ってくれ。遭難者担当のな」
「遭難者担当と言われましても、そんな役職……」
「んじゃ、頼んだぞ」
そしてエドゥはそのまま門を通り過ぎた。ショールは歩きながら、その門を肩越しに振り返る。
「私の審査は、あそこで行うんじゃなかったのか?」
「そういうのは港でしかやらない。東の荒野から来る外国人なんていないからな」
そしてエドゥは肩をすくめた。
「それにさっきも言ったが、フ・クェーン手ずから黒曜石を贈られた者を追い返すことはできん。ただし、総督府にはあんたのことを報告せにゃならんがね」
門の周辺は、領兵詰所の大きな建物を除き、倉庫らしき小さな建物が目立つ。かみ合わせの悪い石積みで、屋根も雑な草ぶきだ。
町の中央に向かうにつれ、大きな建物が道の左右にひしめき始め、人々の声も賑やかになる。
ショールは町の風景を眺める。家々の多くは石やレンガ造りで、四角張ったものが多い。
やがてモルタルや漆喰の壁に、木材を組み込んだ建物も見られるようになり、その多くに、絵や文様が描かれた幕が垂れている。
進むほどに人の行き来は増え、潮と土埃のにおいが強くなってきた。道をはさむ建物も、ほとんど隙間なくくっついて、壁のようになっている。
町は色を当てはめるなら「黄色」と言うべきか。「アマーリロ」の名は「黄色」を意味するチエロニアの言葉をもとにしている。土の色、石の色、それらを建材とした家々も黄色い。そういえば、野草の葉も黄色を帯びている。
行き来する人々は、こちらをじろじろと見てくる。
男がひとり、声をかけてきた。
「エドゥ様、そのでかい牛はなんなんで? それに、はじめて見るお人もいるようで」
「フ・クェーンからの贈り物と、かのお人の客人だ」
「へえっ!?」
これと同じようなやり取りが何度かあった。ショールは疑問を口にした。
「アマーリロと言えば港湾都市と聞いていたが、よそ者が珍しいのか?」
「こっちは旧市街だ。今じゃ船や物資の行き来は南の新町が中心になってるから、外からの人間もほとんどは南にいる。ああ、言っておくが旧市街の人間がよそ者を嫌うってことはない。あんたに興味を持っているんだ」
「ああ、それは分かる」
視線に、陰鬱さや刺々しいものはない。
「みんな冒険者や海賊の子孫だからな」