転生したわたし
皆さん、はじめまして。
私はヴィヴィアン。
ヴィヴィアン・ベルクラストと申します。
一応、某公爵家直系のお嬢様です。
そして、日本出身の転生者です。
うん、そう、またなんです。すまない。陳腐な設定で本当に申し訳ない。
謝って許してもらえるとも思っていない。とりあえずお茶でも飲んで落ち着いてくれ。
もちろん、君の自腹だ。
いや、画面の前にいる読者の皆さんへのおごり方とか私にはわからんし。
では、まず、自己紹介から。
私の前世の名前は三上陽子というしがない国家公務員をしていました。
四人姉弟の一番上に生まれ、貧乏だけど暖かい家庭で比較的たくましく育ち、主として経済的事情からお給料が出る学校に進学してそのまま就職。
外務省から渡航禁止勧告が出ている紛争地帯へ出張した帰りに乗ってる船が沈められて、気が付いたら幼女です。
まぁ、ありがちな話です。
私が転生したのは、ヴィヴィアンちゃんという貴族の女の子。
このヴィヴィアンちゃん、三歳の時にご両親を亡くしたのだが、その時、不思議な力で国の未来を見たのだそうだ。
そのあまりの悲惨さにショックを受けた彼女は、「みんなを助けて!」って神様にお祈りしたらしい。
良い子だ。
神はその言葉に応え、事態を解決できる選ばれし者を探した。
そして、この私が億単位の転生候補の中から選ばれて彼女に憑依することになったのだ。
ヴィヴィアンちゃんは「遠くから見守ってるよ☆」と良い笑顔で言い残し、お空の彼方に消えていった。
おい。おいこら、待て待て、ヴィヴィアンちゃん!
課せられた使命が重すぎるよ!
こちとら、平和な日本に暮らしていたバリバリの一般ピープルだ。
それが国を救えとかあんまりだ!
重圧すぎる。ダンプに轢かれたカエルみたいになってしまう。そういう使命はローティーンの男子達に投げなさい!
嘆いたが問答無用だ。死んでるから怖い物ないってか!
全力で抗議した結果、自由裁量権をいただけるという言質だけは頂いた。
「じゃあ、最大限の努力義務型契約であれば……」と妥協点を見いだして、私は異世界の幼女に転生することになったのでした。
で、そんな私がおかれた状況だ。一言で言うとヤバイ。すごくやばい。
大丈夫じゃ無い、問題だ。問題だらけだ。問題しかないといえる。
これでもかとピンチを強調する私。断じて必死すぎなどと言ってはいけない。必死すぎる自覚はあるぞ。
私が転生したのはとある乙女ゲーの世界だ。
その名も「恋の鉄血宣言 ティンクル・ウォーフェア」、通称「恋鉄」。
「鉄」とか「血」とか、もう字面からしてきな臭い雰囲気が漂ってくる。中身もご想像の通りでござる。
どうにも転生してからこっち、覚えがある固有名詞が何度も何度も聞こえたのだ。
そのたびに、私は、古い田んぼの奥底からぼこぼこ湧き出すメタンガスみたいな不安にさいなまれた。
「頼む、止めて、恋鉄だけは止めて、マジ止めて、お願い、お願いだから、あっ、あっ、あーっ!」
みたく悶えた。
しかし私の儚い期待は潰えた。
生前の行いが悪すぎたのか、あるいは、神は死んだのか。もしかしてフリードリヒ・ニーチェは正しかった……?
まぁ、私を転生させたのも神様だから、神様がいないというわけではないんだよね。
神は神でも邪神だったってだけの話さ、あははは、はぁ……。
とりあえず、携帯用のチェーンソーだけは開発しておこうと私は深く決意した。
今後、神様に直接お会いする機会があるかもしれないのだ。そしたら、出会い頭に一撃だ。確実にバラバラにしてくれるわ……。
さて、問題の「恋鉄」だが、私の念には念を入れた嘆きっぷりから、賢明なる読者の皆様にはおおよそお察し頂けてるんじゃないかと思う。
大変にアレだ。
先に褒められるとこを挙げておこう。キャラクターとシナリオと音楽は良かった。
これについては、ファンもアンチもおおむね見解の一致を見ている。
この恋鉄、ヒロインの恋人好捕となる攻略対象は四人いるのだが、まぁ、みんなそれぞれ個性なイケメンで、非常に魅力的な男の子だ。
シナリオも出来がよく特にヒーロー全員生存時にだけ拝めるトゥルーエンドは、前世で冷血女の異名をほしいままにした私でさえ、うるっとさせられる出来栄えだった。
良かった。しゅごく良かった……。我が家の鼻セレブも大活躍だ。
音楽も良かったし、グラフィックも美麗。つまりゲームとしての出来はすごく良かったのである。
じゃあなにが問題かといえばそれはずばり世界観。
こちら容赦なく地獄でございます。
この恋鉄のストーリーは、ハイランド王国という山間の小国を舞台に展開する。
そして、このハイランド王国は、北をルーシ北方帝国、東をローゼルファリア神聖同盟、そして西をエスタニア協商国という大国に囲まれている。
題名が表す通り、この恋鉄は戦争がメインのテーマ。
プレイヤーは、三つの大国を向こうに回し景気良くどんぱちすることになる。
設定資料によると国力比は、我らが王国7に対して北方帝国120、神聖同盟150、協商国100。
参考情報としてあげておくと、第二次世界大戦の日本とアメリカの国力比が1対10~20だ。
私がおかれた状況が如何に終わってるか、歴史を知るみなさまにはよーくご理解頂けたのではないかと思う。
要するに、最初からクライマックス。開戦即、末期戦。
流石にクソゲーすぎやしませんか?
人生にクイックセーブはないんですよ、神ぃ!
もちろんリセットボタンも無い。あるのは、電源ボタンだけだ。前世で強制的にオフにされたことがあるぞ。
唯一の救いは、私が転生したヴィヴィアンちゃんが脇役だということだ。
彼女は、このゲームのヒロインの当て馬的ポジションにいるいわゆるところの悪役令嬢。
ヒロインちゃんに水ぶっかけたり、靴の中敷きに画鋲仕込んだりする今時めずらしいぐらいコテコテな憎まれ役だ。
「お前、そんなことして楽しいのか……?」という根源的な疑問にはこの際ふたをしよう。
割とおいしいポジションだ。
なにせ状況が状況だ。彼女が物語に与える影響は、極めて軽微。
中盤から存在感が希薄化し、最終的にはとこかにフェードアウトしてしまう。
バッドエンドだと、覇王として大成したヒロインちゃんに磔にされてしまうのだけど、意地悪をしなければ回避できるはず。
要するに大人しくしていれば、主要メンバー達が勝手に状況を改善してくれるというわけだ。
キジも鳴かずば撃たれまい。ならば私は鳴かないキジになる。
逆に、信長につかまったら、必死こいてさえずりまくるホトトギスになるだろう。
この恋鉄のヒロインはノルンという女の子だ。
彼女は、エルフっぽい見た目の少数民族出身で、一族は民族浄化で亡くしまい、自分は奴隷として王国で売り飛ばされたというクソ重たい背景を背負っている。
他にも、ゲーム冒頭、国王夫妻である両親と妹姫を惨殺されてしまうメインヒーローの王子ウィリアム。
一族郎党を族滅させられた過去を持つ謎多き黒騎士、ダグラス。
心を通わせた義実家を焼かれ、復讐のために立ち上がるアウトロー、ヴィンセント。
犯罪組織に捕まって男娼させられていた過去を持つ、お色気枠の美青年ティニー。
以上、これでもかといろんなモノを背負わされた皆さんが、王国のために剣を取り立ち上がるというシナリオだ。
クソ重い。グラビティだ。超重力場が発生してそう。光も曲がるぞ。
当然、戦いにかけるモチベ-ションも魂レベルで違うだろう。
その中で、私みたいな普通極まる貴族娘がしゃしゃり出る余地なんてこれっぽっちもないに違いない。
つまり戦争を頑張るのは彼らの仕事だ!
私は、無理せずに彼らを後ろからそっとサポート。
なんとか、かんとか、安楽な老後を迎えるのが目標だ。
以上、こんなところだ。
私はヴィヴィアン、
今生こそは幸せな一生を送るべく、公爵令嬢ヴィヴィアン・ベルクラストとして精一杯頑張ります!