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プロローグ



 ハイランド王立学園建国記念パーティー。


 公爵令嬢ヴィヴィアンが企画した婚約破棄記念イベントの会場から北北東に370km、北部戦線の要衝ヴェルニ高地に、ディエニスタ子爵家令嬢ミシェルは布陣していた。


 彼女は、ヴィヴィアンの取り巻きだ。


 ヴィヴィアンの実家であるベルクラスト公爵家は、王国一の権勢を誇る大貴族であり、その唯一の後継者であるヴィヴィアンは学園と宮廷と最前線で専横を振るう典型的悪役令嬢だ。


 ミシェルは、ヴィヴィアンの取り巻きとして、表面上はいやいや、本心ではのりのりで主君の悪行に加担してきた少女だった。


 独断専行、命令不服従、士官権限による軍規違反者の即時処分。

 軍の記録を紐解くまでもなく、彼女らの暴挙は枚挙にいとまない。

 前線で後方で、好き勝手に大暴れした挙句、「あらあら、随分と貧相な装備ですこと……。そのようなクソ火力で防御線粉砕突破命令の遂行は荷が重すぎるんじゃないかしら? 所詮は重砲の調達すらままならない貧乏人、|パーティーへの参加はまだ早すぎるのではなくってよ! おーほっほっほっほ、げほっげほっ、ごほっ……ぐふっ! み、水、水を寄越しなさい!」とやらかすのが彼女らのライフワークだ。

 自分でやってて「私、何言ってんだろう?」と思う時もままあるが、やってるとそれなりに楽しくなってくるのが不思議だ。


 ミシェルは今の生活がそれなりに気に入っていた。




 彼女の眼前では、敵である連邦軍の攻勢、その第三波が退きつつあった。


 連邦。

 正式名称はゾルカ社会主義共和連邦。

 彼女ら王国にとって長年の宿敵だったルーシ北方帝国を内から食い破り巻き起こった共産革命の巨大なうねり。

 その一部が、彼女らの王国にまで押し寄せていた。


 連邦軍の進撃は、イナゴの大群にたとえられる。

 侵攻する先の集落を、村邑を、市街を、すべて破壊し、奪い、蹂躙する。赤軍の奔流とは、軍規すらわすれた賊どもの別称だ。

 その実態は規律無き暴徒の群れ、その禽獣に等しい無法者の集団を、打撃し、粉砕し、砲と擲弾とシャベルでもって地獄へと叩き返すのが彼女ら悪役令嬢の使命であった。


 ミシェルは舌打ちとともに、手にしたライフルを投げ捨てた。

 その銃身はとうの昔にへし折れていて、鈍器としても役立たずだ。

 無論、射撃武器としてはいうまでもない。

 こんなものをぶっ放せば、たちまち自分か友軍の頭を撃ち抜くだろう。


 彼女は、腰から愛用のシャベル(近接戦魔導士仕様)を引き抜くと、無造作にそれを振り下ろし、昏倒した敵兵の首をはね飛ばした。

 大地に赤い華が咲き、ミシェルの眼には忌々しげな光がともる。


「連邦兵め、次から次へときりが無い……。奴らが畑で取れるという噂もいよいよ真実味が出てきたわね」


 彼女の横でココアシガレットを吹かしていたゾフィー男爵家令嬢テレーズが、面白くも無さそうに返事した。


「実家のキャベツ畑を思い出すわ。収穫しても収穫しても永遠に終わりが見えないとことかそっくりよ」


「あんたんちの畑、無駄に大きいしねぇ」


「ほんとよ。なんなら10ヘクタールぐらい譲りましょうか?」


「要らんわ、うちの裏手の空き地が今どうなってるかあなただって知ってるでしょ?」


 テレーゼが笑う。


「一面の大根畑」


「こないだ収穫したエロ大根が地元の野菜コンテストに入賞したわ」


「それはそれは、おめでとうございます」


 ミシェルの実家は、テレーゼの実家と同様、今や実に酷い有様となっていた。

 彼女の家の裏手にあった無駄に広いだけの原野は、いまや無駄に広いだけのサトウダイコン畑へと変貌を遂げていた。突如バカでかい農場を押しつけられた両親はその経営に忙殺され、彼女の家の親類縁者もいつ赤紙(繁忙期のヘルプ要請)が届くのか戦々恐々とする毎日を過ごしている。


 葉物野菜のゾフィー家と根菜類のディエニスタ家。

 両家は、王国の非公式団体「某公爵家からモノカルチュア押し付けられて困ってる貴族連合」でも頭一つ抜けた存在だった。


 ベルクラスト公爵家。

 その当主であるヴィヴィアンと彼女らが出会ったのは、もう十年以上も昔のことだ。

 当時の彼女らの実家は、その日、食う物にすら不自由する極貧の一家だった。

 それが謎のすったもんだを経て今や国内屈指の大諸侯となり、ミシェルやテレーズ自身もまた王国軍四十七騎士の一角を占める大魔導士と称されるまでにいたっている。


 なにがどうしてこうなった。


 ミシェルとしては、我が身を振り返る材料に事欠かない毎日だった。



 ミシェルは、戦闘指揮官だった。


 現在、彼女の支配下にあるのは、王国独立義勇軍第301魔導狙撃大隊所属の魔導師達だ。

 総勢五百二十名、彼女の主君であるヴィヴィアンがその手でもって育てあげた最精鋭の戦闘団だ。

 ミシェルはヴィヴィアンの代将として、彼らを預かる立場にあった。


 この戦場におけるミシェルとその大隊の働きは、その血塗られた声価に欠片も恥じぬ物だった。


 戦闘開始から48時間が経過した今現在、戦力の8%を失いながらも第一防衛線の一翼を担い一歩も引かず。

 敵撃破は六千以上、戦術的には破格の戦果をあげている。


「ま、戦局全体に与える影響は、軽微もいいとこなんだけどねぇ」


「直視したくない現実をわざわざ口にしないでもらいたいわ……」


 戦況は、敵である連邦軍の圧倒的優位のまま推移していた。

 連邦の総戦力二十七万に対し、迎撃に当たる王国北部方面軍はわずか三万弱。

 大隊一つの奮闘ではどうしようもないほどの戦力差が両軍の間には存在する。


 だがそれでも彼女らの301大隊は強かった。

 彼女らに進撃を阻まれ続けた連邦はついに息切れを起こし、その攻勢に切れ目を生じさせている。


 激戦に生じたわずかな空隙。

 ふと、ミシェルは、主君の悲願について思いをはせた。


「ところで、ヴィヴィアン様の婚約破棄は結局どうなったのかしら?」


「無理に決まってるわ。王妃殿下の『絶対に(婚約破棄など)許さんぞ……!』って顔みたでしょ?」


「小便ちびるかと思ったわ。優しい人怒らせたらあかんで、あれは……」


「なのになぜ、うちのヴィヴィは諦めが悪いのか?」


「ほんとみっともないよねぇ」


「うん、マジ無様。醜態よね、心の底から見苦しい」


 完全に悪口だった。


 頭の中で「あんたら、なに好き放題言ってんの!」と、主君が叫ぶ声がした。


 いや、これについてはあなたが全部悪いんすよ。とミシェルは思った。




 彼女らの場違いな懐古を破ったのは、無粋な呼び出し音だ。

 魔導通信。北部方面軍司令部から入電。「301大隊応答せよ」とのこと。


 よりにもよって、このタイミング、絶対に禄でもない話じゃん……。

 「出たくねぇぇぇえええ! 今すぐ通信機爆発しろ!!」

 と念じながら、ミシェルは右耳に手を当てた。


 もちろん通信機は爆発しなかった。


「こちら301大隊本部、何事か」


「こちら方面軍司令部、貴隊へ救援要請だ。敵攻勢により前衛集団、第二歩兵連隊所轄の防御陣地が突破された。敵集団が急速に浸透中。301大隊にはこの阻止戦闘を要請したい」


「敵勢力は?」


「二個師団相当を確認」


 は? 馬鹿か貴様は?


 喉の奥まで出かけた罵声をミシェルは辛うじて飲み込んだ。


 二個師団、つまり三万弱の大戦力だ。

 対するこちらは連戦続きで疲弊したわずか五百の戦闘団。

 迫り来る大津波を幼児の手で築いた砂のお城でせき止めろというに等しい。

 兵の質など関係なく、物量の差ですりつぶされて終わりだ。


 なんという間抜けだ。初歩のランチェスター則すら知らんのか。いっそ、士官学校からやりなおせ! と、内心でミシェルは吠えた。


 ちなみにミシェルだが、もちろん士官学校など出ていない。

 彼女は良家の子女だけが通うことを許された優雅な(はずの)貴族学校出身である。


 彼女らの学年だけ、社交関連の講義に代えて小銃の分解整備実習などがカリキュラムに加わえられていたのだが、気にしたら負けだと思っている。

 もちろん単位は全部取った。


 ミシェルは努めて冷静に返事した。


「悪いが我らも満身創痍だ。敵中に孤立する愚は侵しがたい。職制に伴う義務として申し上げるが、一時後退し防衛線の再構築を進言する」


「……重ねて司令部より要請だ。301大隊は後退する友軍部隊の支援にあたれ」


 苦々しい声に、ミシェルの柳眉が見事な角度でひんまがった。


 もうさぁ、はっきり言いなよ。味方のために死んでくれって。

 みんなは一人のために、一人はみんなのために。

 まったく、麗しい助け合い精神だ。こっちはいつも貧乏くじだぞ、こんちくしょう!


 あまり助けてもらった覚えがないミシェルとしては、多少ひがみっぽくもなろうというものだ。


 司令部は友軍が後退中という。

 だがこの戦力差、実態は潰走中とみるべきだ。

 となれば、この指令はもはや体の良い玉砕命令と言っていい。


 どうする? 無視するか? それを通すだけの権力はある。命あっての物種だしな。

 ミシェルの葛藤は、しかし短かった。


「301、任務了解だ。ただちに行動を開始する」


 勝利がそれを求めるならば、ただもってそれを為す。

 それが彼女ら悪役令嬢の矜持だった。

 怖気づいての敵前逃亡などという選択肢、彼女らが履修したマナー本(軍事教本)には存在していないのだ。


 クソのごとき命令だろうと確実に遂行し、戦後、司令部の馬鹿共を横に並べて血祭りにする。

 それが彼女ら一流の流儀だった。


「かくなる上は最善を尽くすのみ。部隊全員分の勲章を用意しておけ。オーバー」


「……感謝する、貴隊の武運を。オーバー」


 なにが武運だ。

 ここは支援砲撃の一つでも約束するのが礼儀だろうが。

 パーティーの作法もしらん無粋者め、これだから戦場経験の無い若造は困るのだ。

 内心で毒づきつつ、ミシェルは無線をガチャ切り。


「で、なんだって?」


 おおよその連絡内容を察しているのだろう、シニカル全開の笑みを浮かべるテレーズにミシェルは肩をすくめて見せた。


「陣地突破してノリノリになってる敵前衛に遅滞戦闘しかけろってさ。敵は二個師団相当、喜びなさい食い放題よ」


「ヒュウ、最高だぜ、死ねよ司令部。ところで、がら空きになるわたしらの側面はどうなるのかな?」


「そりゃもう貫禄のノーガードよ、一撃離脱ヒット・アンド・アウェイでいくしかない。全力で殴り倒してすぐ逃げる、こけたら即死の徒競走よ」


「地獄じゃないの……。そしてまた長距離走。私、走るの苦手なんだけど……」


「おっぱい無駄に育てたお前が悪い」


「こいつが勝手に育ったんだよなぁ……!」


 テレーズが自分の胸をふにふにもんだ。


 おのれ、忌々しい。


 ミシェルは歯ぎしりとともに、自らの肉体をかえりみた。


 それは機動性に優れた流線型をしている。同僚のわがままボディとは好対照だ。

 彼女の平坦な胸の内では、今も熱き嫉妬の炎がめらめらと燃えていた。


 栄養状態は、ほとんど同じだったはずなのに……。

 どうして差がついたのか……慢心、環境の違い。いや、違うだろ! 絶対にそれは違う!


 ひとしきり自らの遺伝と司令部を罵ってから、ミシェルは作戦を部隊に通達。

 そして最強の大隊が動き出した。








 王太子ウィリアム・ウィンザーゲートは血刀を振るっていた。


 戦闘開始から60時間が経過している。

 数的劣勢にある王国軍は連邦の圧倒的物量による攻勢を支えきれず、その最終防衛線一歩手前まで戦線を押し込まれていた。

 戦術予備はとうの昔に枯渇、いまや、司令部直奄(ちょくえん)の護衛部隊まで防衛線強化にまわしてしまった王国軍は、浸透してきた敵集団を司令部の要員でもって迎撃する事態に陥っている。


 幸い司令部付きの将校は、ウィリアムはじめそのほとんどが高位の魔導師、突入してきたほぼ同数の敵集団をごく短時間のうちに排除することに成功した


 ウィリアム自身もその手で七人を撃破。

 久々の直接戦果に、王子としては笑うしかない。


「総司令官自らが魔導刀片手に白兵戦とは……。これが負け戦でなければ何だという話だな」


「いやいやお見事です、殿下。この調子なら、一人で中隊ぐらいは食えるんじゃないですか?」


「安いな。道連れにするのなら最低でも一個軍団は欲しいところだ」


「そりゃ贅沢すぎますよ」


「馬鹿を言え、この私だぞ? 出血大サービスの大安売りだ」


 もちろん、流す血は向こう(連邦)持ちだ。


 軽口をたたける程度には、彼らにもまだ余裕があった。

 怜悧な美貌にヤケクソ気味の自嘲を浮かべ、ウィリアムが周囲を一瞥する。


「各員、状況知らせ! まさかとは思うが、この程度の雑魚にやられた間抜けはおるまいな!」


「第一小隊、無傷。腹ごなしにもなりませんよ」


「第二小隊、同じく死傷なし。今日で嫁の添え物とかいう不名誉称号とはおさらばです!」


 聞き捨てならない言葉に、ウィリアムが片眉をつり上げた。


「それは未だに嫁が捕まらない私に対する当てつけか、グレシャム少尉?」


「いやいやまさか、滅相も無い!」


 いささか洒落にならない話の振られ方をしたジャン・グレシャムは、大慌てで首を振った。


 王子ウィリアム。

 智将、賢将、冷徹なる戦闘狂、常勝の天才に、獅子王の正当後継者、華々しい声価を欲しいままにするウィリアムが最も贔屓にする二つ名は「婚約者ヴィヴィアンのおまけ」というものだ。

 ほとんど悪口だが、これこそが自分の真価であるとウィリアムは自負している。


 だからこそ、忌々しい。


「連邦の無粋者どもが……。奴らさえいなければ、今頃あれは俺のものだったはずなのだ……」


「殿下、言い方、気を付けて!」


 主君の発言に、親衛隊長のロバートが慌てた。

 なにせ、この王子様の結婚に纏わるあれこれは、国の外交すらも左右する厄ネタなのだ。

 今現在も隣国のお姫様と別の隣国の元お姫様と隣の都市国家のお姫様から求愛を受けていて、どれを選んでも角と一緒に開戦理由が成立してしまう。

 無駄に美形をこじらせてる上、上っ面取り繕うのがすさまじくうまいものだから、王子に纏わる色恋沙汰はもはや火薬庫のごとき有様だ。


 しかもウィリアム本人が選んだのは第四の選択肢、国内貴族の娘ときた日には、親衛隊長のロバートは気苦労の種に不自由しない毎日だった。


 ついこの間もボーナスという名目で、新開発の胃薬を支給されたばかりだ。

 あの時ばかりは、上司(ウィリアム)の顔面ぶん殴ってやろうかとロバートは思った。


 もちろんウィリアムは全てわかったうえでやっている。


「まぁ今度こそ、あの女の悪あがきも終わりだ。確実に仕留める。もう逃がさん」


「発言がもはやストーカーのそれ」


 ウィリアムは、一人の少女にやたらと拘泥している。

 公爵令嬢ヴィヴィアン・ベルクラスト。

 ウィリアム本人や家族にとっては「いや、あれ以外の次期王妃などありえないが?(心底不思議そうな顔で)」という話であるのだが、当の公爵令嬢からは避けられまくっているために、巷における王家の扱いはすっかりストーカーとして定着している。


 ヴィヴィアンは国内貴族の少女であり、王国の英雄だ。

 その邪知暴虐による勝利と栄光の記録は、王国の戦史に黒と赤のインクでもって盛大に綴られている。


 北方帝国軍七千を断崖の淵へと誘い込み、わずか五百の兵で殲滅した「階段突き落とし作戦」。

 不戦協定を破り侵攻してきた協商軍三万を狭小地に拘束して降伏させた「校庭の体育倉庫に閉じ込め作戦」、

 神聖同盟軍の精鋭二万二千を粉砕した模範的金床戦術「校舎裏に呼び出して往復ビンタ作戦」。


 いずれの戦いも王国の危機を救う一大決戦であり、その全てに彼らは勝利してきたのだ。

 ウィリアムは彼女にその報いを受けさせなければならないのだ。


「それが、連邦の有象無象ごときに邪魔されるとは……。忌々しいにもほどがあるわ」


 ウィリアムの苦々しい声は、現在の状況に向けられたものだった。


 「数こそ正義」とは、戦争と民主主義における大原則だ。

 ゆえにこの戦場における正義とは、連邦軍の上にこそ存在する。


 王国軍は劣勢にあった。

 戦線の崩壊はもうすぐそこだ。

 予定では、ウィリアムが稼がなければならない時間は、あと12時間。

 それは王国軍と呼ばれた存在が過去のものにされるのに十分すぎる時間だ。


 さて、全滅覚悟の死守命令か、一時後退してからの戦線再編か。

 これまでに生じた損害とこの先に待つ面倒事、それぞれに思いを馳せたウィリアムは苦々しげに顔をゆがめた。


「不本意な二択だな。……つまりはいつも通りと言うことだ!」


 ウィリアムは、自分がこの戦場で死ぬなどとは思っていない。

 死んで楽になる権利など、自分にはないと信じている。

 そして、この程度の劣勢で呑気に敗北できるほど、彼は弱くもないのである。


 忌々しげに空を仰いだ王子ウィリアムの視界に一筋の飛行機雲が映ったのはその時だった。



------



 ヒーローは遅れてやってくる。



 少女は、そのお約束を信じていなかった。



 なにせ、それを認めたら、彼女がヒーローということになってしまうから。




 彼女は、普通の女の子であった。

 自称普通の女の子であった。

 なかなかに可愛い容姿と、ちょっとばかりの前世の知識を併せ持つ、羊羹と豚汁と鮭大根が大好きなごくごくありふれた女の子だ。

 好きなタイプは阿部寛。

 極めて特徴に乏しい転生者だと、彼女自身は自負している。



 その自分が、なんでこんな事をせにゃならんのだ!



 困惑と小さな胸いっぱいの巨大な憤怒を燃料にその物体は飛翔した。


 それは、王国軍火力推進式試作長距離噴進弾、通称「カグヤちゃん二号」といった。

 王国軍第二技術局が秘密裏に開発した新型兵器、まぁ、要するにミサイルだ。


 カグヤちゃんは設計通りの航続距離を活かし、連邦軍前衛集団を飛び越え後詰めの後衛上空も二分で通過すると、最終的に連邦軍侵略軍司令部手前の小高い丘に到達、どーんという比較的小規模な爆発音とともに着弾した。


 ところで、このカグヤちゃんであるが、炸薬を積んでいなかった。

 開発を命じた女の子が暴発を怖がってその研究ができなかったのだ。


 代わりにカグヤちゃんには、高所からたたき落としてもぶっ壊れないように耐久力を強化した転送装置が積まれていた。

 転送装置とは、はるか遠く離れた場所に、ヒトとかモノとか地上最強の神話生物とかを一瞬で運ぶ大型機械である。







「……なにがあったのか? 状況を報告しなさい、同志ベルグラーデ」


 ゾルカ連邦侵略軍司令部。


 本営にて戦闘の督戦にあたる政治将校が横柄な態度で問いを発した。

 侵略軍司令官ベルグラーデ中将は、内心の苦々しさをかみ殺してそれに答えた。


「……おそらく、王国軍の重砲による長距離砲撃です。幸い弾体は不発、わが方に損害はありません」


「なるほど、反動主義者の悪あがきですか……。なら結構。損害も無いのであれば無視です。直ちに進軍の再開を命じなさい、ベルグラーデ」


「……承知いたしました。同志コザチョフ」


 万人の平等をその理想とする連邦。

 そこにおける最高意思は、崇高なる革命精神そのものだ。


 軍における政治将校は、その代弁者であり監督者である。

 ゆえに、彼らの言葉は他のすべてに優先する。

 この「他のすべて」には侵略軍の総司令官であるベルグラーデの命令も含まれていた。

 連邦軍における最優先は、革命精神の徹底したアピールに他ならないのだ。


 さもなくば北の大地か総括である。


 状況確認すらおざなりな連邦軍が行動を再開しようとしたその時、カグヤちゃんの残骸がバチバチと帯電する球体を吐き出した。

 転送装置。

 パイ投げのパイより酷い扱いを受けたその機械が動いたのだ。

 精密機械にあるまじき粗雑な扱いを受けながら、それは健気にも任を果たして見せた。


 そして、一人の少女が戦場へと降り立った。




 それは美しい少女だった。

 その容姿の場違いなまでの秀麗さ、静謐さと、顔の右半面にうっすらと残る傷跡に、侵略者達が息をのんだ。


 一陣の風が吹き、その髪と服の裾をゆらした。

 少女は、雪のように輝く銀色の髪と燃える深紅の瞳を持っていた。

 漆黒の兵装は間違いなく王国軍の高位魔導士がまとうそれ。

 黒衣黒装、戦場の風に舞う地獄の蝶。


 彼女こそ「悪役令嬢」ヴィヴィアン・ベルクラスト。王国軍史上最凶最悪の魔導士だった。


 少女は、地獄を統べる女王のごとき威厳と傲岸さで、辺りを一瞥した。

 そして、うきうきしながら入店したお気に入りのカフェでお目当てのデラックスジャンボプリン(イチゴ&生クリームドカ盛りMAX)がちょうど目の前で売り切れたときのような落胆を浮かべると、春先の薔薇園に大挙して押し寄せてきたアブラムシに向けるがごとき冷たい目線を周囲の肉塊どもへと向けた。

 ありったけの殺意と殺意と殺意を込めた禍々しい呪詛が、薔薇の唇からこぼれ落ちる。


「くそが……」


 少女の周囲を連邦兵が取り囲んだ。


 その数は優に百を超える。

 司令部付きの守備兵達だ。

 一時の困惑から脱した彼らは、あからさまな嘲りをその顔に浮かべていた。


 連邦軍の軍紀は地に落ちていた。

 突然の美しい娘の出現は、彼らにとってある種のご褒美だ。

 征服した土地の娘達をなぶり陵辱するのは彼らに与えられた役得だった。


 あるいはこの娘は魔導士かもしれない。

 だが、魔導師など、それこそ革命時に根こそぎ粛正してきたのだ。

 ましてやここは侵略軍総司令部で、対魔導師戦闘の備えについて抜かりなどあろうはずがない。


 その対魔導師戦闘用に配備されていた魔力緩衝場展開装置。

 五つもあったそれが、少女の一瞥で全部まとめてはじけ飛んだ。


 連邦軍に危機感が炸裂する。もう遅い。


 ヴィヴィアン・ベルクラスト公爵令嬢殿が「クソの分際でそこそこ良い機材使ってるな生意気だぞ、死ねよ、殺す」と思い、そのお気持ちを御公表されあそばしたのだ。


「あああああアアアァアァッッ!! クソがクソがクソがクソがクソが、また婚約破棄し損なったぞクソどもがァァッッ!! それもこれも、みんなみんなみんな貴様らのせいだ死ねえええぇぇぇェッ!!!」


 魔力の奔流がほとばしる。


 それは、連邦軍侵略軍司令部を綺麗な光で包み込み漂白した。




 王国歴152年8月24日、突如として宣戦を布告したゾルカ連邦の侵攻を受けたハイランド王国は、またしても戦争状態へと突入した。

 後に第二次北方戦争と呼称されるこの戦役において、開戦当初、優位にあったのは圧倒的物量を擁する連邦だった。

 守勢を強いられた王国軍は、しかしヴェルニ、ノースフォレスタ防衛戦における勝利によって一転、攻勢へと転じその後の戦局を主導する。

 最終的には王国の完全勝利で終わるこの戦いを後世の歴史家は覇権国家ハイランド王国誕生の分水嶺とも位置づけている。


 だが、その裏側で、通算七回目となるヴィヴィアン・ベルクラスト特務大佐の婚約破棄要請が、義勇軍司令官ウィリアム・ウィンザーゲート陸軍元帥の手によって棄却されたというどうでも良い事実は、実際問題どうでも良かったため、あまりよく知られていない。



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[良い点] 夢にまでみた新作!!! [気になる点] ヴィヴィアン様は王太子の何がそんなに嫌なんだろうか… [一言] wktkしながら続き待ってます!
[良い点] 新作ヤッター!(明けましておめでとうございますの意) [一言] 今年もよろしくお願いします。
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