8 市民権を手に入れた!
フォクシーも立ち会ってくれて私の市民権は無事に得られることになった。
しかも今回は特例で、最長で一年分の生活費がもらえるらしい。
「そ、そんなに……!?」
ちょっと前まで、食事はあり得ないほど薄いスープでトイレは桶という生活だったので、落差にクラクラとした。
「最長で、なので生活が軌道に乗るまでの期間だと考えてください。サナさんはお若いし、出来ることを色々試して欲しいですから。ただし、いくつかの制限はあります」
「制限、ですか」
「はい。まず、単独での町の出入りは避けてください。必ず成人している獣人を伴うように。サナさんは外見上は人間なので、危険を避けるためでもあります。それから、もしアニムニアから出られた場合はこれらの保証はなくなります」
「は、はい……」
私は国外に出る伝手もなければその気もない。むしろ最悪でも一年は食べていけることが分かって、安堵の気持ちでいっぱいだった。
「最後に……しばらくの期間は相談役が付きます。監視されているようで抵抗があるかもしれませんが、最初は分からないことも多いでしょうから、なんでも聞いてください。あ、べったり張り付くわけではないですからご安心を。日に一度は顔を合わせるかと思いますが」
「はあ……」
「その役目は私の弟に頼もうと思っています。サナさんに年も近いですし、真面目な男です」
「ジーノさんの弟……」
やはり狼耳なのだろうか。ジーノさんがイケメンなのできっと弟さんもイケメンなのだろう。
「サナさんは喫茶店をやりたいそうですね。場所の希望はありますか?」
「ええと……接客も全部1人でやるつもりなので、そんなに広い場所はなくていいんですけど。住居の一部でやれるところとか、せめて隣接していたらいいな、と……」
私が想像するのはおばあちゃんの家だ。長期休みには京都に住むおばあちゃんの家に滞在していた。
おばあちゃんと言っても今考えると若かった。背筋もしゃんと伸びていて、家もレトロモダンで小洒落ていて、素敵なおばあちゃんだった。3年前、急な事故で亡くなって、すぐにお父さんがおばあちゃん家を売ってしまったのだと聞いた。私は当時高校受験を控えていてお葬式に行く許しも出ずに、最後のお別れすら出来なかったのだ。
「……サナさん?」
「あっ、ごめんなさい!ボーッとしちゃって」
「いいえ、それじゃあ明日にでも物件を探しましょう。弟にも連絡しておきます」
「はい、お願いします!」
ジーノさんはにこやかに立ち上がる。
すごくいい人だなぁ。イケメンで爽やかで、しかも性格まで良さそう。さぞかし女性からの人気も高いのだろう。
「今日は以上です。サナさん、ありがとうございました」
「こちらこそありがとうございます!」
「良かったわ、サナ。ジーノ殿下もご足労いただきまして感謝します」
「……殿下?」
殿下って、あの殿下?
アンドレアも殿下って呼ばれていた。王族なんかの敬称の?
私の疑問に答えるように、ジーノさん──いやジーノ殿下はにっこり微笑んだ。
「はい。ジーノ・ロー・リカリオ・アニムニアといいます。長いですからジーノのままで結構ですよ」
「え、つまり、王子様ってことですよね!?知らなかったとはいえ……す、すみません!」
汗がぶわっと吹き出た私は日本式にガバッと頭を下げた。
「そうかしこまらないで、今まで通りに呼んでください。敬称も付けなくて結構ですから」
「待って、ジーノさんの弟っていうことは……私の相談役も王子様……ひえ……」
「王子といえども市井で普通に働くのがアニムニアですから。国費で養われている身なので、それに見合った働きをしているだけですよ。気にせずに普通に接して欲しいのですが」
そう言われてもなかなか難しい。
ぎこちなく頷く私に大丈夫というようにフォクシーとロッソさんが笑いかけてくれた。
「サナはいつも通りでいいんですよ」
「はいー。アニムニアには不敬罪とかありませんからー、本当に大丈夫ですよー。あ、ちなみにボクはただの役人ですからねー」
「ええ、侮辱されて腹が立ったなら腕力でカタをつければいいだけですからね!」
ジーノさんは爽やかに白い歯を輝かせて笑みを浮かべた。
「は、はあ……なるほど」
こんなに爽やかなのに脳筋なのか。
獣人はマッスル。
「あのージーノさん、サナさんにアニムニアジョークはまだ早いんじゃーないですかねー?」
「そ、そうか……」
急に恥ずかしそうに顔を赤くするジーノさん。
可笑しくなって気が付けば私も笑っていた。アニムニアっていいところだな、としみじみ思ったのだった。
「良かったですね、サナ。引っ越してもたまに顔を見せてくださいね。レクや他の子供達もそれを望むでしょうから」
「フォクシーってば、気が早すぎですよ!物件探しもこれからなのに」
それに、言うまでもなく出来るだけ近くの物件を探すつもりだった。
「でも、なんでこんなに高待遇なんでしょう。……やっぱり私が異世界人だから?」
「そうですね……全くないとは言いきれません。ジーノ殿下が直々に面談しに来たのもサナがどんな人物か、自分の目で確かめたかったのでしょう。でも私達獣人も人間と仲良くしたいし、恩は返したい。その気持ちに間違いはありません」
私は頷いた。
「それもこれも、フォクシーが市民権を取れるように推薦してくれたおかげです。ありがとうございます!」
「それがですね、推薦は私だけではなかったようです。私を含め、3名からの推薦があってのことでした」
「え?3人も……?」
思いつかない私は首を傾げた。
「ええ。先日レクを診てくださったお医者様もサナを高く評価してくれていました。貴方はレクを守ってくれましたからね。体だけでなく、精神も。だからあの子は両親を失い、自分も辛い目にあってなお、元気でいられるのです」
「じゃあ、残りの1人は……?」
フォクシーは微笑む。
「リベリオですよ」
何故かリベリオの名に胸が高鳴った。
次に会う機会があれば、もう一度、ちゃんとお礼を言おう。