6 新しい闇魔法を覚えた!
お風呂から出ると着替えもちゃんと用意されていた。レクは膝丈くらいの筒状の袖なしワンピース。私は半袖で丈の長いワンピースだ。着るのが難しくなくてほっとする。しかも風を通すので涼しい。
「ああ、レク。お医者さんが来ましたからあなたはこちらにいらっしゃい。サナはこの部屋で座って待っていてね。コーヒーは飲める?」
「えっ、コーヒーがあるんですか!もちろん飲めます!」
「そう、よかった」
私はレクと別れてコーヒーを飲んで待っていた。
暑いからアイスコーヒーなら最高だったかもしれない。冷たいグラスに氷がたくさん入ったアイスコーヒー。バニラアイスを浮かべてコーヒーフロートもいい。でも見た感じ、電気なんてなさそうだから、こんなに暑い国では氷なんてないのかもしれない。
それに煮出した濃いめのコーヒーもエスプレッソみたいで美味しかった。砂糖は最初から入っていて結構甘味が強い。それにちょっと硬めのクッキーのような焼き菓子まで添えてある。ちょうど沖縄のちんすこうみたいな味で、濃いコーヒーにもよく合う。
リベリオのスープは言うまでもなく、コーヒーや焼き菓子も日本と少し違うけど美味しい。最初にひどいものを食べていたからというのもあるけど、アニムニアでの食生活は明るそうだ。
食べ物は美味しいに限る!
しばらく待っているとレクが戻ってきた。
やはり心因性の発熱で、もう熱も下がったから、しっかり休んで水分をちゃんと飲んでいれば大丈夫だろうとのことだ。
「サナお姉ちゃんがね、レクのお熱を下げてくれたんだよー」
「そうなのですか?」
「え、ええと……闇魔法を少し使えるので、熱だけを少し奪って……楽になるかなと思いまして」
「なるほど、そうでしたか。あなたのおかげでレクちゃんの体力の消耗が最低限で済んだのでしょうね」
鹿っぽいお医者さんは笑顔で帰っていった。そう言ってもらえるのはなんだかくすぐったくて、そしてうれしかった。
レクもすっかり元気で、ニコニコしながら焼き菓子を両手に持って頬張っている。
私は異世界人で、訳もわからずこちらに連れて来られ、帰る場所もないことをフォクシーに伝えた。
フォクシーは異世界人だからと恐れるようなこともなく、私に部屋を用意してくれた。しばらく居候していいという。
とりあえずでも居場所が出来てホッとした。しかもちゃんとベッドがあってとにかく嬉しい。もう硬い床で寝るのは懲り懲りだ。
それからアニムニアについても簡単に説明をしてくれた。
獣人の国であり、一年中暑く、雨はそんなに多くない。
獣人はそれほど暑さに強いわけでもないけど、何百年も前に戦争で荒地に追いやられ、それから長い年月をかけて住みやすいように変えて来たそうだ。
そんなこともあって、アニムニアに人間はほとんどいない。
獣人は種族にもよるけど力が強かったり、脚力に優れているらしい。体力も人間よりずっと上だとか。でも人間は一般人でも普通に魔法が使えるのに比べ、獣人で魔法が使えるのはごく一握りなのだそうだ。
リベリオのように長距離を転移出来るというのはきっとすごいことなのだろう。
私達が今いるこの建物はアニムニアで広く信仰されているアデル教の教会なのだそうだ。
「孤児院も兼ねているのです。アニムニアの民は他国に出稼ぎに行って外貨を稼ぎます。ですが、出稼ぎは危険と隣り合わせです。親を亡くしてしまう子供も少なくありません」
フォクシーの視線は気遣わしげにレクの方を向いていた。レクもまた孤児としてここで生活をすることになったのだ。それだけでなんとなく事情を察せられる。
「そうだ。サナ、よければ祭壇を見てみませんか?」
「いいんですか?私……」
「構いませんよ。明日からは教会のお掃除を手伝って欲しいので、祭壇の場所も覚えてください」
「は、はい!」
フォクシーに連れられて来た祭壇はイメージしていたのよりもこじんまりとしていた。
奥まったところに低い台があって、その上に赤い布が敷かれ、20センチくらいの卵形の石が置いてある。不透明でトルコ石をもう少し緑にしたような色合いの石だ。レクのブレスレットの石にそっくりだった。
「あの、これは御神体とかですか?」
「いいえ、ただのレプリカですよ。アデル石という鉱石の一種です。丈夫なので触っても大丈夫です。お掃除の時には磨いたりもしてもらいますから」
「は、はい」
私はアデル石を触る。ツルツルしていて冷たい。
(……助けてくれて、ありがとございました)
もしもこの世界に神様がいるなら伝わるだろうか、と念じてみる。
レクが王子様が助けに来てくれると言って見せてくれたブレスレットに似ているし。
お参りの仕方はわからないから、神社にするみたいに手を合わせて目を閉じた。
途端、またも強い光が目蓋の裏を通り過ぎていく。
「あ、あの、今、光りませんでしたか!?」
私は目を開けて、横にいるフォクシーに聞いてみた。
フォクシーはよく分からないと言った風に首を傾げた。
「いいえ何も。もしかしたら、異世界から来たサナには何かあるのかもしれませんね。嫌な感じでないならきっと大丈夫ですよ」
「は、はい……」
私はフォクシーに頷いた。
どうやら光るのはゲームでいうレベルアップのファンファーレみたいなものだと気が付いた。
私の闇魔法が熱を奪うだけでなく、光の吸収のようなことも出来るようになっていたからだ。
試しにさっきの広場でやってみる。最初はごく弱めて。
「わあ……涼しい……!」
雲一つないのに、頭の上の光はちょうどよく遮られ、木陰に入ったか日傘をさしたみたいになる。
アニムニアは日差しが強くて暑いけど、湿度が低いのか直射日光を避けるとかなり過ごしやすいのだ。
「もしかして、これ、すごいのでは……」
私は自分の両手を見つめた。




