53 優しい味の硬めプリン
ロザーンの一件が落着し、私は木陰カフェを再開した。望んでいた平穏な日々に戻れたのだ。
それからまた、しばしの日数が経っていた。
赤リモルは多くは収穫出来ないので、せっかくメニュー開発したものの、正式なメニューにはまだ入っていない。何度かマウロさんから仕入れた少量の赤リモルで作ったリモネードやリモルスカッシュ、それから赤リモルミルクをフォクシーやレク達にも飲ませたが、どれも好評だった。他のリモルを使った飲み物より甘みが強く、酸味が少ないから女性や子供にはこっちの方が喜ばれるみたいだ。
「これとっても美味しい!しかもこの赤い色がいいですねぇ!少しお高いけど、透明な硝子の器を使うのもいいかも。私、仕入れてきますから、どうですか?」
赤リモルの色の綺麗さにはエイダさんも興味津々だ。そこで全くさりげなくない営業をしてくるところも彼女らしい。
「私に買える値段にしてくださいね。あとある程度の丈夫さが欲しいです」
「ふふ、任せてくださいよー!」
赤リモルが正式メニューになる頃にはお店のカップが全部硝子製品に出来るかもしれない。
ロザーンとの件が片付いて、ジーノさんがロザーンや周辺諸国で獣人の奴隷を禁止にするよう掛け合ったのだ。獣人と人間の関係も少しずつ良くなっているらしい。人間の通行証も撤廃の方へ向かっているのだとか。
それでアニムニアにも人間の硝子職人や技術の類も多く入るようになってきたそうだ。私が最初にカップを揃えた時より硝子製品の値段が随分と下がっていた。
マウロさんも近々リモル畑を広げる計画があるそうで、多少の割れは気にしないからとお願いし、少し高めの額で赤リモルを取引することに応じてもらえた。いずれ赤リモルを使った飲み物も正式なメニューになるだろう。
とはいえ新しい畑のリモルが収穫出来るまでまだしばらくかかりそうだ。
通行証を持った人間も増えている。市場でもちょくちょく見かけるようになった。通行証はまだあるけど、いずれはなくなる動きになりつつあるのだとか。
こうして少しずつアニムニアも変わっていく。いい方向に変わっていると信じたい。
「ねえねえリベリオ、新メニューを作りたい!」
「……なんだ突然」
私はリベリオに我儘を言った。
だって赤リモルのメニューはまだ時間がかかるし、それなら別の新メニューを用意したいではないか。
リベリオは呆れた顔をしながらも話を聞いてくれた。
「あのね、無糖練乳を使ったメニューとして、アイスカフェオレも考えたんだ。味は悪くないけど、アイスコーヒーより原価高いし、どうしても値段が高くなっちゃうから、そんなにたくさん出ないかもって。でもせっかくだから練乳をもっと消費出来るメニューが欲しいと思って」
「確かに値段はちょっとな。でも、他と兼ね合いがあるから下げられないのは事実だ」
元々木陰カフェは他のカフェのコーヒーよりも少し高めの金額設定をしている。練乳を使う分、アイスカフェオレはそれより高い金額に設定せざるを得ない。
既に何度かアイスカフェオレを作ってリベリオに飲ませている。顔は平静を装っていても尻尾はブンブンだったから気に入ったのは間違いない。煮出し茶を飲む人ならコーヒーにミルクが入っているのもすぐに慣れるだろう。
アイスカフェオレには水出しのアイスコーヒーだと薄くなってしまうからお湯で濃いめに抽出したコーヒーを使っている。強い苦味も乳製品が入るとマイルドで飲みやすくなる。
私はカフェオレも好きだ。その日の気分で水出しアイスコーヒーか、アイスカフェオレかで選べるのは嬉しい。
しかし業務用の練乳は大きい入れ物に入っているので、早く使い切らねば悪くなってしまうというわけだ。
「となると、練乳を使った軽食を用意するのがいいと思うんだ。お客さんからもずっと軽食を希望されてたし。カフェだからガッツリご飯じゃなくて、まずは甘いデザートとかがいいかなって」
「確かに小腹が空くと言っていたな……」
「でしょう!」
涼しい木陰カフェに長居してくれるお客さんも多い。でも今は飲み物しかないから、もう少しゆっくりしたくてもお腹が空いたからと帰ってしまうのだ。
「で、練乳を使った甘い菓子のあてはあるのか?」
「うん!プリンがいいと思うんだ。私の故郷ではプリンが名物のカフェなんかもあったんだよ。ホットケーキなんかもいいけど、注文入ってから焼くのは大変だし、プリンなら朝の内に作り置きして、涼しいところに置いておけば私の闇魔法で冷やして出すだけだから、提供に時間もかからないし」
「そのプリンというのはどういう菓子なんだ?」
「あ、そうか、そこからだった!」
私は口頭でも説明しつつ、プリンを作ってみた。材料は卵と牛乳、砂糖だけのシンプルなものだ。作り方もそれほど難しくない。ざっくりとした作り方は覚えている。牛乳の代わりに無糖練乳に水を足して調整した。
だが……蒸し上がりは悲惨なものだった──
型にへばりつき、逆さにしても落ちてこない。無理にひっくり返そうとしたら崩れてしまった上、すが入ってボコボコだ。
テーブルに突っ伏した頭を上げられない。
「うう……本当は逆さにしたら綺麗な丸い形になるはずだったし、もっと滑らかでプルプルで甘くてね……」
「あ、味は悪くないと思う……」
「慰めの言葉が沁みる……」
リベリオはそう言ってくれるが、上手く作れなかったことはさすがにへこむ。
「いや、このカラメルっていうのはいいと思う。ほろ苦くて美味しいし、飴菓子で似たような味を食べたことある。それにこのプリン自体も甘くないのなら似た料理があるし、受け入れられやすいかもしれない」
「似た料理があるの?」
「ああ。玉子の蒸し料理だから、調理法もそれほど変わらない。卵液に野菜や豆をいれて蒸したやつ」
「あ、そういえばフォクシーのご飯で、食べたことあるかも」
「それの甘いやつってことだろ?ちょっと俺が作ってみてもいいか?」
「うん」
リベリオは材料の残りで作り始めた。
「さっき練乳に水を足してたけど、水が少ない方が型でしっかり固まるんじゃないか?砂糖は同じくらいでいいか。それから全卵じゃなくて卵黄だけ使ってみる」
卵液が出来上がったが、リベリオは型の代わりのカップを手に取って考えている。
「フォクシーが丸い金型を持ってたはずだ。ちょっと借りてくる」
そう言って凄い勢いで教会に行き、借りてきた金型にカラメルを流し、卵液を入れた。
一度教えただけで初めて作るとは思えないほどの手際の良さだ。やっぱり料理が上手だなとしみじみ思う。
そして私のように蒸し器で蒸すのではなく、オーブンで湯煎焼きにした。ちなみに私はこっちの直火オーブンがまだ上手く使えない。火の調整が難しいからだ。故郷では両親が忙しく、食事を自分で用意することもあったので、そこそこ料理が出来ていると思っていた。けれどそれはボタンを押すだけで使える電子レンジやオーブン、コンロなどの便利な道具のおかげだったのだ。
待つことしばし、ケーキのような丸い型に入った巨大なプリンが焼き上がる。
「冷めるまで待てよ」
「あ、私冷やすよ」
「粗熱が取れてからな。火傷したら困る」
リベリオは心配性だ。
リベリオはその間にも何やら余った卵白を泡立てている。
「そっちは?」
「余った卵白がもったいないから、泡立てて砂糖を入れて焼いてみる。リモルのシロップも少しもらっていいか?」
「うん」
プリンが冷めた頃合いで、甘い香りがオーブンからし始めた。
「焼き上がったぞ」
「わあ、メレンゲクッキーだ!」
ケーキのようにカットされたプリンとメレンゲクッキー。
試食のためにアイスカフェオレを淹れて、テーブルに並べた。
「プリン美味しい!うわぁ、硬いプリンだ!」
チーズケーキのようにむっちりとした濃厚なプリンがとても美味しい。ほろ苦いカラメルとの相性もばっちりだ。甘さが控えめで見た目より優しい味わいだ。
見た目もケーキのようにカットされ、とろりとかかったカラメルが艶々で美味しそうだ。ミンティオの葉を添えたら完璧。 もしこっちにもSNSがあったら間違いなく『映える』出来だ。
「柔らかい方が良かったか?」
「ううん、硬いプリンも大好き!」
そしてメレンゲクッキーは甘く、口の中でほろほろ崩れる。青リモルのシロップを入れたメレンゲクッキーはほんのりリモルの爽やかな風味で、赤リモルシロップを入れた方は薄いピンク色で見た目からして可愛らしい。見た目も風味もとてもいい。
「俺が店に入る時だけになるけど……新メニューになりそうか?」
「なるなる!最高だよ!まさか新メニューが2個も出来ちゃうなんて!」
「……サナ、忘れてる」
リベリオは飲みかけのアイスカフェオレを指さす。
「3つだ。俺はこのアイスカフェオレ、すごく美味いと思う」
「……うん!」




