5 獣人の国、アニムニアへ
リベリオは私とレクを連れて再び転移をした。
転移も多分魔法の一種なのだろう。私も闇魔法の力のせいで、この世界の不思議なことにも少し耐性が出来ていた。
景色がぐにゃぐにゃと歪み、溶けた次の瞬間にはもう別の場所に飛んでいる。とても便利で羨ましい。
「おっと……」
この着地は2回目だがなんとなく慣れずによたついた。そしてすぐに違和感に気がつく。空気がまるで違う。
「あっつーい!」
レクが嬉しそうに大きな声で叫ぶ。
どれだけの距離を飛んだのだろう。ここはレクのいう通りとても暑かった。
空気がぶわっと膨張し、肌に纏わり付くように暑い。日本の真夏みたいだ。それまでいたのが涼しい草原だったから、その差に体が驚いている。
顔を上げて、澄んだ真っ青な空に思わず見惚れた。
照りつける日差しは強く、カットソー越しにも肌がじりじりと焼けるかのようだ。黒髪は熱を吸収するからなお暑い。
高校の修学旅行で行ったハワイを思い出す暑さ。でも風が強く吹き抜けて、それが心地いい。
ここが獣人の国、アニムニア。
「知り合いを呼んでくる。おまえたちはここから動くなよ」
「は、はい」
私達が立っていたのは広場のようだった。下は固めた白い砂地。強い日差しを遮る物もない。暑さのせいか僅かに生えた草も心なしかしんなりとしている。なんとなく学校の校庭を思い出す。それよりは随分狭いから、リベリオが入って行った建物の庭なのかもしれない。
建物は平屋で白い漆喰の壁が目に眩しい。屋根はオレンジ色の洋瓦なのが日本の瓦屋根に少し似ていて、初めて来た場所なのにどこか懐かしい気がした。
「あっついねー」
「うん、レクこっちおいで」
小さなレクを私の影に入れて熱々になっている頭に手を置いた。この暑さは熱を出したばかりの体には堪えるだろう。少し冷ましてあげた方が良さそうだ。それにレクのウサギの耳がピクピクッと動くので見ていて楽しい。
「そういえばレクって尻尾はあるの?」
「あるよー。見る?」
「見ません!お風呂じゃない時に他の人から見せてって言われても見せちゃダメです」
「サナお姉ちゃんはないの?」
「ないんだよね」
そんな話をしているとリベリオが丈の長い白い服を着た女の人を連れて出てくる。リベリオより少し大きめで先端が黒い、狐みたいな耳をしている。
「まあ……本当に。よく無事で……」
「フォクシーだ。しばらくはおまえたちの面倒を見てくれる」
次いで私達を指差した。
「小さいのがレク、人間の方がサナだ」
「レク、それからサナ。よろしくね」
「はーい」
「あ、あの、私も……?」
「ええ、もちろんですよ。リベリオ、ありがとうございました。さあ、貴方達はこちらにいらっしゃい」
「よ、よろしくお願いします……」
フォクシーの穏やかな笑みに、それまで不安で凝り固まっていたのが少しだけ和らいだ。
「リベリオは……?」
「俺の役目は終わった。この街にいればまた会うこともあるだろう。じゃあな」
リベリオは手をひらひらとさせて、くるっと私達に背を向ける。
「あ、あの、リベリオ、ありがとう!」
「お兄ちゃん、ありがとー」
私はその背中にありったけ感謝の気持ちを伝えた。
リベリオは返事もなくスタスタと去っていった。
「しまった、リベリオにも尻尾があるか聞きそびれた」
犬か狼かは分からないけど、大きくてふさふさの尻尾を服の中に隠しているかもしれない。
レクはきょとんと首を傾げた。
「サナお姉ちゃんて尻尾好きなの?へんなの」
「まあ、サナは人間だからかしら。種族的に尻尾のない獣人でなければもちろんありますよ。服の形状によって出したり出さなかったりですけどね。さあ、外は暑いでしょう。中にいらっしゃい」
白い建物の中はびっくりするほど涼しい。大理石みたいな床のせいもあってひんやりとしている。日差しが強くて外は暑いけど、湿度が低くて風があるからかもしれない。それでも長袖のままでは暑い。私はカットソーの袖をまくり上げた。
「サナ、暑そうですね」
「そうですね、転移で来たから温度差がすごくて……」
「そう。お医者さんを呼んできますから、それまでにまずは水浴びと着替えをした方がいいでしょう。浴室はこっちですよ」
「は、はい」
ロザーンは暑くなかったとはいえ3日もお風呂に入っていなかったからすごく嬉しい。
「レク、サナに浴室の使い方を教えてあげてね」
「はぁい!」
私はレクに使い方を教えてもらってお風呂に入った。
日本の湯船のようにお湯を沸かして浸かるのではなく、外の配管を通ってぬるくなった水を風呂桶に溜め、体にかけたり洗い流すのに使うそうだ。
体を洗う石鹸と別に髪を洗う用の石鹸まであった。それからコンディショナーはなかったけど、ちょっと酸っぱい匂いがするオイルがその代わりになるみたいだった。洗っても髪の毛がギシギシしない。
これまで檻の中しか知らないからなんだけど、こっちの世界は予想していたより文化水準が高いみたいだ。
お風呂があって体を洗える素晴らしさを再確認した。
順番に背中の洗いっこをして、私の背中を見たレクが大きな声を上げた。
「わあ、ほんとに尻尾なーい!」
驚くレクの尻尾はやっぱりウサギみたいでぴこぴこしてすごく可愛かった。